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四季折々  作者: 七種 草
第一章 冬
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第7話 夢路

 彼女は目を開いた。目の前は真っ白で何もない、いや何も見えなかった。辺りを見回すがどこを見ても白く、何一つ見えなかった。彼女は不安のあまり叫んだ。


「ねえ、誰かいないの? 誰か……ここにいないの?」


 声は白い空間に吸い込まれるように消えていった。風も音もないこの空間は耳鳴りとなって彼女に迫ってきた。彼女は冷たくなっていく手をもう片方の手で包み込むように胸の前で重ね合わせた。すると突然目の前に黒い何かが現れた。それは黒光りし、ガチャリと鈍い金属の音を立てた。


「心配するな、お嬢ちゃん。すぐに楽にしてやるから」


 その黒い何かの向こうで不気味に笑う二人の男の顔が見えた。彼女の頭の中でアラームのように鳴り響く耳鳴りが徐々に大きくなっていった。


(ダメ、逃げなきゃ……。早く逃げなきゃ……殺される――)


 何度も何度も頭の中で言葉を繰り返すも、恐怖で固まった身体はびくともしなかった。彼女を覗く黒い小さな穴は終わりのない深い闇で満ちていた。その時、横から彼女の名を呼ぶ声が聞こえた。


「咲希!」


 彼女が振り返るとそこには長い髪をした少女がいた。手を伸ばして走ってくる少女を彼女は必死に手で制した。


(ダメ……来ちゃダメだよ! 早く逃げて! 早く……早く…………!)


 声にならない声が空を切った。届かないその声が白い世界に吸い込まれていく。少女に伸ばす手があまりにも小さく、掴みたいモノが目の前にあるにも関わらず掴めないことが彼女の胸を握り潰していった。大きくなっていくアラーム音が彼女の頭をかち割るように鳴り響いた。彼女の視界の中にある白い世界の片隅に黒い何かが見えた。それが向く先は彼女から少女に変わっていた。


(やめて――!)


 そこで目が覚めた。目の前には歪な形をした(うろ)の入口があった。


「夢……か…………」


 咲希の周りで白く染まった空気がせわしなく漂っている。身体の内から叩いてくる激しい音は、抱えていた脚を伝って身体中を震わせた。冷たく震える咲希の手に温かい小さなものが触れた。彼女はふと視線をその手の先に移すと、そこには咲希の手に小さな手を置いたニホンリスがいた。そのリスは咲希を心配そうに見上げていた。


「大……丈夫。平気だか……ら……」


 そう口にした咲希は再び小さく震え出し、片手で顔を覆った。時折こぼれ出る声は洞の中へと消えていき、滴り落ちる雫は地を濡らしていった。リスは咲希の肩まで登り、頬を優しく舐めた。何も見えない中、温かなその感覚は冷え切った彼女を少しずつ寒さから解放していった。暗闇の落ちる洞の外では、未だに闇に染まった白い世界が広がっていた。




 微かに明るくなった外では白く染まった霧の世界が広がっている。夜明けに答えるように様々な鳥がさえずり始める。その中を咲希は長い髪を揺らしながら軽快に木々を伝って走っていった。


 ブナの根元では三角形のミヤマカタバミの葉が見えた。三角形の向かい合った三枚の葉は円を描き、寄り添うようにして共に上を見上げている。


 走っていた咲希は川の前で立ち止まり、膝をついて手を水に浸した。凍るように冷たい水を気にすることなく、彼女はそれを手ですくい上げ顔を濡らす。木々の向こうに見える空を映し出す鏡は何度も揺れ崩れ、過去を下へと流していった。咲希は滴る雫を服の袖でぬぐい、辺りを見渡した。先程より白い世界に色がつき始め、影の世界も現れ始めた。足元に残る白い世界は地や水面を撫でるように流れていった。流れゆく先を見ると、日の当たるところに黄色い花があった。その花――フクジュソウは太陽を仰ぎ見て、小さな手を目一杯に広げていた。咲希はその小さな太陽を摘み、また木々を伝って走っていった。


 風のない中木々は揺れる。小さな鳥はその木に身を委ね、羽を何度か広げながらも木々と共に揺れていた。咲希の行く先々で木は揺れた。彼女が通ると鳥や獣など様々な動物たちは動きを止め、空を見上げた。雲一つない青い空間はどこか寂しく、眩しい日の光を真っ直ぐに注いでくる。


