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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
3.双子とホムンクルスと、時々オトン。
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クリムゾン・ビーク



 一日の授業を終えたあとは、食堂で駄弁るに限る。

 紅茶一杯半額券を握りしめて、クラスメイトのルリコと共に空いている席を探してるときだった。

 最年少の生徒であるフェイスくんでも十二やそこらというこの学園に似つかわしくない、四~五歳くらいの小さな男の子がたったひとりで、行き交う生徒たちの顔を見比べていた。

 うん、うちの規定であるマントや制服姿でもないことから、小人(スプライト)族である可能性も低そうだ。(彼等は時としてヒューマーや獣人の子供に扮してしまえることがある。昔は成人しているにも関わらず、職員を騙して子供料金で列車やドラゴンに乗る人が結構いたらしいし。)

「あら。あの子……」

 多くの生徒たちがぎょっとしながらその子の前を通り過ぎていくのに対し、私とルリコだけが顔を見合わせて立ち止まった。

「ルリコ、知ってるの?」

「ええ。ネロくんの弟のイオンくんよ」

 ――ええと。ちなみに、実はルリコが半年ほど休学していたので、本来はネロ先輩たちと同じ学年のはずで。

 しかもルリコのお父様は地方の議会員、ネロ先輩のお父様は軍人で――その、政治的な思想というか派閥も同じらしく、長らく懇意にしているそうで、学内でもネロ先輩を『ネロくん』だなんて呼べる間柄の女生徒はルリコくらいのものだ。

 そうか。あれが噂のネロ先輩の弟くんさん。この前のパーティーのときはついぞお見かけしなかったけど。あれも大人の集まりだったし、弟のイオンくんはどこか別の場所で遊んでいたのかもしれない。

「なんでその弟くんがヘルメスに……?」

「随分きょろきょろしてるわね。ネロくんを待ってるのかも」

「とにかく一人じゃよくないよね?」

「そうね、行きましょう」

 ティータイムは一旦置いておいて。

 私とルリコは、イオンくんのそばまで近寄ってみることにした。

 イオンくんの視界に入るように屈みこむと、たしかにネロ先輩の面影があった。

 特に髪の毛とクリクリのツリ目が。よそ様のご家庭のことについて邪推するようでアレだけど、再婚の話とか聞いた限りだと、お父様の遺伝子なんだろうか。そういえば似てる。

 ルリコと目が合ったイオンくんはぱっと花開いたように明るく顔を綻ばせた。あらかわいい。

「イオンくん。久しぶり。私のこと、わかるかな?」

「ルリコおねえさん!こんにちは!」

「こんにちは。お兄様に会いに来たの?」

「はい。おかあさまにいわれて、おにいちゃまをおむかえにあがりました!でも……どこにいるのかわからなくて」

 おん……(鳴き声)。かわいい……。

 ネロ先輩とは似ても似つかない、お菓子の国の王子さまのような純真無垢な表情に、あざといくらいの舌ったらずな敬語は、まさに理想のお坊ちゃんだ……。

 金の眉が困ったように山を描いていて、もう、今すぐにでもその憂いを晴らしてあげたくなっちゃう。母性本能が“コレ、欲シイ……”と直感するくらいには胸がときめいた……。そっかそっかあ……おにいちゃまをお迎えに来たのかぁ。

 そのお兄ちゃまは確か、この時間ならこの食堂で仲間内で集まっている筈だけど――見当たらないということは、多分ジークの部屋だわね。

「一人で偉いわね。寂しくなかった?」

「へいきです!がっこうのなかは、ひろくてたのしいです!」

 子供にかかれば初めてのお遣いも探検ごっこか。見た目の繊細さに比べて中身は結構図太い感じの子なのね、なるほど兄弟。

「はじめまして、イオンくん。ネロせん……お兄ちゃまなら、あっちに居るかもしれないよ」

 私は旧校舎の方角を指差すと、ルリコがあらあらまたなのね、と苦笑した。たまに見せるこういう仕草が妙に大人っぽくて、ちょっと照れちゃうし憧れる。

「良かったら、私たちがお兄様のところまで連れて行ってあげましょうか?」

「いいんですか!おねがいします!」

 いえーい。私たちはイオンくんを真ん中に挟んで三人で手を繋いで歩き出した。

 随分楽しそうなイオンくんにつられて、ぐっと腕に力を込めて人力ブランコを提供すると、イオンくんはきゃっきゃと声をあげて宙づりを楽しんだ。

「おねえさんのおなまえは、なんていうのですか?」

「私はザラ。お兄ちゃまの……こっ……、後輩……ええと、お友達だよ。よろしくね」

 ……う、うん。何も間違ってない。こんな幼い子に真実を告げる必要はない。広義ではトモダチ。

 ……絶対お互いに友達とは思ってないけどね!正確にはお兄ちゃまの友達のガールフレンドだし何ならネロ先輩とはジークを巡っての好敵手でもあるけどね!でも相手子供だから!

