第4話 千夏
2017/12/8 11時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
小さな風の中に少女の笑みが浮かぶ。彼女の横では彼女の顔より大きな鳥が鋭い瞳を光らせていた。その瞳は鋭くも大きく、そこにあるすべてを映しているようであった。鳥は大きな翼を音もなく畳んだ。少女の右手からは鈍い金属音が響き、笑みを含んだ唇が動いた。
「みんなして目を丸くしてフクロウみたいね。そんなにこのライフルがここにあることが不思議なの? それともこの子がそんなに珍しい?」
少女は左手を掲げ、その鳥の羽毛に顔を寄せた。木漏れ日は点々と彼らに降り注ぎ、その鳥の姿を曖昧にさせた。白い光に包まれている剛太は音もない存在に言葉を探した。
「フクロウ? どういうことだ?」
風と共に光が流れた。木の上に立つ少女は風の中に置いていくようにぽつりと呟いた。
「オオコノハズク――フクロウの仲間で猛禽類に含まれる鳥類。つまり、大きく分けるとタカの仲間」
「それって――」
彼女の言葉を耳にした剛太は彼女に振り返った。その反応を見た千夏は再びクスリと笑って目を細めた。
「そう、お察しの通りあたしは鷹匠。さすが森の神様、すべてお見通しってわけね」
笑みを浮かべる千夏に少女は少し目を伏せた。影の落ちるその瞳に白い毛が映りこむ。そんな彼女に気づかぬまま、剛太は千夏に視線を向けていた。
「鷹狩ってのはタカとかワシでやるんじゃないのかよ」
ぼそりと言ったその文句は千夏の耳に入り、彼女は彼を馬鹿にするように口角を上げた。
「そのあたりは『伝統種』っていうのよ。もともと鷹狩は『訓練した猛禽類を放って行う狩猟』だから、これはありえないとかないのよ」
彼女の物言いに剛太は舌打ちをした。その時ちらりと横を覗くと、横にいた純は顔を青くしていた。彼の異常に気づいた剛太は目を見張った。
「兄貴……?」
すると再び森の方から笑いをこらえる声が聞こえてきた。剛太がそちらに鋭い視線を向けると、千夏は口を押えていた右手をそっと離した。
「やっぱり察しのいい純さんはもう気づいたようね」
空に浮かぶわずかな雲が日の光を遮った。彼らが何を考えているのかわからない剛太は眉間にしわを寄せた。
「何のことだ?」
彼女はつり目を細め、妖しく笑った。そして妖しい笑みを含んだ唇はゆっくりと動いた。
「フクロウ科オオコノハズク――フクロウの特徴を上げるとしたら?」
木々が揺れる。彼女はその中から一歩一歩確かめるように歩み出てきた。そして指を折りながら、妖しく瞳を光らせた。
「夜行性であること、首の可動範囲が広いこと、それから――」
すべてをかき消すように風が過った。しかしその中に静かな低い声が響き渡った。
「羽音を立てずに空を飛ぶこと」
その声は剛太の横から聞こえてきた。彼がその声の方に振り向くと、純がすごい形相で千夏を睨んでいた。彼は両手に拳を作り、歯ぎしりまで聞こえた。
「そうか、お前だったのか」
未だに状況がわからない剛太はしかめた顔を純に向けた。
「何が……何のことだよ?」
瞳に映るのは彼の険しい顔と流れゆく木の葉だけであった。風と共に沈黙が流れる。頑なに閉ざされていた純の唇が静かに動いた。
「霧の夜、俺が由里を殺すように仕向けたのはこいつ――千夏だよ」
彼らの間に風が流れる。地に落ちた光と影はかき乱され、彼らの視界を白く塗りたくっていった。その視界の先に霧の夜の映像が断片的に浮かんでは消えていき、その時剛太の耳には咲希が由里の名を何度も呼ぶ声が響いていた。しかしその声は嘲笑を含んだ声にかき消された。
「ご名答。あの日、純さんを邪魔したのはあたしとこの子だよ」
彼女の左手に止まっているオオコノハズクは茶色く白い羽を大きく広げた。橙色で覆われたその大きな瞳は黒く染まり、歪んだ彼らの顔を映していた。彼女は右手のライフルを足に置き、その手で腰の脇を探った。大きな瞳に赤い肉片が差し出され、鋭いくちばしはそれをついばんだ。
「あの日、本当はあたしはあの場所に呼ばれていなかったの。だけど胸騒ぎがしてね、お兄ちゃんたちの跡をつけたのよ。そしたら案の定、ろくでもないことが起こっていた」
