表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
四季折々  作者: 七種 草
序章 幼き頃
6/38

第6話 言い伝え

 咲希と由里が別れてから数分後、咲希の耳には大勢の足音が届いていた。初めは二人を探しに来てくれている人がいるのだと思っていた。しかしその音が近づくにつれて、アフロディの人々はわずかしか居らず、ほとんどが知らない人々であることがわかった。咲希はその人々のところへ行くかどうか悩んでいた。


(もしこの人たちが咲希たちを探してるなら、今すぐにでも会いたい! でも、もしアフロディの人たちが捕まっていたら……? 咲希だけじゃ助けられない。でも、だからって仲間を見捨てられない)


 もやもやした気持ちを咲希は一つの意志に固めた。


 集団は咲希の近くまで来ると、予想外の行動を起こした。集団のほとんどの人々が咲希を囲うようにして物陰に隠れ、中心に向けてライフルを構えた。あまりにも突然のことに咲希は驚き、辺りを見回した。すると木の陰から二人の男が現れ、咲希に歩み寄ってきた。その二人はヌラムの準備中、頻繁に見かけた男たちであった。


「君が咲希だね?」


 そう尋ねるとその隣にいた一人の男がじろじろと咲希を見た。


「前髪のM字の分け目に、色素の薄い目。極め付きに、雛菊の葉のシャルムを持っていやがる」

「これはもう決定的だな」


 自分を品定めするように見る男たちを前に、咲希はたじろいでいた。しかしさっきまでの自分を裏切りたくないと思い、『シャルム』という聞いたことのない言葉を脳内の片隅に置き、男たちに向けて口を開いた。


「あ、あの! なんであなたたちがアフロディの人たちと一緒にいるんですか? 他のアフロディの人たちは無事なんですか?」


 咲希の振りしぼった声が男たちの耳に届くと、男たちは笑い出した。


「こいつ、自分のことより他人のことを心配してやがるよ。本当におめでたい奴だな」

「お嬢ちゃん、そんなことより自分の心配をした方がいいよ。自分を捨てたコロニーのことよりもね」


 咲希は何を言われたのかわからなかった。ただ男たちの笑い声が頭の中でこだましていた。


「なんで……」

「本当にあのじじぃから何も聞かされてないんだな。どうせだから、冥土の土産として話してやろう」


 それから咲希は昔話を聞かされることになった。






    この世には空・森・海の三人の神様〝デウス〟がいます。その神様は

   それぞれ〝カエルム〟、〝シーバ〟、〝マーレ〟と呼ばれ、何百年かに

   一度だけ現れます。デウスが現れた時代は豊穣の時代となり、人々の生

   活が豊かになると言われていたので、デウスは人々に崇め奉られていま

   した。


    ところがある時、ある男がシーバから決して狩猟をしてはならないと

   言われた場所で隠れて狩猟を行いました。それを知ったシーバは激怒し、

   緑で覆われた森を赤や茶など悲しい色で包んでしまいました。それを見

   た森に住む人々は、シーバは厄病神だと罵り、シーバを殺しました。


    デウスの特徴として前髪にM字の分け目があり、目の色素が薄く、そ

   れぞれ特徴的な『シャルム』と呼ばれる首飾りをつけていました。その

   ため森に住む人々は、それからというもの、あのようなことがまたあっ

   てはならないと思い、デウスの特徴がある者をことごとく殺害していき

   ました。このようにして人々は自分たちの世界を守っていったのです。






 それを聞いた咲希は青ざめていた。


「それが『言い伝え』……」


 話を終えた男は、呆然とする咲希を目の前にしてニヤリと笑った。


「ということで、お前は厄病神だから、俺たちが殺さなきゃならない」


 咲希は男たちに会う前に固めた意志が何だったのかわからなくなっていた。仲間のために為そうとしていたことが、逆に仲間に裏切られた。


(裏切られた……?)


 いや違う、と咲希は思った。もともと自分はアフロディの人たちにとって邪魔者でしかなかったのだと気づいた。咲希を見る大人の目はいつも冷たく、咲希を遠ざけてきた。実際に今アフロディの人も咲希に銃口を向けている。この時咲希は自分の存在価値を見出せずにいた。


「大丈夫、安心しろ。すぐにお友達もそっちに連れてってやるよ」


 咲希の目の前にはすでに暗闇の広がる銃口があった。




 剛太はこの現状を理解できないままでいた。理由も告げられぬままライフルを担ぎながら歩いてきたら、なぜか咲希に銃口を向け囲んでいる。剛太には咲希と二人の会話は聞こえなかったが、咲希の表情から自分たちは咲希にとって悪いこと、いや咲希を殺そうとしていることだけわかった。


(咲希が何したっていうんだよ! 別に悪いことなんか……)


 その時、剛太の脳裏に川辺での出来事とその日の母親の顔が浮かんだ。あの日自分が言い放った言葉に対する大人たちの反応、母親の声、顔。その記憶すべてが胸のざわめきへと変わった。


(もしかして、オレがあんなこと言ったから……?)


 剛太の手は汗で滲み、血の気が引いていくのを感じた。またやってしまったという後悔の念が頭の中に広がると共に、目の前が白くなっていった。それは霧で霞んでいるのかどうかわからなかった。そんな思考を巡らせている剛太の目に拳銃が向けられている咲希の姿が映った。様々なことで頭がいっぱいになっていた剛太の思考は停止寸前だった。


「咲希!」


 そう叫ぼうとした瞬間であった。咲希が一瞬目を見開いた。その変化を男は見逃さず、すぐさま男は叫んだ。


「この近くにコイツの仲間がいる! 見つけ次第撃ち殺せ!」


 皆辺りを見回した。その仲間の影も見えなければ足音も聞こえない。その場は一瞬にして緊迫した空気に変わった。訳のわからなくなった剛太は撃つことに集中した。


(『仲間』だって言ったって、本当に仲間かどうかわからないしな)


 目を瞑って音に集中した。だが周りの人々の音が聞こえてくるばかりであった。


(これじゃダメだ! もっと、もっと……)


 その時剛太は咲希のアドバイスを思い出していた。



『自分が周りに溶け込んで身体で感じるの』



 剛太は一瞬周りの音が遠くなり、自分の心音だけ聞こえた。次の瞬間、周囲の音が鮮明に聞こえるようになった。人々の声はおろか、葉と葉がこすれ合う音、木々が揺れる音まで聞こえた。そしてある足音が聞こえた。剛太はその足音に向けてライフルを構えた。そして引き金を引こうとした瞬間であった。その足音の方向に手を伸ばした咲希の口からある言葉が聞こえた。


「由里……」


 剛太がその言葉に気づいた時にはすでに遅かった。その時三つの銃声が森中に響き渡っていた。

次話「覚醒」は2016/12/8(木)に更新します。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