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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
3.双子とホムンクルスと、時々オトン。
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ダークタワー・3




「もうそろそろ最上階かな」

「ジークのお陰で、案外楽勝だったね」

「ラクできて単位も貰えるとかサイコ~!」

 探索そのものよりも淡々と十数階分の階段を登り続けることに体力と気力を削られ続けて、とうとう私たちの頭上に注ぐ陽光がより近く感じられるようになってきた。

 いくら(キャスリング)のリジェネ効果があるって言ってもね、体力が減る速度が回復する速度を上回ったらダメなもんはダメよ。

 ……と感じているのは私だけらしい。エルヴィスに担がれているシンディはともかくとして、そもそも身体が出来てるビビアン、ジーク、そして意外なことにフェイスくんまでもが涼しい顔をしている。

「義肢なんだからその辺管理する魔法使ってて当然でしょ」

 だそうです。

 てっぺんが近いと言っても、塔のなかは相変わらず石の壁に石の床。もういい加減見飽きてきた。

 しかし先生がたからは、“攻略せよ”としか指示されていない。何を以てして完了(ゴール)とするのか分からない以上、嫌が応にも緊張せざるを得ない。

 みんなと無言で頷きあい、壁を伝って歩き始める。

 私たちは、大雑把に設けられた通り口に区切られた無機質な空間をいくつか潜り抜けて、魔物の気配を探す。

 たぶん階段があった位置から考えて、この辺りは塔のが外周がわの道のはずだ。先頭のビビアンとエルヴィスが曲がり角に差し掛かるたび、互いに背を預けて四方八方の安全を確認する。障害になりそうな壺や木箱を先だって蹴り上げる姿がなんとも勇ましい。

 この階層に来てから初めて広い場所に出ると、フェイスくんがぴたりと歩みを止めた。

「どうしたの、フェイスくん」

「僕がこの塔を設計するならどこに魔物を置くか考えてた」

 神妙な表情で、フェイスくんが足のホルダーからカードを抜き出した。

 それって、と問いかけようとする前に―円形の広場に、ぼたり、と何かが湧き出した。

 違う。

 湧いたんじゃない、()()()()()()()()()()()()

 ――何が?

「来たよ!!」

 ビビアンの耳が後方へ反って、尻尾が総毛だって、敵襲を知らせた。それを合図に、全員が武器を構える。姿勢を低くする。

「……こいつが。ここの大将か」

 既に銀狼の姿へ変じたエルヴィスの視線の先には、粘着質な液体の塊が蠢いていた。

 濡れた赤黒い泥はいつまでも定まった形を成さないまま、気泡と繊維が潰れ合う不快な音を引き摺って、私たちと対峙する。

「ふうん。アイツの“中”にある宝箱が今回の手土産ってところかしら?」

 その魔物――スライムの体内には、塔のなかで何度か目にした古そうな宝箱が浮かんでいた。

「スライム!?ボスなのに!?」

「いやー結構手ごわいんだよね。構造が単純だから強化も単純みたいでさー」

「こいつら魅了効きづらいのよねぇ……」

 スライム。

 頭の中に、つい昨日まで聞いていたヴァロータ先生の授業内容が浮かんだ。

 個体と液体の中間の性質を持つ、ヌメヌメの魔物の総称。

 邪悪な魔力と人間や魔物の死体が混ざって出来たとも、高純度の魔力を秘めた鉱石から生まれたとも云われている。あるいはそれらの“なりそこない”。

 特徴としてはその数と種類の豊富さで、アトリウム王国内各地でスライムと呼べる生態をもった魔物が確認されている……だったっけ。

『――まぁでもどこにでも居てよく見かけるから弱い、なんてことは決して無いんだなあ。広く分布してるってことは、それだけ環境に適応する力を持っている・あるいは彼等は、環境そのものが生み出す天然の悪意だ。魔物に対してこの言葉を使うのが正しいのかは分からないけど……こと地形に根付く“生命力”に置いては、スライムの右に出る魔物はなかなか居ないんじゃないかな』。

