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四季折々  作者: 七種 草
第二章 春
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第1話 出会い

 雲一つない空は光を遮ることを知らず、真っ直ぐ地に降り注ぐ。その光を浴びたものたちは待ちわびたように顔を出し始める。忙しなく動き始めるものもいれば、ゆっくりとしかし着実に支度し始めるものもいた。彼らが相手(パートナー)を探し出すことで森中が色づき始める。その色は風に乗って運ばれる。


 風は短髪の青年と少女の頬を撫でた。風はまた少女の髪をかき上げ、髪をなびかせる。光が降り注ぐギャップの中にたたずむ青年は真っ直ぐに彼女を見上げていた。その瞳は光に満ち溢れ、翳りを知らないでいた。風と戯れていた長い髪は咲希の首元まで戻ってきて、また風のまねごとのように彼女の頬を優しく撫でた。フードで隠した白い肌に光が差し込み、少し赤みを帯びた瞳を照らした。突如現れた少女に青年は驚くも彼女に手を伸ばし、声をかけた。


「ねえ、君は…」


 その声で我に返ったのか、彼女は突然踵を返しその場を離れようとした。彼女の慌てように青年もつられて彼女を追おうとした。


「ちょっと待っ――」


 彼は走り出そうとするも、何かを思い出したかのようにうめき声を出してその場にうずくまった。それに気づいた少女は逃げる足を止めた。彼女の顔を隠したフードが揺らめき、そこから覗く目を細めた。彼女は何かに悩むも木から降り立ち、彼に近づいた。それに気づいた青年は顔を上げ、彼女の顔を覗き込んだ。日の光が差し込んでいたためであろうか、彼女の瞳はとても澄んだ茶色に染まっており、何もかも透き通ってしまいそうだった。しかしどこか寂しさを宿ったその瞳から彼は目を離せないでいた。呆然とする彼の目の前に彼女は膝をつき、彼が手で押さえている足首に手を伸ばした。熱を持った足首に冷たい彼女の手が触れた。


「捻挫…?」


 初めて聞く彼女の声に青年は声を震わせた。


「う、ん」


 彼女は彼の足首に向けていた視線を横に向け、「ちょっと待ってて」と彼から離れていった。彼の足首には冷たくも細く優しい彼女の手の感覚が残っていた。


 彼女は戻ってくると、彼に患部から手を離すように言った。彼女の言うがまま手をどかすと、何かを塗った葉を彼の足首に当てた。突然の謎の物体に彼はたじろいだ。


「これ、何?」


 青年の驚きように表情一つ変えずに彼女は静かに答えた。


「ヒガンバナの球根をすりおろしたもの。炎症を抑えてくれるの」


 彼女の顔を隠すフードが何度も揺れ、視線を下に落とす彼女の顔が何度も見え隠れした。この葉と一緒に持ってきた何かのツルで彼女は手早くそれを固定し始めた。


「ヒガンバナって確か有毒じゃなかったっけ?」


 彼は拙い記憶から植物の情報を引っ張り出してきた。ツルの端を結びながら彼女は答えた。


「有毒物質のアルカロイドが含まれているから、食べると最悪死に至るのは確かだよ。でも毒はうまく使えば薬になる」


 よくわからない言葉を聞いた青年は顔をしかめ、その言葉を反芻した。結び終えたツルの端を切った彼女は彼のその顔に気づき、彼の目を覗き込んだ。突然目が合ったことで彼は目を見開いた。


「もしかして痛かった?」


 彼は自身に向けられた透き通るような瞳から咄嗟に目を逸らした。


「いや大丈夫、全然痛くないよ」


 彼の横から「そう」という言葉が聞こえ、視界の端には少し微笑んだ彼女の顔が映った。風が吹く。芽が出始めた木々が揺れ、春の匂いが鼻をかすめる。いたずらに彼らの服と髪がなびき、二つの視線は下を向いた。青年は横目で少女を見て、戸惑いながらも口を開いた。


