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四季折々  作者: 七種 草
最終章 秋
34/38

第3話 邪魔者

2017/11/24 18時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 風が流れる音が聞こえる。剛太の目の前は真っ黒に塗りたくられ、光など一つもなかった。刹那に彼の脳裏を過った五年前の記憶が最期の思考だと思うも、彼の感覚が途切れることはなかった。


(死に際ってのはこんなにも時間が長く感じるものなのか?)


 終わらない思考に疑問が浮かび、彼の瞼を押し上げさせた。彼の瞳に突然白い光が流れ込み、彩りの世界が蘇る。彩りとは言え、茶や緑ばかりの世界に目を丸くした男たちが立ち尽くしていた。それを見て逆に丸くした剛太の目に、地に落ちたいくつかのライフルが飛び込んできた。それらはスコープが破壊されたり、銃身辺りに小さな穴が開いたりしていた。未だに男の手の内にあるライフルも同様に損傷しており、すべての銃器は使い物にならなくなっていた。


(咲希……? いや、これは――)


 剛太が振り返ると、それを睨み、歯ぎしりをする成矢がそこに立っていた。


「やはり君か――!」


 木々は揺らめき、光と影が入り交じる。咲希とは反対側の木の上で何かが光り、剛太は目を細めた。しかしじっと見ていると、そこにはライフルを構える純の姿があった。彼はスッと立ち上がり、そこから飛び降りて彼らのもとに近寄った。


「ええ、そうですが何か?」


 純は何も悪びれる様子もなく平然と答えた。清々しいまでにあっさりとした返事に成矢はフッと笑った。


「こんな芸当ができるのは君くらいしかいないからな……。殲滅部隊隊長である君がこんなことをするとは気でもおかしくなったのか?」


 嘲笑う成矢に純も細い目をより細めて笑った。


「弟が殺されそうになっているところを黙って見ているほど馬鹿になっちゃいないですよ」


 風が流れる。淡い光と影は幾度も交ざり、風を地に描いた。その曖昧に引かれた線は幾度となく描き変えられ、いつしかなくなっていた。成矢は笑みをフッと消し、鋭い瞳を細めた。


「以前から君に訊きたかったことがある」


 それを聞いた純の顔からも笑みが消え、緊迫した空気が流れ出した。


「君は遠征中によく姿をくらましていたと聞いている。特に遠征始めと終わりには頻繁に。一体何をしていたんだね?」


 純は眉一つ動かさず成矢を見ていたが、何かの線が切れたように首をもたげ息を漏らした。


「いつもなら簡単に嘘一つくらい吐きますけど、今それをしても意味がないので正直に言います」


 片手で頭を掻いていた純は黒光りする瞳を成矢に向けた。


「狩りの邪魔をしていたんですよ、ある人の命令でね」


 何を悪びれることもなく堂々とする彼の瞳は吸い込まそうな程黒く、それでいて真っ直ぐと前を見ていた。彼の言葉に抱いた剛太の疑問を成矢が口にした。


「ある人の命令? 誰なんだ、そいつは?」


 目を細める成矢に純は小さくため息を吐き、小さく笑った。


「成矢さん、そんなこと聞かなくてもあなたにはわかっているでしょう?」


 二つの冷たい視線がぶつかり、時が止まる。重苦しい空気を成矢は静かに吸った。


「――畔か」

「正解です」


 冷たい風が肌に触れる。森の囁きは耳をかすめ、呪いのように耳の中に残った。成矢は視線を移すことなく純に訊ねた。


「なぜそのようなことをするように頼まれたか、などと訊ねても君は答えないだろ?」

「いえ、答えても構いませんよ」


 思いもよらない悠然とした返答に成矢は少し目を見開いた。それに気づきながらも純は顔を変えることなく続けた。


「このことがバレた場合、首謀者や理由を打ち明けてもいいと前もって言われているんですよ。俺は一度断った身ですしね」


 平然としながらも探り合う二つの視線は他の人が入る隙など与えなかった。そして純は成矢から視線を離さないまま続けた。


「理由は単純です。これはただの時間稼ぎですよ」


 その言葉に成矢は少し眉間に皺を寄せた。


「どういうことだ?」

「『狩りの邪魔』という余計な問題が起こることで、(ドゥーチス)を含め皆の意識は少なからずそちらへ向く。それが剛太であるならなおさら、な」

「だから一体何のために――!」


 痺れを切らした成矢は声を大にして苛立ちを露にした。それと同時に冷たい視線が彼に向けられる。


「あんたたちの真の目的を阻止するためですよ」


 静かな声は腹の底に沈むように響いた。


「それを知った時、俺だってそれを阻止すべきだと思いましたが、そんなことのためだけに弟を悪者になんかしたくなかった。だけど――」


 日に雲がかかり、森に影が落とされた。影の中で影が揺れ、彼らの前でなびいた。


「もう誰も失わないために、死なせないために畔じぃさんに手を貸すことを決めたんです」


 黒く鋭い瞳に光が差し込み、森を映した。草木は小さく揺れ、森の中に消えていく彼が消えていくように見えた。


「いつから、そんなこと……」


 遠くにある背中との距離はいつまで経っても縮まることはなく、見ていることしかできなかった。風の中に置いていくように呟いた剛太の言葉はその背中を振り向かせた。


「この話を持ち出されたのは俺の生誕祭の日だ。その時は断ったが、霧の夜、俺は由里を殺し、咲希を救えなかった。だから俺の無力さを悔いて決意した」


 純は剛太から顔を背け、目を細めた。彼らのもとを行き来する光はそっと純に寄り添った。


「俺のせいで剛太をコロニーの悪者にするのだから、俺は剛太の中の悪者であり続けようと、殺したいと思う人間であり続けようとそう生きてきた。それがせめてもの償いだと思ってな」


 大きな背に光が当たる。あの日月の光を遮った背は日の光を背負い、あの日剛太を守ろうとした手は黒い金属を握り締めていた。その姿を見て剛太は大きな手を握り締めた。その時、横からわざとらしく大きく手を打つ音が響いた。


「いやぁ、いい話を聞かせてもらった。君たち兄弟はとことん自分を犠牲にすることが好きなようだね。ただ話を聞く限り、君は我々の邪魔をすることに気を取られすぎて、大切なことを見落としているようだ」


 その声に二人は振り向き眉間に皺を寄せた。


「大切なこと、だと?」


 その言葉に成矢はニヤリと笑った。


「そう、大切なこと――君たちが一番警戒すべき敵は俺たちじゃない」


 その言葉の意味を理解できないでいる彼らに森が囁いた。何度も語りかけるその声に気づけずまま風が吹く。すると、突然純の背後からライフルが奪い去られた。すぐに振り向くも誰もおらず、風だけが流れていた。しかし揺らめく木々の間から一人の少女がゆっくりと姿を現した。ウェーブのかかった髪が風の中で踊る。


「――千夏?」


 今まで佇んでいた優は突然彼女が姿を現したことに驚き、声が口から漏れた。他の二人も何が起きているのかわからない状態であった。彼女はそんな彼らを見てクスリと笑った。


「今あなたたちが探しているのはこれかしら」


 すると彼女の上空からフクロウが舞い降りて、彼女の右手にライフルを落とした。そのフクロウは彼女の左手に止まり、茶色い大きな翼をしまった。再び木々が揺れる。朝が始まったばかりだということをそこの誰もが忘れていた。

次話「千夏」は2017/12/7(木)に更新します。

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