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四季折々  作者: 七種 草
第二章 春
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第4話 成人

 夜に地面を打ちつけた雨は僅かに残っていたピンク色の花びらを地へと落とし、朝には何事もなかったかのように空は青く染まっていた。日が昇っていく度に気温は上がり、春は疾うの昔に過ぎ去ったかのように感じた。少し湿っていた地面は昼前には乾き、忙しなく行き来する人によって固く踏みつけられていった。


 優の生誕祭を明日に迎えた今日はコロニー中が慌ただしく辺りを駆け回っていた。明日の主役は、辺りの人に声をかけては手伝わなくていいと断られ、手持ち無沙汰にしていた。そんな彼の後ろから刺々しい声が飛んできた。


「お兄ちゃん、邪魔! そこどいて!」


 水が入った桶を両手に持った千夏は鋭い目つきで優を睨んだ。それを見た彼は彼女の持っている桶の片方に手を伸ばした。


「重そうじゃん。片方持つよ」


 彼の手が桶に触れようとすると、桶は彼から離れていった。そして彼の耳元で再び怒号が聞こえた。


「聞こえてる? ジャ! マ!」


 耳元を押さえる優をよそに、千夏は彼の横を通り過ぎた。皆が自分のために動いてくれているというのに、優はどこか疎外感を感じていた。そんな中、ふと剛太が彼の視界に入った。一瞬声をかけようかとしたが、彼は視線を逸らした。声をかけることで剛太の友人だと思われ、剛太に迷惑をかけてしまう。数日前にユキに相談をしたが、結局のところそこの解決策は得られなかった。あの日の彼女の言葉を頭の中で反芻するが、余計に思考が混乱するだけであった。


生命(いのち)の価値は同じじゃない、か」


 その言葉を口にしたらあの時の彼女の声が脳裏をよぎった。


『あなたは本当に同じだと思う?』


 するとなぜか急に彼は背中に寒気を感じた。あの時の彼女の冷たい声が何かを予感させた。しかし優は頭を横に振り、その思いを消し去った。


(今は前を向こう)


 自分には支えてくれる人がいる。転んでしまったら手を差し出してくれる人がいる。未来に不安があったとしても今は前を向こう。そう心に刻み、彼は緑の葉を見つめた。



 翌日の晩、コロニーはお祭り騒ぎになっていた。大人は酒を飲み、子どもは豪華な食事といつもと違うコロニーの雰囲気にはしゃぎ回っていた。飲み食いすることに飽きた者たちは大きく燃え盛る炎を囲って踊り回っていた。皆の頃合いを見て、亘は大きく手を打った。


「皆の者、今日は祝いの席を大いに盛り上げてくれて感謝する。そんな盛り上がりに水を差すようになってしまうが、そろそろ主役のお出ましといこうじゃないか。さあ来たまえ、優」


 その声と共に大きな拍手と歓声が辺りを包んだ。そんな中、優は少し顔を赤くしながら亘のところへと向かった。向かう途中、硬くなった背中を盛大に笑う大人たちに叩かれ徐々に痛みが増し、そして痛みの感覚がなくなっていく背中で彼は亘の目の前まで来た。優は少し高くなった台の上に上がり、亘と面と向かった。


「お前さんも今日で十五となり、晴れて大人の仲間入りだ。コロニーのために胸を張って生きるように」


 暗闇の中、炎が目の端に映る亘の瞳を見つめ、優は大声で答えた。


「はい! この命が尽きるまでコロニーに尽くします!」


 その言葉に亘は笑みを浮かべ、彼の横に掛けてあった猪の毛皮を手にした。そしてそれを優の肩に掛け、亘は前を向いた。


「皆の者、今ここに新成人が誕生した! いつ命を落とすかわからぬ今日(こんにち)において希望の光である。彼の未来に盛大な拍手を!」


 再び辺りは大きな拍手で包まれた。優は照れながらも辺りを見回し、コロニー中の人々の顔を見た。大人たちは皆笑い、子どもたちはよくわからないながらも大きく手を叩いて笑っていた。そんな彼らを見ていると、視界の端に剛太が映った。彼は独りコロニーの端で腕を組み、木に寄りかかって立っていた。笑うことないその目を優から逸らし、彼は森の奥へと姿をくらました。彼を追うことができない優は皆に悟られないように少し俯いた。