 うう。結構覚えてる自分がイヤだ。妙に記憶に残るんだよなぁ、あの先生の授業。

「ビビアン、エルヴィス、物理は効き辛い!防御に徹してこっちの詠唱の時間を稼いで!」

「わかってるけどさぁ!」

「シンディ、術の準備!」

「アタシの呪術は対人間用なのよっ、状態異常なんて十回やって一回入るかどうかわかんないわよ!」

「それでも無いよりまし!」

 フェイスくんの素早い指示に従って、私たちはそれぞれの立ち位置に向かって散開する。私はフェイスくん、シンディと共に前衛二人を邪魔しないように部屋の後方に下がり、それぞれ支援のための魔法を準備する。

「これでも食らえ!」

 パーティ内で一番の戦力たるジークは単独の遊撃隊だ、前後衛のタイミングを見て、一人で突出する。その手から、これまでも塔の魔物を駆逐してきたジークお手製の爆薬入りのフラスコが投擲された。

 そのままフラスコはスライムに激突しあわや大爆発――と思いきや。

「……」

 それはスライムのぬめぬめの体表に触れた瞬間、どぽん、と、湖の中に岩を放りこんだような着水の音と波がした。

 ジークのフラスコは血の色の泥に吸い込まれていき、そのままスライムの身体の中で宝箱と一緒にふわふわ漂い始めた。

「……スマン!」

「役立たず~!!」

 ジークは手短に謝罪すると、取って返しきた。何やってんの。大人しく一緒にシンディたちを援護しようね。

 フェイスくんの言うように、スライムのブヨブヨの身体には、いくら打撃を与えてもびくともしない。

 狼の姿をしたエルヴィスくんが文字通りに食らいついても、粘って引きちぎることが出来ないでいる。

 攻撃魔法の隙を作るためにも、ビビアン達にはもうちょっと頑張ってもらわなきゃいけないんだけど――

「うにゃーっ!キモーっ!!触るんじゃねーっ!!」

 うん。それは全くの同感で。

 粘度高めに糸を引きながら伸ばされた腕だか触手だかを嫌がって、ビビアンが力任せに蹴り上げた。

 その瞬間、フェイスくんが、

「あ」

 と声を漏らした。

「あって何、あって」

「忘れたの。スライムは分裂して増殖する」

 ビビアンが蹴った()()()()()()()を見て、思わず私も硬直する。

 ――『最大の特徴はやっぱり、切ったとこから分裂するところかな!スライムは生命の危機を感じると、ダメージを受けた部分を身体から切り離すんだ。なんと凄いのが、この時に切り離した部分が親と子、本体と分身といった形ではない、どちらも完全なる別の個体として独立するところなんだよ!つまりダメージを与え続けると無限に増殖する!これが彼等の強さの秘訣だ。最近ではこの性質を生かして、スライムを医療だけでなく化粧品に応用する研究が進められているみたいだね!』

 ヴァロータ先生の嬉しそうな笑顔が浮かぶ。だから何できっちり思い出せんのよ。

「あ~~~っ!!」

 ビビアンのほうから悲鳴が上がった。

 既にスライムは二体に増殖している。今のところは宝箱が入ったやつと、ジークの投げたフラスコを浮かべたやつで済んでるけど――これからこの調子でどんどん増えられたら溜まったもんじゃない。

 しかもこの魔物、厄介なのは。

「ザラ!危ない!」

「レディ!!」

 一定距離を取ると何か吐き出してくること!

