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四季折々  作者: 七種 草
第三章 夏
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第3話 開戦

2017/8/11 9時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 空を見上げた。右の空は黒く染まり、左の空は徐々に青く染まっていった。そこには灰色の雲が紅い光を通さんばかりに広がっていた。それでも光は灰色のカーテンから漏れ出し、否が応にも朝を告げてくる。短き夜は終わりを告げ、空を見つめる瞳に光が差し込み、ガラス玉の色彩に乱射した。日の出だ。それと共に遠吠えが森中に響き渡る。低い、地を震わせるその声は森の中で生きるすべての耳に届き、紅き火の灯る瞳をあの大木に向かわせた。人々は思わぬ声に目を丸くし、子は母親の手を握りしめた。初めてその声を聞き驚きを隠せないでいる亘の横で、成矢は目を細めてあの大木を見ていた。


「今のはあの獣の声か?」


 その時であった。そこにあるすべてを吹き飛ばすような忌々しい音が轟き、空が一瞬にして黒く染まった。黒き空はいくつもの渦を作り、すべての音を飲み込んだ。森には影だけが落ち、光を失った瞳はその場に立ち尽くした。


「あれは…鳥なのか?」


 よく見ると、空をうごめくそれは大量の鳥であった。森のどこにそれほどまでの数がいたのかというほど何千何万という数の鳥が空を飛び交い、羽音と鳴き声が辺りに響き渡っていた。その光景に言葉を失う人々の耳に新たな音が響き渡った。地が震え、空気は淀めき、恐怖が押し寄せてきた。コロニーの四方八方から地を震わせながら迫りくる音が轟き、そこに逃げ場はなかった。己の知る世界がそこにはないことに知った人々は考えることを放棄した。


「こんなもの…立ち向かえるわけないじゃないか…」


 道具を駆使することができても自身は非力である人間が、生まれながらにして力を身につけているこれほどまでの数の野生を相手に対抗するなど不可能に近かった。僅かに残っている人間の本能はそれを察知し、逃げることのできない状況に諦めの感情が人々を支配した。そこに怒号が響き渡った。


「何をしている! 火蓋は切って落とされたんだ。前を向いて、一歩踏み出せ!」


 その声にコロニーの皆は振り返った。そこには成矢がおり、ライフルを天に掲げた。


「我々は恐れることなどない。ここは我々の場所だ。ここにいる限り必ず日は差す」


 影のかかった瞳は成矢を見つめ、活気を取り戻していった。辺りを震わす音の中に響く彼の言葉に、皆も手を天に掲げた。


「我らに日が差さんことを!」


 成矢の声に続き、言葉が復唱される。淀めく空気の中響き渡る一つの言葉が彼女の耳に届くことはなかった。



 荒々しく草木が揺れ、いくつもの痛みが身体を駆け抜ける。剛太は日の出前までにあの大木に辿り着こうとしていたが、追手を気にしながら向かっていたら日が剛太の頬を照らした。次の瞬間遠吠えが聞こえ、一瞬にして日の熱を失った。そんなことを気にしていられない彼は山を駆け登っていた。すると、空から雨のように鋭い攻撃が降ってきた。トビは急降下し、獲物を捕まえるように爪で剛太に襲いかかった。彼は攻撃を一度はかわすも、一気に数羽に襲われ、身体中に激痛が走った。それでもなお彼は大木に向かって走った。


 痛みと疲れでボロボロになった剛太はやっと思いで大木の前まで辿り着き、息を荒げながらも彼を呼んだ。


「おい、ヴィントゥス! お前いるんだろ? 返事くらいしたらどうなんだ!」


 おぞましい音に包まれる森で彼の声が響き渡った。しかし声はすぐにかき消され、騒音ばかりが残った。沸々と沸き上がってくる感情を拳に込めようとした時だった。大きく強い風が吹き、白き獣が大木の上に現れた。


