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四季折々  作者: 七種 草
最終章 秋
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第1話 復讐

 空を舞っている砂は行く当てもなく右往左往していた。そこに風が現れ、彼らをさらって行った。視界が開ける。その先には荒れ果てた木々が立ち並び、その上にはフードを被った少女の姿があった。コロニーの人々がその姿を見つけると同時に、彼女は被っていたフードを取り、髪をなびかせた。その髪は朝日によって茶にきらめき、その下から覗く澄んだ茶の瞳は冷たくも真っ直ぐと彼らを見つめた。彼らは彼女の姿を見るなり、ぼそりと呟いた。


「――デウスだ」


 その言葉は駆けつけた剛太の耳にも届いた。茶色い風は渦巻き、騒がしくも静かな朝が訪れる。彼女の姿をはっきりと捉えた成矢は彼女に鋭い視線を向けて叫んだ。


「やっと現れたか――シーバ!」


 彼の声と同時に彼女の腕が振り上げられる。すると突如として彼らの周りに突風が現れた。それは霧の夜の時とは比べものにならないほど強く、鋭いものであった。風は砂や木の葉を帯び、彼女の周りを渦巻いた。一つ一つが小さくも鋭い盾の先に彼女の冷たい瞳が光る。彼女がその瞳の前に掌を掲げ、横へ流そうとした時であった。


「咲希!」


 すべてをかき消す風の音までも震わせる声が響いた。その場にいる全員が目を見開き、固まった。砂や葉が小さな風の音に変わった。木の上にいる少女もその例外ではなかったのだ。小さな風は彼女から静かに離れていき、戸惑いと悲しみに帯びた瞳が現れた。どこかを真っ直ぐと見据えるその瞳には小さくも剛太が映っていた。その彼の瞳は彼女と同じく悲しみの色に染まっていた。


「私だけでいいって言ったのに……」


 顔を歪める彼女の声は掲げた掌を前に小さく零れ落ちた。風で舞い上がっていたシャルムが彼女の胸元まで戻ってきたその時であった。銃声が響き、彼女の顔の真横に小さく鋭い風が流れた。光にきらめく茶色い髪はわずかにはらはらと上から舞ってきた。その風上には霧の夜、彼女の目の前にあった同じ笑みがあった。


「感動の再会のところ悪いね。君には死んでもらわなければならないんだ。あの夜のお礼も兼ねてね」


 その笑みの右目には切り傷が深く刻まれており、彼はその傷をそっとなでた。冷たい風が緊迫した空気の中を通り過ぎる。その笑みを目にした彼女は歯を食い縛り、鋭い目つきで彼を睨んだ。


「あんたさえ……あんたさえいなければ由里は――!」


 悲痛な声はコロニーに響き、彼女の掌に風の刃を作り出した。それを見てもなお成矢は怯まず、静かにライフルを構えた。


「違うだろ。お前さえいなければ皆幸せだったんだ」


 彼女の手が振り下ろされるのと同時に彼の指に力が加わった。すると彼の背後から怒号が響き渡った。


「やめろおおぉぉぉぉ!」


 剛太は成矢の背後からライフルを押さえ銃口を下へ逸らし、成矢の体が少しよろけた。銃弾は木の根元を貫き、彼女の刃は彼のライフルを真っ二つに切り落とした。地に落ちた銃身は怪しく黒光りし、銃口は彼らに向いていた。剛太に抑えられている成矢は力もなくぼそりと呟いた。


「また君か、剛太」


 すると成矢はゆらりと動き、彼を押さえている腕を掴み胸倉を掴んで、見たこともない形相で剛太を睨んできた。


「毎度毎度よくも俺の楽しみを奪ってくれるな!」


 いつも冷静である彼とは思えぬほど息を荒げ、鬼の顔に豹変したそれは剛太の内にさざ波を起こした。


「は……? 楽しみ?」


 不意を衝かれた剛太は気が動転して手の力を緩めた。


「ああ、人の幸せを踏みにじるのが昔からの俺の楽しみだ」


 その隙に成矢は剛太を蹴り飛ばし、地面に叩きつけた。咳き込む剛太に妖しい笑みが向けられる。


「実は俺は捨て子でな、一人で生きる術など知らない小さな頃に、周りに誰もいないところに一人置いていかれた。一人で飯にありつけることなどできるわけもなく、ただ一人森を彷徨った」