 それから優は大人たちに囲まれ、飲めや騒げの皆と大いに楽しんでいた。周りが騒ぎ疲れ落ち着いてくると、優は亘に呼ばれ、テントの中へ入っていった。暗闇の中、机の上に置いてあるランプが淡く光り、その近くにあった数冊の書物が机に影を落とした。亘はその書物に手を添え、手元を見つめた。


「さて、お前さんが成人になったということだから、伝えることはちゃんと伝えなくてはな」


 ゆっくりと腰を下ろした彼に優は静かに視線を向けた。口を開かない優に彼も視線を前に向けた。そして静かに話し出した。


「お前さんはカリオフィ出身だから『言い伝え』の内容は知っているな?」


 その言葉に一瞬身体を強張らせながらも、優も静かに答えた。


「はい、デウスのこととシーバの命を狙う話ですよね?」


 亘は静かに頷き、続けた。


「そうだ。だがな、その話にはまだ少しばかり続きがある」


 その言葉に優は言葉を詰まらせた。強張る彼の顔を見て、亘は少しニヤリと笑った。


「まあ、そんな強張るな。大した話ではない」


 亘は両肘を机につき、優を見つめた。淡い光を放つランプは亘の背後に大きな影を作っていた。その影はランプの光で小さく揺らめき、微かな風で揺れるテントの上で大きく波打った。


「続きというのはな、デウスの寿命のことだ」


 テントに映る様々な影が小さく揺れた。もはや人の形をしていない彼の影は周りの影を飲み込んでは不気味に揺れていた。


「寿命、ですか?」

「そうだ」


 訳のわからない優は顔を歪ませた。それを見た亘はふっと軽く笑った。


「デウスというのは我々人間と違うからそう呼ばれるのだ。それは寿命もしかり」

「もしかしてデウスは不老長寿ということですか?」


 亘は恐る恐る尋ねる優を笑った。


「お前さんは面白いことをいうな」


 テントに広がる低い笑い声は静かに消えた。そして亘は影の落ちる中、目を光らせて笑った。


「その逆だ。デウスの寿命は一般の人に比べて非常に短い」


 それを聞いた優は耳を疑った。彼の脳裏に剛太の横顔と彼の言っていた『咲希』という言葉が浮かび、胸が締め付けられていった。余計に顔を歪ませる優を気にすることなく亘は続けた。


「短いと言ってもな、どれだけ短いのか詳しくはわかっていない。二十なのか三十なのか。まあ、それよりも重要なところがあるんだが」


 それを耳にした優は真っ直ぐに前を見た。その先には怪しく影を揺らす老人の笑みがあった。


「十よりも前に覚醒したデウスはより寿命が短くなるそうだ」


 優の思考が一瞬停止した。そして再び動き出すと四年前の過去へとテープが巻き戻されていく。霧の夜、頬を冷たく触れる空気が漂う晩秋であった。そしてライフルを持ち始めた年――優が十歳になった年であった。


(僕たちが十歳で、彼女は…?)


 同い年または年上であることを願うが、妙な胸騒ぎが止まらなかった。押し黙る彼に亘は優しく声をかけた。


「どうしたのかね?」


 そこで優は我に返り、無理に笑いながら亘に尋ねた。


「いや、そんな寿命が短いなら、わざわざ部隊まで出して殺そうとしなくていいんじゃないかな、と思い、まして…」


 初めは笑っていた亘の顔は、一瞬にして怒りへと変わった。


「何を言ってんだ、お前」


 その声で優の顔からも笑みが消えた。凍りついていく空気は周りの影へと伝わり、小さく揺れるも大きく歪んでいった。


「我々を脅かすものは、どのようなものであっても早急に排除すべきだと教えてきただろう? 二十年間のその教えを忘れてしまったというのかね?」


 小さな炎が揺らめくその瞳は優を睨んだ。それから目を逸らせない優は小さく震える唇を動かした。


「い、いえ」


 その返答を聞いた亘は再び笑った。


「そうだよな。今のは老人のただの勘違いだったようだ。許してくれ。いや、最近の若者の冗談というものがよくわからなくてな」


 ハッハッハッと笑う亘と共に優は苦笑いした。ランプの炎は消えかかりそうになりながらも小さく揺らめいた。それに照らされる影は大きく揺らめき、いつの間にか優の影までも飲み込んでいた。

次話「草笛」は2017/5/25(木)に更新します。

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