ダーティ・グランパ・3
「じゃあ……何。魔界の記者が、カホルさんの隠し子だと勘違いしたの、この人たち?」
「……というか、そうでっち上げたんだろう。ネタを出した魔族も記者もグルになって、ジイさんを嵌める気だったんじゃないか。俺が人間界に居るとも知らずにな」
「あ~……」
本日何度目かの私のやや呆れ納得。
どうりで。比較的悪知恵のほうにリソースを割いている魔族にしては、脅しのやり口が甘い気がしていたのよね。もっと変身魔法とか使って、とんでもない既成事実を撮影する、とかやりそうじゃん?――私、毒されてるな。
バルバトス兄弟にもカホルさんとの関係や、魔界でのゴシップについて聞き出してみたけど、
「いや身に覚えね〜!腹筋捻り散らかしすぎてネジになるわ〜!」
とのことで、うん、普通の神経してたら多分同じ魔族でもコレと共謀しようだなんて考えないんじゃないかな。
一方のカホルさんも彼らとは面識もないらしく、首を傾げていた。
「私も流石にバルバトスの女と遊んだ事はないな。奴らは隣で寝てる間に臓器まで盗んでいくと言われとるんだ」
「ハーゲンティこそ葉っぱを金塊にして売り付けてる極悪人だってじーちゃん言ってたしィ〜」
クズとクズが火花を散らしているなあ。遊んでいたことはあっさり認めるカホルさんは置いておいて、私は一応、兄弟に確認を取る。
「本当に心当たりないのね?」
「そんなおじいち知らんポヨ!僕ちゃんたちはコウノトリしゃんが運んできてくれたでち!」
理由は全くわからないが突然白目を剥いて叫び出すソーマの情緒を見て、私はこの兄弟を疑うことを止めた。
「……ジーク、私、この弟くん嘘つけないと思う……」
「そうだな……」
「オイッテメーラ、俺様の弟を気の毒な視線で見んじゃねー!!」
だって……。
今はかろうじて会話できてるけど、きっとそのうち本当に正気を失ってしまうと思うんだ、彼……。そしてその魂はあまりに純粋で無垢すぎるからこそ、加速度的に狂気を増してしまう……そんな悲しいモンスターに思えて仕方がないんだ……。
他にも記者だけじゃなくカホルさんが目途をつけているリーク元をの情報をちらつかせてみたものの、この兄弟は本当にお話にならないというか、みんなもうこの二人を相手にすることに疲れてやる気が無くなってきたところで、そろそろ限界かなという雰囲気が漂い始めていた。
「念のために聞くが、他に魔族の兄弟は居ないな」
「うるせ〜〜〜知らね〜〜〜FINALFANTSY!!」
ダメ押しで凄むジークに怯むどころか唾を飛ばして抵抗するルドラに、とうとうジークの堪忍袋の緒が切れたらしい。
「どうする、こいつら。騎士団に摘まみ出すか?」
「ちょいちょ~~~い!前に君らのこと見逃してあげたジャ~~~ン!恩を仇で返す気かよ~っつって!オンアダか~っつって!」
「よし、殺そう」
「そうだね、殺すか」
「殺すしかあるまい」
「いや殺すのはやりすぎだけど……」
皆さんのお気持ちは分かりますとても。こっち側の三人はマジで容赦できないタイプだろうと踏んでいるので、一応、ほんとに一応、私はやんわりと諫める。まずは罰を受けさせないとですよ。
「魔族に借り作ると後がメンドいよ~。知ってるっしょ?マジ末代までの超不良債権になるから。破産するまで毎秒トイチで取り立ててやるからな!狭え~アパートで夜逃げの準備しとけやコラ!」
「おじさん、やっつけて!(裏声)」
ツッコミどころしかなくて疲れた。一センテンス十矛盾やめてマジで。カホルさんとは違う方向で無法地帯でウザいしだんだんそのツッコミ待ち姿勢に怒りさえ覚えてきた。
私は三人を説得し、人間である私が処遇を決めさせてもらえることになった。
アテナさんも兄弟を捕まえた後のことはアバウトで、悪事を改めないようならぶっ殺すつもりだったらしい。それだと……この町の為にも人の為にもならない気がするから。
「このまま置いてくから、自分たちで何とかしてね」
私が出した結論は、――“放置”だった。
生死もそのまま、縄の拘束もそのまま。これなら貸し借りも無しだし、目撃した人が通報すれば騎士団にすぐさましょっぴかれる筈だ。後からまたアテナさんの気が変わるかもしれない。でも、私は一度、私を信じてくれたアテナさんを信じようと思う。
バルバトス兄弟に背を向けて、私は三人が待つ西門へ向かって歩き出す。
「テェメ~~~メチャ許さんからな~~~!!」
「#アニピッピと拘束なう。#いつものパティーンゎら #バルバトス兄弟 #兄ちゃんぶすで草 #いいねした人全員フォローする」
「それど~やって発音してんのブラザ~~!!」
背後から聞こえる兄弟の異常なテンションの漫才を無視して、私はジーク達と合流した。
正直言うと、あの人たちにこれ以上一秒たりとも関わりたくない、というのが本音だった。
.
