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四季折々  作者: 七種 草
第二章 春
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第6話 禁忌の地

 所狭しと周りを囲う木々の合間に馬の蹄の音が鳴り響く。彼らは耳を前へ後ろへと向けながら歩いていた。部隊は出向して二週間が過ぎようとしていた。しかし何も情報が得られない状況に皆は心身ともに疲れを感じていた。


 剛太の視界の端には淡いピンク色と白色のハルジオンとヒメジョオンの群生が映った。夏の雰囲気になりつつある森の一端に春の顔が少しだけ残っていた。頭上からはトビの高らかな声が響き渡った。青く染まった空を旋回するその影は微かに森に落ちていた。その影を追うように剛太が上を見上げると、急に風向きが変わり激しさを増した。風は過去の記憶と共に剛太を襲った。



 剛太、咲希、由里の三人でコロニーから離れて遊んでいる時だった。ふと視線を横に向けた咲希が急に帰ろうと言い出した。


「なんでだよ? まだ日は高いし、母さんだって怒りはしないだろ」


 由里も剛太の言葉に頷くが、それでも咲希は首を横に振った。


「帰った方がいいよ。雨が降り出すから」


 二人はその言葉に従い、渋々帰路に就いた。その途中で雨が降り出し、三人は急いで大きな木の下まで走った。濡れた服を絞りながら剛太は疑問を口にした。


「なんで咲希はこんな急に雨が降るってわかったんだよ?」


 ブカブカのパーカーを二人がかりで絞っていた咲希はその手の力を緩めた。


「ツバメが低空飛行してたからだよ」


 その言葉を聞いた二人の頭上にクエスチョンマークが浮かんだ。


「てえくうひこう?」

「えっと、低く飛ぶことで、雨が降る前触れなんだよ」


 感心する二人に照れながら咲希は続けた。


「お母さんがね、教えてくれたんだ。人が泣いたり笑ったりするように、動物の行動には意味があるんだって」


 少し寂しそうに笑う彼女は水の滴るパーカーを握りしめていた。



 強い風が止み始めると馬が急に嘶き暴れ出した。その騒ぎで剛太は我に返った。普段落ち着きのある馬が暴れ出すということは、危険が迫ってきているということだと考えた彼は辺りを見回した。手綱を掴んでいた人々が馬を落ち着かせようとする中、地を揺らすような低い声が彼らを覆った。


「お前ら、ここがどのような地だがわかっていて立ち入っているのか?」


 その声を聞いた剛太は焦りを感じた。部隊全体は警戒心を高め皆で辺りを見渡すが、いつも以上に静まり返った森しかなかった。成矢は隊員にライフルを構える指示を送り、辺りを警戒しながらその声に答えた。


「貴様は何者だ。姿を見せろ」


 その言葉に逆らうことなく彼は木の上に姿を現した。剛太を含め、その姿を見た全員が度肝を抜かれた。白い毛並みは光で銀色に輝き、鋭い牙が口から覗いた。鋭い眼光は彼らの身をすくませた。体長二メートル以上だと思われる彼は今までに見たことがない獣であった。


「なんだよ、あの獣は…」

「あいつが喋ったっていうのかよ」


 部隊はざわつき、混乱し始めていた。木の上を見上げる剛太は呆然としていた。


(あいつが、白い影の正体…)


 耳や尾は犬に似ているが、おぞましいその風貌は犬などに似ても似つかなかった。表情一つ変えていない成矢は低い声でその獣に訊ねた。


「貴様がデウスの使いか」


 その言葉に獣は牙を光らせ、笑みを浮かべた。


「『使い』とは、あいつがワシら獣を道具として扱っているような言い回しだな」


 獣は鼻で笑うと、鋭く冷たい視線を成矢に向けた。


「ワシらはお前たちが思うような道具ではない。ワシはシーバの相棒(オーミエ)・ヴィントゥスだ」


 銀色に輝く毛が風になびいて、稲穂が揺れるようにゆっくりと光と影を交わせた。日の光は彼の瞳に差し込み、黄色く輝いた。捕食者特有のその瞳は部隊を見下し、牙を覗かせた。


