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四季折々  作者: 七種 草
第一章 冬
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第5話 出向

 日が昇り始めて間もない頃、コロニーの中心では人だかりができていた。男たちは荷物を馬に積み上げ、その周りにはその人々の家族がいた。すべての荷物を積み終えると、男たちは家族に別れを告げた。


「またすぐに帰ってくるから」

「うん、すぐ帰ってきてまた遊んでね」


 別れを惜しんで泣く子どもをあやす人や、親からお守りをもらう人など様々な人がいた。その人混みから一人の男が人をかき分けてやって来た。


「剛太!」


 剛太が振り返ると、そこには優がいた。優は息を切らし、鋭い目で剛太を見ていた。その目に気づいた剛太は何もなかったかのようにどこかへ行こうとした。しかしその腕を優は捕まえた。


「なんで教えてくれなかったんだよ⁉ 剛太が殲滅部隊に配属されるのが決まったのはだいぶ前だっていうじゃないか!」


 優の言葉に剛太は唇を噛んだ。剛太はできることなら誰にも何も告げずにコロニーを出ていくつもりでいた。彼は過去を塗りつぶしていく様を誰にも見られたくなかった。その時、剛太の横に右目に傷を負った男が来た。


「君は……優と言ったかな?」


 突然の男の登場に優は驚きを隠せないでいた。


「は、はい! 成矢隊長に名を覚えていただいてるなんて光栄です」


 優は背筋を伸ばし一礼した。男はその姿を見て軽く笑った。


「そんなに堅くならなくていい。剛太は隊長である俺が責任もって見るから、心配しなくて大丈夫だ。安心して帰りを待っていてくれ」


 優しく語るその言葉に優は目を輝かせ、大きな声で返事をしていた。目を輝かせる彼を横目に剛太はその場を離れた。


 辺りに号令の声が響き渡った。隊員は整然と並び、目の前には亘がいた。彼の前に成矢が現れ、手を後ろに組んだ。


「此度の遠征はデウスの居場所の絞り込み及び殺傷を目的とする。我々の生活を脅かす異分子を排除すべく尽力することをここに誓う。我らに日が差さんことを」


 成矢の言葉共に隊員は敬礼をした。その者たちを前にして亘は小さく頷き口を開いた。


「またお前さんたちの成果を期待しておるぞ。健闘を祈る」


 コロニーの人々の声を背に部隊はコロニーを出た。部隊は影の落ちる森の中へと向かい、背中から聞こえてくる声は木々でかき消されていった。頭上から降り注ぐ光と影が交互に人々にかかり、背に背負っているライフルの金属が光を反射して目の奥へと入ってきた。足元には微かに霧が立ち込め、人々の歩みと共に流れを変えていった。


 ライフルを背負い、前を行く大人を見た剛太は過去を思い出していた。あの日も足元にあった微かな霧を掻き乱しながら剛太は大人に連れられていた。乱暴に前を行く大人に剛太は何度も抗っていた。


「こ……の、離せよ! オレはもう行かねぇって言ってんだろ!」


 大人に掴まれた右の手首を剛太は必死に離そうとした。しかしその大人の手はびくともせず、ただどんどん自分の手首に食い込んでいくだけだった。


 剛太はガンを飛ばそうとその大人に目を向けた。しかしその目に見えたのは、大きな日の光を遮り影を落とす大きな壁と、有無を言わせぬように空を向いたライフルだった。その壁の向こうには雲一つない青く澄んだ世界があった。しかし歩くたびにその世界は揺れ、歪んでいった。振り切ることのできないその手に彼は恐怖を感じていた。


 剛太はそのままある小さなギャップまで連れていかれた。そこにはカリオフィの三人組と畔、純、他大人が五人程いた。剛太が現れるなり、一人の男が彼を指さした。


「ドゥーチス、本当にこれが、ですか?」


 呆れ顔で聞くその男に老人は鼻で笑った。


「人というものは見かけによらぬというではないか。論より証拠だ。さあ、やってもらおうじゃないか」


 状況を理解できていない剛太はただ立ち尽くしていた。ひりひりと痛む右の手首を庇うように掴んでいると、また手首を掴まれ引っ張られた。自分が人形のように扱われることに苛立ち、剛太は今までにないくらい強く腕を引き、その手を振り払った。振り返る大人に彼は睨んだ。