人を待たせているというアテナさんとは感謝をしつつお別れし、身の潔白が証明されたカホルさんも無事に奥さんから帰還の許可が降りたところで――
私は、カホルさんに二人きりで話がしたいと、ジークが夕飯を作っている間に旧校舎の外に呼び出された。
エメラルド・カレッジ・タウンの夜景を背負って口笛を吹いていたカホルさんは、私を見かけるなり、真剣な表情になって、近くのベンチに腰掛けるよう促した。
何を話すんだろう。
隣に座る、昼間とは違う厳しい雰囲気のカホルさんに緊張して口を噤むと、暫く重たい沈黙が空気を支配した。
「ときにお嬢ちゃんや」
「は、はい」
カホルさんの低い切り出しに、何もしてないのに肩がびくりと跳ねる。
「……君は、果たしてジークを幸せに出来るのかね」
――。
まるで酔いから醒めるような一言だった。
「それって……どういう意味ですか」
口からはそんな風に出るけれど。私はどこかで、当然よ、と冷たく自嘲する自分が居ることに気が付いていた。
「ヴィリハルトやブリムヒルダはあれで甘い。なればこそ、ここは私が心を鬼にして、あえて忠告しておこう。いいかい――君たち二人は不幸になる」
「……どうしてそんなことがわかるんですか」
「考えてもみなさい。このままジークとお嬢ちゃん、君達が二人で共に居続けるなら、どちらかは故郷を捨てる必要がある。身体機能の差はどうする?精神性の差はどうする?寿命の差は?家族は?子供も出来るかわからない。立ちはだかるのは何も、差別だけじゃないのだよ。君が思っているよりも――事態は深刻だ。火遊びならば他所でやりなさい」
カホルさんは―私とジークの関係に、否定的なようだった。
カホルさんが並べたのは正論だ。
それを疑いもなく受け止めていた今までの方が間違っていたんだと、錯覚しそうになるほど、大人が振りかざすエゴだ。もしかしたら、そのまま敢えて、私を試しているのかもしれない。どのみちいつかは、私たちに降りかかる問題だ。
――ここで、踏ん張らなきゃダメだ。
私は自分のスカートをぎゅっと握りしめて、溢れだしそうになる気持ちを抑える。
「――ジークが魔族だろうと神様だろうと人間だろうと、私と違うのは当たり前です。私にとってそんなの、今更不幸じゃないです」
ジークやカホルさんがそうするように、じっと相手の目を、ただまっすぐ見つめる。絶対に逸らさない。後には引けない。
「私、ジークと会ってから、確かに色々ありました。でも、私の幸せは私が決めます。ジークの幸せだって、彼が決めることです。それで、その幸せには多分、お互いのことも入ってます。将来のことなんか全然わからないし、魔族の人たちの考えになんて到底及ばないけど……少なくとも今は、私は、ジークのために彼のそばにいます」
この人にきっと嘘偽りは何一つ通じない。下手な小細工や照れ隠しは、恐らく“その程度”と判定される。首や喉のあたりの筋肉がぶるぶる震えて、今にも嗚咽が漏れ出しそうだ。
「人間の女の子が、孫の為に何が出来るというのかな?」
カホルさんが私を射竦める。うう、ジークに見下ろされた魔物たちやシンディって、これによく耐えてたな。
だってこの人は多分、力づくで私とジークを引き離すことも出来る。
「わ、私は—ジークを笑顔にできます!!」
「――」
「魔族の人たちが、人間を快く思わないのは知ってます。全員に納得してもらうなんて難しいのも分かってます。だけど――そのくらい、二人で何とかします」
言い切ってようやく、私は大きく息を吸う。痺れかけていた手足に酸素が回って、長いあいだ水底にでも沈められていたかのようにがむしゃらに呼吸を求めた。
胸を撫でおろす私を薄く笑う声がして、顔を上げると、カホルさんが優しく微笑んでいた。
「ふふふ。今のはいい啖呵だった。十年二十年経って、同じ台詞が聞けるのを愉しみにしている。長生きはするもんだねえ」
私はこの瞬間――むしろ今まで見てきたカホルさんが全て、表面上の仮面であることを知った。この人は。ちゃらんぽらんな魔族でも何でもない。ただの――
