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神に魅入られた少女  作者: こむらさき
2/13

閉じ込められた少女

コハクが、社で暮らすようになって九年が過ぎていた。

彼女は、左手の感覚を失った代わりに水を操る力を得た。

それは村の言い伝えにある蛇神様と同じ力だと、占い師の老婆が言い、村人たちは彼女を鬼の子としてではなく、神の巫女としてあがめ始める。

コハクは、村を襲う妖怪や害獣が出ると、幼いながらも村の男たちの前に立たされた。

彼女が恐怖のあまり泣き叫ぶと、その涙が水の刃になり、妖怪や害獣だけに襲い掛る。

 男たちが、コハクの後ろにいたのは、彼女が水の力を使えなければすぐに助けるためでもあったし、怖気づいた彼女が逃げ出さないためという側面もあっただろう。

しかし、コハクの心に刻み込まれた見たこともない大きさの自分を喰らおうとする化け物の記憶は村人への不信感や、自分の境遇の諦めにつながった。

村に、なんらかの脅威が襲い掛かる度に似たようなことを何回も、何年も繰り返すうち、コハクは泣き叫ぶことが無くなっていった。

その代わり、意のままに水を操る力を身に着け自分の意志で水の刃や濁流で村に襲い掛かる脅威を淡々と排除するのだった。

村が平和な時は、畏れられ社の中に幽閉される。

危険が及べば、誰よりも先に危険の中に投げ出される。

その日常は孤独という闇になり、コハクという少女の心を間違いなく蝕んでいた。


そんなある日、一匹の白く小さい狐が、社の中庭に倒れているのをコハクは見つけた。

木々が燃えるような赤に染まり、様々な果実が実を結ぶ時期のことだ。

野良の獣が餓死をするにはおかしい時期だ…と思いながら少女は白く小さい狐に興味本位で近付く。

老猫のイチョウは、そんなコハクの様子を横目で見ながら境内の一角で昼寝をしていた。

コハクは、駆け寄った狐の鼻先に手を当てる。

鼻先に当てた手には、かすかな空気の流れを感じた。

どうやら、狐は死んではいないようだった。

少し不安そうだったコハクの表情はパッと明るくなると、彼女は神殿の奥に駆けていく。

戻ってきた彼女の手には、普段彼女が寝るときに使っている上等な薄手の布が握られていた。

コハクは片手で器用に布を畳むと狐にそっと布をかけ、イチョウ用の木の器の中に水を入れたものを狐の目の前に置いた。

イチョウは少しいやそうな顔をしたが、秋の陽気の心地よさのほうが勝るのか、そのまま、また寝入ってしまうのをコハクは視界の隅でとらえた。

コハクは倒れていて目を覚ましそうのない狐を抱き上げると、優しく体を拭ってやる。

この神殿一帯は、外から見えないように周りを雑木林で覆っているし、野盗や獣除けの罠が何重にも仕掛けてあるはずだ。

ここに倒れている狐は、それらを掻い潜ってこの中庭にたどり着いたとは思えないほど綺麗な真っ白な毛皮だった。


狐の体を拭い終わったコハクは、狐のことを夢中で見つめる。

話す相手もいない、毎日神殿の中に閉じ込められるか、魔物を殺すかしかなかった九年の中に唐突に表れたその存在が、何かのきっかけになってくれるのではと願った。


「コハク様。もう本殿を閉めますので中へお戻りください」


世話係の女の淡々とした声で、コハクはもう夕暮れだということに気が付いた。

特に狐に対しては咎められないようで、内心ほっと胸をなでおろす。


夕食を終え、寝床に向かうと、真新しい綺麗な薄い布が置かれていた。

この布は上等なもので、この村の大人でもそう簡単には買えないもののはずだ。

コハクは、その真新しい布を見て胸が締め付けられる気がした。


「何も叱咤されないというのも、悲しいことなのね…」


つい独り言を漏らすと、それを聞いていたかのようにイチョウはかわいらしい声で鳴いた。


「お前が人の言葉を話してくれたら、今よりは寂しくなくなるかしら…。

 それとも、さらにさみしくなるだけかしら。」


コハクは、自分の足に体を擦り付けて甘えるイチョウを抱き上げ、寝床に向かう。

もう、この社で暮らすようになって九年。

あと、二年で多分自分は嫁に行く。

それは、村のためなら仕方のないことだし、自分にとってもきっと悪いことではないと彼女は自分に言い聞かせる。


きっと、今までの日々と変わらないことが永遠と続くだけだ。


そう思い込めばこむほど、毎年見る蛇に心臓を食い破られる夢の通りになるのではないかという恐怖が、コハクの胸に湧き上がって来るのだった。

そんな恐怖をごまかすように、彼女は眠り続ける狐の世話をした。

体を濡れた布で拭いてやったり、口元に果実の汁を滴らせてやる。

イチョウはというと、自分にコハクがかまってくれないのを少し不服そうにしているものの相変わらず、日当たりの良い場所でまどろんでいた。

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