「はい。はじめまして!ぼくは、イオン・ぐる……ぐゆ……ぐうけ、りうしゅです!おせわになります」

 だってほら見て……こんなにもかわいい。グリュケリウス、の発音がままならないんですよ。

 お世話になりますなんて。よほど熱心に教育されているのか、本人が既に品性を身に着けているのか。

 ……フェイスくんとかオリバーくんの例を見たあとだと、自分より年下であるというだけのことが保護や侮蔑の対象になる、という感覚に対してめちゃくちゃ懐疑的になっちゃうのよね……。

「イオンくんは、いくつ?」

「よんさいです!」

「ひょえ……」

 指で数える素振りすら見せないイオンくんに、知性を感じた。

 その年頃の私なんて多分、何にも考えてなかったよ。お腹すいたー眠いなーみたいな野蛮人みたいな行動原理しか持ち合わせてなかったと思うよ。実際裸で走り回ってたし。会話とか出来てたのかな。不思議だな。

 というか、それじゃあ、ネロ先輩とは十四歳差かぁ。うーむ、下手したら親子ね。

「じゃあ、学校に来るのは初めてかしら?」

「はい。ひとがたくさんいて、おどろきました。ぼくもはやく、がっこうにかよいたいです!」

 この学校を見た子にそんな風に言ってもらえるのは、ヘルメスのいち生徒としても何だか嬉しい。

 まあ、イオンくんがヘルメスに入学することになったとしても、十年くらい先の話だろうけど……。

 きらきらの瞳に新鮮なものが飛び込んでくる度、まるで宝さがしでもしているかのように驚くイオンくんの横顔を見ていると、自然と自分の将来のこととか考えちゃうわね。私にもし子供ができたらどんな感じなのかな、とかさ。

 よその子でこんな可愛かったら、自分の血が繋がった我が子なんてどうなっちゃうんだろう。

 魔族の子供ってまだ会ったことないな。カホルさんはインチキだったし……てかその前に結婚……就職……ああ、進路希望の調査票、来週までだったなあ…………。

 育ちが違うルリコとイオンくんとも、童謡の知識だけは共通していたので、三人で魔除けの歌を口ずさんでしばらく歩いた。

 すると案の定、旧校舎に行く手前の研究棟近くに、呑気な変態三銃士の姿があった。

「あ。いたいた。ネロせんぱーい」

 私がイオンくんと繋いでいない方の手を振るのとほぼ同時に、イオンくんはネロ先輩を見つけるなり駆け出した。

「ルリコおねえさん、ザラおねえさん、ここまであんないしていただいてありがとうございました!」

 で、さすがにそのまま行くのはまずいと思ったのか一度急停止し、私たちを振り返って口早にそう告げると、四歳児の小さな身体のどこにそんなエネルギーが蓄積されていたのかという勢いのロケットスタートで、今度こそ兄めがけてまっしぐらに走って行った。転ばないか心配だ。