「お前たちが噂に聞く『殲滅部隊』というやつか。そんなものを作るとは、あの件に懲りてないということか」


 彼らを嘲笑う獣に成矢は顔をしかめた。


「『あの件』とは何のことだ?」


 その言葉に獣は目を細めた。


「聞いたことがあるだろう? お前たち人間が言う『言い伝え』というやつだ。それはただの昔話なんかじゃない。実際にあった話だ」


 低い獣の声がより低くなり、冷たく彼らの足元を流れていった。


「決して狩猟を行ってはならないと言われた地で狩猟を行った結果、森では不作の年が続いたという話。その狩猟を行ってはならない『禁忌の地』というのは、今お前たちが立っているこの地のことだ」


 その言葉に部隊はざわめいた。上空では強い風が吹き、大きな雲が太陽を隠した。冷たい空気が流れる中、成矢は軽く片手を上げ、隊員たちを静めた。


「つまり何が言いたい?」


 平静を保つ彼を獣は意味深し気に見てから答えた。


「あの時より、この禁忌の地に銃器を所持して立ち入った者は敵とみなし、抹殺することになっている」


 これを聞いた剛太は反射的に口出ししていた。


「ちょっと待ってくれ! 俺たちはここが禁忌の地だって知っていて立ち入ったわけじゃない。だから今回は――」


 彼の目の前に制す手が伸びた。彼にはその先の成矢が笑みを浮かべながら獣に答える様が見えた。


「そちらがその気ならこちらも容赦はしない。獣が人間に手出しするというのであれば、我々はそれを排除するのみだ」


 真っ直ぐと揺らぐことない視線を向ける成矢を獣は目を細めて見た。


「それは人間側の我々獣に対する宣戦布告と受け取ってよいのか?」


 辺りは静まり返り、草木の音だけが聞こえた。空にはいつの間にか黒く不気味な雲が広がっていた。獣の白い毛は灰色に染まり、闇の中で獲物を見据える眼光だけが残った。草木が何かを恐れるようにざわめく中、成矢は臆することなく答えた。


「ああ、構いやしない」


 鋭い視線が交わる中、遠くで雷鳴が聞こえた。それと同時に空から雫が零れ落ち、視界が霞んでいった。


「そうか、わかった。では開戦は最も日の長き日の日の出とする」


 獣は踵を返し、その場を去ろうとした。その直前に足を止め、視線だけを成矢に向けた。


「己で決断したことを後悔などするんじゃないぞ」


 そう言い残すと木を大きく揺らし、獣は風と共にそこから消えた。それと同時に雨で滴る成矢の胸倉を剛太は掴んだ。


「お前、自分が何を言ったのかわかってんのか⁉ 戦争になったら多くの犠牲が出るんだぞ! 仲間も友人も家族も、大切なものすべて失うかもしれないんだぞ!」


 大きな雫が葉や地に打ちつけられる音が辺りに広がった。辺りには部隊以外生き物の気配はなく、冷え切った空気が流れた。冷たい雫が滑り落ちる頬に生気のない視線が向けられた。


「ドゥーチスは『何を失うか』なんてことは考えない。あの人は『何を成し遂げるか』を見ている。失うものを気にしていたら、何も成し遂げられなくなってしまうだろう?」


 それを聞いた剛太は唇を噛んだ。様々な怒りが胸にこみ上がり、荒立った息が白くなるのを見た。そんな彼を成矢は見下して静かに言った。


「いつまでこうしてるつもりだ? 反逆罪としてまた締め上げるぞ」


 力の緩んだ剛太の手を払いのけ、成矢は部隊に顔を向けた。


「これよりコロニーへ帰還する。弾は湿気らないよう各自注意を払え」


 彼の指示で固まっていた部隊が動き出した。雨でぬかるんだ地が彼らの足取りを重くさせながらも、彼らはまとわりつくものを振り払い駆けていった。頬から滴り落ちる雫を感じながら剛太は空を見上げた。遠い空は嫌になる程澄み渡り、黒い空が広がっているのは彼らの頭上だけであった。

次話「忠告」は2017/6/22(木)に更新します。

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