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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
3.双子とホムンクルスと、時々オトン。
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ジェミニインパクト・エピローグ




 私は慎重に、夕陽を頼りに手のひらの中の紙幣をめくっていく。くしゃくしゃになったものから、シワひとつないものまで。同じ価値の数字を、かれこれ何十枚と見続けていた。

 ひい、ふう、みい。

 隣で見ていたジークが、ほお、と短く感嘆を漏らした。

「三万ソルたっせーい!!」

 今日のバザーの総売上。商品もほぼ売り切って、実に三万二千ソル。目標の二倍から三倍の結果に、驚きと喜びが湧き上がる。これはヘタしたら表彰モンよ。

「や……ったーーー!!」

 幻魔と戦った後から妙に魔力がみなぎっていたジークの生産力と、アルスの人懐っこい接客の賜物だ。

「「「ばんざーい。ばんざーい。」」」

 私たち三人は手放しで成功を讃え合う。人気の無くなった校舎に向かって体操のように並んでウネウネと万歳する私たちは、傍から見たら地球外生命体からの電波でも受け取っているかのように不気味に見えたことだろう。

「じゃあ、約束通り。これは二人のデート代ということで」

 協議の結果、売り上げを山分けしようにもジークお坊ちゃん曰く「そんなはした金いらん」との事で、かと言って全面協力しておいてもらっておきながら私が全額総取りという訳にもいかないので、このバザーでの収入は二人で使うことにした。

「異議なし」

「異議あり!」

 しかしそこへアルスが割り込んでくる。当然か。確かにアルスにも手伝ってもらったんだからそれは不公平よね。

「異議を却下する」

 それを更にジークが拒否。

「却下を却下します!」

「却下の却下を却下だ」

「却下の却下の却下を……」

「もういいわ!」

 子供か。こっちはゲシュタルト崩壊してんのよ。いいじゃんよ。三人で使おうよ。

 てかジークの分は勿体ないからアルスにあげようかしらねぇお坊ちゃんは普段からご自分で稼いでらっしゃるから。

「金の問題じゃねーよ。俺の前で二人だけーとか言うなよな!寂しいだろ!」

「知るか。指でも咥えてろ」

「何だよーっ!さっきあんなに熱く抱き合ったのにさーっ!!」

 アルスが容赦なくジークに体当たりする。いつもなら避けたり引き剥がそうとするジークだけど、今日は力の制御がわからないからと、アルスにされるがままだ。

「……」

 実際、ジークは売り場に戻ってきてから苦労していたようで。

 お客さんに商品やお釣りを渡しては痛がられたり、棚にぶつかっただけで何もかもぶちまけたり、追加で製作した商品の品質を上げすぎたり、それを触って壊したり。まるで昆虫の世界にやってきた獣のように、その有り余るパワーを発揮していた。

 幸い誰も怪我とかはしなかったけど、難儀していたのは確かだ。本人は、人間界に来たばかりの頃も似たような感じだったから、そのうち慣れるだろうと言っていた。

 ――ジークのことだから、無理はしてないだろう。傷ついてないのも本当で、その内何とかなるだろう。

 ただ私だけは、それを当たり前だと思いたくない。




.




