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四季折々  作者: 七種 草
最終章 秋
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最終話 サキへ

 秋色に染まり、乾いた風が通り過ぎる。少女はそれを眺めながら長い髪をなびかせた。透き通る瞳には寂しくなった森にたたずむ剛太の姿が映し出された。彼らを包むものがなびく中、彼は真っ直ぐと彼女を見た。


「咲希、もう一人で闘わなくていい。一人で苦しまなくていいんだ。俺らは本当は昔から一人じゃなかったんだ」


 剛太は彼女に向かって手を差し伸べた。昔咲希、由里と手を取り合い、つないだその手は大きくなり、傷だらけになっていた。そしてそれに伴ってその手で掴み、守れるものも多くなっていた。


「戻ろう。俺らの場所へ、みんなの待つ場所へ」


 しかしその手には乾いた風ばかりがまとわりつき、冷たい空気がその中に残るだけであった。風の向こうには怪訝な顔をする彼女がいた。それに驚いた剛太は彼女に声をかけた。


「……咲希?」

「――て」


 草木のざわめきの中に彼女の声が掠んで聞こえた。緑をなくした木々は乾いた音を立て、そこに止まっていた鳥は一斉に飛び立った。彼らに注がれていた光がいくつもの小さな翼で遮られると同時に、彼女のはっきりとした声が剛太の耳に届いた。


「早く逃げて、剛太!」


 彼がその言葉を耳にした同時に後方から銃声が響き渡った。気づいた時には彼の左腕の感覚が遠のき、指先から滴る紅い雫が地を染めた。彼が右手で傷口を押さえているのを目にして彼女が身を乗り出そうとした時であった。


「クソッ、もうちょい右だったか」


 剛太の後方から微かに声が聞こえた。それに気づいた彼女は木から飛び降り、剛太に駆け寄った。


「伏せて!」


 剛太はその言葉で後方を振り返った。しかし、彼女の声と同時に引き金が引かれる音がした。


(間に合わない――)


 そう思った時だった。剛太の前に何かが投げ込まれると同時に、彼の周りに煙が立ち込めた。弾丸は的外れな方向へ飛んだかと思うと、森の奥から腑抜けた声が聞こえてきた。彼女の足が止まり、煙の方へと視線を向けると、森の方から畔の姿が現れた。


