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四季折々  作者: 七種 草
序章 幼き頃
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第1話 三人の少年少女

    枯葉舞い落ちるこのときに

    君は何を見て 思うのだろう

    時ばかりが過ぎ 過去の記憶が流れていく


    辛い過去さえも 流れ消えてしまえばいいのに

    なぜだか今よりもあの時が恋しくて

    君を追い求め続けてしまうんだ


    木の葉がかすれあう音がする中で

    鳥のさえずりが聞こえる中で

    また君と顔を見合わせて 笑いあいたい

    また森の声を聞く日まで






 風が吹く。肩にかからないほど短く、日の光で茶にきらめく髪がなびく。凍てつくような冷たさがあるが、どこか心地よい。その髪と共に体のサイズに合っていないブカブカのパーカーが揺れていた。風のリズムに合わせて枯葉が踊る。そんな枯葉のステップを少女は丘の上――丘が風化してえぐられた崖の上――で聞いていた。鳥のさえずる声、草木をかき分けていく獣の足音、流れていく川の水の音。それらの音がどんなに遠くてもどんなに小さくても彼女には鮮明に聞こえた。そして彼女は閉じていた目をふと開けた。


「……聞こえた」


 その時、彼女の背後の木の陰から声が聞こえた。


咲希(さき)、もう行くよ」


 少女――咲希は「今行く」と声の主に駆け寄っていく。足元では紅く染まる大地がカサカサとささやいた。彼女が声の主のもとに近づくと、そこには木の実と薬草がぎっしり詰まった籠が二つ並んでいた。


「ごめん、由里(ゆり)が全部取ってきてくれたの?」


 声の主――由里はいつものように照れながらそっぽを向いて何気なく言った。


「別に、全部近くにあっただけだし」


 由里は籠を一つ掴んで、「ほら、日が暮れちゃうよ」と言って歩き出した。咲希はもう一つの籠を手にして長い髪が踊るその背中を追った。風はだんだん冷たくなり、空の端が赤みを帯びてくる。ムクドリはある一本の木に何百羽、何千羽と集まり、森中に響き渡るような大きな声で鳴いていた。咲希が由里に追いついたとき、由里がいつもの質問を咲希に投げかけた。


「今日は『声の主』わかったの?」


 咲希は首を横に振って眉間にしわを寄せた。


「ううん、今日は一回しか聞こえなかったからよくわかんなかった」


 そっか、と由里は視線を前に戻した。


「でもね、声が山の方から聞こえたような気がした」


 そう言って咲希は前方の斜め右にある山を指さした。その山はこの地域で最も大きい山で、そこには樹齢三千年にもなるといわれている木と祠がある。その指の先を見つめた由里がふと呟いた。


「うちら、もうこんなところまで移動してきていたんだ」



 彼女たちの住むこの森は多くの草木や山に囲まれ、ただ一本の長い川が流れていた。彼女たちの民族は〝コロニー〟という三十から六十人程度の集団で生活している。そのコロニーはこの地にいくつか点在しており、それぞれ三ヶ月に一度〝ヌラム〟という移住をする。そのようなことを行う理由として「季節にあった食材を得るため」、「他のコロニーとの領地争いを防ぐため」など様々なことが言われているが、本当の理由は誰にもわからない。ただ今までの慣習に従って過ごしているだけであった。


 このように頻繁にヌラムを行うため、彼らは、保護色の意味も兼ねて、緑色のテントをギャップ――高木が倒れてできた空間――に張って暮らしていた。彼女たちはヌラムをして二ヶ月ほど経つので、あと一ヶ月経ったらこの地を発つ。今の季節は秋なので、ほとんどのコロニーは暖かな地を目指して南方へヌラムする予定である。



