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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
1.魔族にズッキュン
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お前に拒否権なんてないからな




 ──「違う!!俺はそういうのじゃない!!」




 聞き覚えのある声がどこかから聞こえてくる。


「待つんだハーゲンティ君!!」

「ジークウェザーくん!!ホラ!!全然怖くないから!!」

「キミの才能を活かそうよ!!すぐにでもウチのエース選手になれるって!!」

「テメー一日一回勝負しろやクソボケ!!ぜってえ逃がさねえ!!」

「ジーク様~~~!!一回くらいお茶してくれてもいいでしょ~~~!!」


 それに続く様々な色の怒号。ばたばたばた。休み時間の廊下に響き渡るローファーやブーツの騒がしいセッション。黒い服の生徒たちが何事かと振り返ると、確認するよりも疾く、その嵐の芽が砂埃を舞わせながら自分たちの横を走り去っていくのだ。あ、ネロ先輩まで居るよ。


 ……ねえ、なんで処理しきれないからって逃げ出してきちゃったの?

 魔族の身体能力が高いって言っても、ああも大勢に追われちゃたまんないわね。

 はあ、と溜息をつく。知人の窮地とあればやむなし。

 私は教室に戻ろうとしていた踵を返そうとして──目を疑った。

「退いてくれ──!!」

 ああ。人間の体にブレーキはついてないもんね。急には止まれないよね。

 それまで全力疾走していたジークはいきなり現れた私を避けようとしたのか、あろうことか、横でも上でもなく下を選択していた。

 ──廊下の摩擦を利用した高速スライディングである。

 低くなったジークの肢体が、私の足元をすり抜けていく。


 ──突然だが、私のファッションはスカートスタイルが主だ。家の衣装棚に、ズボンタイプの類は片手で数えるほども入っていない。部屋着にショートパンツ履くくらいかな。

 スカートは風が吹けば翻る。当然の摂理だ。そしてスカートの下にはペチコートとショーツが隠れている。吹けば見える。そう、吹けば見えるのだ。


「あ」


 ジークが小さく驚嘆する。

 それは私が瞬くあいだのできごとだった。

「…………」

 スカートの裾の端が、ゆっくりと重力に従って、頭を垂れるように元の形に還っていくのが見えた。


「ホアッッッッ──!!!!??」


 奇声を上げながらスカートを足に挟んだところで、私の反射神経はしょせん一般人のそれだ。

 時既に遅し。

 廊下に佇む誰もが、私に注目していた。

 男子は興味深そうに。お喋りしていた女子も気の毒そうに。

 まるで世界の時間が止まったかのよう。私の熱と汗だけが現実を物語るように体中を巡っていく。

恐る恐る、後ろに居るであろうジークに訊ねる。

「…………見た?」

 自分でもこんなにか細い声が出るなんて。

 尻餅をついたジークが、埃を払いながら立ち上がる。

「──責任は、取る」

「そおおおおおおおいうことを言ってんじゃないのぉぉぉぉ!!!!!!!!!わかる!!!!??公衆の面前でパンツ見られた私の気持ち!!!!!あんたたち男どもとはワケが違うのよ!!!一体誰が自分の三倍以上身体能力あるやべーヤツがスライディングしてくることを想定して生活してんのよ誰が!!!!!!!あんたも女だったらスカート履くでしょうが私に責任はないでしょうが!!!!!!!わかる!!!????」

「わかるわかるわかったから首が、首が絞ま……あ……か、母さん……死んだはずの母さんが……見え……」

「わかってないよ!!!!!!なんにも!!!!!パンツどころか足まで見えてたでしょ!!!??見たよね絶対ホーラ見た絶対見てるよ脳裏に焼き付いてんでしょこの!!!!!この紺色のコットンが!!!!!繊細な花柄レースがあんたの目に入ったでしょうがあああああああああああぁぁぁぁ!!!!!それってつまりブラの色把握されたも同じでしょ!!!??あんたの!!!!あんたのパンツ!!!!あんたの全裸より価値あんのよ!!!!!!」