「おにいちゃま~~~!!」

 背中越しの弟の声にはっとしたネロ先輩が、ようやくこちらに気が付いた。

 でもネロ先輩のことだ、こんなに健気に自分に向かってくる幼い弟すら足蹴にするんだろう。

 そう考えると止めたほうがいいのかしら。ほら今だって、いつもの不機嫌そうな面持ちで……おも…………。

「イ~~~~オ~~~~ン!!」

 あのネロ先輩が。

 まるで質の悪いコラージュみたいに。一瞬一瞬で切り替わるフィルムのように、頭の角度がこちらに向くたび、段階をつけて満面の笑みが花開いていくじゃないの。

 ネロ先輩がしゃがんで両手を広げると、イオンくんは一層張りきって足を動かす。

 そしてやはりというか、ごつごつした研究棟周辺の煉瓦道に爪先を取られて、五体投地で盛大にずっこける。

 しかしイオンくんはめげない。何でもなかったように自力で立ち上がると、満を持してネロ先輩の胸に飛び込んだ。

「はは、泥だらけだぞ。拭いてやるから、じっとしてような」

「おにいちゃま!ぼくころんでもなきませんでした!」

「うん、偉いぞ!イオンは強い男だな~!お兄様の自慢の弟だ!」

 ―――………………。

 ……お、お分かりいただけただろうか。

 おわかりいただけるだろうか、この空気。

 事情を知っているかのように苦笑いする昔なじみのルリコとキョウ先輩を除いた――つまり私とジークの困惑と驚愕。

 私とジークは“え?今の見た?おかしいよね?”という頷きを求めて、オロオロと互いの腕を手繰り寄せる。

 だ…………って。あのネロ先輩だよ。あの。

 常にピリピリ張り詰めたような雰囲気を纏い、口を開けば物騒で、振る舞いは過激で、人を人とも思わない。

 男女問わず理不尽に暴言を浴びせられ、弱味を握られ、目が合っただけで威圧される、最恐の学園主席。それが私たちの知るネロ・グリュケリウスというお人だ。

 それが今このイオンくんの前に限ってだけは、表情の筋肉全てを弛ませて、まるで慈愛に満ちた視線で弟の身体についた草や土を払ってあげている。まさしくヒトの“お兄ちゃん”のあるべき姿だ。

「キャラ違いすぎない……?」

「……アレは仕方ないんじゃないか」

 ジークほどの男がそう言うのならそうなのかもしれない、と妙に納得させられる私であった。かわいすぎるもんな、イオンくん。

 この場合はネロ先輩の意外性よりも、イオンくんの悪魔的な魅力が勝ってしまったと考えるほうが自然なのかもしれない。

 ひととおりイチャつき終えたらしいネロ先輩が、イオンくんを抱き上げて、私たちに向き直った。

「俺の息……じゃない、弟だ」

「息子って言いかけたぞ」

 まあ、十四歳も離れてたらもはやその領域よね……。なんやかんやいってネロ先輩も人間だったということか……。よかった……。

「世界一可愛いだろ」

「む……世界一可愛いのは俺のザラだが」

「やめい。子供と対抗させるんじゃないよ」

 恥知らずだと思われるでしょ。いやこいつは恥知らずだったわ。

「お、おにいちゃま……このおにいさんはだれですか……?」

「お兄様の友達だ、怖くないよ。お父様のパーティーの時にも見かけただろ。挨拶してご覧」

「は、はじめまして……い、イオン……ぐゆけうすです……」

「ジークウェザー・ハーゲンティだ。ジークと呼んでくれ。お兄様とは仲良くさせて貰っている。宜しくな」

 ネロ先輩に抱っこされながら恐る恐る窺うイオンくんにも、ちゃんと同じ目線で挨拶をするジークさん、これは好感度高いですよ。お陰でイオンくんも、少し笑顔を取り戻したようだった。

 そうよね、このお兄さん、初見じゃ怖いよね。見目だけじゃなく、こう、子供ならではの第六感でわかる部分もあるんじゃなかろうか。てかコイツも大概ギャップあるな。

 と、ここまでは微笑ましい兄弟愛の光景を垣間見ているだけだった。が。ある一人の男の登場によって、その愛情は無残にも引き裂かれてしまう。

「イオンくん、久しぶり。元気してたー?」

「もふもふのおにいさん!」

「こっちおいで~。ほーら、さっきまで日向ぼっこしてたからあったかいよ~」

「わあ~!!きもちいです~!!おひさまのにおいがします!」

「あはは、そんなにすりすりされたら擽ったいよ~」

 キョウ先輩があっさりと、横からイオンくんをかっぱらって行ってしまった。

 キョウ先輩に抱き上げられたイオンくんは幸せそうに、キョウ先輩の体毛に頬ずりしている。もはやお兄ちゃまのことなんか忘れて、キョウ先輩に夢中になっていた。

「チッ……獣人風情が……」

 ネロ先輩まさかの敗北。いやあ。あの冬毛には勝てないよ……。私だって未だに、失礼だとは分かってるけど珍しい獣人を見かけると触らせてもらいたくなるもん……。ちなみにキョウ先輩は女子供にしか触らせないという鋼鉄のモットーがある。