 さっきまでは見ていれば避けられたけど、分裂に気を取られていた私とシンディは一歩遅れてしまった。ジークとエルヴィスが咄嗟に反応して、私たちを庇い、スライムが噴射した液体を浴びた。

「ジーク!」

「ダーリン、そんな……!」

 どんな攻撃かもわからないのに、迂闊だった。

 私に覆いかぶさっていたジークを無理矢理引っぺがして、液体を浴びて怪我したであろう箇所を見ようとした。

「大変……!ジーク、あなた……!」

 私は言葉を失い、目を覆った。あんな一撃で、こんなこと。

「服が!!!!」

「何ィーッ!?」

 どういう訳かジーク本人はピンピンしていて外傷は無い。

 代わりに液体を受け止めたらしい腕、それが色々な法則を無視して跳ね返った腹部や太腿の部分だけ衣服の布が溶けて、ジークの青白い地肌が露わになっていた。

 エルヴィスのほうを見ると、そっちも狼姿に装着していたベルトやホルダーを失って狼狽えていた。

 これは。

 これは一体誰得なんだ。いや確かに、ジークは普段厚着なぶん、首とか手元のチラ見せにありがたさを覚えることもある。えっ、本当、何をどうしたらそんな綺麗に脇腹や内腿だけ見えるのか。

 そこじゃないな。大体それは多分私だけの需要だし。

 ちょっと隠そうとするジークにやや腹が立ちながら、私は誰にともなく訴える。

「どうなってんのよコレーっ!!?」

 まともに直視できなくなってしまったじゃないの。

 この人……人じゃないなこの魔族、前もこんなんなってなかった?いつからお色気担当に?私を差し置いて!?

「き……聞いたことがある……ッ」

「知っているのね、フェイスくん!?」

「この世界のどこかには、人間が身に着けている下着以外の衣服を溶かす粘液を吐くスライムが居ると……!」

「そ、そんな限定的な生態が……!?」

 そしてすかさずフェイスくんの説明が入る。ホント何でも知ってるな君は。あと何なの、そのテンション。

 ていうか聞き間違いじゃなければ下着以外?装備を腐らせるとかでもなくマジで服だけ?バカの考えた攻撃じゃん。目的が全然わからないよ、強いて言うなら私が目開けられないくらいの弊害はあるよ。

