シェイド・オブ・ウォーター
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――うたが きこえる。
波間に溶け込むように、透き通った歌声が、私の鼓膜をくすぐる。
なんて綺麗な歌なんだろう。今まで聴いたどんな音楽よりも繊細で、力強く、流麗だ。
高級な楽器のように鳴り続ける旋律に、心地よい潮水のブランケットと、陽光の暖かさ。
微かに脈打つ柔らかな枕に――ああきっと、産まれる前は誰もが、お母さんのお腹の中でこんな風に安心していたんだと納得する。
髪を撫ぜられた感触で、私は目を醒ました。
まず飛び込んできたのは、
「――ッッッ!!???」
見知らぬ絶世の美女だった。
一瞬で全身に血が巡る、まさに目の醒めるようなヒューマーの美女が、大きな日傘を差して座り込んでいる。
陶器の肌に、貝殻のようにオーロラを纏った銀髪、宝石のような瞳、熟れた唇。
その見上げた距離で、私は、彼女の膝で眠っていたことに気づいた。
「………………♪」
しかし、私がこれだけ凝視しているのにも関わらず、美女はマイペースに私を撫でながら歌い続けている。
「あ、あの……」
まるで心当たりのない状況に、自分で思っていたより頼りない声がでた。というか、喉、カラッカラなんだけど。身体だっる。
「あら。起きた?」
「私……何がどうなって……」
「あなた達、ダゴンの儀式に巻き込まれてしまったのよ。可哀想に」
そう言いながら、美女は私の顔をぺたぺたと触る。美しくも暗い瞳がいつまで経っても私を捉えないことに、違和感を覚える。
「私の名前はフランセス。あなたがザラちゃんでしょう?」
「そうです、けど……」
「無事で良かったわ」
きゅん。
フランセスさんのふんわりとした花開くような笑顔に、一瞬で心奪われる。
な、なにこの……こんな……一見すると人智を越えたような美人が親しみやすい表情をするだけでこんなにも……同性なのに恋しちゃいそう。
――じゃなくて。
人外の無邪気な笑顔から関連して脳裏を掠めたアホ魔族を思い出して、私は自分の置かれた状況のおかしさに改めて気づいた。
周囲はこのフランセスさん以外に人気のない海岸で、私は水着で。
一緒に居たはずの彼等の姿もない。
「そうだ……私、だんだん思い出してきました……」
今までに一体何があったのか、今何が起きているのか。堰を切ったように記憶が溢れてくる。
「じゃあ、行きましょう。歩けるかしら?」
フランセスさんは微笑むと、ぎこちない仕草ながらも、肩を貸して私を立ち上がらせてくれた。
「ど、どこに行くんですか?」
「私のお家よ。ここで休んでいてもいいけど、人間の女の子なら柔らかいベッドのほうがいいでしょう。それに、お友達も待ってるわよ」
「ジーク達も!?」
やっぱり、あの時にはぐれてたんだ。良かった……。
フランセスさんが示した“お家”は、この海岸から見える崖の上のでっかい黒鉄のお屋敷だそうだ。
女子二人で支え合いながら、丘に続く坂を登る。てか私、裸足じゃん。
「先に男の子たちが流れ着いてたのよ。目を覚ましたらすぐにザラはどこだーって飛び出して行こうとしたから、夫が無理矢理止めたの」
「そ、それは……えらいご迷惑をお掛けしました……」
「それでね、じゃあ私が捜すわねって言って来てみたら、あなたがここで気絶していたから。でも私、そういえば目は見えないし力はないし、とてもじゃないけどあなたを家まで運べないわ~って思って、あなたが起きるまで待ってたの」
「あ、そうなんですね……ありがとうございます」
「うふふ、気にしないで。それにしてもあの魔族の子、凄いわね。夫が珍しく力で負けそうになってたわ。今頃どうなってるかしら」
あ、ああ~……。どうりで。色々と合点がいった。
わざわざフランセスさん一人で私を救助しに来たってことは、ここにはご夫婦しか居ないってことなんだろうか。さっきから人っ子一人、影も形も見当たらないし。
ジークが無理を押して暴れてるのも想像に容易いわ。強行しようとするジークを止めるなんて、フランセスさんの旦那さんも随分豪胆な方だ。きっと身長二メートル越えのマッチョマンとかに違いない。
それにしても、こんな状況にもかかわらずフランセスさんはにこにこと笑っている。なんだかハプニングを愉しんでいるようにさえ思えるくらい、浮かべているのは、無邪気な少女の微笑みそのものだ。
仕立ての良いドレスを身にまとった、盲目の貴婦人。いっそ逞しくもある陽気さに、私はふと疑問を投げかけた。
「フランセスさんは……何者なんですか……?」
「私は――そうね……。元人魚で吸血鬼……の奥さん、ってところかな」
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・もちろん、フランセスさんがザラを踏んづけて発見したのは言うまでもない…




