第4話 思惑
2017/8/17 14時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。
開戦から数日が経過した。木々は倒され、辺りにはいくつもの弾痕や血痕が残されていた。激しく降る雨が止む度に肌に照りつく日差しが強くなり、鼻につく臭いが激しさを増していった。地を踏みしめ進む先には荒れ果てた森が広がっていた。茶色い毛並みは赤黒く染まり、地には木の葉と共に黒や茶、白の羽が散らばっていた。散りゆく小さな命を辿った先には、うめく人間の声が広がるコロニーが見えた。片脚を失う者、片目を失う者、最愛の人を失う者――そこには悲しみや怒りばかりが広がっていた。すでに人々の目に光はなく、深く暗い漆黒の闇が満ちていた。その目に新たな指示が映し出され、人々はボロボロの身体を引きずりながら再び荒れ果てた森へ姿を消していった。
空を渦巻いていた暗闇も日に日に薄まり、獣の声も少なくなっていた。止むことを知らずにいた空が雨を忘れ始めた頃――深い闇の中、東の空に欠けた明るい月が浮かんでいた。その光は傷ついたすべてを優しく包み込んでいた。昼間とは打って変わって静けさが広がっていた。しかしその静けさの中にも時折銃声や叫び声が響いていた。静かに流れる時も乱され、新たな静けさを生み出していった。微かに残る草木が揺れる。その音と共に静かな足音が響き渡った。男はその足音に振り返らず、ただ一点を見つめていた。そして後頭部に何かを押し当てられた音が振動と共に伝わってきた。
「何の真似だ?」
その男――成矢は何一つ動ずることなく背後にいる者に訊ねた。彼の背後にいた者は大きく息を吐き、汗ばむ手に力を込めた。
「言わなくてもわかってんだろ。もうここですべてを終わらせんだよ」
成矢の背後で強張る腕を剛太は彼に向けていた。その腕の先にはライフルが握られており、黒光りする先端が彼らの間で歪な月を映していた。閑散とする森に生暖かい風が吹く。風は彼らを撫で、小さな水滴を残していった。
「終わらせる? 何をふざけたことを言っているんだ」
成矢は背後のものを気にする気配など一つもなく、嘲笑の笑みを浮かべた。そして彼は少し振り返り、剛太を睨んだ。
「君が終わらせたいのはこの戦争か? それともこの『仲間ごっこ』か?」
その言葉を聞いた剛太は腹の奥で新たな怒りが芽生えた。
「『仲間ごっこ』…だと?」
剛太の眉間にしわが寄せられていった。黒光りするものに映る月は大きく揺れ、黒い闇に飲まれ始める。その表情を見た成矢は薄ら笑いを浮かべた。
「ああ、そうだ。君もわかっていたことだろう? これはすべて『仲間ごっこ』であると」
彼らに差し込んでいた光が途絶えた。しかし成矢の口の動きは暗闇の中でもはっきりと見えた。
「人と人が解り合えることなんて到底できやしない。相手の真の心がわかるわけじゃないからそれは当たり前だ。だが、相手が真の心を打ち明けたとしたら解り合えるか?」
再び彼らの間にある金属の上に歪な月が現れた。真っ直ぐと剛太を見るその瞳に迷いはなく、鋭く研ぎ澄まされていた。
「答えは否だ。言葉の意味がわかろうが、相手の意図がわかろうが、解り合うことはできない。それはなぜか。今まで歩んできた道が異なるからだ。歩んできた道が異なれば経験してきたことも異なる。そうなればある一つの事柄に感じることも異なってくるものだ」
光を背にする成矢の瞳は黒く染まり、どこかを見据えることもなくただ真っ直ぐと前を見ていた。
「解り合うことすらできないのに仲間になどなれるものか? そんなものは『仲間』とは言わないだろう」
冷徹な言葉と視線が剛太に向けられる。静かに流れる時の中、沸々と煮えたぎる怒りを剛太は露わにした。
「解り合うってことはそういうことじゃないだろ! 相手のことを理解しようとして考える。長い時間を共に過ごし、その過程があることで許し合えるようになる。それが『仲間』ってものだろ!」
「それが『仲間』か?」
低く冷たい声が響き渡る。僅かな虫の音が彼らの足元を過った。スコープの先に見えたものは成矢の軽蔑の眼差しであった。
「俺たちが〝咲希〟を殺しに向かった時、アフロディの奴らは何も言わずに俺たちについてきた。彼女は何よりもアフロディの心配をしていたにも関わらず、奴らは約十年間共に過ごしてきた彼女に銃口を向けた。彼女はこの『仲間』を許すことができるのか?」
何よりも鋭い視線が剛太に向けられる。アフロディは『仲間』であると信じ続けた咲希の顔が脳裏に浮かんだ。そしてかつての剛太は一度彼女にも銃口を向けていた。
「それは何も知らなかっただけじゃ――」
「いいや、奴らはすべてを知った上であそこにいた。君以外全員な」
剛太はその言葉に言い返すものが見つからなかった。彼らの間の月は何度も揺れ、風が彼らの服をなびかせた。固まる剛太に成矢は冷たい言葉を浴びせた。
「人間同士でさえ解り合うことなんてできない。仲間になんてなれない。それなら人間と獣が解り合えるわけがない。それはこの戦争に決着がつかない限り、何も終わらないということだ」
低い声が剛太の胸の奥に鉛のように沈んでいく。ふいに成矢はライフルの先を掴み、自ら額に銃口を押し当てた。
「それが俺の見解だが、君はどうするんだ? 俺を殺してこの戦争を終わらせるか?」
黒光りの月は揺らぎ、深い闇に飲まれた。冷たい鉄に小さな雫が浮かび、鈍い金属の匂いが漂う。強張る腕は小さく震え、剛太の喉は渇いていった。
「どうした? 〝あの時〟のように、俺を撃てばいいじゃないか」
スコープの奥から鋭く冷たい視線が向けられた。スコープの先にいるのは〝彼女〟ではなく成矢だ。しかし剛太の震える手が落ち着くことはなく、乱れゆく呼吸は〝霧の夜〟の映像を脳裏に映し出していった。それを見た成矢はライフルを自身に近づけ、共に近づいてきた剛太の腹を殴った。剛太が咳き込み、悶え苦しんでいるところを見下ろし、彼は吐き捨てるように言った。
「何も覚悟ができてねぇ奴が正義面すんな。過去にすら勝てねぇ奴が前に進めるわけねぇだろ」
月光を遮るその姿は黒く高くそびえ立っていた。いつの日にか見たあの影を剛太は心のどこかで思い出していた。苦しみが渦巻く中、黒い雲は遠い空で月の光を避けるように漂っていた。
次話「生誕祭」は2017/8/24(木)に更新します。