「老体に鞭を打たせるとは何事じゃ! と言いたいところじゃが、たまには身体を動かすのも悪くないのう」


 カッカッカッと笑う老人の手には奇妙な玉が握られていた。煙が徐々に消えてくると、傷口を押さえて膝をついている剛太の姿が見えてきた。彼は咳き込みながら畔を睨んだ。


「畔じぃ! テメエ、何を投げやがった!」


 剛太の目は赤くなり、涙が滲んでいた。どういう状況だかわからずにいる彼女は畔に視線を移した。すると老人は腕を後ろへ組み、空を見上げた。


「それは唐辛子玉じゃ。敵に投げて目眩ましとして使うのが通常じゃが、ちと手違いでな。ただの砂煙玉を投げるつもりだったんじゃが……まあ、気にするな」


 殺気に満ちた視線が畔に向けられるも、老人は気にすることなく彼女に顔を向けた。彼女が少し身構えると、老人は寂しげに笑った。


「今まで悪かったの。あんたは何も悪くないのに邪険しすぎた。今のこの状況は儂らへの罰じゃ」


 畔はゆっくりと彼女に近づいた。彼女は少し後ずさるも、しわくちゃな手が彼女の手を包んだ。


「残りの人生くらい周りを気にせず、好きに生きるといい。もう、十分じゃ」


 彼女の手に懐かしい人の温かさが触れた。カサカサになったその手は優しく瑞々しい肌を撫でた。すると、そこへ乱暴に草木をかき分けながら男が現れた。


「俺の策を台無しにするのは純かと思っていたら、畔じぃさん――あんただったとはね」


 そこには右目に大きな傷を持つ成矢の姿があった。彼は剛太に冷たい視線を送って吐き捨てるように言った。


「あともう少しのところでシーバを奴に近づけられたのに、アフロディの奴らはとことん邪魔をしてくれるな」


 それを見た畔は片手で彼女をしっかりと握ったまま、成矢を真っ直ぐと見た。


「一つのコロニーは一つの家族。長は家族全員を守るのが役目なんじゃよ」


 それを聞いた成矢は目元を押さえて不気味に笑い出した。怪訝な顔で彼を見ると、彼は呟くように言った。


「家族全員を守る、か。面白いことを言うな」


 止まぬ不気味な笑いは彼らにまとわりつき、耳から離れなかった。それを見兼ねた畔は鋭い視線を成矢に向けた。


「何がおかしい?」


 成矢は笑いを止め、顔を覆う手の隙間から妖しく光る瞳を覗かせた。


「何をそんなに悠長にしているんだ? 俺はいつ策が台無しになったと言った?」


 その言葉と同時に彼女の眼の色が変わった。それに気づいた剛太は咄嗟に立ち上がり、彼女に右手を伸ばした。


「咲希!」


 しかし気づいた時にはもう遅く、知らぬ間に畔の手から彼女の温もりが消えていた。彼女は風のように駆け、ギャップの端まで来ていた。


(お願い、間に合って――)


 彼女が祈ると同時に、彼らの視界に優の姿が映し出された。彼女が自分の方へ向かってきていることに優は驚き、目を見開いた。


「え? ユキ?」


 誰も知らないところで息せき切る彼女に妖しい笑みが向けられた。そしてこの森に最後の銃声が鳴り響いた。風が舞い、木の葉が宙で踊る。鳴り響く音は鳥を空に羽ばたかせ、彼らの光を遮っていった。優の目の前に少女がたたずむ。彼女の後ろから光が差し込み、彼女の顔がはっきりと見えなかった。しかし、彼の瞳には微かに彼女の顔が映った。それは静かになびく綺麗な髪の中でとても柔らかい笑みをしていた。


「ユキ――」


 優が彼女に触れようと突然突風が吹き、そこにいる誰もが目を閉じた。そして目を開けた時にはもうすでにそこに彼女の姿はなかった。彼らは呆然と立ち尽くし、風を眺めていた。彼女がいたであろう場所には紅く染まった葉があった。



 風が流れ、草木が揺れる。それと共に彼女の紅く染まった胸の上では雛菊の葉のシャルムが揺れていた。ゆっくりと地を踏みしめる彼女を多くの動物が陰から見つめていた。また風が吹くと、彼女は力尽きたかのように膝から崩れ落ち、倒れていった。葉のなくなった木からは影がなくなり、地には光が満ち満ちていた。白く翳んでいく彼女の視界に白く大きな足が映った。


「ヴィントゥス……」


 白いオオカミは金色に輝く瞳を細めて言った。


「人間を庇って死ぬなどお前らしくもない」

「私もそう思っていたところだよ」


 風が通り過ぎ、白い毛並みが波打った。彼はゆっくりと彼女に近づき、体をかがめた。荒れていく彼女の呼吸を感じながら、顔を彼女に近づけた。


「――思い残すことはもう何もないか?」


 彼女は温かな息を首筋で感じながら、静かに目を閉じた。


「……ないよ」


 彼女は手を伸ばし、彼の顔に触れた。温かくもどこか儚げな彼の存在をしっかりと感じようと、彼の肌を額に押し付けた。


「あの頃は由里を助けられなかった。でもあの人は助けられた」


 五年前、あの日の記憶が未だに鮮明に彼女の脳裏に浮かんでいた。必死に伸ばした手の先には紅い雫を零す彼女の顔があった。どんなに悔やんでも変えられない過去に優が現れた。彼は由里のように彼女に語りかけ、手を差し伸べた。ただそれだけだが、それほどのことだった。そんな彼を由里の二の舞にさせなかったことが、彼女の中ではとても大きなことであった。