「イオン、一人で来たのか?」

「おねえさんたちがつれてきてくれました!」

「そうか。弟が世話になった」

「い、いえ……」

「母様はどうした?」

「がくえんちょうせんせいさんとおはなししてます」

 あ。一応あのお母様もいらっしゃるのか。そりゃ家から一人までは来ないよね……。

 しばらくイオンくんを中心に盛り上がっていたなかで、ルリコがふと、誰にも気づかれないようにそっと後じさっていくのがわかった。

「イオンくんも無事に送り届けたことだし……私、そろそろ行くわね。ザラはしばらくここに居るでしょう?」

「あ、うん……」

 腕時計を確認し、髪を手櫛で梳きながら、ルリコは落ち着きのない所作で鞄を持ち直した。

 それはこれからボーイフレンドに会いに行く前の慌ただしさにも見えたし、早くここから離れたい、という焦りにも思えた。

「ネロくんとイオンくんも。さようなら」

「また明日ね、ルリコ」

 ルリコは横目で私に穏やかに微笑むと、ネロ先輩たちの挨拶も待たずに、校舎へと戻っていってしまった。

「……行っちゃった。なんか微妙な空気でしたね」

 ネロ先輩ともあまり喋っていなかったみたいだし。まあこの人に苦手意識のない生徒のほうが珍しいだろうけど。

 それにしたって、ずいぶん後ろから眺めていた時間が長かったような。

「ま、もと許嫁候補だからな」

「どぇえ!!?」

「親同士の間で話題に上がってた時に、色々揉めた。だから俺と居るのが気まずいんだろ」

 はっはぁ~~~~~……。

「……ネロにもそういうの分かるんだね……空気とか」

「テメエ……」

 キョウ先輩にちょっと同意したけど絶対口には出しませんとも。

 あれ、でも許嫁……?そんな話、ルリコからは聞いたこともないし。何より……、

「でも、ルリコ、彼氏いますよ」

 ときどき校門まで迎えに来ている、褐色肌に銀髪の超イケメンがいるんだけど、どうもアレがルリコの彼氏さんらしく、よく町中でも腕を組んで歩いているのを見かける。今日もこれからデートなんだって、嬉しそうに話していた。

「そのせいなんだよ。まあ、俺としても決められた相手なんて御免だ、破談になって丁度良かったよ」

 ネロ先輩の口調と――以前お屋敷で垣間見たメイドさんとの距離を見る限りだと、本音っぽいわね。

 やっぱり、高貴な生まれの人はそういうのもあるんだなぁ、と、チラとジークを窺う。よし、狼狽えている様子はないのでこれは白ね。

「ルリコおねえさん、まえみたいにあそんでくれなくなりました……」

「イオンは寂しいよなー、でも大丈夫だぞ、代わりにお兄様がたくさん遊んであげようなー♡」

 再びじゃれ合いはじめた兄弟をしばらく見守るうち、私は――進路希望に“お嫁さん”と書くか悩み始めた。第三、第四あたりの希望だけどね!!

 まだ帰るまでに時間があるのでお兄ちゃま達と遊びたいというイオンくんの希望を叶えるべく、旧校舎のジークの部屋まで行く途中――キョウ先輩の耳がぴくりと跳ねて、後ろへ反った。

「――どうした、キョウ」

「……俺、今日はネロの家に泊まろうかな」

「ああ?ふざけんな。今日はイオンと寝る日なんだよ」

「ふうん……」

 何だか釈然としなさそうな態度で、キョウ先輩は煙管を吹かしながら、ジークの部屋のソファで寛ぎ始めてしまった。

 ジークから手作りクッキーを貰ったイオンくんは、それはそれは喜んだ。喜びすぎてぶっ倒れるんじゃないかと心配した。子供のテンション、すげー。






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・ルリコちゃんも随分前から名前だけちょくちょく登場してますね。彼女もむっか~しむかしに作ったキャラです。人間種(ヒューマー)原理主義の政治家を父に持つお嬢様です。実は半年くらい休学してカーンさん達と冒険していた過去があり、留年しています。ボーイフレンドは人狼で国の諜報員。


・実はちょっと前にプロフィールにも追加していたのですが。両親が何度も離婚し再婚し、更に幼いころから暗殺や誘拐の危機にさらされまくっていたネロ先輩にとって、病弱な歳の離れた弟は、まさに安寧を象徴する心の拠り所です。


・あと兄にいい加減読者とコミュニケーションを取れ的なことを言われたのでこれを機に評価とか感想とかあると嬉しいな…なるべくお返事できるように頑張ります。アレね、批評するときは☆5押してからにしなさいよね!!

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