ジェミニインパクト・3
「じゃーあたしそろそろ行くね」
「うん、頑張ってねビビアン」
「おー。男二人も、ザラがナンパされないよーに見張っててよね」
暫く校内を回ると、そろそろサボっているのがバレるからという理由で、ビビアンは警備の任務に戻ってしまった。実は忙しかったのか。ロザリーやルリコ、モニカもそうだったし……もしかして暇なのって私だけなんじゃ……。いや、私だって暇じゃないわよ。
「二人はこの後どうするんだ?」
「一度ジークの部屋に行くの。そこに商品の在庫や、追加の材料が置いてあるから」
「予想より売り上げがいいからな。念のためだ」
そうそう。アルスったらいいタイミングで訊いてくれたじゃない。ジークの部屋を一部間借りして、バザーに関わる道具やなんかを纏めて置かせてもらっているのだ。私の家よりも断然学園に近いし、どうせ作るのはジークだしね。
「俺もついてっていいか?ジークの部屋行きたい!」
「えー、すぐ戻るんだよ」
「行きたい行きたい!」
まあアルスならそう言うだろうなと思ったというか。こと私たちに関することだと子供のように駄々をこね始めるアルスに、NOと言える魔族であるジークも頭を抱えずにはいられないようで。
「はあ……こいつを止める方が面倒だ」
「やったー!愛してるぜジーク!」
「ぬぐっ、その巨体で抱きつくな!」
傲岸不遜なジークも、自分よりも大きな身体でめいっぱい素直に喜怒哀楽を現わして、めいっぱい愛情を示してくれるアルスの前ではたじたじだ。無害な大型犬に懐かれているようなものだもんね。
「あ、ザラもな!」
「はいはい」
これもお約束になってきているなぁ。アルスったら、腕力にものを言わせて私とジーク両方まとめて抱きしめたがるから、もう苦しいやら暑いやらで気恥ずかしさとか感じなくなってきたわね。
アルスの一挙手一投足にこう……他意があるって邪推するのをね、本能が拒むのよね。ジークがハグしてきたら怖いから逃げるけど。
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イベント当日にも関わらず、旧校舎の辺りは閑散としていた。
「こっちは全然人が居ないんだねぇ……」
見慣れたボロい門の周囲は、妙に物静かだ。
確かにこっちは裏の霊山に続く森(嫌なカエルの思い出が過ぎったわね)しかないし、旧校舎も本来は取り壊しになるところをお目こぼしされているだけだし、近づく理由はないっちゃないか。それこそ、前は不良生徒のたまり場になっていたような場所だ。
……それにしては。
私たちがさっきまで紛れていたお祭りの空気は、どこへ行ってしまったのだろう。
どこか違う世界にでもやってきてしまったかのように、学校内のあの喧噪がひどく遠く感じる。手を伸ばせば、ビビアンやフェイスくんがまた笑っている場所に届くのに。
不気味さから逃れるように、私は速足でジークの部屋へ向かう。
「待った」
その一歩を踏み出そうとして、アルスに腕を引かれる。
「アルス?」
「……そういうことか」
「え?なになに?」
振り返れば、アルスが真顔で腰に提げた剣の鞘に手を伸ばしていて。ジークも納得したように革の手袋を弾いている。
あ、そうか。この雰囲気。さすがの私でも察しはつく。
少しでもその動作を気取られないよう、杖を納めたホルダーのボタンをゆっくりと解放する。
どこから来る。いつ来る。何が来る。私たちは必然、互いの死角を補うように三竦みの背中合わせになる。え。私そのものが死角?やぁねえ。
「――ジーク!危ない!」
「ッ!」
悠長な舞台袖から役者が無理矢理に引きずり出されるように、それは長く続くかと思われた緊張の一瞬の隙間を縫ってやって来た。
アルスの忠告も虚しく、見えない“何か”による攻撃で、ジークの左腕から血飛沫が上がった。
ジークが反応しきれなかったということは……。
「……魔物じゃなくて、幻魔!」
「こんな所にまで紛れ込んで来やがって……!」
私たちは即座に同じ回答に行きつく。ま、そんな気はしてたけどね……!