「アイツの攻撃食らったら服溶けるってこと!?」

「残念だけど……」

「絶ッッッ対ヤダ」

「同じく」

 女子陣の心が一つになる瞬間だった。下着までいかないならいっそ男子にぜんぶ受けてもらおうか。

「僕の服が溶けるのはコンプラ的にやばくない?」

「やばいわね」

 やばいのでフェイスくんもこっち側ね。ここに線引くから、出ちゃだめよ。

 とか言ってる間にもスライムはヌルヌルの触手を振りかざしながら、近くに居るビビアン達を狙って追い回す。

「うわぁ、こっち来ンなっての!」

 もはや攻撃も防御も捨てて、ビビアンはスライムから逃げ回る。

 しかし奔走虚しく、スライムの魔の手はビビアンに迫り――デコピンのような所作で彼女を弾くと、ついでにシンディの頭にもチョップを叩きこんで戻っていった。

「ビビアン!シンディ!」

 二人は力を失い、吸い込まれるように床に倒れ込んだ。介抱のために駆けつけると、二人は既に意識を失っていた。

「すこ~~~……」

「うふふ……もっと食べていいんだから……」

「寝てるゥーッ!!」

 肩を揺すって起こすことも躊躇われるくらい、安らかな表情でぐっすりお眠りになっている。

 ジーク印の万能薬を顔にぶっかけて、無理矢理覚醒させる。よく考えなくてもこれ水でも良かったな。

「はっ……!!寝てる場合じゃないじゃん!!」

 そうなんですよ。シンディも同様の方法で目を覚まさせると、私たちは更に増殖したスライムたちを相手どるエルヴィスたちのもとへ合流した。

 スライムの群れは、私たちの周囲をぐるりと囲んでいる。追いつめられた私たちは背中合わせになり、お互いの無事を確認した。

「攻撃するたびに増えてるな」

 エルヴィスが尻尾を立てた。

「しかも向こうから攻撃されたら睡眠、遠距離で服溶けか~……詰んでね?コレ」

 何とか睡眠の呪いから解放されたビビアンも、自慢のスワロフスキー手甲(ナックル)を握り込んで、固唾を呑んでいる。

「一体ずつの体力は多くないみたいだけど……一撃で削りきらないとどんどん分裂する」

「一箇所に集めようにも上手くいかねえ。どうする」

「せめて炎か氷の魔法使える人間がいればね」

「黒魔術師がいるのにね。なんなんだろうねー」

「ごめんってばー」

 安全にスライムの弱点を突く炎や氷を操る術は本来、私に期待されるべきなんですけども。肝心の私が。ええ。毎度のごとくアレなもんで。皆さんにはご不便をおかけしやす。

 さて――とみんなが意気込んだ。

 その中で、フェイスくんが何かに気づいたらしく、隣に居た私のマントを引っ張って知らせた。

「いや、待って……」

 フェイスくんが、塔の壁に狭く小さく開いた、窓?穴?の真下を指し示した。(あとでフェイスくんに、狭間(ざま)というものを教わった。)

「見て。陽の光が当たってるところだけ避けてる」

 ほんとだ。

 私たちが一歩でも動いた瞬間を襲わんと蠢いているスライム群がなぜか一様に――小窓や、木漏れ日の隙間といった陽光の射す場所から遠い場所に位置どっている。暗い場所を選んでいるともいう。

「弱点か。……であれば――」

 ふむ、と納得したように鼻を鳴らしたジークが一歩進み出る。

「全員目を瞑れ!」

 そして、完璧なフォームでのピッチング。ジーク投手、今まさしく閃光弾と思われる何かを振りかぶって投げたーッ!

「……」

 結果はお察しである。

 アイテムは効果が発動する間もなく、再びスライムの泥の身体の中に沈んでいった。ていうかナイスキャッチやね。

「……スマン!!」

「またかよ!!」

 はい、退場。ジークは渋い顔ですごすごと円陣の中に戻っていった。素直に謝れるのはいいことよ。

 そこで私は一計を案じる。もしかしたら、ジークが行わんとしたことの意志を継げるのは私だけでは。

「光ればいいんだよね!?」

 私が言葉にするまでもなくピンときたみんなが、それだ、と目を丸くして頷いた。

「そういうこと。みんな!時間を稼ごう」

 フェイスくんの合図で作戦は決行された。一度決まると行動の速い面子である。

 私が術の発動の為に集中し始めると、狙ったかのようにスライムたちも動き始めた。こっちの魔力に反応してるのかしら。

「シンディ・ダイアモンド。あいつにお前の魅了(チャーム)は効かないのか」

「え~。さっきちょっと試したけどダメそうだったわよぉ」

 ジークが何やらシンディに耳打ちしていた。そういえばシンディ真面目にやってないな。

 彼女はいちおう魅了以外にも毒、呪い、そしてあのスライムと同じような睡眠などの術を学んでいる筈。魔物に効きにくいとはいえ、アンタの試験なんだからね。

「そこを何とかして。出し惜しみしてる場合?」

 フェイスくんにまで説得されても、当の本人は、

「どうしようかしらぁ~」

 とかわい子ぶって杖で頬をつついていた。

「ザラの詠唱が終わるころまでに、俺の魔法陣まで奴を誘導してくれ」

「あんたに指図受けるのは何か不服ゥ~」

「オレもやる。レディ、二人でやろう」

「ダーリンとの共同作業なら喜んでやっちゃう~~~♡♡♡」

「繊細な作業なんだから集中しろ!」

 ジークの提案には難を示しておいて、エルヴィスが割り込んでくるなりこの態度よ。掌にドリルでもついてんのか。私はジークが露骨に舌打ちしたのを見逃さなかった。シンディの弱点、精神的なムラがここにきて垣間見えるのであった。ていうか目先の快楽に弱い。私と同じで。嫌ぁね。

 というわけでバカップルはスライムの群れに突っ込んでいった。シンディの見境の無い魅了魔法(チャーム)で他の男子がどうなってしまうか心配だけど、そこはジークとフェイスくんが、アイテムや魔法を駆使して何とかカバーしてくれるらしい。

