ジェミニインパクト・2
「やっほーザラ、ジーク」
「ビビアン。見回り中?」
「そんなとこー」
食堂に向かう途中、“トラブル対策委員”のタスキを掛けたビビアンに遭遇した。
今日みたいな大掛かりな行事では魔法庁やギルドの人たちが協力してくれるけど、やはり内部での自警も必要だからと、戦闘技術に優れた魔物学科の生徒(特に二、三年生)は警備のボランティアに駆り出されてしまう。
「ったくこんな時まで魔物学科は任務だよ。まじうぜー」
ビビアンはそう言うけど、私たち生徒としては、知らない厳つい大人がウロウロしてるよりは、見知った顔が安全を守ってくれている方が安心できる。
「でも魔物学科のお陰で、こうして無事に行事ができてるよ」
「それな。パンケーキ売れねーしいいんだけどさ」
そう言えばビビアンは同じ学科の女の子たちとパンケーキのお店やってるんだったわね。あとで食べに行こうかな……。
「ふったりともぉー!!」
そんなことを考えていると、ふと、どこかから元気な声と豪快な足音が近づいてくる。
その主はビビアンの警戒を振り切って、人混みから飛び出してくると、全身で私達に覆い被さった。
「わ、アルス!」
「ぐえ」
満面の笑みを浮かべたアルスが、圧殺しかねない勢いで私とジークを全力で抱き締めてた。
「えっへへ、会いたかったー!」
そう言ってくれるのは嬉しいんだけど。
私は苦しさと危機感から、アルスの肩を必死にタップする。あなた、このままだと命が無いですよ。
状況を理解してないアルスが無邪気に笑う後ろで、ビビアンが確実に助走をつけているのだ。逃げるのよ。今すぐ。
「テメ何ザラに抱きついてんだーッ!!」
「ビビアーン!!」
魔物学科のエースによる体重移動と捻りが効いたドロップキックは、見事にアルスの後頭部に命中した。
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私とジークとビビアンとアルス。四人で昼食を終えて、午後の営業再開まで、校内を見て回ることになった。
まずは、運動場に用意されたステージでのイベントだ。
ちょうどフェイスくんたちの出番だったようで、アナウンスを聞きつけた私たちは慌てて当日チケットを買って、客席へ向かった。結局フェイスくんもエルヴィスもチケットくれなかったんだもんな。不服。
「エルヴィス歌うまっっっ」
「そんでフェイスくんピアノうまっっっ」
そして案の定上手い。プロ顔負けなんじゃないのコレ。
有名なジャズナンバーをロックバンドでカバーした数曲は、そんじょそこらの学生のものとは比べ物にならない実力で、現時点で既に今日一番の盛り上がりと売り上げを誇っていた。
特にエルヴィスの色気のあるハスキーボイスとフェイスくんの緻密で正確なピアノが奏でるメロディに、男子も女子もエルフも獣人も一緒くたになって騒いで踊り狂い、やや恐怖すら感じる一体感を見せている。
何か記者みたいな人たちが鼻息荒くしてバチバチに写真撮りまくってるし。ステージに立っている二人とも、普段寡黙なのにこと表現となるとこんなにも色彩豊かに訴えかけるものを持っているなんて、人間意外な特技や才能があるものだわ……。
「俺だって歌くらい歌えるぞ」
ハイハイ。よく分からんとこで張り合うジークは放っておこう。
「ちょ~~~やば!!フェイスまじやばくない!?」
「やばいねえ」
「やばいわ~~~」
やばいしか言ってないけどビビアンに同意だわ、初めてフェイスくんがかっこいいと思った……。って直接本人に伝えたら絶対イヤがるだろうなぁ……。
場所を移して、今度はエルヴィスのお世話を終えたシンディの店の前までやってきた。
「結局惚れ薬売ってるんだ……?」
「意外と好評よ」
どうやらエルヴィスを見せびらかせたので機嫌がいいらしく、シンディは鼻歌交じりにおつりを整理していた。私だったらこの余裕は無理だな。
私とジークと共に開発した惚れ薬のレシピは目の前で破棄させたものの、それはそれとして独自で企画を進めていたんだそう。やはり通報しておくべきだったわね、この女……。
「二つください!!」
「アルス!ハウス!」
早速シンディの周囲の気に宛てられたアルスが前のめりで暴れ出したので、全員で抑え込む。二つ、二つかあ……。悪いこと言わないからシンディに借りとか作らないほうがいいよ。
更に近くでは、グレンが同じ学科の友人たちとエンチャントアイテムの鑑定ショップを構えていた。
これも毎年恒例で、優秀な治療術科の生徒の通過儀礼だ。
怪しい道具は校内だけでなく町でもどこでも出回っているらしく、ギルドに頼むよりも早く安く済むこの機会に呪いが施された道具を持ち込む人がたくさん居る。
例えば蔵から出てきた先祖代々の壺なんてのも、エンチャント効果が分かっているのと分かっていないのでは、安心感が違うものね。
グレンは店番を交代したばかりで、昼時に暇なのをいいことに、カウンターにもたれてジークと世間話をしていた。ロザリーとは、あとで一緒に校内を見て回るんだって。
「ところでジークくん。ネロくんたちのところにはもう行った?」
「いや……」
「君が一緒に班を組んでくれなかったこと、す〜ごく根に持っててね。今頃、君への悪口で盛り上がってると思うから、水でもかけに行ってあげるといいよ」
「もう少し気が進む言い方をしろ……」
「あはは、私もさっきまで彼らにグチグチ絡まれてたんだ。ぜひ同じ思いをしてきてほしいな~」
「今日の奴らには絶対に近寄らないと今この瞬間に固く胸に誓った」