「さっきから何なんだよ! 何も言わずに無理矢理ここまで連れてこられたと思ったら、今度は何をしろって? 大の大人が子ども一人を囲んで楽しいかよ?」


 必死に抵抗しようとする剛太に影が落ちた。振り返った大きな壁は彼に迫り、見下ろしてきた。


「これはドゥーチスの命なんだぞ。お前らはカリオフィの傘下に入ったのだからドゥーチスの命に従うのが道義だろうが。それともお前はドゥーチスに逆らうというのか?」


 剛太の視界が壁で覆われた時、老人の声が聞こえた。


「そんな脅さんでもよい」


 老人は石に預けていた腰を上げ、剛太に近づいてきた。老人は歩きながら語り始めた。


「今私はある部隊を編成している最中でな、腕利きの狙撃手を探している。そこでお前さんを部隊に入れたいと思っているんだ」


 剛太は『腕利きの狙撃手』という言葉に首を傾げた。


「何を言ってるんだ? 気は確かか、じぃさん」


 剛太の言葉に怒ろうとした男を老人は手で制した。


「私は目で見て物事を判断する(たち)でな、コロニー合併以前にお前さんの射撃を見せてもらったことがある。あれは見事だった」


 剛太の傍まで来た老人はにっこりと笑った。


「それに、〝霧の夜〟ではずいぶんと活躍したそうではないか」


 その言葉に剛太の心臓が暴れ出した。何度も鳴り響くその音と共に老人の声も聞こえてきた。


「その射撃を皆にも見てもらい、部隊に入れるか検討しようと思ってね」


 その後の老人の言葉は剛太の耳には入ってこなく、剛太は大人に連れられるがままに動いていた。そしてライフルが渡され、剛太はしゃがみこんだ。的はそこから直線状にあり、ほとんど障害がなく撃ちやすいものであった。しかし何も考えることができなくなった剛太には的が霞んで見えた。


 心臓の音が激しくなるばかりで周りの音が聞こえなくなっていた。剛太はライフルを肩に当て、スコープを覗き込んだ。剛太は揺れ動く的を必死に追い、引き金を引こうとした時だった。



『由里……』



 大切な友の名を呼ぶ少女の声が聞こえたような気がした。スコープには長い髪を揺らす少女の横顔が見えた。その少女は剛太に振り向き笑った。剛太の息は乱れ、ライフルが手から滑り落ちた。純は剛太の異常に気づき、近づいてきた。


「おい、剛太。どうした?」


 剛太は純の声に全く反応せず、ただ息の乱れが激しくなっていった。剛太の顔色が青くなっていることに気づき、純は顔をしかめた。そして純は老人たちの方に振り向いた。


「ドゥーチス、こいつはダメです。使い物になりません。他をあたった方が賢明ですよ」


 しかし老人はその言葉を鼻で笑った。


「そんなことないだろう。私はこの目で見たんだ。お前さんたち兄弟の腕前は誰にも及ばないものだろう」

「そういうことじゃ――」


 純が反論しようとした時だった。純の背中から何かが倒れる音がした。純が振り返ると、そこには胸を苦しそうに掴んでいる剛太が横たわっていた。息遣いはさっきよりも激しくなっていた。剛太の記憶には、その時誰かが手を伸ばしてきたところで途絶えていた。


 光と影が交差する中を歩いている剛太の横に成矢が来た。もっと前へ行こうとする剛太に成矢は声をかけた。


「優って子、君と仲がいいんだね。まさか君に友人がいるとは思わなかったよ」


 不敵に笑うその顔が何かを言おうとしていることは剛太にすぐわかった。しかし何もなかったかのように剛太は前へ行こうとした。その背中に追い打ちをかけるように成矢は声をかけた。


「君の行動ひとつで周りがどうなるのか肝に銘じておけよ」


 低いその声は剛太の身体の底へと沈んでいった。

次話「白い影」は2017/3/2(木)に更新します。

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