私はジークの腕に自分のハンカチを宛がって、そこからようやく、アルスに一歩遅れて武器を構えた。
近くにいつもみたいな不気味な影は見当たらない。遠隔から攻撃してきたとしたら、一体どこから。
「アルス、何体いるか分かるか」
「ひい、ふう、みい……ってとこかな」
三対三……わ、私を穴とするなら、実質三対二ね。
唾を呑んで、次の一手に備える。どこを見渡しても、それらしい姿はない。
「狙撃、透過、時限、罠……さて、どいつだ……」
ジークの傷口は、細い矢が掠ったような浅い切り傷だ。出血は酷くないけど、私たちを脅かすのには十分だったわね。
姿が見えないということは、それだけで人をあっという間に石で出来た猜疑心の怪物に仕立てあげる。無数の選択肢の糸が互いに張り合って、逆に足下を縛り付ける。
敵は前みたいに魔法を使うタイプ?それとも今ので終わり?もしかしたら私が囮になれば。
背中は二人に任せて、全神経を自分の前方に集中する。
「ひょえ」
それが間違いだった。
がく、と。
私は――長いツタか鞭のようなものに足下から絡めとられて、無理矢理に体勢を崩される。これが、文字通り足下を掬われるというやつね。
「ザラ!」
同様に全く下方への警戒を疎かにしていたらしいジークとアルスが、私を引っ張り戻そうと腕を伸ばす。
が、寸でで間に合わない。
「いやあぁぁ!ちょっとやめて!痛ーーーい!!助けてーーー!!」
ツタだか鞭だか触手だか。土に爪をたてて抵抗を試みるものの、見えていないのに確実に私の足に絡みついているそれは、恐ろしい力と速さでぐいぐい私の身体を引きずっていく。湿った草花の上を滑っていく感触が何とも気持ち悪いし痛い。やめて、スカート捲れちゃうから。
「うわっ!?」
「アルス!」
今度は私に気を取られていたアルスが転倒した。恐らく私と同じように、見えないツタによってどこかへ連れ去られようとしているのがわかった。
「こっちはいいから、ザラを!」
駆け寄ろうとするジークをアルスが一瞥する。
「……ッ、死ぬなよ!」
「あったりまえ!」
ジークと短く言葉を交わして、アルスはあっという間に、旧校舎の奥――森のほうへ引きずられて行ってしまう。あのアルスすら抗えないってどんな力よ!
そして残されたジークもまた、再び見えない何かからの攻撃によって動きを塞がれる。
一撃、二撃と、透明な弾丸がジークの身体を貫いて、そうしている間にも私たちはどんどん引き離されていく。
「ジーク!!アルス!!」
もはや声が届く距離じゃない。それは分かってても、名前を呼ばずにはいられない。
――こうして私たち三人は、姿なき幻魔によって、呆気なく分断されてしまった。
.
「ちょちょちょこれどこまで行くのこれ!」
見えないツタに引きずられ続け、アルスとは逆方向の森の入口に差し掛かったところで、私はとうとう疑問を口にした。意味はないんだろうけど。
『ジークとアルスが居ないところに決まってるだろう』
「!」
返事返ってきたがな。頭に直接響くような、耳の中で歪みながら反響する少年の声に、私は歯噛みする。
「その声、グリムヴェルト……!」
『やあ、久しぶり。今回はちょっと気合入れてみたんだ。気に入ってくれたかな」
「――っ」
どこからか通信魔法で話しかけているのか、あるいはこの見えないツタを媒介にしているのか。
いつになく癪に障るような気取った物言いで、グリムヴェルトは私の神経を逆撫でしてくる。
私だけならまだしも、アルスとジークまで傷つけてくれちゃって。
『アンリミテッドである君が非力な人間で良かったとつくづく思うよ。まあ、そのせいで私はこんな宿業を負わされたわけだけど――とにかく簡単で何より。魔族や幻界生まれは頑丈だからね』
グリムヴェルトの言葉に、目の奥が瞬間的に燃え上がるように熱く煮えたぎる。
そうよ、自分で感電したっていいわ、ありったけぶつけてぶちのめしてやる。
しかし私の怒りを察したかのように、ツタの力が一層強まって警告した。
『おっと。幻魔の仕組みを忘れたのかな?君の膨大な魔力をぶつけてもいいけど――その後は誰が被害に遭うのやら。君の家族や友達を食わせてみるのもいいかもね』
……唇噛みすぎて血出たらどうすんのよ。
そうか、そうだった……。幻魔は――ミストラルに取り込まないといけないんだった。わざわざ教えてくれてどうもありがとう。
悔しいけど、グリムヴェルトの言う通りにキャスリングを引っ込める。魔力を鎮静させる。落ち着け、落ち着け。
どの道、今のこの状態でやれることは少ない。
幸いにも、このツタだか触手は、ジークを襲ったときのように、私を直接攻撃するつもりは無いらしい。アルスも出鱈目な方向へ引っ張っていったってことは、最初から私たち三人をばらけさせるのが目的だ。
なら一番危ないのは――たぶん、取り残されたジークだ。まずは彼に合流することを最大の目標に設定しよう。うん、イイ感じに私もジークに毒されてきてるわね。
引きずられ続ける体勢で空を仰ぎながら、決意を固めていると。
――……なんか、ミョーに暗いわね。
直後に、全身に悪寒が走る。いや暗いわけあるか、森の中なんだからこれ以上暗くなるってなに?
