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無限の少女と魔界の錬金術師  作者: 安藤源龍
2.ドッキュン聖者とガッカリ剣士
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パンチドランクラブ・2




 何とかジークが再び人間態になった頃、見計らったかのように、廊下の乾いた静けさの中に靴音が水を差した。

「やっぱり、君たちは侮れないね」

 異色の角と翼に、灰色の肌を持つ――渦中の“彼”が現れた。

「お前こそ、予想通りの動きをしてくれて助かる」

「自分から進んで時計の針を進めるような真似をするなんて。無知は得だね」

 冷徹な鋼のような視線で鋭く彼を見据えるジークとは対照的に、少年は芝居がかった大仰な身振りで肩を竦めて見せる。

 彼のそういった振る舞いはピエロのような不審さと――妙な剽軽(とっつきやす)さがある。つい、声を掛けたくなるような。

「な、なら、あなたが知っていることを教えてくれると、嬉しいんですけど」

「……いいよ。今は気分が良いし」

 自己申告するだけあって本当に機嫌が良いらしく、少年は私のおちゃらけた挙手にも快く応じてくれた。

「わ、わーい、嬉しいな、ありがとう!」

「どういう気の遣い方なんだよソレ」

「す、すこしでも持ち上げておいたほうがいいかなって」

 こうして彼を尻目にジークと内緒話するのも二度目ね。

 角の少年はまたわざとらしく咳払いをすると、振り向いた私たちに、誇示するように微笑んだ。

「知ってることその一。私の名前は、クロムウェル=グリムヴェルト。意味は、“意味がない”ってこと」

「なんて?」

「二度は言わない。質問はある?」

「な、ないです」

 長い。長いけど、グリムヴェルト。しっかり刻んで、心の中でもう一度繰り返した。確かに私が知る限りのどの種族にも当てはまらないパターンの名前だ。

 グリムヴェルトは空中に座るように浮遊し、得意げに尻尾を揺らした。

「それじゃあ、その二。シンディだっけ?あのケバくて痛い女スプライト。あれのボーイフレンドを人質に取って、ジークを殺すように言ったのは私だ」

 ――。

「な……にを」

 何を言ったの。こいつ。

 かっと目の奥が熱くなる。たった一言で。私の大事な人たちを同時に三人も侮辱した。

 同時に、さっきと同じ震えが甦ってくる。本当に、繋がっていた。

 私たちがのうのうと暮らしている日常と、私たちに殺意を向けていたグリムヴェルトが同時に存在していて。グリムヴェルトがその為に用意をしているあいだ、私たちは呑気に笑っていた。

 平和と憎悪が同時にあった。――それを認識できていなかったことが恐ろしかった。私は一体、ただ生きているだけで、どれほどのことを見落としているの。

「ついでに魔力も貸してあげたんだけどね。あまり役に立たなかったみたい」

「……やはりお前だったか」

「バレてた?」

「いいや。上手く踊らされたよ」

 グリムヴェルトと対峙しながらも、私の腕を掴んでくるジークの力強さに、はっと引き戻される。しっかりしろ、と言われている気分だった。

「お前の正体は何だ?」

 自分を狙った理由を問いたださないところがジークらしい。何故かグリムヴェルトも私と同じことを感じ取ったような気がして――彼の不敵な悪だくみの表情に、気まずさを覚える。

「うーん。まだ言えない」

「俺たちを殺す算段がついたから、姿を現わしたんじゃないのか?」

「それは、違う。君たちと会話するのは、私が寂しがりだからで――君たちに対して秘密があるのは、舞台を盛り上げるためさ」

「舞台だと……」

 そう、と。少年は跳ねる。スポットライトに当てられた端役のように、この瞬間の為だけに激しい稽古を積み重ねて体に染み込ませた自動的な動作で。

「私は――自分の死に際は、派手なイベントにしたいんだ。大勢の人に惜しまれながらね。私の葬式ではテレビや新聞の取材を受けた友人たちがわんわん泣いて、私の遺影の前で、長ったらしいお別れの手紙を読み上げる。私の思い出の品々を持ち寄って、私の死をひとつのエンターテインメントに仕立て上げる!」

 思わず拍手をしたくなるような演説に――

「ほお。反吐が出るな」

 ジークの一言で再び我に返る。

 あまりに――私の身近にあるものと乖離した言葉が流暢に出てくるから。

 それこそ物語のセリフを聞いているような気持ちになってしまったが、問題なのは、それが紙や本ではなく彼の頭を介して表現されているということだ。

「そう言わないでジーク。私は寂しいんだ。だから、役者がまだ揃わない内は、君たちにときどき構ってもらうことにした。そうじゃないと、つまらない。私が望むフィナーレにはならないんだ」