 咲希は大きな幹の前で立ち止まった。幹の前には苔にまみれた石の祠があった。後ろから差し込んでくる光に背中を押されるように、咲希は祠とは反対の幹の裏へと進んでいった。その先には大きな幹の陰に隠れるように大きな丸い石があった。膝丈ほどのその石には無理矢理何かで削ったように歪な文字が刻まれている。そこに咲希は先程摘んだフクジュソウを静かに置き、長い間手を合わせた。


 瞼を閉じていながらも幹の向こうから差し込んでくる光が強くなっていることを彼女は感じていた。獣が足音を忍ばせながら森を歩く。彼らが空を見上げると共に鳥は羽ばたく。蒼き場所で羽を広げ、日にかざして影をつくる。様々な音に耳を澄ませながら咲希は瞼を開けた。上を見上げると、ほとんど光が差し込んでこない木の空が見える。


 咲希はその空をじっと見つめ、木を駆け上った。幾重にも重なる枝に手をかけ、体を振り子のようにして登っていった。上に行くにつれて光が差し込んでくる。


 てっぺんまで登ると眩しい日の光が目に飛び込んできた。咲希は目の前に手をかざし、目を細めた。その手の向こうには上は青、下は緑で覆いつくされた景色が広がっていた。緑のところどころに見える青い場所では獣が水を飲み、緑の真上には大小様々な鳥が飛び交っていた。


 咲希は大きく深呼吸をした。今日という日がまた始まる。毎日繰り返す朝は変わらない日々を彼女が望むから、変わりたくない日々があったから――。しかし同じ日が繰り返されることはない。望もうが望まなかろうが同じ日はやってこない。日が昇ろうが昇らなかろうが新たな日はやってくる。


(世界が変わってしまうというのなら、私自身が変える)


 強く固めた意志は咲希の目を鋭くさせていた。その目が向く先は緑が途絶えた場所にあるコロニーであった。森に点在し定住化していくコロニーは年々増えていき、それに伴い緑も年々減っていった。毎日ここからの景色を見ている咲希は変わり果てていく森を見るのが苦痛であった。彼女は目を背け、木を降りていった。下まで降りると木の陰から低い声が聞こえた。


「今日も上に行っていたのか?」


 白い彼はため息交じりに聞いてきた。咲希は彼を見ずに答えた。


「日課だからね」


 一言だけ言って立ち去ろうとする咲希に彼は忠告した。


「今人間たちはお前を血眼になって探している。目立つようなことは慎め」


 立ち去ろうとしていた咲希は立ち止まり、彼の方に近づいていった。彼女は手を伸ばし、彼の頭に触れた。


「大丈夫だよ、ヴィントゥス。()られるなんてヘマしないから」


 くしゃりと撫でたその手は離れていき、森の中へと消えていった。


 咲希は再び森の中を走り回っていた。耳を澄ませながら木々を飛び移り、異常がないか調べまわっていた。その時、ふとある音が聞こえた。それは咲希がいるところから少し遠い場所であった。彼女は空耳だろうと思い込もうとした。しかしその音は何度も同じ場所から聞こえてきた。彼女はネックレスを服の中に入れ、パーカーのフードを目元まで隠すようにかぶり、その音がする方角へ走り出した。


(そんな……そんなはずない!)


 彼女は背中に冷汗をかいていた。その音は彼女にとってとても懐かしく、それを知っているのは彼女ともう一人だけであったからだ。それは咲希と由里、二人だけの〝合図〟であった。咲希にしか聞こえない足音でトントトンと地面を叩くことで由里は咲希に自身の居場所を教えていたりした。その音が森の奥から繰り返し聞こえてくる。咲希は自身に言い聞かせるように言葉を何度も頭の中で繰り返した。


(そんなはずない。ただの聞き間違えだ。だって……由里は死んだんだから)


 咲希はもっと目元を隠すようにフードを前へ引っ張った。そして彼女の目の前にギャップが現れ、木の上で立ち止まった。彼女の目の前から風が吹いた。服はなびき、フードの向こうから光が目に差し込んできた。視線の先にいたのは短い黒髪の青年であった。彼が振り向き、二人は目が合った。再び風が吹いた。暖かくも強い風が吹いた。

第一章はこれにて終わりとなります。

第二章「春」は2017/3/30(木)からの更新となります。

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