「あーしも援護する!ちょっくら角っこに物理障壁張って、動き回れないよーにするわ!」

「それ天才」

 ビビアンも駆け出す。彼女がスライムが好みそうな日陰に障壁魔法(シールド)を施すと、スライムたちは見事に弾き出されて、同じような場所に留まることを余儀なくされている姿を見て、なるほどそういう使い方があったのかと感心した。

 三人の尽力のお陰で、無数のスライムたちは徐々に部屋の中央――ジークの紋章(シジル)を展開した、私たちの前へ並び始めていた。

「集まってきた!」

「いいカンジじゃねー?」

 お膳立てはばっちりだ。反撃を食らわないように、私の両脇でジークとフェイスくんが防護の魔法を準備してくれている。本当、心強いなここの二人は。

 ――さて。

 私のほうもスタンバイOKよ。

 あと一息、呼吸に魔力を乗せれば、最大出力の雷がこの塔を直撃する。(キャスリング)が電気を纏ってビリビリ震えているのが分かる。

「みんな、目瞑っててね!いっくよー……」

 ――爆ぜて。

 思い描いた通りの閃光が、部屋のなかで溢れた。

 他のみんなが、その眩しさに呻く声すら聞こえた。大丈夫かな。

 閉じた瞼の上からでも分かるような瞬く間の真っ白な世界が終わると、だんだんと慣れた視界が浮かび上がってきた。

「よし、向こうも目が眩んでる!」

 我ながら上出来だ。たぶんスライムじゃなくてもこの閃光弾もどきを食らったら目玉潰れると思うけど。

 狙いどおり、スライムたちの動きが貼り付けられたように、完全に停止していた。

「ここからは俺の仕事だ」

 床に描かれたハーゲンティの紋章(シジル)の上で。

 さっきより少しばかり数は減った印象だけど、光が弱点って聞いたときから、これで倒せるとは思っていない。あと何撃か叩きこんでもいいけど、ちょっと時間かかりそうだからね。

「あとは、ジーク……」

 ジークと交代した瞬間、私は彼の背中になんと声を駆けるべきか迷った。

 気を付けてね、とかも違うし。

 今更大丈夫?なんて訊けないし。

「問題ない」

 そんな私を察したのか――どうかは分からないけど。ジークは口角を釣りあげて、いつものように不敵に笑っていた。

 ジークと出会ってから何度か耳にした詠唱が終わると、これまた慣れた光と煙が辺りに散った。

 それらが晴れたころ、私達の前にはスライム()()()()()の中に埋もれる宝箱と、ジークが投げた筈のフラスコと瓶が姿を現わした。

「いや完全にやりすぎてない?」

「……い、一応的は絞った。宝箱は無事な筈だ」

私たちは勝利を確認すると、喜びよりもまず安堵の溜息を吐いた。




.

.

.




 さっきまでスライムだった砂を払い、早速戦利品を回収する。

 これまでと同じ手順で宝箱を開けると、中には一冊の古びれた本が入っていた。

 細い鎖で封を施された表紙には、魔法陣が描かれている。

「……魔導書だ」

 それも恐らく、吸収(ドレイン)の。

 私の肩越しに本の中身を見たみんなが、大げさに拍子抜けしていた。

「ゴミすぎる……」

「苦労してこれかぁ……」

「ボスの宝箱に入れるようなモンじゃないでしょ~……」

 がっくし、と魂の抜けた顔で不平不満を口にしている。

 みんなの落胆もその通りで、吸収――とりわけこの魔導書に記されているような“魔力吸収”の魔法は、魔力のコスパの観点から見て非効率とされることが多く、こう、戦利品としては相応しくないというか。どうしてもこういうリアクションにならざるを得ないというか。

