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四季折々  作者: 七種 草
第一章 冬
9/38

第2話 四年前

2017/1/5 13時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 剛太がコロニーに足を踏み入れると周りがざわつき始めた。そんな様子を余所に、剛太は家へと入っていった。中には家族全員がおり、全ての視線が剛太に向けられた。そして母が恐る恐る剛太に近づいてきた。


「剛太、朝ご飯食べなさい」


 剛太は母を一瞥し、「いらない」とライフルを部屋の隅に置いた。その言動に父は痺れを切らし、机を叩いた。


「お前はいつまでそうしているつもりだ。もう子どもじゃないんだから、コロニーに貢献するために行動しろ!」


 その言葉を聞き、剛太は鋭く、軽蔑とも思える視線を父に向けた。


「どっちが子どもだよ。過去から言い伝えられているただの昔話に踊らされているお前らの方がよっぽど子どもだろうが」


 剛太はそう吐き捨て、布で仕切られた自分の部屋へと入っていった。部屋にはため息だけが残り、かつての家族の姿はそこにはなかった。




 皆が朝食の片付けをしている時、剛太は再びライフルを持ち出し、ある場所に向かっていた。空は清々しいほどに晴れ渡り、キラキラと木漏れ日が森に差し込んでいた。徐々に急になっていく坂を力強く踏みしめながら登っていった。長々と続くその道は険しく、冷たい風に晒されながら剛太は懸命に歩を進めていった。


 そして日が少し傾いた頃、彼はようやく目的の場所へと辿り着いた。そこは樹齢三千年になるといわれている木と祠がある場所であった。その木はどれだけ見上げても先が見えず、日の光もほとんど通さないほどであった。その木の根元には石でできた祠があり、見たことのない文字で何かが刻まれていた。剛太はかじかんだ手でその文字をなぞるように触った。ふと視線を前にやると幹の裏に何かが見えた。剛太がそこに向かおうとした時、どこからか視線を感じた。彼が背後を振り向くと、少し離れたところに優がいた。剛太は優の顔を見るなりため息を吐き、木を背に座りこんだ。


「またお前かよって思ったでしょ! そんなにあからさまに落ち込まなくたっていいじゃん」


 優が一人で騒いでいる時、風が吹いた。その風は先程まで吹いていたものとは違い冷たくはなく、剛太たちの肌を撫でるように優しく吹いた。その風に導かれるように剛太はその風下を見つめた。しかしその視界は優によって遮られた。剛太の真横に立った優は木を見上げた。


「樹齢三千年の木ってこんなに大きかったんだ。僕こんなに近くで見たの初めてだよ。剛太も初めて?」

「いや……」


 優の純粋な言葉につられて剛太も口を開いた。


「俺は……四年前に一度来た」


 優は珍しく話す剛太を見下ろし、そのまま腰を下ろした。


「四年前って……」

「霧の夜の時だ」


 静かに語り出した剛太に優は耳を傾けた。


「お前もあそこにいたってんだから事の次第は知ってるよな?」

「うん、僕たちはデウスを殺すためにあそこにいたんだよね」


 カリオフィは子どもの頃から〝言い伝え〟を教えていた。それ故に真っ直ぐな瞳で答える優を少し苦しそうな表情で剛太は見て、そして俯いた。


「ああ、そうだ」


 剛太は少し瞼を開け、再び口を開いた。


「あいつは、俺の幼馴染だったんだ」


 その時剛太は優の顔を見なかったが、驚いていることはわかった。


「それから……俺がライフルで殺したのも俺の幼馴染だ」


 ほんの少しの間だったと思う。しかしその間が優にとってとても長く感じた。急な告白に優は言葉が出ず、ただ剛太を見つめることしかできなかった。


「あいつらは大切な……家族のような存在だった。それなのに俺はあいつらを……『殺した』」


 剛太の奥歯から歯を噛む音が聞こえた。いつもどこか抜けている優もこの時は剛太の気持ちがわかった。しかしこの言葉に疑問を持った。


「『殺した』……ってデウスはまだ死んでないんじゃ――」

「咲希はデウスじゃない!」


 優の声を遮り、剛太の怒鳴り声が森に響いた。周りの木々に止まっていた鳥は飛び去り、辺りに羽音と木々がこすれ合う音だけが残った。剛太は我に返って「悪い」と呟いた。


「未だに咲希がそう言われるのに慣れてねぇんだ。もし咲希がデウスだとしても、デウスである前に一人の人間なんだ。人間じゃねぇみたいな言われようがどうも我慢できねぇんだよ」


 剛太は一息ついてから「それから」と続けた。


「俺が咲希から奪ったものは命じゃない。心だ」


 優は急に少し頬を染めて変な声を上げた。


「え、心を奪うって……」

「そういう意味じゃねぇからな」


 剛太は彼が言い終える前に釘を刺した。そして再び話し始めた。


「咲希は昔よく笑う奴だったんだ。それなのに俺が由里を殺した瞬間からあいつの顔から笑顔なんてものは消え去った。俺だって咲希だけでも助けてやりたかった。だけどそれさえもできなかった。俺はコロニーも恨んだが、俺自身も恨んだ」


 剛太は拳を握り締め、爪が掌に食い込んだ。そこで再び優が口を挟んだ。


「ちょっと待って。全然話が見えてこないんだけど。四年前にここに来たっていうのとどう繋がるの?」


 剛太は思い出したのか、少し頭を上げた。


「ここに来たのは霧の夜、皆逃げたすぐ後だ。俺はあの場から兄貴に連れられて逃げた。そこで兄貴と言い争って一人で走り回ったんだ。ただ無我夢中で走ってて、気がついたらこの木の前にいた」


