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四季折々  作者: 七種 草
第一章 冬
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第1話 明け方

 薄暗い闇の中、息遣いと共に霜の降りた地面を踏みしめる音が聞こえる。この寒さの中、ただひたすらどこかへ向けて歩を進める。しかしそれは大きな鉛の音によって終わりを告げられる。それは突然に、だ。ただ生きていただけであるのに、しかし生きていたから道は断たれ、奪われていく。


 この銃声は剛太の耳にも届いていた。しかし彼はその集団からは大きく離れ、人気のない場所の木にもたれて座っていた。日はまだ出ていない。しかし鳥は鳴き始めていた。薄明かりの中、仲良さげに語り合う。そんな光景を剛太は光を失った瞳で見ていた。高音の口笛が二度聞こえた。しかし剛太は立ち上がらない。白い息を吐き、ほとんど感覚を失い冷たくなった頬を感じた。今日は霧が出ていない。そのことに剛太は心のどこかで安堵した。しかし安堵したことにどこか後ろめたさを感じていた。その時、急に真後ろから低い――しかしどことなく高い――声が聞こえた。


「剛太、やっぱりここにいたんだ」


 そこには剛太と同い年の青年が立っていた。彼は短い黒髪で嬉しそうに笑う。しかし彼の眼に映った少し髪の長い青年はしかめっ面をしていた。剛太は数秒間彼をまじまじと見た後立ち上がり、コロニーがある方向とは逆方向に歩き始めた。剛太に背を向けられた青年は慌てて彼を追った。


「ちょっと待ってよ。そっちはコロニーじゃないよ」


 彼の呼び掛けには何も答えず、剛太はただ歩き続けた。剛太が歩いていく場所は森であるが、彼にとってかつての〝森〟の姿はどこにもなかった。




 あの霧の夜――咲希と別れた夜――から、コロニーでは彼女に対する策略が練られてきた。その策略の一つとして、定住化が進められてきた。彼女の攻撃力が高いということから、コロニーの守りを強固にするには周りに罠などを仕掛けるなど未然に防ぐ方法をとる必要があった。その方法はヌラムを行っていた頃にも行い始めていたが、長期間滞在していた方がより強固な守りを固められるということで徐々に滞在期間が長くなっていき、定住化することになった。そして人々が定住化することによって森は変わっていった。


 定住化するということで住居がテントである必要がなくなり、より快適である木材住居が広まっていった。そして成長が早いものから遅いものまで、様々な作物を育てることが可能になった。そのことにより、多くの木々が伐採され、広範囲にわたって土地が耕された。畑の範囲が広がるにつれて、その畑を荒らす獣は自然と増えていく。すると人はその獣を次々に殺していった。初めは殺した獣を食べていたが、数が増えていくとそれらを捨てていった。こうしてかつての〝森〟は失われていった。




 行く当てもなく進んでいくと、剛太はギャップに辿り着いた。剛太は足を止め、立ち尽くした。過去が自然と彼を襲ってきた。そこへ剛太の後ろから青年が近づいてきた。


「まだこんなところがあったんだね。なんだか〝霧の夜〟の場所に似ているような気がする」


 その言葉を聞いて剛太は固まった。そのようなことには彼は気づかず話し続ける。


「そういえば、あの夜僕、剛太の隣にいたんだよ。それで一応僕も撃ったんだけどさ、やっぱり僕下手だから当たんなかったんだよね。でも剛太は当たったん――」

「やめろ!」


 鋭く尖った言葉が響いた。その声に青年は驚き剛太を見た。その視線の先には苦しみに満ちた顔をした剛太がいた。青年は慌てふためき、何か言おうとするが言葉が出てこない。剛太は片手で顔を覆った。


「お願いだから一人にしてくれ……」


 それを耳にした彼は頭をかいた。そして少しの間の後、彼は口を開いた。


「一人は……ダメだよ」


 まだ姿を現さない日の光がギャップを照らし始めた。草木に降りた霜がきらめき、彼らの表情が徐々にはっきりと見え始める。


「一人は人を苦しめる。誰かといれば苦しみを分け合うこともできる。僕は君の苦しみを分けてほしいんだ」


 真っ直ぐな視線が剛太に向けられた。その瞳は光に満ちており、剛太には眩しく感じた。剛太は一度青年に向けた視線を逸らし、俯いた。彼は青年に二人の影を見ていた。青年は咲希のようによく笑い、由里のように真っ直ぐな瞳を持つ。それはどこか近い存在のように感じ、その反面後ろめたい感情も抱いた。剛太は彼に背を向け歩き出した。