「ちゃんと上下セットなのかよ(笑)」

「うるさいよ!!!!!!!!!!!!!」

 自分が何を口走っているかわからない。すごい余計なことをたくさん言ってしまった気がする。するけどもう後には戻れない。ありったけの感情を込めてジークの襟首を掴んで肩を揺らしまくる。あわよくばジークの記憶が消えますように。

 泣き叫びたい。今すぐ消えて無くなりたい。むしろ消えろ。世界滅べ。人はこうして魔王になるのだわ。

 私がジークに八つ当たりしているあいだに、周囲の生徒はそそくさと教室に戻っていく。ジークを追っていた集団も気まずそうに立ち往生していた。

「もうやだ……痴女じゃん……痴女としてこの学校で語り継がれていくんだ……何十年何百年経っても誰かにずっと廊下でパンツ見せた女がいたって言われ続けるんだ……私のパンツを見た人もきっとときどき思い出しては子々孫々語り継いでいくんだ……私自身が死んだあとですら辱められるんだ…………」

「……本当にスマン……」

「きいいーっ!!済まないと思ってるなら今すぐあんたの恥で上塗りしてこいっ」

「そ、それで償いになるのなら……」

「ウワーッ!!何で脱ぐの!!変態!!」

 あわわわわ。ジークがなぜか恥ずかしそうに自分のジャケットのボタンを外そうとするので慌ててその手をはたき落とす。

「なんだ、いつか見るんだからそんなに恥ずかしがることないだろう」

「ヒイーッそれに加えてセクシャルハラスメントまで!!」

 そういうのほんと私以外の女の子に言ったら秒だよ、秒で通報されるからね。私も命の恩人じゃなかったら通報してたよ。

 拗ねてへたり込むしか出来ない私に、ジークが屈んで、視線を合わせながらそっと困り顔でハンカチを手渡してくれた。あ、このハンカチ、テカテカしてて高そう。無駄にいい匂いもする。わあ、ムカつく。

「うぶぶ……」

 だけどそのお陰で少し冷静になれる。涙は目元で押しとどまっていてくれたみたい。

「俺が悪かった……」

「変に立ち止まった私も悪いよ……せめて一声かければよかった……。怒鳴ってごめんね……」

「お前が謝ることじゃない。知り合いにはあまりネタにしないように言っておく……」

「いやいいよ。こんな面白いことに気を遣わせたら、私が空気読めないみたいだもん。ジークの気持ちだけ受け取っておく」

「お……おう……」

「その代わりケーキね。こないだのカフェで一番高いやつ」

「わかったよ」

 ハンカチは洗って返そう。そう決意して、いい加減気分を入れ替えようと、勢いよく立ち上がろうとしたのが良くなかった。

 うちの学校の廊下がよく滑ることは、さっきのジークで実証済み。そういえば、初めて会った時も走っていたなあ。

 そんなことを、山脈のように開脚しながら考えていた。

 いや、違うのよ。結果的にだから。ツルツルの床に耐え切れなかった私の足は縺れ、さほど運動神経のない私は簡単にその場で体勢を崩した。結果がM字開脚だから。別に進んでやってないから。

 でももういいよ。見ろよ。好きなだけ。見ればいいじゃん。テロリストとか言って私を好きなだけ罵れよ。

 ジークが数秒、私を凝視したあと、さっと顔を逸らす。いや遅いよ。

「ほらそこー、イチャつくなら校外でやりたまえよー」

 呑気なタカハシ先生の声が、教室の向こうから聞こえてくる。生徒たちの笑い声。

 ああ。いつのまにそんな時間になってたんだ。

 私は無表情で、ジークが差し伸べてくれた手を取って、何事もなかったかのように立ち上がる。

「……」

「……」

 今はヒトの心が無い方がいい。諦めよう。

「俺は何も見てな……フフッ……」

「ちくしょおおおおおおおおおおおおおお」

 かくしてジークは、本日二回目の彼岸とのご対面と相成った。






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