 剛太は木を見上げ、目を細めた。優も同じく木を見上げたが、特別何があるというわけでもなかった。


「ここで何か見たの?」

「いや、見てはいない。ただ――」


 角度を変えた日の光が剛太の目に差し込み、少し視界が霞んだ。細めていた目をもっと細め、手で光を遮った。その時、一瞬何かが見えたような気がした。しかし光が辺りを乱反射し、瞳は光を拒み、目を逸らした。優は「ただ?」と聞いてきた。


「ただ誰かと話をした」


 剛太の脳裏には暗闇が白く染まったあの時の情景が映った。深い霧に黒い影を落とす木が前に立ちはだかり、光を失ったその瞳には周りの人々と同じ大きな壁にしか見えなかった。何もできない剛太はその木に殴りかかろうとした。その時、頭上から地を揺らすような低い声が聞こえた。


「お前はここで何をしているんだ?」


 剛太は辺りを見回すが誰もいない。上を見上げると、木の幹に隠れた白い影が少しだけ見えた。剛太は大声で影に問い返した。


「お前こそここで何をしている? ここがどういう場所か知っているだろう」


 その言葉に影はクスリと笑った。


「ああ知っているさ。ワシはよく知っている。その上でここにいるんだ。お前もここがどういう場所か知っているのにも関わらず、このようなことをしようとしているのか?」


 剛太は唇を噛んだ。頭に血が上っていたとはいえ、さすがにこの木を殴るなんて罰当たりすぎる。拳にしていた右手を左の掌に納めた。


「別にこれをしたかったわけじゃない。何もできない自分に怒りを感じて、その時たまたま目の前にこの木があっただけだ」


 右手を包んでいた左手の爪が右手の甲に食い込んだ。影はまたクスリと笑った。


「何もできない、か。もし何かができたとしたら、お前はどうしたかったんだ?」


 剛太は上を見上げた。辺りは霧に覆われてほとんど何も見えない。


「オレは咲希と由里と三人でいられればよかった。ただそれだけだ」


 もう二度と叶わぬ夢。そう感じると頬に雫が伝った。こらえきれなくなった吐息が剛太の口から漏れた。影は吐息を聞いて口を開いた。


「もし『デウス』だとしても、か?」


 剛太は間髪入れずに答えた。


「咲希は咲希だ! 咲希はバカだけどなぁ、誰よりも優しくて真っ直ぐなんだよ!」


 剛太は両手に拳を作り、「だから」と呟いた。


「咲希は、オレみたいに誰かを悲しませたり苦しめたりすることなんてねぇんだよ」


 自分の言葉が剛太自身の胸に刺さった。


(オレは誰かを傷つけて、苦しめてばかりだ……)


 俯く剛太の頭上から呟きが聞こえた。


「お前になら託してもいいかもしれないな」


 剛太は、それは空耳だと思った。しかしその後に続けて声が聞こえた。


「あいつのことをバカ呼ばわりするところはどうかと思うが、ワシはお前を信じることにした」


 剛太は『信じる』という言葉に反応した。続けて影は「そこで、だ」と言葉にした。


「あいつを救ってやってくれ」


 突然の言葉に剛太は言葉を失った。そんな様子の剛太をよそに影は言葉を続けた。


「ワシはあいつの傍にいることはできるが、救うことはできない。あいつを救うことができるのはもうお前くらいしかいないだろう」


 影は「では、頼んだぞ」という言葉を残して立ち去ろうとした。


「待て!」


 剛太はやっとの思いで声を出した。震える声を落ち着かせながら影に尋ねた。


「お前は……お前は一体何者なんだ?」


 影から大きな落ち着いた息遣いが聞こえた。その呼吸が周りの霧を泳がせた。


「今までお前たちの傍にいた者だ」


 そう言って影はそこから姿を消した。剛太は視線を下に下げ、祠を見つめた。


「そこで俺は初めてこの文字に気づいた」


 青年になった剛太は祠の文字を指でなぞった。それは所々苔で埋まっていた。優も傍にきて祠の文字を見つめた。


「僕も見たことがない文字だよ」


 剛太がそのまま文字を見つめていると、横から視線を感じた。ふと横を向くと優がじっと剛太を見つめていた。


「何だ?」


 ぶっきらぼうな言葉に優が笑った。


「こんなに剛太の話を聞くのも初めてなのに、過去の話までしてくれるなんて思ってもなかったから」


 その言葉に剛太はふっと瞼の力を弱めた。


「そう……だな。俺もここまで話すことになるとは思わなかった」


 剛太は木を見上げ、目を細めた。


「それも全部、この木のせいだろうな」


 また風が吹いた。今度は、先程と同じく冷たくないが、強い風だった。髪がなびき、服がはためいた。剛太は目を細めながら木に背を向けた。


「もう帰ろう」


 歩き出す剛太に優は声をかけた。


「もういいの?」


 剛太は立ち止まり振り返った。


「ああ、もう十分だ。こことお前のお陰で決心がついたよ」


 剛太は今までにないくらい清々しい顔をしていた。日は傾き、剛太の背から光が差した。優はなぜここに剛太が来たのか聞いていない。だが今朝の様子から、何か理由があってここに来たのだと感じていた。優は歩き出す剛太の背中を追った。優が剛太に決心の内容を聞き出すことはなかった。ただ剛太の背中を見つめていた。

次話「異端児」は2017/1/19(木)に更新します。

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