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四季折々  作者: 七種 草
第三章 夏
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第8話 三つ目の銃声

 虫の音が遠くで聞こえる中、彼らは小さな炎の大きな揺らめきに照らされていた。純の言葉を最後に辺りが静まり返る。皆は少し俯き、口を固く閉じた。彼らに落ちる影は大きく揺れ、剛太を一人にさせた。その静寂を目の当たりにした剛太は震える唇を小さく動かした。


「兄貴……お前何を言って――」


 彼は言葉が詰まり辺りを見回すが、誰一人顔を上げようとしなかった。それを目にした彼は拳を握りしめ、歯を食い縛った。


「――んなわけ、ねぇだろ……。兄貴が、んなことするわけ――」


 この日一日様々な人から話を聞いて剛太は理解した。いつの時代にも争いはある。誰にでも後悔の念はある。そして自分の周りには味方がたくさんいたということ。だからこそ彼は純の言葉を受け入れることができなかった。そんな彼を見た純は剛太を真っ直ぐと見た。


「剛太、これは事実だ。由里を殺したのは――」

「だったらなんで由里を殺したんだ!」


 静かな声は怒号によってかき消された。純は彼をなだめようとするも、目の前にある悲しみを帯びた鋭い瞳は何も受け入れたくないと語っていた。純は一度ため息を吐き、床に腰を下ろした。そして膝に手を乗せ、淡々と話し出した。


「霧の夜、俺とお前はライフルを担いで咲希のもとへ向かった。そしてその途中で俺はお前と別れたが、その後違うところへと向かったんだ」



 およそ五年前――森を覆いつくす霧がだんだん濃くなっていく中、純は剛太を集団に残して森中を走り回っていた。


(どこだ……どこにいる!)


 霧が濃くなっていく度に純の焦りが徐々に増していった。集団よりも先に咲希を見つけ出し守ろうとするも、肝心の彼女が見つからずにいた。水か汗かわからない雫が彼の首筋を伝っていった。その時、その白い世界の中に人影が映った。突然のことに驚いた彼は木の影に隠れ、ライフルを構えた。しかしその影が由里であることがわかり、ライフルを下ろして彼女に駆け寄った。


「由里じゃないか!」


 その彼の声に気づいた彼女は驚いた顔をするも、彼に駆け寄り抱きついた。


「純にぃ! よかった、やっと会えた!」


 由里は顔を純の胸に沈め、彼の服を握りしめた。彼はそんな彼女に驚くも、その場の状況を見て顔をしかめた。どんなに辺りを見渡しても彼女以外誰もいなかった。


「由里、咲希がどこにいるのか知らない?」


 それを聞いた彼女は埋めていた顔を上げ、早口にまくし立ててきた。


「そう、咲希! 咲希と一緒にコロニーを出て帰ってきたらみんないなくなってたの。だからみんなを探し回って――」


 必死な形相で訴えてくる彼女に手を置き、彼は静かに腰をかがめた。そして彼は不安に満ちた瞳を見つめた。


「由里、落ち着いて。今はまず咲希の居場所を教えてくれないか?」


 純の真っ直ぐで落ち着いた瞳を覗いた由里は荒れた呼吸を一度飲み込み、小さく頷いた。


「咲希、はまだコロニーがあった場所にいると思う。誰かが来てくれるかもしれないからってそこで待っているように言ったの」


 それを聞いた純は「よし、わかった」と言って、由里から手を離して立ち上がった。それを見上げた彼女は眉をひそめ、彼の裾を引っ張った。


「ねえ、なんでそんなにも咲希を探してるの?咲希がどうしたっていうの?」


 月明かりが注がれた瞳が純を真っ直ぐと見た。曇ることを知らないそれから彼は思わず目を逸らしてしまった。


「今は一刻を争うんだ。咲希を探している理由はまた後で話す。だから――」

「そんなこと言って、子どもの私たちをまたはぐらかそうとしてるんでしょ。私、知ってるんだからね。咲希のお父さんもお母さんも、本当は殺されたんだって」


 それを聞いた純は心臓を掴まれたように感じた。恐る恐る彼女を見ると、今までに見たことのない鋭い目つきをしていた。彼は背に汗が流れるのを感じ、口の中が徐々に渇いていった。


「そんなことどこで――」

「咲希を探してる理由は一体何なの!」


 有無を言わせないその気迫に彼は押し負け、ゆっくりと口を開いた。


「今、咲希は皆から命を狙われている」


 その言葉を聞いた途端、由里は純の裾から手を離し駆け出した。しかし彼はその腕を掴み、彼女を引き留めた。


「由里は行くな! そこが危ないところだってわかるだろ!」


 由里はその手を振り払おうとし、腕を大きく振った。


「そんなこと言ったって、咲希が死んじゃうかもしれないんだよ? 咲希のお父さんとお母さんみたいに殺されちゃうかもしれないんだよ?」


 由里はもう片方の手で純の手を引きはがそうとした。「離して!」と何度も彼女が叫んだが、純はその手の力を緩めることはしなかった。そして彼女を引き寄せ抱きしめた。


「咲希は俺が守る。だから由里は安全なところで咲希の帰りを待つんだ」


 彼は一度彼女を体からそっと離し、「いいね?」と瞳を覗きながら訊ねた。彼の瞳を見た彼女は静かにゆっくりと頷いた。それに一度安堵した彼は彼女を掴んでいた手の力を一瞬緩めた。するとその隙に彼女は彼を振り払い、駆け出していった。


