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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
3.双子とホムンクルスと、時々オトン。
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シェイド・オブ・ウォーター・4




 翌朝、私たちは再び水着に着替えて、浜辺へ集合した。

 海岸には既にカーンさんが彼の私物らしいモーターボートを停泊させて待っていてくれた。滑らかな木目が美しい高級そうな船だ。さすが。

 カーンさんは鬼教官のように仁王立ちになると、私たちに一列に並ぶよう指示した。うしろではフランセスさんがにこにこしている。

「おい、お前ら。あいつに一泡吹かせてやりたくないか?」

 互いの顔を見るまでもなく。私たちは躊躇なく応じた。

「勿論です」

「いい返事だ」

 カーンさんは満足げに頷くと、拾った流木の先で砂浜に絵を描いた。

 私たちが見守る中、たった数秒で描いたとは思えない写実的な半魚人を示して、カーンさんは“あいつ”――私たちをこの島まで流してくれた諸悪の根源について語り始めた。

「アレはな、あの海域を縄張りにしてる魚人(サハギン)族が年に一度呼び出す神の化身だ」

「神の化身……魔物なのに?」

「そ。その昔タチの悪〜いダゴンって神様が居てさ。ソイツは趣味で自分そっくりの魔物を作って、魚人族を騙して召喚させては大暴れして、その光景を肴に酒飲んでんのさ」

「もしかして……あの歌は魚人族の……」

「歌まで聞いたのか。ツイてねえな。ありゃ人間や船を水底に沈める(まじな)いの旋律だ。よく生きてたなお前ら。運命に守られすぎてて何かキモいわ」

 改めて凄い瞬間に立ち会ってしまったことを、カーンさんの苦い表情から察してしまった。吸血鬼にドン引きされとるがな。

 それにしても、神様が自分の愉しみの為だけに魔物を作るだなんて。そんなこともあるのか……。

 一口に魔物と言っても起源や生態はまるで統一性がない、というのは理解しているけど、正直魔物については不可解すぎて、今回のケースが珍しいのかそうでないのかも図りかねるわ……。

「チッ。クソ迷惑な神霊だ」

「天界の連中なんてみんなそんなものだ」

「ジークウェザーの言う通り。で、まあ、ダゴン召喚の儀式ってのはここいらじゃ有名でな、地元の奴らはこの時期、海には近寄らねえの」

 それを聞いて私たちはがっくりと肩を落とした。

「……無料なワケだ」

「うまい話には裏があるもんだね……」

 てかホテルのほうは無事なのかな。荷物とか荷物とか……。地元で有名なら対策してるかぁ。

 私たちはまんまと騙されたわけだ。どうせこういうことをするのはセージ校長だ。度し難し。

「何で魚人族たちはあんなモノを呼び出すんですか?」

「さあな。国を取り戻してやるーとでも言われたんだろ」

 そっか。もともとこの辺りはアトリウム王国じゃなく、魚人族と人魚族の領土……。今でも海底の国とは少なからず確執があるっていうし、権威を取り戻したい人たちにとっては、そりゃ、あんな力を目の当たりにしたら、たとえ年に一回でもいいから縋ってみたくもなるのかしらね。

 というワケで作戦会議。各々の持てる力を生かして、帰還とダゴン討伐のために知恵を合わせる。

 本来はカーンさん一人でも十分どうにか出来るらしいけど、それでは私たちの腹の虫が治まらない。計算した連携で、欠片も残さずぎったぎたにしてやろう。

 校長にまんまと騙された事実、何も疑わなず浮かれまくっていた自分、束の間のバカンスを邪魔した魔物、誰もそんなん教えてくれなかったこと、昨日つい食べすぎちゃったこと、それら全てへの憤りを力に変えて。

 作戦の要であるフランセスさんも乗せて、私たちは出航した。

 ……とは言いつつもクルーズとなれば必然気は緩むもので。

 ボートの乗り心地の良さも相俟って、フランセスさんが用意してくださったジュースの瓶を開けながら、釣り糸なんか垂らしてみたりして、すっかり談笑してしまう私たちであった。