大きな茶色い羽は仕舞われ、大きな瞳は静かに閉じた。それを見た千夏は細めた目を目の前の彼らに向けた。
「ガキ一人に時間かけすぎてるわ、天才に逃げられ死角を取られているわ、馬鹿ばっかり。極め付きにデウスの助っ人が駆けつけて来ちゃうし。だから悪い子である天才を利用してその助っ人を処分する手助けをしてあげたのよ」
彼女は純に指を差し、得意気に笑った。剛太は恐る恐る横を見ると、険しい顔をした純から歯ぎしりが聞こえた。何も言えずにいる彼らの遠くから優の小さな呟きが聞こえた。
「なんでそんなことを……」
千夏が振り返ると、そこには胸の内をえぐられたように顔を歪めた彼がいた。それを見た彼女は眉間にしわを寄せた。
「何言ってんの、お兄ちゃん? コロニーを脅かすものは早急に排除すべきである、それがカリオフィの掟でしょ」
そう言った彼女の姿が優には生誕祭の時の亘の姿と重なって見えた。
『二十年間のその教えを忘れてしまったというのかね?』
今まで見たことのなかった亘の冷たい視線が優の心の奥を握り潰そうとした。
――今まで何度このことを言ってきたと思っているんだ。
――この二十年間、私はお前さんたちのこと思ってだな。
――この裏切り者が。
聞いてもいない言葉が次々に彼の中に流れ込み、彼はそのまま押し潰されそうになった。しかしその時、遠くから怒号が聞こえた。
「馬鹿なこと言ってんのはお前の方だろ、千夏! 何がコロニーを脅かすものだ。真実を見ていない時からすべてを決めつけてんじゃねぇよ!」
剛太は鋭い視線を千夏に向け、両手に拳を作っていた。しかし彼女はそれを怪訝そうな顔で見た。
「何よ、それ。それじゃまるであたしが悪者みたいじゃない。あたしはただドゥーチスの言葉に従ったまでよ」
何も悪びれていないその声はより剛太の怒りを煽った。しかし、彼は静かに一呼吸置き、彼女を静かに再び見た。
「その亘が悪者だったら?」
それを聞いた彼女は大きくため息を吐き、わざとらしく首をすくめた。
「それはご愁傷様。あたしはただ生きていられればいいから、そんなこと関係ないのよ。あたしはただ上の指示に従うだけ。そんな奴に目をつけられたのは運の尽きってものね」
その言葉に剛太は飛びかかろうとしたが、オオコノハズクが顔を大きく下に下げ、茶色い翼を大きく広げてきた。それを見た千夏は目を細めて言った。
「やめといた方がいいよ。この子がこの態勢をとっているってことは相当警戒しているってことだからね」
彼女は右足を振り上げ、ライフルを手に取った。不慣れながらもライフルを構え、銃口を木の上の少女に向けた。
「それで今回の指示はシーバを殺すこと。シーバは動物を操ることができるらしいから、この子は使い物にならないんだよね。今回は仕方なくあたし自身が手を汚してあげるんだからね」
彼女の言葉に、少し伏し目がちだった少女が憐みの眼差しを向けた。
「あなたは動物を物としか見れないの?」
少女は胸にあるシャルムを握りしめた。しかし、その言葉に千夏は目を丸くするだけであった。
「何言ってんの? 動〝物〟なんだから当たり前じゃない。そういうあんただって動物を道具として使っているんでしょ?」
木の上の少女は白い毛に手を埋めた。その獣は彼女を見上げ、何かを言おうとした。しかし彼女の声がそれを遮った。
「動物は物なんかじゃない。道具でもない。ましてや人間の気まぐれで殺していいものじゃない。私たちの目の前にあるのは命なのよ」
ガラス玉のように透き通った瞳に日の光が差し込む。憂いを帯びたその瞳は凛とし、彼らには見えない遠くまで見ているようであった。千夏はオオコノハズクを空に飛ばし、彼女を睨んだ。
「きれいごと言ってんじゃないよ。あんたは私たちと同類だよ」
彼女はライフルを両手で構え、引き金にかける指に力を加えた。それを見た咲希は獣に埋めていた手を握りしめた。
「歴史は繰り返す、か」
突然突風が吹き、彼らは腕で顔を覆った。気がつくと木の上には少女の姿も獣の姿も忽然と消えていた。いつの間にか短くなった影が草木の影に埋もれる。地に落ちた光には影が幾重にも重なっていた。
次話「契約」は2017/12/14(木)に更新します。