「いやいや。そりゃあもうすっごいから。むしろ行かなきゃ損するよ~」
私たちが治療術科の道具を珍しがって、やれ治療術士は杖がみんな綺麗で羨ましいだのこれは何に使うんだろうねだの喋っているあいだに、そんなことを話したらしい。
そして、それを聞いて、じゃあ先輩たちのところには行かないでおこうねなんて情けをかける私たちでもない。
今度は嫌がるジークを引っ張って、私たちはネロ先輩たちが催しているという展示スペースに連行する。グレンのあのにやけ顔を見るに、さぞ面白い光景が広がっているに違いない。
私たちは、驚愕ののち、爆笑の渦に包まれた。
――「なんっじゃこりゃああああぁぁぁ!!!!」
療術科所有の学舎でもある聖堂は、彫刻や絵画、写真などの芸術品の展示や即売を主としたスペースになっていて。
案の定一緒に組んでいたネロ先輩、キョウ先輩、マーニくん、ディエゴくんたちは、ジークの悲鳴に相応しい内容を堂々と、それもやたらお金をかけて豪奢で大々的に、披露している真っ最中だった。
「ようハーゲンティ、どのツラ下げて来やがった」
「ジークじゃないか。よくもノコノコやって来れたね」
「なん……何だこれは!!聞いてないぞ!!」
待って、笑いすぎてお腹痛い。ビビアンもアルスも死にかけている。
私たちの目の前には、金や黒の帯で飾り付けられたジークの等身大パネル。そしてジークの横顔写真のポスター、それを纏めたジークだらけのカレンダーに、ジークのポストカード、更にジークの(盗撮)写真集、ジークをモチーフにしたアクセサリーにキーホルダー、更にジークの八分の一スケールフィギュア。
これは。最大級の嫌がらせだ、これ以上のものはなかなか思いつかない。さすが悪名高き変態三銃士。これやられたら私なら舌噛んで自害する。
「俺企画発案実行、“大ジークウェザー展”だ」
満足げなネロ先輩が更に笑いを誘う。たぶんこの人本気だ。本気でジークの良さを世間に広めようとしているんじゃないかと思えるほどだ。
「誰の許可があってこんなことしてる!!さっさとやめろこんなもん!!」
「こんなもんとは失礼な。ねえ、マーニ、ディエゴ」
「ねえ~。ボクらはボクらなりに真剣に準備したんだよ~」
「せやせや。誰かはんが誘っても誘ってもやれへん言うから。仕方なしにや」
「マーニは大活躍だったね、ジークの顔を自分の身体に錬成したりしてね」
「ホント大変だったよ~。先輩たちの撮影も長いしさ~」
今回ばかりはジークのお弟子二人も敵に回ったようだ。そしてあっさりと明かされる盗撮のトリック。私のスリーサイズもこうして暴かれたのか。度し難し。
ネロ先輩たちが運営する題して“大ジークウェザー展”は、多様さが光るヘルメスのバザーでも異彩を放っていて、通りすがる人々の大半は不審そうに素通りしていく。
中には奇特なお嬢さんが立ち止まり、赤い顔でポストカードを何枚か買って行ったりしているようだけど。ほーん。あれよく見たらウチの生徒ですね。
とにもかくにもこのジーク全推しファングッズショップは、売り上げ度外視の本物の嫌がらせのようだ。流石としか言いようがない。
「お前たち一派に加わった覚えはないが」
「薄情者!不孝者!」
「友達甲斐のないヤツだ。あいつなんか無視しようぜ」
「さいですね。おれらはおれらでやってましょ。あとから寂しくなって仲間になりたいて言うてきても絶対入れたらへんもん」
「バーカバーカ!そこで指くわえて見てろ!」
「今更負け惜しみすんなよターコ!」
「俺たちはこの後みんなで仲良く焼肉行くもんね〜!!」
「「「ね〜!!」」」
「まっっったくなんっっっにも羨ましくないんだが。ていうかいいから片づけろ!!」
すごいブーイングの嵐だ。先輩たちは今年で最後だし、余計に未練があるんだろうな。私、ちょっと悪いことしたかな……。
いやでもジークもなぜか学籍だと三年生だし。たまには私だってジークと本気で遊んでみたかったのよ。
しかしこうしてちゃんと見ると写真じたいはとてもクオリティが高い。ジークの魅力が詰め込まれている……こっちのカッコイイ感じのは恐らくネロ先輩が撮影したものだろう。こっちのちょっと憂いを帯びた感じのはキョウ先輩のかな……それぞれの“ジーク観”みたいなのが表れていて面白い。
あ、このホストっぽいのは解釈違いですね……。ジークはもっと着込んでないと。私は静かに考え事や読書をしているジークが好きなので、こっちのポストカード……いや、もういっそ写真集買ったほうがいいかしらね。むしろ全部買って、少しでも他の女の目に触れるぶんを減らしたほうがいいかしらね。
「すいません、先輩、これひとつずつください」
「毎度ーっ!さすがザラちゃん、お目が高い」
「あ、俺も俺も!」
「ザラ、アルス、やめなさいッ!!」
「あたしはイラネ」
「それはそれで何かムカつくな!」
ビビアンを差し置いて私とアルスだけが、このイカレた展示を心から楽しんでいたのであった。
あ、アルスもそのブロマイド買うんだー、わかるー。トレーディングステッカー交換しよー。
ジークもこの人数相手に戦うのは不利だと認めたのか、それとも多少なりとも罪悪感を感じたのか、いつものように聖堂ごと吹っ飛ばそうとは提案してこない。……案外呆れ果てているだけかもしれないけど。
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・ジークが三年生に編入させられたのにも、ちゃんと訳があります。というか、セージ先生の思惑が。