「俺はもう誰も信用しないと決めたんだ」


 剛太は光の差すギャップから影の落ちる森へと入っていった。影の落ちる彼の背に向かって青年は声をかけた。


「信用してよ」


 直球すぎる青年の言葉に剛太は目を見開き振り向いた。青年は彼のその反応に気にせず続けた。


「僕たち四年間ずっと一緒にいたんだから信用してよ」


 青年の瞳は眩しいほど光に満ちており、周りを温かく包み込むものがあった。青年は少しくしゃりと笑った。


「まあ僕がずっと君に引っ付きまわってただけだったかもしれないけどさ」


 青年は剛太に駆け寄り肩を組んだ。


「それに前から思っていたけど、さすがにそろそろ僕のこと名前で呼んでよ」


 剛太は最後の言葉を気にも留めず、肩にある彼の手を見つめた。


「……重いんだけど」


 剛太は彼の腕をどかして歩き出した。青年は少しふくれっ面になった。


「まさかとは思うけど、僕の名前がわからないってわけじゃないよね?」


 剛太は彼と距離ができたことに気づき、足を止めてため息を吐いた。


「ほら、もう帰るぞ、(ゆう)


 その言葉を聞いた瞬間彼は目を輝かせ駆け寄った。彼らの背を日が煌々と照らした。夜は明け、日が昇った。赤みを帯びた空は青く染まっていき、西の空には辺りの光で翳んだ月が見えた。辺りの空気が変わっていくのを感じながら剛太は目を瞑り深呼吸した。剛太の帰りを待っている者がいないことはわかっていた。それでも彼は歩をコロニーへと向ける。自分が世界を変える、そう誓ってどれだけの月日が過ぎ去っていっただろう。胸の中に疑問が浮かんでは消えていく。


(俺はこの四年間で何をしてきた?)


 実際剛太はこの四年間、職務を放棄し、彼らの行動を横目で見ていることしかできなかった。しかしそれは今日を以てやめようと決意した。彼は今年の夏十五歳、つまり成人を迎える。それまでにやり残したことをやりきろうと決意した。


 剛太は目を開くと、足元にうっすら霧が出ていたことに気がついた。彼は嫌に日が照りつくことを覚悟した。




 コロニーへと向かう帰り道、二人は木漏れ日の中忙しなく辺りを見回す少女を見かけた。その少女の髪は少しウェーブがかかっていて、少しつり目ぎみであった。しかし顔立ちは凛としていて美しかった。少女は二人に気がつくと、ウェーブがかった髪を揺らしながらすごい気迫で迫ってきた。


「ちょっとお兄ちゃん! 今までどこ行ってたの?狩りが終わったらすぐに朝ご飯だって知ってるでしょ!」


 その少女は背伸びをしながら鋭い目つきで優を叱った。優だけを叱るのかと思いきや、剛太にもその矛先が向けられた。


「あんたがお兄ちゃんを連れ回してたの? ろくに仕事もしないくせに、もっと他の人の手を煩わせたいわけ?」


 少女は言葉にこれでもかというほど棘を含ませ投げつけた。剛太は少女のこの刺々しい態度に前から疑問に思っていたが、反抗期というものだろうと思い、何も言わず彼女の横を通り過ぎた。そのことに彼女は余計に腹を立て彼を呼び止めた。


「ちょっと――」


 彼女は不満を口に出しかけたが、その言葉を飲み込んだ。彼女の視線の先には、先の見えない闇に満ちた瞳があった。言葉に詰まった彼女の肩に手が置かれた。


千夏(ちなつ)、剛太が悪いんじゃないよ。僕が勝手に剛太についてって、逆に僕が剛太を連れ回していたんだ」


 優は彼女に怒られてもなお平然と接し、彼女を制した。千夏はその余裕な表情に怒りと悔しさを抱き、その手を振り払った。


「もう朝ご飯抜きになっても知らないからね!」


 バタバタと走り去っていく千夏の背中を二人は平然と見ていた。そして彼女が見えなくなったところで口を開いた。


「毎度毎度うちの妹がうるさくてごめんね。一つしか変わらないからって千夏、生意気なことばかり言って……」


 優は申し訳なさそうに頭をかいた。剛太は走り去っていく少女に向けていた視線を地面に落とし、何も言わず再び歩き出した。足が地面を踏みしめる度に細かな氷を砕く音が聞こえた。剛太は四年前のことを思い出していた。あの頃、剛太は咲希たちが二人でいるところに出会い、再び彼が自ら離れていくことが常であった。


(俺はあの時も自分から離れていったということなんだろうか?)


 剛太はふと霧の夜のことを思い出した。そしてあの時の映像が脳裏をよぎった。前へと進んでいた足が止まった。後方を歩いていた優が近づいてきた。


「……剛太?」


 影から日の差す瞳が覗いてくる。剛太は優の肩を突き退けた。


「お前はさっさとコロニーに帰ってろ」


 優は「でも……」と困った顔をした。剛太はため息を吐き、前方を指さした。


「コロニーはすぐそこなんだから、俺もすぐに向かう。これからどっかに行こうとしねぇよ」


 優は神妙な面持ちで頷き、剛太から離れコロニーへと向かった。剛太はそれよりも先へ足を踏み入れることを躊躇っていた。そこから先には剛太を待つ者はいない。信じることのできる者はいない。そこは偽りの世界。彼の足は前へと進んだ。


(ここを進まなければこの世界を変えることなんかできない)


 先程固めた彼の意志は強く、彼を前へと進めていった。この先どのような困難があるとも知らずに……。

次話「四年前」は2017/1/5(木)に更新します。

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