 その夜、何故だかやって来た先輩たちと私の友人たちが大集結し、ジークの部屋でバザーの打ち上げと称したプチ祝宴が開催されることになってしまった。

「お前ら焼き肉行ったんじゃないのかよ!」

「いや、どうせならジークに嫌がらせしようって話になってさ」

「俺の部屋で飲むのが嫌がらせになるという自覚はあるようだな……」

「ザラ、こっちおいでよ。女子だけで何か作ろう」

「野菜足りなくない?料理部に貰いに行こうよ」

「あっ、なんか高そうなチーズはっけーん」

「勝手に冷蔵庫を漁るなーッ!!」

 ネロ先輩、キョウ先輩たちは既に自前の酒瓶をどんどん空けていて、マーニくんとディエゴくんは傍らでそのお酌をさせられていた。

 グレンはロザリーも連れ込んでるし、ビビアンとフェイスくんはいつの間にやらシンディとエルヴィスと打ち解けてるし。

 いくら広いといってもジークが一人で生活している空間だ。これだけの人数が集まって騒いでると、正直狭苦しい。

 私はグレン、ロザリーと共にキッチンに避難していた。

「この部屋ほんと居心地いいな~」

 もちろんアルスも仲間に加わっている。ネロ先輩たちに勧められるまま一緒にお酒を飲んでいるらしく、いつもより上機嫌だ。

「あ。アルス、何か食べたいものとかある?」

「ジークとザラの料理なら何でも食べたい!」

「何で俺がお前らの飯の用意をさせられているんだ……」

 そして当の家主(ジーク)の扱いはこれである。

 開催した記憶もなければ客を招いてもいないパーティーのホストとして、せっせとオードブルを用意しているのであった。私たち女子は、その横でやいやい言うお仕事です。

「ハーゲンティーッ、ポーカーやろうぜ~ッ!!」

「今忙しい!」

「ちょっとザラ、このコ超生意気なんだけどォ!どうなってんのよ!全然かわいくないじゃない!」

「シンディより大人だよ~」

「僕もそう思う」

 あっちこっちから会話のロングスローが飛んできて、室内はもうてんやわんやだ。

 私はあまりこういう雰囲気は得意じゃないけど、好きな人たちに囲まれているぶんには、楽しいわね。

「ザラの手元が心配で仕方ないんだが……」

「分かる~。一緒にお菓子作ってるとき、すごいよ。豪快」

「だから大味になるのよね~」

 ソースを混ぜる私を、ジークとグレンとロザリーが興味深そうに覗き込んでくる。悪うございましたわね、本人は繊細警察みたいな性格なのに料理にはデリカシーが無くて。

「俺はザラのお菓子好きだぜ!余計な味がしなくて!フェイスも同じこと言ってた」

「ありがとねぇ」

 少し赤らんだ無邪気なアルスの笑顔に、幼い孫に対するお祖母ちゃんみたいなリアクションをとってしまう私だった。いま一瞬だけ五十歳くらい老けてしまったな。

「ああもう、そんな力じゃ一生かかっても完成しない!こうだ!」

「ギャア!!!!!」

 私の手際の悪さを見かねたジークが、とうとう後ろから手を伸ばしてきた。

 その、あの、しかも私の腕ごと掴んでるから、あの、なんか、近いし、人前だし、痛いやら恥ずかしいやら。

「ヒュ~」

「ややややややめてよね!!!!!!!!!!」

「グゥッ」

 思わず頭突きでジークの顎を砕いてしまった。




.

.

.




 やがてみんながハシャぎ疲れて、各々が千鳥足で家に帰ったり、カードやテーブルゲームの駒が散らかった床で寝始めた頃。

 ようやくジークと私も、落ち着くことが出来た。お互い羽目を外しすぎないタイプだと、こういう時に損ね。

 ジークがソファに転がっていた先輩たちを足蹴にして追い出し、私を隣に座るように促した。

「ジーク、大丈夫……?」

「少し……疲れた」

「うん。お疲れ様。付き合ってくれてありがとう」

 何もこの宴会だけじゃない、バザーに始まり幻魔との戦いまで、まるまる二週間ほどジークにお世話になりっぱなしだった。

 だからまずは、何よりも深い感謝を。二人分のコーヒーを淹れて、互いを労った。

 ジークは相変わらず、やや震えた手でカップを受け取った。

 ――考えること、山積みかも。

「その……何か、私に出来ることない?してほしいこととかさ……」

「……結婚……?」

「おい」

 調子に乗るな。ちょっと考えた素振り見せておいてソレかい。真面目に聞いた私がアホみたいじゃないのよ。

「安心しろ。今すぐ魔界に帰ったりはしない。お前のことも、幻魔のことも、あの兄弟のことも。二人で何とかしよう」

 ――なんだ。

 さっきまで先輩たちと一緒にワインを飲んでいたせいか、いつもより少しだけ緩んだジークの表情で、私の不安は全部吹っ飛んだ。

 前のジークなら俺が何とかするって、一人で気負ってただろう。

 でもそれが自然に、二人でって言ってくれるようになったのが嬉しい。

「ジークの身体のこともね」

「そうだな」

 ジークには全部お見通しね。

 今は、この心地よい疲労の余韻に浸っていよう。

 今日が大丈夫なら、明日もきっと大丈夫だもの。







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