それって、それってさ。
腹筋を総動員して、つま先の“障害物”を確認する。
ああ、太陽がちょうどこっちを向いてるんだわ、うふふって言うとる場合かっつってね。
「さすがにぶつかるのでは!!!???」
巨石も巨石、なんで丁度いいとこにそんなもん設置してあんの、ってくらい絶妙な位置にハードル走並みの気軽さで鈍色の無機質なモグラが頭をひょっこり出してんのよ。
『あっ……』
「あ、じゃないわよーーー!!!」
いくら、いくら向こうが意思を持って私を引きずってても、今から避けるんじゃ掠りはするんじゃない?掠るっつっても、あんな壁みたいのに擦ったら頭皮なくなるでしょ。助けて助けて助けて―
「ジー……」
咄嗟に彼の名前を口にする。
そうすると、大抵の場合は、私の不安も緊張も瞬きのあいだにどこかへ行ってしまう。
ほら。今だって。
石にぶつかる寸前で、私の身体はすっかりさっぱり留まっていた。
足に纏わりついていた枷のきつい感触も無くなって、私は荒く上下する胸を抑えた。
私の足から、なんというか……生気を無くしたような、暗色の細い帯のような幻魔の残骸が解けて落ちていく。鋭利なものでぶつ切りにされて、そこだけ実体化したようだ。
そして、傍らには、幻魔を叩き斬ってさぞドヤ顔のやつが居るはず。この気配はそうだ。
「じゃない……」
じゃない。
赤髪の似非エルフは立っていない。
その代わりに、それぞれ両手に武器を携えた男の子二人の背中がある。
「ザラさん、無事ー?」
ひとり。
ピンクベージュの三つ編みを靡かせて、陽気そうな子が、美しい石弓を担ぎあげて私を振り返る。
「後は俺達に任せてほしい」
ひとり。
ピンクベージュの短髪を揺らして、冷たい雰囲気の子が、美しい剣を振り下ろして、その刀身に映る私を覗いた。
「え、ちょっ……」
「さって……ベルちゃん、行くよ!」
「分かった!」
私の整理もつかないうちに、二人は武器を手に、巨石の向こうへ駆け出す。
「ま、待って、その魔物は……!」
「だーいじょぶ、おれたちにはコレがあるからさ!」
下手に攻撃すると良くないよと注意しようとしたところで、彼らの持っている青く煌めく――硝子のような石弓と……あれ、剣だと思ってたけど鉈じゃないアレ!?や、やたら壮麗な鉈を掲げられて、はっとする。
そんなまさか。
だってあれは、アルスの魔硝剣の輝きだ。でも、三つ編みのほうの子は、それを承知済みのような素振りじゃない。
私は幻魔の残骸?と服についた泥や葉っぱをはたき落として、二人の男の子を追うことにした。
もう。いきなり名前呼んでくるってことは、どうせ彼らも魔界か天界の関係者なんでしょ。これ以上ややこしい人物を増やしたくないのにね。
そうして私がアレコレ考えて混乱しつつ駆けつけた頃には、二人の少年は既に私を捕まえていた幻魔を、硝子の武器に吸収させていた。
――間違いない、あれはミストラルと同じものなんだ。
全く、どうなってるのよ、一体。
「……倒しちゃった……?」
「いぇーい、やったね!」
「いぇーい」
呆然とする私に、二人はそれぞれ別のテンションでハイタッチを求めてくる。高低差で耳キーンとしそうなんだけど。
彼らは武器を懐に仕舞い込むと、初めて正面から、その黄金の双眸で私を捉えた。
「さて、ザラさん。ジークさんはどこ?」
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・そのうち幻魔図鑑作りたい。




