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四季折々  作者: 七種 草
第二章 春
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第5話 草笛

 淡い青色に浮かぶ白い雲を見上げた。春の香りは消え去り、青々と辺りを照らす草木の夏の香りがした。モンシロチョウやモンキチョウなどが辺りを飛び交い、小さくも咲くオオイヌノフグリが足元で群がっていた。伸び続ける雑草を踏み、道を作りながら優は歩みを進めていた。


 一週間程前――優の生誕祭が終わって数日後に剛太たちは再び遠征に発った。近頃は日が長くなり、それに伴い出向の時間も早まっていた。朝の辺りを包む優しい風は少し火照った彼らの身体を冷やした。祭りの後のどこか寂しい気持ちを心の隅で感じながら、優は物陰から部隊の出向を見送った。その時、彼は剛太の横顔を見るとなぜか息苦しく感じた。彼の横顔は誰も見ない遠くを見ているように感じた。


 幾度となく邪魔してくる雑草をかき分けていくと徐々に草笛の音が聞こえてきた。それは知らないメロディーだが、どこかで聞いたことがあるようなものであった。切なくも美しい音色は風と共に木々の合間を通り抜けていく。その音を辿っていくと風に吹かれるあの少女の姿があった。木の上で光と影の間で揺れる彼女を見ていると、彼女は不意に吹くのを止め、優の方に振り向いた。


「やっぱりまた来たんだ」


 その言葉に優は少し顔を赤らめながら、困った顔で「うん」と優は答えた。

 木からするりと降りてきた彼女の下に近寄り、優は彼女に声をかけた。


「草笛吹けるなんて、ユキすごいね。あんな風に曲を吹くことができるなんて知らなかったよ」


 幼い子供のようにはしゃぐ彼を見て彼女は少し笑った。


「こういうことができる人はコロニーに一人くらいいるでしょ。別に珍しいことじゃないよ」


 そう言って彼女は葉の根元を持って、親指と人差し指でその葉を回した。この間会った時より声が高くなっている彼女を見て、彼は頬が緩んだ。それに気づいた彼女はパーカーのポケットに両手を入れ、首を傾げた。


「何笑ってるの?」


 それを聞いた彼は少しフッと笑い彼女に答えた。


「いや、僕のコロニーにはそんな人いたかなぁって思って。もしよかったら草笛の吹き方教えてくれない?」


 風で揺れるフードの奥で彼女の笑った口元が見えた。


「いいよ。教えてあげる」


 その言葉から彼らは定期的にいつものギャップで会うようになった。このギャップに近づいてはならないという初めて会った時の彼女の言葉を心の隅に置きながらも、優は何度もその場所に足を運んだ。


 通い始めて二週間程経ったある日、ようやく優は音階が吹けるまで上達した。何とか吹けるようになったものの、優の唇はひりひりと痺れ、変に力を入れているせいか少し頭がくらくらしていた。そんな彼を見かねた彼女は少し休もうと言った。そして彼の代わりに、彼女は草笛を吹いた。その曲は彼女が草笛を吹いているのを初めて見た時と同じものであった。


「その曲…」


 優の口は知らぬ間に動いていた。彼の声を聞いた彼女は草を口から離した。


「え?」

「いや、ごめん。その曲、この前初めて聞いたはずなのに、どこかで聞いたことがあるような気がしたんだ」


 それを聞いた彼女は少し俯いた。彼女の視線は彼女の手元にあるシイの葉に向いていた。


「私もね、この曲を誰から聞いたのかよく覚えてないの」


 彼女の手元にある葉が小さく揺れた。夏の香りが鼻をかすめ、上から降り注ぐ熱を遮った。


「でも、どういう曲だったのかだけははっきりと覚えている」

 彼女は目を瞑り、小さく息を吸った。そしてあのメロディーが流れた。




   枯葉舞い落ちるこのときに

   君は何を見て 何を思うのだろう

   時ばかりが過ぎて 過去の記憶が流れていく


   辛い過去さえも 流れ消えてしまえばいいのに

   なぜだか今よりもあの時が恋しくて

   君を追い求め続けてしまうんだ


   木の葉がかすれあう音がする中で

   鳥のさえずりが聞こえる中で

   また君と顔を見合わせて 笑いあいたい

   また森の声を聞く日まで




 彼女の歌声に答えるように、静かに風が彼女を包んだ。そしてふと彼と彼女の目が合った。吸い込まれそうなほど透き通る彼女の瞳には風に吹かれる彼の姿があった。彼は静かに、しかし激しく鳴り響く鼓動を感じていた。そして自然と動いた彼の口からなぜかあの言葉が出てきた。


「ユキは『言い伝え』のこと信じている?」


 それを聞いた彼女は大きく目を見開いた。彼女の異変に気づいた優は硬直した。


「なんで…今そのこと訊くの?」


 笑みを作りながらも少し震えた彼女の声が彼の耳に届く。彼は咄嗟に態度の変わった彼女から目を逸らした。


「いや、ただ…急に訊きたくなって」


 地雷を踏んでしまったと感じた彼は他の話題に変えようと必死に考えた。しかし少しの沈黙の後、彼女は口を開いた。


「私は十歳になる直前に初めて『言い伝え』を聞いた。聞く前まではどんな話なんだろうってワクワクしてた、けど…」


 言葉が詰まった彼女は俯いて、膝を抱えた。抱えた膝に顔を埋めて小さく呟いた。


「私は『言い伝え』のことは信じない」


 草木がこすれる音ばかりが辺りに響いた。彼が少し震える彼女に手を伸ばそうとすると、彼女は顔を埋めたまま小さく呟いた。


「そういうあなたはどう思っているの?」


 伸ばしかけた手を彼は戻した。そして彼の手元にある葉を見つめた。


「僕は半信半疑ってところかな」


 空に浮かぶ雲で見え隠れする太陽はいくつもの光と影を作った。彼らの手元にある葉はその中の光だけを受け止めていた。


「デウスの存在は信じている。だけど、シーバが厄病神だっていうのは今は信じられないかな」


 その言葉に彼女は顔を上げた。そこには真っ直ぐ上を見上げる彼がいた。


「『今は』?」


 何の気もなしに言った彼は再び同じ言葉を繰り返した。


「うん、『今は』シーバは優しい神様なんじゃないかって思っている」


 問いの本当の答えが返ってこないことに少しもやもやしながらも、彼女の胸の内は晴れていた。そして口元が緩んだ彼女から声が聞こえた。


「あなたってお人好しだね」


 それを聞いた彼は顔を赤らめた。


「僕はただいろんな人から話を聞いてるからそう思っただけで…」


 彼女はそれを見て笑った。そんな彼女に優は口を尖らせた。


「僕の妹みたいなこと言わないでくれよ」


 彼の顔を見て彼女は再び笑った。小さな笑い声は風を伝って森を流れた。花びらのように舞う蝶は花を求めて風に乗っていた。

次話「禁忌の地」は2017/6/8(木)に更新します。

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