 でも多分、それは“普通なら”、の話だ。

 私にはこの魔導書を手にしたことが、奇跡に思えた。

「あ、あの。これ、私が貰ってもいい?」

 許されるのであれば、この魔法を習得したかった。このタイミングで手に入るなんて、きっと何か意味のあることだ。

 みんなが意表をつかれたように目配せしあっている。そんなの欲しいの、という心の声が丸聞こえである。

「……ま、最終的には教師連中とギルドが決めるからどうなるかはわかんないケド。アンタが欲しいならいいんじゃなぁい」

「えっ。意外。シンディぜったいダメって言うかと思った」

 意外な人物が真っ先に許可をくれたので本音と建前が完全に一致して口から飛び出してしまった。

「ただの吸収魔法でしょぉ?アタシじゃ手に負えないわよぉ」

「確かに。ザラくらいの魔力がないと扱えないかも」

「そういうモンなん?」

「こういうのは大抵、吸収魔法を使う本人の魔力の最大値に依存するんだよ。本人の魔力の五パーセント、とかね。結構な魔力を使うのに還元される分は雀の涙みたいなものだから、普通は実用性は低い。でもザラなら有効に使える……と思う」

「へ~~~……!!」

「へーじゃないっしょ。あーしもよく分かんないけど」

 やった。やっぱりそうなんだ。私の直観が当たった。

 無事に全員からの合意を貰って、私は魔導書を大切に、パーティ共同の鞄に仕舞い込んだ。

 実際に自分のものになるかどうか、魔法を自分のものに出来るからどうかはこれからだけど、希望ある未来があるとわかっただけで、胸の内はほっくほくよ。

 そんな中、ジークが一人、苦い顔で腕組みをしていた。何よ、いいって言ったじゃない。

「何に使うつもりなんだ?」

「んっと……私さ、魔力、あげることは出来るみたいだけど、それで暴走とかさせちゃうから……。制御できないならせめて、与えすぎちゃったぶんをもう一回戻せたらいいなーって思ってて」

 あんたの為じゃい、とは……この場では言いにくいから濁したけど。多分ジークには伝わってるだろう。

 ――ジークは、この間のバザーでグリムヴェルトに襲撃された時から、身体に異変が起きている。

 人間界にやって来た……恐ろしくも強力な牛の姿とそれをカモフラージュするための弱いヒトの姿を統合するという、真の目的。

 何でかわからないが、それが突然成就したのだ。美しい似非エルフのまま、真の力を自在にしている。

 私にもわかるくらい魔力が増大して、本人も不便そうにしている。

 それを――私が制御できたら。()()()()()()で、どこか遠くへ行きそうな彼を引き留めることができたら。この胸にある不安を取り除くことができたら。

 ……いや、実際に便利そうだしちゃんとジーク以外にも使うけどね。

「なるほど……いい考えだね」

「だよね!?フェイスくんがそう言うなら間違いないや」

 軍師殿のお墨付きも頂いたことだし、うまいこといくといいな。

 私は笑顔でジークを見つめた。待っててね。

「……何だ?」

「何でもないっ。私だっていつまでも三流魔導士見習いじゃないってトコ、見せてあげるんだから」

 塔の最上階に救っていたスライムを斃したことで、シンディの卒業試験は無事終了、結果は合格となった。

 ついでに随伴した私たちの単位やその他もろもろも華麗にお目こぼし。問題児一斉処分セールは成功のうちに幕を降ろしたであった。まさにWIN-WINとはこのことね。

 私たちは先生がたの転移魔法で学校に戻って、そのまま報酬を受け取った。これがまた豪勢で。いつかこの話もできるといいわね。

 ちなみにジークが錬成したスライム砂は、後からヴァロータ先生が回収したらしい。






.

.

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.

・毎回ゲストキャラクターに昔作ったキャラを捻じ込めて楽しいです。


・フェイスくんは占いに集中できなくてミスすると、わかりたくもない相手の情報がわかってしまうことがあります。3サイズとか、おとといの晩御飯とか。ていうかフェイスくんマジ強いな…と実感しました。


・スライム強くしすぎた。


・攻略報酬は温泉券でした。そんなんばっかやな。


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