「その、手当てしてくれてありがとう。僕は優っていうんだ。君の名前、聞いてもいい?」


 少し顔を赤らめた彼の顔を見て、彼女は口を開きかけた。


「私は――」


 その時、彼女の服の中からチャリッと何かがこすれる音がした。すると彼女は出かけた言葉を飲み込み、苦い顔で俯いた。それに気づいた彼は慌てて彼女に声をかけた。


「いや、ごめん! そんな見ず知らずの男に急に名前聞かれても困るよね。無理して答える必要な――」

「…ユキ」


 慌てふためく彼をよそに彼女は静かに答えた。驚いた彼はもう一度彼女に聞き返した。


「え?」


 彼の瞳に、視線を下から自分に変え真っ直ぐに見つめてくる少女が映った。彼女の口は再び動いた。


「ユキ。それが私の名前」


 それを聞いた彼は何度かその名を口にし、笑い出した。


「ユキ。そうか、僕と同じだ! 『ゆ』で始まる二文字の名前」


 ただそれだけのことに笑みを浮かべる彼に少女は拍子抜けしていた。少し笑った後、彼は彼女に微笑んだ。


「いい名前だね。ありがとう、ユキ」


 それを聞いた彼女は少し寂しそうな、苦しそうな顔で笑った。彼はそのことには気づかず、ただ笑っていた。


 彼らは近くの木の下まで移動し、優を木の幹にもたれかけさせた。すると優は急に彼女に質問を投げかけた。


「君、あまり見かけない顔だけど、どこのコロニーの子なの?」


 突然の問いに彼女は戸惑うも、平静を装いながら答えた。


「…プラエ」


 優は彼女の一瞬の表情を気にすることなく独り言のように呟いた。


「プラエ、か。聞いたことないな」


 その言葉に彼女は一瞬唇を噛み、また平然と答えた。


「小さいコロニーだからね。知らない人がほとんどだと思うよ。あなたはどこのコロニーなの?」


 目を逸らしたまま話す彼女の横顔を優はちらりと見た。そして彼は足首に巻かれたツルをそっと触りながら答えた。


「えっと…今は何ていうのかな。もしかしたら聞いたことあるかもしれないけど、昔カリオフィって名前だったコロニーなんだ。今はアフロディと合併して、何て名前になったのかよくわかんないんだよね」


 苦笑する優の隣で彼女は突然彼の方に振り向いた。彼は彼女のその反応に少したじろいだ。


「どうか、した?」


 彼女は身構える優に気づき、申し訳なさそうに再び目を逸らした。


「ごめん、何でもない。ただこの森で勢力を持つコロニーだったからびっくりして…」

「そう…」


 優も彼女から目を逸らした。彼の瞳の奥には先程彼女が振り返った時の悲しいような、何かに怯えているような顔が残っていた。彼がそれを脳裏に浮かべていると彼女が声をかけてきた。


「ねえ、あなたはどうしてここにいたの?」


 どこか怯えながら尋ねる彼女に優は笑いながら答えた。


「あぁ、僕はただ薬草を摘みに来ていたんだよ。そしたらキツネにばったり会っちゃってさ、急いで逃げたんだ。で、逃げてる途中で足をくじいたってこと」


 笑う優に少女は言葉を探すようにして再び尋ねた。


「じゃあ…足音を忍ばせていたのはどうして?」


 彼女はフードを前へ引っ張り、顔を隠した。見えなくなっていく彼女の横顔を見て優は木の幹に背中を預け、空を仰ぎ見た。


「獣に見つからないために、かな」


 それを聞いた彼女は目を見開き、急に彼の方に振り向いた。


「足音を忍ばせてる方が危険だってあなた知らないの? 獣は大抵人間に対して臆病なの。人間を襲うのは身を守るため、つまり人間がいるって知っていれば人間に近寄ってこない。常識でしょ?」


 突然大声を出した彼女に優は驚き、何も言うことができなかった。彼のその表情に気づいた彼女は「ごめん」と言って、再びフードを前へ引っ張った。


「いや、逆に色々ありがとう。ユキはいろんなこと知ってるんだね。僕は馬鹿だから知らないことが多いや」


 照れたように笑う彼は恥ずかしそうに頭をかいた。そんな彼から逃れるように彼女は立ち上がった。自然と彼の視線も上を向く。その瞳に突然光が差し込み、彼は目を細めた。そんな彼を見ながら彼女は彼に告げた。


「本当はもっと安静にしてなきゃいけないけど、もういいでしょ。あなたもさっさと帰りな。そしてもう二度とここには近づかないように。ここはとても危険な場所だから」


 優に背を向けた彼女は森の中へと消えていった。その姿を見て、優は大声で叫んだ。


「ありがとう、ユキ! またね!」


 その声を背中で聞きながら彼女はぽつりと呟いた。


「人と喋るなんて何年ぶりだろう」


 風が木々を揺らす。それと共に地に落ちる光と影が乱れて踊る。フードの陰に隠れるその顔には笑みがあった。

次話「友」は2017/4/13(木)に更新します。

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