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四季折々  作者: 七種 草
第三章 夏
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第2話 策

2017/8/3 10時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 静まり返る森の中、飛沫を上げる足音がいくつも聞こえた。その足音は慌ただしく辺りを駆け巡り、ぬかるんだ地に跡を残していった。獣への宣戦布告がコロニーに伝わって以降、しきりに雨が降る中コロニーの人々は辺りを走り回っていた。戦に向けて武器や食糧の補充、仕掛けを作るなど今までにない忙しなさに人々の顔から笑みは消えていた。作業は昼夜交代制で行われていた。


 作業が夜遅くまで長引いた優はコロニーに向かって森の中を歩いていた。木々の隙間から落ちてくる小さな雫が彼の肌に触れ、大きな雫となって地へ落ちていった。カエルの大合唱が聞こえる中、優の背後で木が大きく揺れたように感じた。危険を感じ振り返ると、暗闇の中そこには少女が立っていた。目を凝らして見ると、彼女が千夏であることがわかった。


「え、千夏…?」


 普段だとこの時間には家にいるはずの千夏が森の中にいたことに驚きを隠せないでいる優は何度か瞬きを繰り返した。しかし千夏はそんな彼に構うことなく彼に背を向け、その場を離れようとした。優は咄嗟に彼女に駆け寄り、腕を掴んだ。


「何?」


 二人の腕に滴る雫が重なり大きくなって、地の上に波紋を作った。千夏はいつもながらに怪訝そうな顔をして優を睨んだが、優はそれを気にすることなく僅かながらに手に力がこもった。


「こんな時間に外に出て何してるんだ?」


 横から微かにコロニーからの光が差し込み、視界の隅に小さな雫が何度も過った。その先にある少しつり上がった目は真っ直ぐと鋭い眼差しで優を見た。


「本当お兄ちゃんってデリカシーないよね。ただトイレに出てただけなんだけど」


 千夏は「これで満足?」とでも言うように目を細めて、より優を睨みつけた。それを聞いた優は手の力を緩め、少したじろいだ。


「そういうことか。いや、ごめん」


 軽く謝ると優はそそくさとその場から去っていった。それを見た千夏は彼に聞こえないようにぽつりと呟いた。


「本当バカじゃないの。このお人好しが」


 音もなく降り続ける雨の中、微かに悲しみの吐息が聞こえたような気がした。



 その頃、コロニーの中にある唯一のテント――亘のテントの中には亘の他に畔、成矢、直人、純がいた。そこでは個々に仕事を配分したり、開戦に向けて作戦が練られたりしていた。机上には森の地図が広げられ、そこに円錐形に削られた石が並べてあった。


「例の獣は恐らくこの地周辺を基点に動くだろう。そうすると、そこからここまでの直線距離はこのようになる」


 亘は一つの石をヴィントゥスと部隊が遭遇した『禁忌の地』に置き、そこからコロニーまでを指でなぞった。そして顔を上げ、皆の顔を見渡した。


「お前さんたちなら、この距離においてどのように対抗する?」


 微かに冷たい空気が漂う中、紅い炎が揺れる。少し遠くから地図を覗きこんでいた直人は腕を組んだまま口を開いた。


「俺の考えからすると、奴らは直線的に攻めてくると思います。そうなると、この直線の両端に戦力を集めて二方向から攻めればいいかと思います」


 その言葉に亘は「ふむ」と少し頷いた。そこに成矢は地図から少し顔を上げ、亘を真っ直ぐ見た。


「相手の戦力は未知数です。あまり安直に考えない方がよろしいかと」


 その迷いのない声に亘は視線を成矢に向けた。


「ほう。お前さんには何かいい案があると?」


 静かに時の音が辺りを流れた。外からは時折雫がぶつかる音が聞こえ、カエルの声が知らぬ間に広がっていた。そして中では小さな灯りの中で小さな笑みがこぼれた。


「『勢』には『策』を。恐らく数の劣る我々が彼らに勝つにはこの方法がよいかと」


 そう言った成矢はその策を唱え始め、それを聞いた皆は感嘆の声を上げた。そんな中純のみが口元を手で押さえ、何かを考え込んでいるようであった。それに気づいた畔は彼に声をかけた。


「純は他に考えがあるのかね?」


 その声と同時に皆の視線が純に向けられ、一瞬にして静かになった。小さく揺れる炎は影を大きく揺らし、何も言葉を発しない黒い人が何かを囁いているようであった。純はそんな彼らを見て、静かに答えた。


「いや…今のところは何もないです。その案でいきましょう」


 その言葉で再び皆の視線が地図に向かう中、純と畔の視線が微かにぶつかった。純はすぐに目を逸らし、円錐形の石を手に取り部隊の配置を指示した。その姿を見る畔は誰にも気づかれないように小さな吐息を漏らしていた。



 淡く広がる黒い雲が泣き疲れたように木々の上をゆっくりと流れていく。月明かりは一つもなく、ただ暗黒の世界が広がっていた。その中でヴィントゥスの金色の瞳が光り、何かを真っ直ぐと見つめている。その光を頼りに歩み寄ってきた彼女はそっと彼に触れた。


「また歴史は繰り返されるんだね…」


 硬く、少し黒ずんだその毛が彼女の手を覆った。微かに吹く風が大きくゆっくりと草木を揺らし、彼らを優しく包んだ。彼の温かな吐息が白く染まり、金色の瞳が微かに細くなった。


「過去を自身の目で見て、痛みをその身体で感じない限り、過ちを過ちだと認識しないものだ。赤子はその過程がないと学習しない」


 様々なものを見てきたその瞳が月のように輝き、白い毛が時の流れのように波打った。音もなく彼らに触れる小さな雫が弱くなったり強くなったりを繰り返していた。彼女は頬を彼の首元に近づけ、目を閉じた。


「あの方の願いが叶うことは一生ないのかな?」


 彼の獣の匂いが鼻を通り抜け、その先に微かに土の匂いがした。彼の体温と毛に付着した小さな雫が彼女を包み、彼女の頬に大きな雫が伝っていった。


「願いは霧のように儚く消え、夢は人生という波に揉み消されてしまうものだ。」


 彼女の頬から滴る雫を背で感じながら、彼は視線を移すことなく続けた。


「もし想い描く夢が同じものであったとしても、その先にあるものが同じであるとは限らない。それはあいつとお前、お前とワシとて同じことだ」


 黒い空が群青色染まり始めた。呼吸をする森中の生命が空を見上げ、時が満ちるその瞬間を見逃さんとしていた。彼女はその姿から目を逸らさないためにも、顔を上げ空を見つめた。


「この先を行くのであれば、自身の意志を強く持て。周りに流されることはするな」


 灰色と群青色の空から微かに紅い光が漏れ出した。肌に触れる冷たい空気は徐々にきらめき始め、差し込もうする光は遮られた。手を伸ばしても届かないその光を追い求める彼女は、所在をなくしたその手でシャルムを握りしめていた。

次話「開戦」は2017/8/10(木)に更新します。

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