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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
3.双子とホムンクルスと、時々オトン。
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ダーティ・グランパ




 今日は珍しく一度もジークの姿を見ていない。

 ジークと仲の良い先輩たちに聞いても、さー俺たちも捜してんだよねーと返ってくるばかりで、誰もその行方を把握していなかった。

 おおかたバザー前のスカウトの嵐から逃げるために自室に引きこもってるんだろうと当たりをつけた私は、ジークが暮らしている旧校舎へ向かった。

 ――のは良かったんだけど。

「ジークウェザー、元気そうで何より。ますますヴィルベルクに似てきたな」

 丁度私と同じタイミングで、ジークの部屋の扉をノックする人物があった。

 “その子”は堂々たる態度で肩で風を切ってソファに腰を下ろすと、当然のようにジークが出した紅茶を嗜んだ。

「だ……」

 私は、私の脇腹を擦り抜けていった少年に、またしてもジークの面影を見た。

 まさか。これは。そんな、馬鹿な。こんな言葉を口にする日がやってくるだなんて。

「誰との子よ!!!!!!」

「またそのパターンかよ!!」



.



「……祖父だ」

「……ソフくん」

「現実を受け入れてくれ。俺の父方の祖父だ」

 目の前で尊大に足組しているこの男の子がですか。

 肌の色や角はジークやブリムヒルダさんに近いが、最大の特徴はやはりその幼い見た目と黒い癖っ毛だ。

 妙に洗練されたカジュアルなファッションに身を包んだ少年は、とてもヴィリハルトさんのお父様には見えない。むしろそれこそ孫…………いやいや。魔族を人間の尺度で測ってはいけないわね。

「なんだね、お嬢さん。あ、君がもしかして、ヴィリハルトが言ってた、ジークウェザーのガールフレンドか?ほほー。人間の娘とは聞いてたが……うむうむ、なかなか可愛いな。私があと百年若けりゃナンパしてたな。特に下半身がいい。丈夫な子供を産みそうじゃないの」

「殴っていい?」

「いいよ……」

 じろじろ見てた私も失礼だったかもしれないけどこれは完全に向こうが悪いというジークの審査(ジャッジ)が入った。

 うん、この自由さはジークの血縁者だわ。

 まあ流石に、そうは見えないとはいえお爺さんをボコボコにする趣味はないので、私は思いっきり、隣に座るジークの太腿を抓るだけに留めておいた。ジークも納得の表情だった。

「ジイさん……何でここに」

「バーさんと喧嘩したのよ。古い女はヒステリックで敵わんねぇ本当に。今更純情ぶりやがってさー。それでムカついて家出ついでに孫の顔見に来たってところ」

 ジークの溜息に、おじい様はやだやだと大袈裟にふざけながら笑う。その仕草には何だか妙にこう……姿は子供なのに艶っぽいというか、芸術家のようなしなやかさのある人だ。

「また浮気したのか」

「初めまして、私はジークウェザーの祖父でカホルという。孫が世話になってるね」

「話を逸らすな!」

 ジークが浮気という二文字のワードを出した途端、おじいさま――カホルさんは、今までの雰囲気など無かったかのように私に向かって爽やかに微笑んだ。

「ザ、ザラ・コペルニクスです……」

 一応伸ばされた手を握り返す私だった。

「いや〜可愛いねぇ。ジークウェザーなんかより私とデートしないかね?なんつって」

「……」

「うちの親戚にはこういうのがあと何人もいる」

 私の眉間に深く刻まれた将来への憂いをいち早く感じ取ったジークが、何のフォローにもならない囁きをくれた。

「嘘でしょ……」

「マジマジ。慣れていくしかないのよお嬢さん」

 聞いてるし。

 最近気づいたんだけど、魔族の人に気を遣うとかそういうのは時間の無駄だ。

 むしろ素直に思ったことを口にすると、彼等は興味深そうに目を輝かせることを知った。

「な……何で子供の姿なんですか」

 ので、私はずっと感じていた疑問を率直にぶつけることにした。案の定カホルさんは眉をひそめることもなく、頭を掻きながらあっけらかんと答えてくれた。

「いや〜随分昔に爵位を返上してしまってな。急遽発行してもらった降臨(アクセス)権限だもんで、もうぜ〜んぜん力が出んのだよ」

「歳のせいだろ」

「そうなんだよね〜私ももうジジイだから、子供と同レベルってことよ。悲しいね〜。五十年前は人間界でバリバリに暴れてたのに」

「初耳だが」

「はて〜そうじゃったかのう〜もう覚えてないんじゃよ〜ワシもうダメかもしれんのう〜」

 すごいなこの人、こっちが一で尋ねると十でおちゃらけてくる。全く要領を得ない。

 ――めんどくせえ……。

 私もジークの心が一つになった瞬間であった。

「冗談はいい。本当の理由を言え。でないとバアさんを呼ぶ」

「無駄よ無駄、そのバーさんに追い出されたんだ」

「だから、浮気だろ」

 うんざりしたジークの脅しにも屈せず、カホルさんはこれまた大仰に肩を竦めると、懐から書類の束を取り出して、ローテーブルに投げ出した。

「これを見とくれ。来週、魔界(こっち)で発売されるゴシップ誌だ。昨日、送られてきた」

 ジークが手に取った、まだ印刷・販売される前のゴシップ誌の原稿と思われる書類を、私も隣から覗き込む。

『――カホル・ハーゲンティに隠し子発覚!人間界で魔族の兄弟の写真を入手!』

「隠し子ォ!?」

 どでかい見出しに目を走らせたジークが、食らいつきそうな勢いで原稿を広げた。

 記事には、目の前のカホルさんの魔界での姿らしき写真と、人間界で撮影されたという男性二人と思しき後ろ姿の写真が掲載されていて、その因果関係がどー見ても悪意タップリの茶化し方で解説されていた。老いてなお現役か!?て。よく恥ずかし気もなく書けるなあ……。