 腹の奥深くに沈む痛みを抱えながら、剛太は必死に身体を起こした。荒げる息は剛太の眉間にしわを寄せさせた。


「その途中で狩猟中の輩に出会ってな、そいつらに飯を分けてもらった。その時は夢中で気がつかなかったが、奴らはそれをあまり良しとしていなかった。だが、かわいそうだからとそのコロニーに世話になることになった」


 冷たい視線は切り落とされた銃身へ向けられ、成矢は軽く身をかがめてそれを手にした。剛太は痛みを抱えながらも彼に鋭い警戒心を向けた。しかし成矢はそれを手にすると少し悲しげな瞳をそれに向けた。


「そいつらは確かに優しかった。だが、そこで暮らしているうちにある感情が芽生えたんだ。いつ裏切られるかわからない恐怖心と裏切られることを知らずにぬくぬく生きている奴らへの憎しみがな」


 銃身に微かに鈍く軋む音が響き、黒い光を放った。成矢は悦びとも憎しみともわからない笑みを浮かべ、黒々と染まる瞳に剛太が映った。


「だから俺はそこにあった幸せを壊してやった。虚構の幸せなど壊すのは容易かったよ。一つの嘘を誰かに植えつければすぐにそれは崩れ去ったからな。俺はその崩れ去る音が忘れられなくてな、それが終わると俺は違うコロニーへ渡り、それを繰り返していった」


 狂った笑みはどこに向けられるわけでもなく、彼の顔を歪ませていった。剛太は今までに感じたことがない異様な恐怖心を抱き、たじろいでいた。成矢はそんな彼を気にすることなく、話を続けた。


「そう渡り歩いている途中で亘に出会った。その時も、いつものように人を騙して取り入っては、幸せを壊してやろうと思っていた。だがそれは奴には見透かされており、それよりも面白いことがあると言われた。手を貸してくれるなら、それに加担させてやろうってな」


 妖しい笑みは急に剛太から彼女に向けられ、闇に染めた瞳は彼女の悲痛に満ちた顔を映し出した。


「それがシーバ、君を追い詰めることだ」


 冷たい風が通り過ぎ、草、木、髪、そこにあるすべてが揺れた。力なく枝から離れていく葉はどんなに手を伸ばしてもそこには戻れず、ただ流されていくだけであった。


「そのためにいろんなことをやってきたよ。君の両親を殺すように仕向けたり、親友である由里の両親をこちら側につかせて彼女に裏切らせようとしたり。だが、君は両親が死のうが崩れないし、由里がなかなか君を裏切らないから弱っていたんだ。だが、結果オーライというやつだったかな。彼女が死んだことで君は十になる前にシーバに覚醒した」


 すべてを聞き終えた彼女の胸では、アクリル板で挟まれた小さな雛菊の葉が揺れていた。それは何度も彼女の胸に打ちつけられ、小さくも確かな疼きを与えていた。


「何…それ……」


 妖しい風が吹き始める。鋭い朝日は弱まり、静かだがどこか騒がしい声が響き渡る。小さな疼きは大きな怒りへとなり、言葉となって飛び出した。


「あんたの娯楽のためだけに人の心を、命を弄んだっていうの?」


 異様な森にたたずむ妖しい彼は笑みを崩すことがなかった。それに憂いた彼女は目を伏せて、小さく呟いた。


「だから嫌いなのよ……人間ってのは」


 そんな言葉は成矢の耳に届くはずもなく、彼は真っ二つになったライフルを力なく地に落とした。鈍い音と共に彼はあの夜と同じ笑みを彼女に向けた。


「シーバ様よ、君は寛容な神だっていうんだから、五年前の続きをさせてくれよ」


 彼は静かに手を腰の後ろに回し、何かを探った。そして鈍い金属音が響いたかと思うと、新たな小さな黒い金属が彼の手の内にあった。彼は親指でハンマーを倒し、小さな笑みを浮かべた。剛太が気づいた時には時すでに遅し、銃声が森に響き渡っていた。

次話「誓い」は2017/11/9(木)に更新します。

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