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四季折々  作者: 七種 草
第一章 冬
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第4話 デウス殲滅部隊

 微かに歌が聞こえた。それは歌詞のないただのメロディーだった。目の前には肩にかからないほど短い髪の少女が立っていた。彼女は髪を揺らしながら歩いていく。


「何、その歌? オレ、聞いたことないけど」


 彼女は振り向いてクスリと笑った。


「そうだと思うよ。だって咲希もこの前初めて聞いたんだもん」


 彼女は楽しそうにくるくると人差し指を回した。『初めて』という言葉に疑問を抱き、聞き返した。


「『初めて』ってどこで聞いたんだよ?」


 彼女は視線を斜め上に上げ、首を傾げた。悩みに悩んだ結果、彼女は口を開いた。


「夢、だったような……」


 トノサマガエルが鳴く声が一声聞こえた。


「……はあ? 夢?」


 彼女が悩みに悩んだ結果出した答えが『夢』であることに呆れて、開いた口が塞がらなかった。そんなことには構わず、彼女はくるりと回り、後ろ向きで歩き出した。


「そう。それでね、誰が歌ってたのか覚えてないの。でも」


 彼女は足を止めた。木々を揺らす風が吹く。風の向こうに彼女が見えた。


「その時、白い――」

「剛太!」


 瞼を開けるとそこには優がいた。剛太はライフル抱えたまま木に寄りかかっていた。剛太は首に手を当てた。


「夢……」


 寝ぼけている剛太に優はため息を吐いた。


「夢を見るほどぐっすり眠ってたの? こんな真冬に外で寝てたら凍死するよ」


 剛太は首を鳴らしながら立ち上がった。


「馬鹿か、夢を見るのは浅い眠りの時だけだ。それに今はもう二月の中旬なんだから真冬じゃねぇだろ」


 ため息を吐く剛太にまだ優の視線が向けられていた。


「ねえ剛太、寝ている途中で歌を歌ってたけど、何の歌?」


 優を見た剛太は下を向き、頭をかいた。眉間には皺を寄せていた。


「寝言まで言ってたのか」


 小さく呟いた言葉は優の耳には届いていなかった。風が吹く。それは冷たく、だが少し暖かい陽気を含んでいた。風が流れていくのと共に言葉も流れ出た。


「あれは、〝あいつ〟が歌ってた歌だ」


 〝あいつ〟という言葉が誰を指しているのか、優はその時わからなかった。あの日が訪れるまで――。




 日は頭の真上まで昇り、剛太と優は帰路に就いていた。その途中、人の群れを見つけた。皆ライフルを持ち、牽いていた馬には大量の荷物が載せられていた。それを見た優は目を輝かせ、その人々に手を振った。


「遠征お疲れ様です! 何か収穫がありましたか?」


 その人々は優に気づいたが、疲れているのか返事が返ってこない。すると一人の男が人をかき分け、優と剛太が見えるところまで出てきた。


「出迎えご苦労。少なからずとも収穫はあった。ドゥーチスからの報告を待て」


 男は一礼し、隊を進めた。隊が去った後も優は目を輝かせていた。


「やっぱかっこいいなあ。今の殲滅部隊でしょ? コロニーの中でも射撃の命中率が高い選ばれし者の集団とか憧れるなあ」


 その時そっぽを向く剛太を見て優は我に返った。そして思い出したように「ごめん」と呟いた。


「お前のはしゃぎ様なんか気にしちゃいねぇよ」


 剛太は隊が過ぎ去った方に視線を移した。


「あいつの成り下がり様に呆れているだけだ」


 隊のあの男の声を聞いただけでそれは誰なのか剛太にはすぐにわかった。剛太が生まれてから十四年間共に過ごし、憧れであった存在。純である。彼はデウス殲滅部隊結成当初から隊員として配属され、今では隊長にまで昇りつめた。それはコロニーの人たちにとっては名誉なことである。しかしその刃の向かう先が咲希であることに剛太は純に対して軽蔑の眼差しを向けていた。