 暫く船で飛ばすと、脳裏に焼きついたあの雷雨の光景が近づいてきた。

 一晩経っても暴れているらしく、相変わらずヤツの周囲は高い波と渦が荒れ狂っていて、まだ遠目に捉えているだけの位置にも関わらず、ボートが激しく揺られ、水しぶきが舞い上がった。

「フラン、頼む」

「任せてちょうだい」

 ボートの()()に掴まっていないと体勢を保てない状況で、フランセスさんだけが何も影響を受けずすっくと立ち上がった。

 フランセスさんはボートの後方(スターン)に躍り出ると、私が昨日浜辺で聞いた、ジークとネロ先輩ですら聞き惚れる天使の歌声で旋律を奏で始めた。

 妖しく透き通る熱唱に、耳をすまさずにはいられない。

 これこそが、人や船、海を惑わす海底の民の音楽だという。

「海が……穏やかになった……」

 それまで猛っていた海原が、まるでフランセスさんの歌声に心奪われて眠るように静まり返った。

「これが人魚姫の加護ってやつよ」

 遠くで鳴り響く轟雷をものともせず、フランセスさんがチャーミングに微笑んだ。

 カーンさん曰く“かっ飛ばしやすくなった”海を駆けて、私たちはとうとうダゴンのもとまでやってきた。

 波がなくなったとはいえ今度はカーンさんがボートで全速力を出すものだから、結局は座席にしがみついている私たちだった。

「やれるか、ジークウェザー!」

 ダゴンの巨躯を眼前に捉えられる場所まで来ると、カーンさんが運転席から身体を乗り出した。

「生き埋めにしてやるとも……!」

 恨みの籠った視線でダゴンを睨みつけながら、ジークがその両手に黒い液体の入った試験管をずらりと構えた。

「なにそれ」

 と訊けば、まるで尋ねられるのを待っていたかのようなドヤ顔が、ひとつ咳ばらいをした。

「以前バラした蛙から取った油――から錬成したインクだ」

 えっ。もしかして私が森で追っかけられてたやつ。ジークが一撃で吹っ飛ばした。今でもあの内臓が降ってくる光景忘れられないんですけど。そんなものをいつの間に。

 改めて露見したジークの抜け目と躊躇のなさに若干戸惑っていると、ジークは続いて、私たちにそれぞれ一つずつ、錘の入った腕輪を渡してきた。

「お前たちはこれを」

「なにこれ」

「酔い止めのようなモノだ」

「もしかして、ジーク……」

 何かを悟った先輩たちが観念したように腕輪を握りしめていた。私は未だに何も腑に落ちていない。

 しかし考える暇もなく、

「よっしゃあ!このまま飛ばすぜぇっ!!」

 カーンさんの怒号と共に、ボートは再び海原を駆け出した。

「ぎゃああああああああ」

 速い。揺れる。速い。さっきよりも速い。しかも、今回は舵取りが滅茶苦茶だ。

 海面に垂直になるくらいカーブをつけたと思ったら、今度は急停止したり。

 かと思えばまた小さく旋回したり、忙しない。三半規管を殺しにかかってる。

 ジークがくれたお守り?が効いてるのか効いてないのかわからないけど、とにかく気絶寸前で、ダゴンを中心とした謎の海上ジェットコースターが終わってくれて何よりだわ。

 ぐったりする私たちをよそに、ジークは真顔でボートの軌跡の上へフラスコを投げ入れていく。

 ボートの飛沫が描いた弧が黒く染まり、ひとつの模様が浮かび上がった。

「うっし、こんなもんか」

 最後のひと筆を加えて、ボートは停止する。

 私たちが辿っていたのは――海の上をキャンバスにして展開されたジークの巨大な魔法陣だったのだ。

「海と言ったら――」

 ジークが大きく息を吸い、黒く漂う紋章の一角へ両手を沈めた。

「人工呼吸イベントだろうがーッッッ!!!!」

「詠唱は!?」

 まさかのクソデカ怒号になよる詠唱短縮によって発動された錬金術(まほう)により、恨みの籠った赤黒い光がダゴンを包み込む。

 大魔法の衝撃に一瞬、身を竦める。そしてもう一度瞬きをすると、空を映した蒼く柔らかい鏡は、息苦しい砂漠に姿を変えていた。

 ジークの魔法が成功したんだ。

