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四季折々  作者: 七種 草
序章 幼き頃
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第4話 母

 洗濯物を取り、アフロディに着く頃には空は赤と青が混ざった色になっていた。この前と同様、二人の母親が外で立ちながら待っていた。


「やっと帰ってきた。洗濯くらいでどれだけ時間かけてるの!」


 説教じみてる母に向かって剛太が走っていった。


「母さん! すごいんだよ! 咲希がね、熊を追い払ったんだ!」


 その言葉を聞いた周りの大人たちが剛太に振り返り、顔を強張らせた。


「咲希が『森に帰れー!』って言ったら、本当に帰って行ったんだよ!」


 生き生きと話す剛太に母は戸惑いの表情を隠せずにいた。その隣にいた由里の母は強張った顔を剛太から咲希へゆっくりと向けた。未だに少し寝ぼけている咲希はそれに気づかず、持って帰ってきた洗濯籠にもたれていた。周りの大人たちの変化には気づかず、母の変化だけに気づいた剛太は首を傾げた。


「母さん?」


 剛太の母は心配の眼差しが我が子から向けられ、この場を何とかしようと、言葉を絞り出した。


「またそんなこと言って、母さんを騙そうとするんじゃないの。ほら、夕飯の支度をするからさっさとおいで」


 剛太はその言葉にムッとした。


「オレ、嘘なんか吐いてねぇよ! ホントに咲希が――」

「剛太!」


 アフロディ中に剛太の母の声が響き渡った。その声で周りにいた鳥たちは飛び去り、ただ静寂だけが残された。剛太が母の顔を見ると、どこか泣き出しそうな顔をしていた。その時、剛太の胸の奥が疼いた。そして母が無理矢理笑ったように見えた。


「もう夕飯ができるから入りなさい」


 この時、剛太はまたやってしまったと思った。気づいた時にはもうすでに遅く、後悔の念ばかりが剛太の胸の中に残った。


 夕飯時、いつも今日一日あった出来事を一人で語る剛太が黙って食べていた。それを見かねた純は、食後剛太を外に連れ出した。夕飯の準備で使った残り火に、辺りに落ちていた枝をくべる。微かな風に揺らめく炎を見つめたまま剛太は未だに黙っていた。そんな剛太の横に純は座り、話し出した。


「お前が二、三歳の時だったっけ、今日みたいなことがあったよな」


 その語りかけに微かに記憶が残る剛太は俯いた。


「興味本位でお前が父さんのライフルに触ってさ。母さん、血相変えて遠くからすっ飛んできたんだよな。それで剛太を怒鳴って――」

「……同じ顔してた」


 純の言葉を遮るように、剛太は小さな声で呟いた。


「あの時みたいに泣きそうな顔してた。あの時、まだガキだったから怒鳴られた理由もそんな顔をしてる理由もわからなかった。けど、母さんにもうそんな顔させたくないって思ったんだ。思ったのに……」


 今もまだガキのくせに、と心の中で思いながら純は火に枝をくべた。炎は火花を散らしているが、徐々に小さくなっていった。


「今なら、少しわかるんだ。あの時、なんであんな顔をしてたのか。でも――」


 その後の言葉に詰まる剛太に純は聞き返した。


「でも?」


 剛太は一度息を吐き、重たい口を再び開いた。


「でも……、今日のはわからないんだ。考えても考えても、頭の中でグルグルするばかりで……。そんで結局辿り着くのが、いつも『咲希』」


 純はじっと炎を見つめた。そんな兄に剛太は振り向いて叫んだ。


「なぁ、教えてくれよ! なんでいつもコロニー中の人たちが咲希をあんな目で見るんだよ? なんで咲希の話をすると顔を強張らせるんだよ? なんで――」


 たくさんの言葉が溢れ出す剛太を純は片手で抱きしめた。耳元で純の穏やかな心音が鳴り響いている。片方の耳からは澄んだ純の声が聞こえた。


「母さんは、守ろうとしているものが多すぎるんだ。それ故に不器用になってしまうことが多い」


 剛太は顔を上げ、純を見た。そこには月の光が降り注ぎ、微かに影も落としていた。


「お前、母さんは弱い人だから守ってやらなきゃって思ったんだろ?」


 その問いに剛太は小さく頷いた。それを見た純は笑って言った。


「母さんは強い人だよ」


 突然強い風が吹き、二人の体温を奪っていく。


「強い人だからこそ、守ってやらなきゃいけないんだ」


 その風は炎を消し去って、どこかへ消えていった。辺りを照らすのは月の光のみとなり、温もりを与えてくれるのは剛太にとっては純のみとなった。その温もりも離れていき、月の光を遮った。


「火も消えたことだし、もう帰ろう。こんな時期の冷たい風に当たり続けるのは身体によくないからな」


 剛太が幼かった頃、差し伸べてくれた手はそこにはなく、今そこにあるのは温かな眼差しだけであった。剛太はその眼を見つめ、立ち上がった。コロニーのことはよくわからない。母のことはわからない。兄の言っていることは全くわからない。剛太はそれらの言葉を口には出さなかった。ただ、兄の背中を見ながら歩いていった。




 その数日後からこの前来ていた男三人組が頻繁に畔のもとに訪れるようになった。アフロディの人々はその男たちを見ると、怪訝そうな顔をする者もいれば、笑みをこぼす者もいた。そんな落ち着きのない大人を剛太が見ていた時であった。剛太を呼ぶ父の声が聞こえた。


「剛太! ちょっと家に来い!」


 剛太は渋々テントに向かった。テントに入ると剛太は目を見開いた。


「何……してるの?」


 剛太の反応にはお構いなしに、父は雑巾を息子に投げつけた。


「ほら、お前も家の中片付けろ」


 剛太は投げつけられた雑巾を手に取りながら父に詰め寄った。


「なんでもう家の中片付け始めてるんだよ? 移住(ヌラム)はあと一週間以上もあるはずだろ?」


 父は息子の話を聞きながらも、手を止めずにいた。


「これは畔じぃさんからの命令なんだよ。今回は早めに荷物を片付け終えててくれってな」


 その言葉を聞いて、剛太はあの男三人組を思い出した。剛太はこの数日間なぜだか胸の中がもやもやしていた。しかし未だにその理由がわからずにいた。


 その日の夜、剛太は一度寝ついたものの夜中に起きてしまった。その時、純がテントの中にいないことに気づいた。だが、そのことにはあまり気にも留めず、小便をしに外へ出た。剛太が戻ってきてテントの前まで来た時、純が畔のテントから出てくるのが見えた。その時、剛太は胸騒ぎがした。剛太は動揺していることを悟られまいとしながら、純に近づいて話しかけた。


「兄ちゃん? こんな時間に畔じぃのところで何してたの?」


 純は剛太がいたことに少し驚いたようだったが、いつものように笑って答えた。


「剛太、まだ起きてたのか。ただ、畔じぃのわがままに付き合ってただけさ」


 純は剛太の背中を押してテントに戻るよう促した。純は笑っていたが、その奥には曇った顔を隠していることを剛太は気づいていた。

次話「行き先」は2016/11/10(木)に更新します。

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