 剛太と優がコロニーへ帰ると、殲滅部隊の人々は馬から荷を下ろしたり、ライフルの手入れをしたりしていた。剛太が家に入ろうとしていると、亘のテントから純が出てくるのが見えた。剛太は純に構わず家に入ろうとしたが、純に呼び止められた。


「おい、剛太。ちょっとこっち来い」


 剛太は開きかけた扉から手を離し、仕方なしに純のもとへ行った。二人は人影のない薄暗い場所へ移った。頭上では鳥がチッチッと鳴く声が聞こえた。純はその声を探すように上を見上げ、口を開いた。


「お前、殲滅部隊に配属されたそうだな」


 純に興味のない剛太は口を開かず、沈黙が流れた。純は何も気にせず続けた。


「ライフルの引き金も引けないお前が殲滅部隊に配属されるなんて思いもしなかったよ。いつまた撃てるようになったんだ?」


 純と剛太の視線がぶつかった。細い純の瞳に何が映っているのか剛太にはわからなかった。剛太は純から目を逸らした。


「誰がいつ撃てるようになったと言った? 俺は何も変わっちゃいねぇよ」


 その言葉に純はフッと笑った。


「そうだな、お前はあの時から何も変わってはいないな。森は変わっていくのにお前は変わらなかった」


 嫌味を含んだその言葉が剛太の胸に刺さった。


「お前、あの時言ってたよな。『もうお前らの自由にはさせない』って。あれは空言だったのか?」


 純の視線がいやに痛く剛太に刺さった。だが剛太は何も言い返せなかった。剛太の掌には爪が食い込んでいた。押し黙る剛太に純は呆れた。


「そんなこと今はどうでもいいか。俺はこれが言いたくてお前を連れ出したわけじゃないからな」


 純は剛太の目の前まで来て、無理矢理目を合わせてきた。


「デウス殲滅部隊に配属されたからには、今から言うことを守ってもらう」


 光の差さない細い瞳に剛太が映るのが見えた。いきなりのことで剛太は一歩後ろへ退いた。純は構わず続ける。


「一つ、原則一人での行動は禁ずる。二人以上で行動することを心掛けろ。一つ、隊長の指示には従え。歯向かった場合には敵とみなし、処分する」


 次々に言葉を連ねていく純に剛太は何も言えずにいた。そして最後の言葉の時、純の背後に影が差した。


「一つ、ドゥーチスに忠誠を誓え」


 剛太の呼吸が一瞬止まった。同時に心臓も暴れ出した。『ドゥーチスに忠誠を誓う』――すなわちアフロディは消滅した後カリオフィに従属し、デウスを殲滅する指針を支持することを意味している。デウスを殲滅することを支持することはもってのほかだが、剛太にとってアフロディが消滅したと認めることも屈辱的なことであった。アフロディが消滅したと認めることは、過去にあったことすべてがなかったものだと消されるように感じたからだ。三人で遊んでいたことも、誰にでも優しかった兄の姿も、誰もが笑い合っていた日々がなかったことだと否定されるようだった。剛太は閉じたままであった口を開いた。


「お前は魂を売ったということか」


 その言葉に純は首を傾げた。


「『魂を売った』? 俺はそんなことした覚えはないな。まあお前がどう解釈しようが知ったことではないか」


 純は剛太に背を向け、手を振った。


「俺が言いたかったことはこれだけだ」


 歩き出した純は立ち止まり、剛太に振り返った。


「最後に言い忘れたことがある」


 純の背中に向けていた剛太の鋭い視線が純の視線とぶつかった。純は気にせず続けた。


「殲滅部隊は俺と成矢の二部隊があるが、お前は成矢の部隊に配属されることになった。今度の遠征は二部隊共にコロニーを発ち、途中まで行動を共にすることになっているが、くれぐれもあいつに殺されないようにしろよ」


 純は物騒な言葉を言いながら笑った。剛太の目つきはより険しくなった。そして再び純は剛太に背を向けた。


「次の遠征は明後日からだ。準備しておけ」


 低く冷たい言葉を残して純は立ち去っていった。昔と変わらないその背中は剛太へと降り注ぐ光を遮っていた。

次話「出向」は2017/2/16(木)に更新します。

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