「え、あ、そんなつもりじゃ……!!」
「流石にあの子が見込んだだけのことはある、なかなか面白い人間だ」
「認めてくれるんですか……?」
「私が駄々を捏ねたところで、諦める君たちじゃなかろう。せいぜい見守るとするさ」
カホルさんは目を伏せて、納得したように何度も頷く。
その様子は本当に、ただの子煩悩ならぬ孫煩悩なおじいちゃんだった。子守歌を歌う横顔で、きっとジークとの思い出を反芻している。
「ジークって……愛されてますね」
思わず心の中でじんわり感じた感想を漏らすと、カホルさんは少し照れくさそうに鼻をすすった。
「君もだろう?……私は、どうも臆病でいかん」
「臆病、ですか……?そ、そうは見えないです……」
「……今の家族達に会う前はね、私にとっての愛は、美術品の贋作のようなものだった。手に入れてからようく近づいて見ると、そいつは大概ガラクタなのさ。そいつらが見せていた悪夢から逃げるのに精一杯で……つい今でも、息子たちや孫たちにまで、杞憂を抱かせようとしてしまうよ」
暗闇に映えて眩くなってきた街頭に目を細めながら、カホルさんが自嘲気味に笑った。
これは、魔界のジークのお家に行ったときも思ったことだけど。
魔族の人たちは、考え方も価値観も私たち人間とは違う。
でもたったひとつだけ同じものがあって――それが、この愛情深さだ。
ヴィリハルトさんの亡き奥様への愛も、ブリムヒルダさんの服への情熱も、ジークの私への気持ちも――カホルさんの家族への心配も。
全ては、これと決めたモノへの深い深い思い遣りから来るものだ。自分のことを振り向いてくれなくてもいいから、ただ幸せであってほしいと願う。そんな純粋な心に、種族の差なんて無い。
「家族想いの素敵なおじいさんです。……心配なんですね、ジークが」
「あの子は……強過ぎる。魔族らしさも度を越せば考えものでね。……誰かがあの子を留めておかなきゃならん」
さすがは血の繋がったお祖父さん。ジークのことをきっと私なんかよりよく知っている。あれを十八年も傍で見守っていたなら、カホルさんの私への懸念も、仕方のないことだったのかもしれない。
強すぎる、か。言い得て妙だ。
「お嬢ちゃん。……君を信じているよ」
秋の冷たい風のなかで、魔族のおじいさんは暖炉のように暖かく笑った。
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・人間たちにとって魔族とか神霊はよくわからん感じですが、吸血鬼は明確に神(ここでは天界の住人ではなく概念でいうヤツ。神絵師みたいな。神魔導士みたいな。)やそれに近い、絶大な力を持つ宇宙的スゲー存在、と認識しています。
・吸血鬼たちは、実は世界そのものではなく、世界を構成する根源祖魔法・オリジンを管理する役目を負っていて、少しでもオリジンに影響が出そうな事象を逐一チェックしています。人間たちの真のお目当てはこのオリジンのほうですが、相当魔導を極めた人間でないとこの辺の因果関係までは把握しきっていません。
・アテナばあちゃんは普段、自分の弟子兼息子である記憶喪失の新人吸血鬼を引き連れてあちこち旅しています。また吸血鬼は、元祖の吸血鬼一族と血を交わして眷属になった『真祖』たちと、そうではない方法で不老不死の性質を獲得し、神・魔族・吸血鬼の三竦みに認められた人たちが居て、アテナばあちゃんは真祖の一人であり、一族のNO.2でもあります。が、人間と結婚して、つい最近まではかなり自由に行動していた吸血鬼界のアウトローです。
・ジークの人間態時の容姿が吸血鬼っぽいのは、そもそものキャラクター造形のアイデア段階で吸血鬼だったからです、というメタ的な理由もありますが、魔力が強いと必然的にこういう感じになるんじゃないかと。国籍不明っぽい、彫りが深く個性的な容貌は、魔族をはじめとする人外連中の美的感覚だと超美形扱いです。でも人間の特に女子からすると顔、濃ッ!で終わりです。男子からは恐竜カッケー的な感じで好かれます。