 咲希と由里がたわいもない話をしながら歩いていると、前方に咲希たちと同年代の少年の姿が見えた。


「ねえ、あれ(こう)()じゃない?」


 そう言って「おーい」と咲希が手を振ると、その少年は振り返った。


「咲希と由里じゃん。なんでお前らがこんなとこにいるんだよ」

「木の実と薬草を取ってくるついでに、咲希の『声の主』探ししてたんだよ」

「お前ら、ホントこりねえな」


 剛太は呆れた顔で二人の顔を見た。その時、咲希は剛太が肩に掛けているものに目を向けて「これ何?」と訊ねた。すると剛太は待っていましたとばかりに鼻高々に語り出した。


「いいか、聞いて驚け! オレはこれから狩りに行くんだ。これからやっと男のロマンである狩りができるんだよ。生まれて十年間待ち続けた狩りがやっとできるんだ!」


 そう目を輝かせながら語る剛太に対して、「あぁ、はいはい。わかりました」と由里は一蹴した。そこで咲希が不意に剛太に質問した。


「でも初めてなんだから、今すぐに狩りに行くわけじゃないでしょ?」

「これが初めてじゃないんだよなあ。このライフルを持って一週間は経つんだ」


 剛太は鼻高々に言い放ったが、由里に「なんだ、一週間だけか」と言われ苦い顔をした。剛太は由里の言葉に押し負け、渋々真実を打ち明けた。


「まあ、今狩りに行くわけじゃねえけど、狩りの練習をしに行くんだよ」


 それに対し咲希は「どんなことを?」と再び訊ねた。


「まずは的に当てる練習からするんだ。あとこの森はよく霧が出るから、音に敏感になる練習。そして霧の中、どんな状況でも獲物を仕留める練習をするんだ」


 この説明に対して由里は薄ら笑いを浮かべながら剛太に食ってかかった。


「あの剛太が音に敏感になれるの?」


 それに対して剛太も負けじと由里に言い放つ。


「あいにく訓練でどうにかなるんだよ」


 睨み合う二人を咲希は温かい目で笑いながら見ていた。その時、遠くから剛太を呼ぶ声が聞こえた。


「おい、早くしろ。置いていくぞ」


 それに対して「やべっ!」と小声で呟き、咲希とむくれる由里に対して「またな!」と踵を返した。



 この地では、剛太が狩りに行ったように、性別や年齢によって仕事が与えられる。十歳以上の男子は狩りに行き、それ以外の者は果実や薬草、薪を取りに行く。それもできない者は布を織ったり、集められた薬草で薬を作ったりというように、一人一人に何かしらの仕事が与えられる。


 それ以外にも特殊な仕事を与えられる者もいる。その仕事は気象観測や森の調査などである。気象観測は空、風の状態を観測することで、天気の予測から次にヌラムすべき方向を指し示す役割を担っている。森の調査は周りに生息する動植物の種類、数を観測し、またその動植物の状態を観察することでこの地は資源に恵まれているかどうかなどを推測する役割を担っている。気象観測できる者は一つのコロニーに大抵一人はいるが、森の調査ができる者はそうなかなかいない。なぜなら動物の鳴き声を聞き分ける耳と知識、野生の動植物の状態の良し悪しを見分ける観察力がなくてはならないからだ。そしてそれぞれの動植物の関係性を把握していなければ務まらない仕事である。


 このような困難な仕事を咲希の両親は昔行っていた。そのおかげで咲希たちのコロニーは他のコロニーに比べ、楽に生活を送ることができた。咲希はよく両親のその調査について行っていた。その時、咲希はよく親から動物の鳴き声の聞き分け方、動植物と自然の関係性など様々なことを教えてもらっていた。


 しかし四年前に父が、三年前に母が亡くなった。その原因は事故なのかどうか明らかにされていない。ただ遺体が帰ってきただけだった。そんな中、咲希は暗い日々を送ることはなかった。なぜなら咲希のそばにはいつも由里がいたからだ。この二人は生まれた日が近く、その日からずっと一緒にいたためか双子だと思われるほど似ていた。喧嘩はよくしていたが、相手が考えていることはいつもおのずとわかった。「以心伝心」というよりも「一心同体」であった。



 咲希と由里が彼女たちのコロニー〝アフロディ〟に着く頃には日が暮れていた。緑色のテントの前には腕を組んだ由里の母が立っていた。


「由里! こんな遅くまでどこに行ってたの? 木の実と薬草なら十分もしないところにあるでしょ!」


 由里は母にこっぴどく叱られ、由里は舌をペロッと出しながら「ごめんなさい」と軽く謝った。それに対し由里の母はため息を吐き、由里をテントの中に入れた。そこでやっと由里の母は咲希に視線を軽く向け、「咲希も……、その、中に入りなさい」と目を背けながら言った。それに対し咲希は小さい声で「はい……」と返事し、由里の後を追った。



 大人の咲希に対する態度は昔からよそよそしかった。それは変わり者の子ども――森の調査者は、森に関する大量の知識を持っていたことから、変わり者扱いされていた――だからなのかどうかはわからない。大人が子どもに対して隠していることが多すぎて、咲希たちはコロニーのこと、この地域のこと、この森のことについてわからないことが多かった。ただ十五歳になると、すべてを教えてもらえるという噂を咲希たちは耳にしていた。


「あと五年かぁ」


 咲希は不意にそんなことを口にした。布団をかけようとしていた由里が「何が?」と聞き返した。


「ほら、十五になると教えてもらえるっていう()()だよ」

「あぁ、『言い伝え』ね。実際私たちはあと五年ちょっとだけどね。でも本当にそんなのがあるのかわかんないんでしょ?」


 由里が「そんな夢物語、バカみたい」とでも言うようにため息を吐いた。しかしこの手の話に興味津々である咲希は負けじと反論した。


「でも純にぃは生誕祭の後、(はん)じぃのテントの中に入っていったよ」


 純は剛太の兄で、数か月前に成人になったことを祝う『生誕祭』が行われた。その生誕祭の後、純がアフロディの(おさ)である畔のもとへ向かっているところを咲希は目撃していた。


「それはその……、あ、あれだよ! お酌をしてた、とか!」


 由里は必死に自分の意見を貫こうと、苦し紛れに反論した。しかしその時純はほんの数分で畔のテントから出てきていたので、「お酌、ね……」と咲希は由里を横目で見た。その時、咲希は目を見開いて「あ……」と呟いた。それに対し、由里は「今日も聞こえるの?」と咲希に訊ねた。


「うん、聞こえる……」


 優しい鈴の音と共に、聞いたことのない獣の声が森に響き渡る。その獣の声は昼間と同じ声で、聞いたことがない声だが咲希にとってどこか懐かしく感じる。しかしその音と声は咲希以外には聞こえない。そんな曖昧な音に耳を傾けながら、咲希たちは眠りについた。

次話「剛太」は2016/9/29(木)に更新します。

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