「由里!」


 彼の声は空しく彼女と共に森の中に消えていくだけであった。その状況に彼は舌打ちをし、手元のライフルを拾い上げて彼女の後を追った。霧は徐々に濃くなっていった。


(クソッ……霧が濃くなってきている。由里はきっと忍び足で咲希のもとに向かっているはずだ。こんな状況で由里を直接探し出すなんて不可能に近い)


 悩んだ純は先回りして、咲希がいると思われるコロニーがあった場所へと向かった。しかし彼がそこに辿り着いた時には、咲希はすでに集団に見つかっていた。


「お嬢ちゃん、そんなことより自分の心配をした方がいいよ。自分を捨てたコロニーのことよりもね」


 成矢の声が微かに聞こえ、身を乗り出しそうになってしまった。しかし純は必死に我を制し、奥歯を噛みしめた。


(あいつ、余計なことを……)


 怒りが込み上がるも、彼の内にある平常心が彼らを狙いやすい場所を探した。そして彼らに見つかりにくくも狙いやすい場所を木の上に見つけた。純は気づかれないようにその木の上に登り、ライフルを構えた。そして彼の狙いが定まるとほぼ同時に咲希に銃口が向けられた。彼は眉間に皺を寄せるも、冷静にタイミングを見計らっていた。しかし一瞬にしてその場の空気が一変し、周りの人々の狙いが散漫とし出した。


(由里か……?)


 純も彼らから視線を外し、由里を探した。そして由里を見つけ出すも、彼女はすでに集団の近くまで迫っていた。


(マズイ……!このままだと由里が――)


 呼び止めるたくとも間に合わない状況に純は唇を噛み、彼女の脚を撃ち動きを止めることにした。彼の視線はスコープを通し彼女の脚へ向けられる。そして引き金に力を加えた時であった。重心が彼のライフルの銃床に傾いた。


(……⁉)


 銃口は僅かに上を向き、引き金にかかる力が緩まることなく銃声が響き渡った。スコープの先では頭から血を流す少女がゆっくりと倒れていった。純はすぐに後ろを振り返るもそこには誰もおらず、微かに木が揺れるだけであった。呆然とする彼の背後が騒然とし出し、下を見ると霧に包まれた少女と傷つきながらもそこに近づこうとする少年の姿があった。純は歯ぎしりしながらも、その少年に向かっていき、彼だけを連れ去っていった。



「これが俺のあの夜のすべてだ」


 部屋の中央にある小さな炎は何度も純の顔に影を落としていった。一連の話を聞き終えた剛太は彼の前で立ち尽くし、力強く握りしめていた拳は力なく垂れていた。程なくして口を開いた剛太は声を震わせながらも彼を真っ直ぐと見た。


「殺したって、それじゃあ殺したというよりも――」


 言葉を詰まらせる剛太を見て、純はゆっくりと立ち上がりながら下を向き、口を開いた。


「何はともあれ、引き金を引いたのは俺だ」


 そして剛太に向き合った彼は剛太の肩に手を置き、力を込めた。


「お前は由里を殺してない。今までそれで苦しめ続けて悪かった」


 掌から伝わる熱が剛太の心まで染み渡り、瞳の奥から熱い何かが込み上げてきた。剛太は奥歯を噛みしめ、必死に何かを堪えた。


「そんなの兄貴が殺したって言わねぇんだよ。そいつ(・・・)を見つけ出して――」

「剛太」


 寂しそうな純の視線が剛太の言葉を遮った。大きく波を打つように揺れる影が何度も重なりそうになっては離れていった。その瞳はあの日の母親の瞳に似て、何かを必死に守ろうとしているようであった。


「お前は十分すぎるほど傷ついてきたんだ。これ以上傷つく必要なんか――」

「俺だけじゃねぇだろ」


 遮られた声はその言葉を知っていたかのように静かに彼の口からこぼれ出た。彼の瞳にはいつの日かのような迷いが一つとしてなかった。


「傷つき、苦しみ続けてきたのは俺だけじゃねぇだろ。自己犠牲なんて大概にしろよ」


 その言葉を聞いた家族全員が目を見開き、苦笑いした。静かに座っていた祖母は彼らの方に向き直りながら呟いた。


「自己犠牲か……。確かにそうじゃな。家族は運命共同体じゃから、傷つく時は共に傷つき、笑う時は共に笑おうじゃないか」


 それを聞いた彼らは優しく微笑み、いつの日かの彼らの姿があった。その言葉を最後に皆がその場を去ろうとした時、剛太は口ごもりながら彼らを引き留めた。


「その……俺も悪かった。何も知らなかったとはいえ、言い過ぎたりしていた、と思う……」


 彼らは一瞬立ち止まるも笑い、父と兄は彼の背中を叩いた。


「子どもは子どもらしくしていればいいんだよ。そんなこと気に留めるな」


 剛太は父の言葉に腹を立てるも、皆で笑い合った。祖母はその光景を見ながら何かを思い出し、また一人で少し寂しそうに笑った。外は苦い臭いと共に風が流れ、数少ない蝉の声が響く。部屋の中の炎は小さくなりながらも、光を放ち続けていた。

次話「デウス」は2017/10/12(木)に更新します。

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