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四季折々  作者: 七種 草
序章 幼き頃
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第3話 川辺

 皆は朝食をとり終わり、片付けをしていた。片付けに飽きた子どもたちは周りで戯れており、それに見かねた剛太の母は剛太に声をかけた。


「そんなに暇なら洗濯をしてきてもらおうかしら」


 それを聞いた剛太は一瞬動きを止め、言い訳を始めた。


「オレ、そんなヒマじゃねぇよ! ていうか、朝っぱらから狩り行ってきてクタクタだし……!」


 その言葉を聞いて、母はまじまじと剛太を見た。


「クタクタねぇ……。クタクタの割には元気に走り回ってるじゃない」


 結局、剛太は洗濯に行くことになり、それならと咲希と由里も行かされることになった。


「なんで剛太の巻き添えを喰らわなきゃいけないのー!」


 三人で川に向かいながら、由里は空に向かって叫んだ。


「オレだってこんな面倒なことやりたくねぇよ!」


 二人で言い争っている間に川に着いた。冬になりかけている季節なので、川の水は、凍るほどではないが、とても冷たい。三人はヒーヒー言いながら川の水で服を洗った。


「つっめた! もっとあったかい水の川とかないの?」


 冬になりかけているこの季節の川の水は思った以上に冷たかった。由里の不満にニヤリと笑いながら剛太は答えた。


「あったかい、というか熱い水ならあるけどな」


 剛太の嫌味ったらしい口調に、嫌な予感がしつつも引きつった笑顔を向けながら由里は聞き返した。


「何?」

「温泉」

「……手の感覚がなくなってきたなぁ」


 由里は少しの間の後、そっぽを向いて独り言のように言った。そうする由里に少し顔を赤らめながら剛太が「無視すんなよ!」と叫んだ。そんな二人の会話をクスクス笑いながら咲希は服を洗っていた。その時、咲希の手が滑って、水が剛太にかかってしまった。三人は一瞬動きが止まったが、咲希と由里は笑い出した。


「剛太、ずぶ濡れじゃん!」

「剛太、ごめーん!」


 そう言う二人にも水が襲ってきた。


「この! お返しだ!」


 その後は、水かけ合戦になり、寒い時期に関わらず遊びまわった。跳ねる雫が日の光できらめき、空は笑い声で満ちていた。


 遊び疲れた三人は洗濯物と着ていた服を木に掛け、近くにあった岩に背中を預けた。そしたら咲希はうつろな目をしながら鼻歌を歌い出した。その歌は、数ヶ月前から咲希が口ずさむようになったものであり、誰も聞いたことがない曲であった。以前剛太がどこで知ったものなのか訊ねたことがあったが、「夢だったような……」という曖昧な返答しか返ってこなかった。そんな歌を耳にしながら、二人は眠ってしまった。


 何分後であったろうか、剛太はふと目を開けた。すると、数メートル先に彼らより倍以上大きいツキノワグマがいた。驚きのあまり剛太は言葉が出ず、心臓が徐々に速くなっていくのを感じた。剛太は目を熊から離さずに手探りで隣にいた誰かを起こした。


「ん、何?」


 いつものトーンで喋る由里の口を塞いだ。


「バカ! 熊がいるんだよ!」


 小声で必死になる剛太と目の前を見て、状況を理解した由里は血相を変えた。


「どうすればいいの? このままだと死んじゃうじゃない!」

「どうするも、この場を何とか乗り切るしかないだろ」


 二人が小声で議論をしていると、やっと咲希が目を覚ました。咲希は寝ぼけた様子で辺りを見回す。そしてすっくと立ち上がった。


「咲希! 何してるの? 戻ってきて!」


 由里の言葉は咲希の耳には届いていないようで、咲希はそのままツキノワグマに向かっていく。恐怖で立ち上がれない二人はただ見ていることしかできなかった。この時、二人には咲希が地面を踏みしめていく音が鮮明に聞こえた。咲希がツキノワグマに近づくにつれて熊も警戒していき、仁王立ちになった熊の目の前まで辿り着いた時、由里は目を逸らした。剛太は目を逸らそうにも逸らすことができなかった。心臓の音が速く、大きくなっていくのを聞きながら見ているしかなかった。そしてただ見開かれた剛太の瞳に、咲希がツキノワグマの口に手を伸ばして口を開く姿がゆっくりと映し出された。


「ごめんね、驚かせちゃって。別に咲希たちはあなたを殺そうと思って近づいてきたわけじゃないの。水が欲しかったからこの川に来ただけ。だから大丈夫。安心して帰っていいよ」


 その言葉を聞くと、不思議にも熊は前足を地につけ、森の奥へと消えていった。呆然と見る剛太の隣で、由里がまだ震えていた。それに気づいた剛太は由里の背中に手を置いた。


「もう……大丈夫ってことだよな?」


 その言葉に咲希は振り返った。しかしきょとんとした顔で「何が?」と聞いてきた。


「何が……って、お前! 熊を追い払ってたじゃんか!」


 それでもなお咲希は首を傾げた。その時「熊を追い払った」という言葉を聞き、やっと由里が顔を上げた。


「追い払った? 咲希は? 咲希は大丈夫なの?」


 真っ青な顔が咲希に向けられる。いつもの咲希の顔を見ると、由里は咲希に飛びついた。


「よかった! 咲希が死ななくてよかった!」


 涙でぐしゃぐしゃになった顔を咲希の肩に埋めた。咲希は何が何だかわからないままでいたが、由里が泣き止むまでなだめていた。

次話「母」は2016/10/27(木)に更新します。

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