「何だって急に、こんなの」

 こんな形で、突如として身内のスキャンダルを知ってしまったジークに同情を禁じ得ない。

 記事を握りしめるジークを諫めながら、カホルさんが続ける。

「ま、昔からちょくちょくあるんだがね。私の過去をほじくり出して来て、記事にされたくなければ金を出せと言うのさ。おおかた、昔クビにしたエンジニア辺りが、死ぬ間際の遺産整理に困ってネタを売ったんだろう」

「なら、どうせ出鱈目だろう。逆に訴えてやれよ」

「それがもー、バーさんのヤツがすっかり信じ込んじまって、カンカンでな。人間界で潔白の証拠を集めてくるまでは顔も見たくないとか言われちまった。このままじゃおじいちゃん、おばあちゃんにも嫌われたままだし、離婚裁判で資産全部持ってかれちゃうかもわからんね」

 カホルさん、事態を深刻に受け止めているのかそうでないのか全く読めない。話の流れから、割と疑われても仕方ない人物ということしかわからん。

「日頃の行いのせいだな」

 そう思っていたところに丁度ジークが答え合わせのように吐き捨てたので、不謹慎にもちょっと笑いそうになって、今度は自分の太ももを思いっきり抓り上げた。

「そうなのよ。退職して毎日ずっと一緒に過ごしてるとね、ど~にも今まで気づかなかったお互いの嫌なところが目についてねぇ、バーさんがイライラしてるところにまあタイミングよくコレが送られてきたもんだから。ああ見てバーさん心配性だろう?ま、そこが可愛いんだがね」

 口調も剽軽で、カホルさんのほうが圧倒的に気さくだけど、ドヤ顔が祖父孫揃ってそっくりすぎる。

 奥さんへの感じといい、コレ確かにジークのお祖父さんだな……。やだな……こうなるのかな……。カミロとかのせいで最近、大人に対する不信感が募っていく今日この頃。

「つまり、俺に協力しろと……」

「いやいやいやそこまでは言わんさ~~~だがまあ孫がそう言うんじゃったらま~~~おジイとしてはな~~~喜んで甘えさせてもらうけども~~~~!!!!」

 ああ、ジークの顔が死んでる。これが死後硬直。地獄から逃れた先はまた地獄だったのね、ジーク。ちょっと可哀想。

 ていうかもしかしてジークって一族の中でマトモな方だったりするのか。ヴィリハルトさんもブリムヒルダさんも凄いテンションだったもんな……。

 そんな風にこの家族の共通点を思い出しながら、私はもう一度記事の写真に目を通す。

 カホルさんの隠し子だとすっぱ抜かれている人物の背景に、私は既視感を覚えた。

「……この時計塔……ホロロギオンだ」

 間違いない。映り込んでいるのは、アトリウムでも有数の繁華街・ホロロギオン。つい最近でいうと、私がチョーカーを直してもらうのに、ダリダさんと待ち合わせた場所でもある。

 これほど高くて豪奢な時計塔、少なくとも私は他に知らない。

「確かに。以前行った時、似たようなものを見たな」

 ほら。ジークのお墨付きだ。しかし近いな。肩まで寄せ合わなくてよくない?

「お?お?さぁっすが若いもんは違うねぇ!!」

 私たち二人の心当たりに、カホルさんが身を乗り出して煽ててくる。まるで私の一言を待ち構えているかのように。

「……案内しましょうか?」

「いいのかね!いや~~~助かるな~~~!!人間界に来た甲斐があったな~~~!!」

 そんな棒読みで叫ばれましても。この人、確信犯じゃなかろうか。

 何となくだけど、そこまで分かっててジークを巻き込みにわざわざ来たんじゃなかろうか。

 たった数分観察しただけだけど、カホルさんにはそう思わせる底無しの悪戯っぽさがある。末恐ろしい……。

「……念のため訊くが。本当に隠し子じゃないんだよな」

「わからん!それを確かめに行くのだよ、ジークウェザー!」

「……棺桶は持ってきたか?」

「ウソウソウソ冗談だって、誓って家庭だけはウチ一つだ」

「家庭、だけ……?」

 怒りと呆れで、ジークの顔色がどんどん悪くなっていく。

 もうダメだな、このおじいさん……。

 全体的に何もかもユルいカホルさんを連れて、私たちは放課後の学校を後にした。






.


.

.

.

・どうしてこう魔族はペラペラペラペラ喋るのか。

ちなみにカホルさんは、元ドラゴンレース選手です。

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