「単独で敵陣に乗り込んでくるなど果敢だな。それとも馬鹿なのか?」


 獣は見下すように剛太を見て、鼻で笑った。渦巻く大気に息を飲み、震える大地を足で感じていた。鋭く刺さるその視線は彼にとってかつて向けられたことのあるものであった。それにより怒りを感じた剛太は吠えるように叫んだ。


「お前もまた裏切るのか。力を貸してくれと言っておきながら、お前もあいつと同じなのか!」


 震える大気を裂くように怒号が響く。草木はうねり、いくつもの獣の声が響き渡った。しかし、白き獣は冷やかな瞳で剛太を見た。


「ワシはそうは言っていない。ただお前に『託す』と言っただけだ」


 遠くの空で銃声が聞こえた。獣のけたたましい鳴き声と雄叫びが森中に響き渡った。背を振り返った剛太は眉をひそめ、鋭い眼差しと共に獣に向き直った。


「お前は一体何をしたいんだ⁉ お前はこのまますべてを失ってもいいのか?住処や仲間まですべて――」

「もうすでにすべて失った」


 そこだけが一瞬にして静かになった。その言葉は力強くも憂いを帯びており、この二人を木々の影から見守る獣たちでさえ息をすることをためらうほどであった。


「ワシはとうの昔にすべてを失った。その先にある世界がどのようなものであるかも知っている。その上でワシは人間にどの世界を選ぶのか問うているのだ」


 鳥の異様な声と叫び声が混ざり合い、空が大きく渦巻き、淀んでいった。ざわめく森で二つの視線だけが他とは異なったところを見つめていた。


「今まで数えきれぬほどの人間を見てきたが、どれも変わらぬ者ばかりであった。しかし、お前だけは他の者とは違った。だからお前なら他の世界を選び、ワシの知らぬ世界を見つけ出すのではないかと興味を抱いただけだ」


 この世のものではないような音が背後から聞こえてくる。いつもとは全く違う風が吹き、剛太の身体中の傷を逆撫でしていった。


「俺ら人間はお前のコマなんかじゃない。俺らが望んでいる世界はこんな争いの世界じゃない」


 その言葉は聞いた獣は目を細めて剛太を見下ろした。


「そんなことないだろう」


 冷やかな視線が剛太を貫き、彼は異様な寒気を感じた。


「お前ら人間の世界において、どの時代でも争いが絶えたことなど一度たりともない。現に、ワシらは何も――」


 獣は何かを言いかけて、口をつぐんだ。再び背後から大声が聞こえ、何かが倒れる音が響いた。


「お前がワシに何を言おうが、この争いがなくなることなどないぞ」


 周りの獣も耳を立て、姿勢を低くし狙いを定め始めていた。多くの鋭い視線が集まる中、金色の瞳は剛太を見つめ続けていた。


「始まったものをなかったことにすることなどできん」


 冷たい空気が漂う中、剛太は視線を逸らすことなく、真っ直ぐと白き獣を見つめ続けた。


「始まっていようが始まってなかろうがそんなことどうだっていいんだよ。こんな無駄な争いは今すぐ止めるべきだ」


 二つの視線がぶつかる中、その間に風が流れた。風は土の香りを運び、どこからか微かに鈴の音を拾ってきた。


「本当に無駄だと思うか?」


 その静かな声は辺りの音を飲み込んでいるかのようであった。


「生物の行動において無駄なことなど一つとしてない。それは人間においても然り」


 二つの静かな吐息が混じり合った。そこに再び微かに鈴の音が響いた。


「ワシは時の観察者だ。これ以上お前たちに口出しするつもりはない。好きなだけ足掻くがよい」


 白き獣は風と共にそこから立ち去り、他の獣たちの視線を残していった。彼の傷に風が触れる。疼く痛みに彼は顔をしかめた。

次話「思惑」は2017/8/17(木)に更新します。

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