「ダゴンの動きを封じたぞ!これで津波も起こせない!」

 見渡す限り辺り一面の砂は、ダゴンの鱗の隅々までぎっちり浸食し、その身体を捉えて離さない。

 何が起きたのかわからないといったように呆けている魚顔に目掛けて、今度はネロ先輩今日先輩がボートを跨いで駆け出した。

「ネロ、キョウ!思う存分叩き斬ってやれ!」

「行くぜッ!キョウスイ!!」

「よくも俺たちのバカンスをーッ!!」

 環境が砂場になったことで形勢逆転、自由に身動きがとれるようになった先輩たちは、例によって恩讐の炎を引き連れながら、文字通りの最大火力でダゴンに突っ込んでいく。

「受け取れェ!これぞ撃滅の炎!」

「女子の水着を遮る者に、迦楼羅の裁きを与えん!」

「燃え尽きろオォォォォ!!」

「うおおおおおッッ!!」

「「魔法剣・獄焔舞殺魚類絶殺撃(ごくえんぶさつぎょるいぜっさつげき)ーーーー!!!!」」

 殺意高いな。

 ネロ先輩が自身のイフリートの炎を燃え滾らせ、それをキョウ先輩の刀に付与(エンチャント)したことで生まれた魔法剣によって、ダゴンはつむじから爪先まで一刀両断された。

 ダゴンの脂っぽい断面が爆炎に燻されて、周囲にちょっといい感じの匂いが漂い、私たちへの勝利の勲章ならぬ()()となった。




.




 案の定、ちゃっかり結界を張って、避難してきた近隣の人魚族たち相手にサービスパックを売り出していたホテルに戻ったのは、それから間もなくのことだった。

「じゃあ、私達はこの辺で」

「気をつけて帰れよ」

「お世話になりました」

「ん。気にすんな」

 何度目かの感謝を口にし、私たちは深々と頭を下げた。もうこのご夫妻に足向けて寝られないわ。荷物も無事そうで一安心。

「本当になんとお礼を言ったらいいか……」

「是非この小切手を……」

「ネロ、お下品だよ」

 ま、まあ、お礼の形は人それぞれよね。

「いいのよ。きっとこれも何かの縁だもの。良かったらまた遊びにきてね。私、いつもあの島でボーッとこの人の帰り待ってるだけだから。結構退屈なの」

「悪かったよ……」

「本当よ。フェリーだっていつも来るわけじゃないし。だからあなた達に会えて……不謹慎だけど、楽しかったわ」

「そんなの、私たちだって」

 フランセスさんが同じ気持ちで嬉しい。ドタバタしちゃったけど、この出会いそのものは奇跡のようだった。

 特にフランセスさんとは、夜通し語り合った仲になれたこともあって、たった一晩だったけれど、離れがたいと思っていた。

 是非、今度はダゴンが居ない時期に来たいものだ。まだまだ喋りたいことも沢山あるし。

「吸血鬼とコネが出来たのはありがたい」

「俺も魔族の坊ちゃんに貸しが出来て光栄だよ。困ったことがあったら俺の名前出しな。何とかしてやるよ」

 絆が芽生えたのは、私たちだけじゃないみたいで。ジークとカーンさんは満足げに握手をして、そのあと肩をバシバシ叩かれながら、笑顔で別れた。

 ボートに乗り込んだ夫婦の姿が水平線の向こうへ消えるまで、私たちは浜辺で手を振り続けた。

「……ヨシ。帰りの列車が来るまで遊ぶか!」

「まだ遊ぶんですか、ネロ先輩!?」

「土産もロクに見てないしな、行くぞ、テメエらーッ!!」

 大物とやり合ったことでテンションが上がってしまったらしいネロ先輩に引きずられて、私たちはダゴンに奪われた一晩の遅れを取り戻すように、ぎりぎりまで島中を堪能したのであった。




 そのあと、ダゴンがハンターギルドで指名手配されていたことや、魚人族との平和協定問題に抵触してるしてないで大騒ぎになり、割とすぐカーンさんを頼ることになった……。






.


.

.

.

・キョウの水着、褌にしようかと思ったんですけど、あまりにも絵面が汚いのでやめました。てゆか何で女子を差し置いて、この先輩たちばっか衣装パターンが増えていくんだ。

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