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四季折々  作者: 七種 草
第三章 夏
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第1話 亀裂

2017/7/20 14時頃に追記しました。更新が遅くなってしまい申し訳ありません。

 辺りを優しく包み込む空気はいつの間にかなくなり、何気ない風が今までにはなかった音色をも乗せてくる。川のみずみずしい音、夕風に吹かれる草木の音、何かを探し求めるように飛び交う虫の羽音。それらの音は風と共に人肌にまとわりついた。その中を剛太は押し進むようにしてコロニーへ向かった。突然の咲希との再会。それからの思わぬ真実の告白。思いもしなかったことが立て続けに起こり、彼の頭の中は一本の糸の両端がつながることなく彷徨い続けているようであった。


 彼がコロニーに着くと、遠征に連れていた馬は柵につながれ、水を飲んでいた。その近くで作業していた若者が顔を上げ剛太に気づくと、少し大きな声で彼に呼びかけた。


「おーい、お前! さっき隊員がドゥーチスのテントに召集されてたぞ」


 その男は早く行けと言わんばかりに手をひらひらさせた。上の空の剛太は軽く手を上げ、彼に言われた通りテントに向かった。


 剛太がテントに入ると、そこには隊員、亘の他に畔もいた。彼らの視線が剛太に向けられ、それと共に亘が笑みを浮かべたかと思うと口を開いた。


「さて、皆揃ったようだな」


 静かに響くその声が机上にある炎を揺らした。それと共に周りの影も静かに揺れる。いくつもの呼吸が交わる中、再び亘の声が響き渡った。


「例のものはできているか?」


 話の流れがわからない剛太はただ口をつぐんだまま、その場に立っていた。亘の言葉である男が一歩前へ出てきた。彼の手には一切れの紙があり、何かが書かれていた。


「はい、できています」


 男は亘にその紙を渡し、また元の場所に戻った。それを見た亘が首を傾げたのに対し、彼の隣にいた畔はそれを覗き驚きの声を上げた。


「本当にこれを見たと言うのか…?」


 その言葉で剛太はやっとその紙に書かれているものが何なのか理解した。そこに書かれていたものは遠征中に出会ったヴィントゥスの絵であった。畔の言葉を耳にした亘は目を細めて彼に訊ねた。


「何か気になることでもあったのかね?」


 亘の言葉を上の空で聞く畔は何かブツブツ呟いてから、やっとそれらを言葉にした。


「これは…『狼』という動物じゃ。狼は何百年も昔に人間によって滅ぼされたと聞いている」


 その言葉を聞いた剛太は何かを思い出し始めた。『狼』――その言葉を彼が初めて聞いたのは数年前のあの日――咲希の歌を初めて聞いたあの時。


『でも、その時白い――』


「白い狼、ニューファンドランドシロオオカミを見た…」


 ふいに口が動いた剛太に一斉に視線が注がれた。自分が言葉を発したことに気づいた剛太は顔を強張らせ、口をつぐんだ。それを聞いた畔は目を細め、炎の映る瞳が剛太に向けられた。


「なぜお前がその名を知っている?」


 その言葉に亘が反応した。


「どういうことだ?」

「部隊が見たというこの狼は恐らく『ニューファンドランドシロオオカミ』というものじゃ。じゃが、この狼は数百年前に絶滅しており、またこやつが生息していたのは遥か西の遠き場所じゃ。剛太が狼というものを知っておったとしても、ここにいなかったものを知っているとは可笑しな話じゃ」


 皆がその話を聞くなり、再び剛太に視線が注がれた。小さな炎を囲むいくつもの大きな影は何度も形を歪めた。その影の一つが小さく動いた。


「なぜ知っておる?」


 畔の言葉に剛太は生唾を飲んだ。静まり返るそこで小さな物音も大きく響き渡った。重くなった口を剛太は小さく動かした。


「昔…」


 言葉が見つからず、真実を口にしようとした時だった。


『剛太だけでも「今」を生きてよ』


 咲希に出会った時聞いた言葉が剛太の脳裏を過った。剛太は唇を噛み、そっぽを向いた。


「昔、家にあった本を読んでいたら載っていただけだ。大した意味はない」


 その言葉によってすべての疑いの視線は消えなかったが、亘と畔はそれ以上訊いてくることはなかった。


 その後、亘から戦争に向けての動き、部隊の配置などが伝えられた。その場での話が終わるなり、剛太はコロニーから少し離れ、森の中へと入っていった。上を見上げると、雲で霞んだ月と僅かな星が見えた。微かな草木の音とフクロウの鳴き声が耳をかすめていく。大きく息を吸い、吐いて目の前に視線を向けると、そこには優がいた。風と共にいる優の瞳は微かに月の光が注がれていた。


「あの子に会えたの?」


 風に乗ってくる小さな声は剛太の瞳に雲を映した。剛太はその言葉から視線を逸らし、小さく呟いた。


「あぁ、会ってきたよ」


 そのままそこから離れようとする剛太の肩に優は手をかけた。


「ねぇ、あの子が咲希なの?」


 その言葉と共に剛太は優の手を払いのけた。それに驚いた優が剛太を見ると、そこには悲しみと怒りが入り交じった瞳があった。その瞳は優を睨み、言葉を放った。


「お前、あの霧の夜、発砲したって言ってたよな?」


 何を聞きたいのかわからない優はただ頷いた。


「その弾が外れたって本当か?」


 静かに吹く風は月の光を遮り、フクロウの鳴き声を森中に響き渡らせた。うるさい程の静寂が優の体を強張らせた。


「え…何を言って――」

「お前、自分自身でも言ってたよな? 射撃が下手だって。それは撃つ直前に目を瞑っているからじゃないのか?」


 その言葉に優は何も言い返せず、口をつぐんだ。不気味な音が辺りを包み、妙な風が吹いた。それを見た剛太は唇を噛み、小さく呟いた。


「大事な時に目を逸らして、だから真実を知らないだけじゃないのか? お前の弾が由里に当たっていないという証拠はないんじゃないか?」


 何かを探りながらも出てくる言葉に嫌気が差す剛太はその場を離れようとした。しかし、その言葉に優は声を張り上げた。


「証拠は僕自身だ! 確かに僕は射撃が下手だけど、当たったかどうかくらい感覚でわかる」


 声は響き渡り、強い風が彼らの間を駆け抜けた。そこには真っ直ぐな瞳があり、強い信念があった。


「僕のこと信用してよ」


 その言葉が再び剛太に向けられた。遠くから聞こえるフクロウの鳴き声が小さくなったかと思うと、木が大きく揺れるのを感じた。


「悪いが、今お前を信用することはできない」


 風は再び強く吹き、草木を大きく揺らした。微かな月光は遮られ、影だけがそこに落ちた。剛太の背が森の影へと消えていき、嫌にまとわりつく空気が優を包み込んだ。剛太の姿が見えなくなると、冷たく大きな雫が空から降りだした。春の優しい風などそこには一つもなかった。

次話「策」は2017/8/3(木)に更新します。

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