「それに私が死ねば、あと数年はこの森も大丈夫でしょ」


 いたずらっぽく笑う彼女に白い獣は寂しく目を細めた。


 風が急に冷たく強くなり、周りにいた動物たちの身体を震わせた。それに気づいた彼は顔を上げ、辺りを見回した。すると、彼の下から弱々しい声が聞こえた。


「ねぇ、ヴィントゥス。あと何年か生きていたら、世界は変わっていたのかな?」


 少女は霞んでいく瞳に雫を溜め、頬を伝って流れ落ちた。乾いた土が濃く染まり、微かに紅色と混ざり合った。


「泣くなんてお前らしくもない」

「最期くらい好きにさせてよ」


 風が柔らかく彼女の髪を包んだ。長年使い古したパーカーは端の方が擦り切れていた。冷たい風が彼の中にも通り過ぎたような気がした。彼は不意に彼女の名を口にしていた。


「シーバ――」


 しかしその言葉は彼女の掠れた声にかき消された。


「ごめん、ヴィントゥス。もう限界みたい」


 彼女の腕が透け、眩い光を放ち始めた。それを見た彼は少し言葉を詰まらせ、鋭い爪が地に食い込んだ。


「――そうか。もう逝くか」

「……うん」


 彼女の身体全体が透け、光の粒も増えていった。周りの動物たちは彼女に駆け寄り、悲しむ声を上げた。彼女は最期にふっと優しく笑い、小さく呟いた。


「今までありがとう――」


 光の粒はシャルムの環の間を通り、空へと消えていった。それを見送った彼らは天高く顔を上げた。青く染まる空に彼らは瞳を向け、そして一斉に鳴き始めた。森の果てまで届く遠吠え、空を駆けるトビの声、小さくも森に伝う様々な声が森中に響き渡った。すると、そこに残されたシャルムが光を放ちながら、宙に浮き始めた。それは声と共に上へと浮かび、上空にまで上がっていった。


 その頃、呆然としていた剛太たちは視界の端に眩いものが映りこみ、目を細めた。太陽とは違う方角から光が差し、彼らは目を細めながらそれを見ようとした。すると突然その光がはじけ、森中に散っていった。その光は彼らのもとにも向かってきて、剛太は腕で目を覆った。しかし何も感じなかった彼はそっと目を開けると、背にあったライフルが徐々に消えていっていた。成矢の手にあったライフルも透け、また畔の手の中にあった唐辛子玉も消えていた。


 この現象はここだけでなく森中で起こっていた。人々が手にするライフルは消え、武器と呼べるものはすべて消えていった。人々は突然のことに驚き、空を見上げた。そこには眩く、温かな光があり、すべてを包み込んでくれるようであった。


 風は少しずつそこにあるものを遠くへ運んでいった。風が少女の耳に触れ、彼女を振り向かせた。金色に光る短い髪の少女は空を見上げ、またある少女は水面から顔を上げ水平線を眺めた。短い髪を二つに結んだ小さな少女は大きなマントを翻して、丘の向こうを見つめた。


「どうした、未久(みく)?」


 少女は振り返り、フードを被り直して彼に言った。


「何でもないです。先へ行きましょう、(えい)()さん」


 少女は彼に駆け寄り、マントをなびかせた。彼らの足元で小さな花が揺れる。いくつもの丘を越え、どこまでも続く空に彼らの声が響いていた。

 最後までご覧いただきありがとうございました。

 小説を書くということが初めてで、しかも何度も更新が遅れ、迷惑をおかけしてしましましたが、ここまで書き続けられたのも読者の皆さんのおかげです。どうもありがとうございました。

 お気づきの方もいるかと思いますが、この話はまだ続きます。一月下旬から『四季折々~三千年の時~』を連載する予定です。詳しい日程は活動報告やTwitterで告知しますので、そちらをチェックしてください。

 長い間お付き合いくださってありがとうございました。

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