 ――生きている世界が違うって、まさか魔界に行ったときよりも実感する時が来るなんて。

 グリムヴェルトと私たちでは多分、見えているものが違う。彼にとっては自分が主役で、それ以外がすべて演出、舞台装置のようだ。

「まるでここで死ぬ気がないみたいな言い方するなぁ」

 こちらも偶然か必然か。求めていた人物の声が、グリムヴェルトの表情から余裕を剥ぎ取った。

「アルス!」

「業腹だが待っていたぞ!」

「よっ」

 白いマントを翻らせて、アルスがどこからともなくやって来た。

 必ず駆けつけるから信じろというあの言葉の通りに、風と光を引き連れて、私たちとグリムヴェルトの間に立ちはだかった。

「ここ、誰も居ないのはお前のせいか?」

 アルスが自分がやってきた背後――留置所内を指し示した。

「まあ。なるべく人間には私の存在を知られたくないからね。少しだけ、幻魔に食べさせてあげたよ」

 人気(ひとけ)が少ないんじゃなかった。()()()()()()()()()()()()()()

 私は、そんな事すら気づかなかった。なら彼は一体、いつから私たちを見ていたというのだろう。いつから私たちがここに来ると知っていたのだろう。

 未知という恐怖が重く降り注いで、思考を圧倒する。本来は私が認識していないものの方が多くあることが正しいというのに、私はそれが反転したときの恐ろしさを知ってしまった。賢者が首を吊る理由をほんの少しでも理解してしまった。

 ――それでも。

 腰に提げたホルダーから、(キャスリング)を引き抜く。それを合図に、ジークとアルスも、それぞれ姿勢を低くした。

「じゃあ、知っていることその三。私と君は、似ているようで違う」

 グリムヴェルトはお構いなしに続ける。それは、アクシデントをものともしないアドリブの筈だった。

「そりゃ、お前とは違うだろ。俺、お前みたいに湿っぽくないぜ」

 アルスがきょとんとした顔で言い放つまでは。

 どうやらそれはグリムヴェルトの逆鱗に触れたらしく、少年は怒りを露わにして歯を食いしばり、拳を握り込んだ。

「……ッだから、私は君が大嫌いなんだよ、“アルス・コペルニクス”!!」

 叫びと共に、グリムヴェルトが羽ばたき、私たちから距離を取る。幻魔を呼び出すつもり……つも……。

「はい!!!!!!!??????????」

 この場で私だけが目玉を剥き出していた。

 コ、コ、コペ。

 ()()()()()()()()()()()

 そりゃあ、珍しいファミリーネームではないかもしれない。世界中捜したらきっと何万人も居るはずだ。それがたまたま偶然知り合った二人に共通していたとしても、確率的にはおかしくないだろう。ないよね?

「せっかく今日は機嫌が良かったのに、台無し。あーあ、もういいよ。みんな、相手してあげてね」

 予想通り、グリムヴェルトは指を鳴らして、不気味な車輪のついた一角獣を数体召喚し、どこかへ飛び去ろうとしていた。

「ちょちょちょ、待って!!まだ聞きたいことがっていうか主に今さっきの!!」

「バイバーイ」

 制止も虚しく、少年の姿は景色に透けていってしまう。

 こ、こうなったら戦うしかないけども。一応アルスにも確認しなくては。

「アルス、戦う前に、あなたのファミリーネームを聞いてもいい?」

「えー。知らねえ、っていうか、そんなの持ってねえよ」

「じゃ、じゃあ何でコペルニクスって……何で……」

「うーん……心当たりがないこともないけど……」

 そんなことを話している間にも、車輪の一角獣が嘶きながら、廊下の向かい側から爆走してくる。

『今は目の前の幻魔に集中するのだ、愚か者!!』

「わーかったよ」

 ミストラルに叱責されたアルスも、私を無視して幻魔の群れに突っ込んで行ってしまう。

 私はジークに回収されながら、その背中をただ見ることしかできない。

「ちょ……ちょっとぉーーーーー!!」

 私の疑問は解決しないまま、私たち三人は、狭い室内戦闘ではちゃめちゃに体力を削られるのであった。






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・朝日を浴びて朦朧としながら書いてたので今後加筆・修正します。

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