一万字以内で魔王倒す。
これで何度目になるだろう。とうの昔に、数えるのはやめた。
まず、以下の図式を見て欲しい。
【勇者が居て+魔王を倒し=世界は平和になった】
いつかどこかの宇宙において、成り立ったらしい一文。
その結果を観測したとある暇な連中が、検証の為なんだか同じ結果を求めてだかは知る由もないが、計算部分へ様々な条件の揺らぎを設定し、計算というよりもう儀式、オカルトに片足突っ込んだ実験を何度も何度も、果てしない回数繰り返してきた。そして飽きた。子供の遊びか。馬鹿か。
それならやめてしまえば良いものを、ならば新しいルールを決めてみてはどうかと無駄に頭の回る奴が居た。それが今回の縛り、文字数だ。
字数、一万字。一万字以内の描写で、わたしは魔王を倒さなければならない。
与えられた力はただひとつ。自分で描写できる、それだけ。
どうせならもっとこう、秘められた力がピンチに覚醒とか、勇者にしか使えない光系魔法だとか、ラーニングとか強奪とか、核ミサイル発射ボタンとか、そういうなんのカタルシスも生まれない楽勝で決着の着く手段が欲しかった。
全く面白味は無くなるだろうけど、そんなものはクソ食らえである。くだらない悪巫山戯に付き合わされる方の気持ちも考えてくれ。
とにかくわたしの冒険譚(笑)は始まった。始まってしまったのだ。現代日本で暮らしていたところをトラックに跳ねられて死ぬとか、神を名乗るゴミプログラマに召喚されるとか、そういった前振りももしかしたらあったのかもしれない。が、全て無視した。
尚、改行及びスペースはカウントされないらしい。雀の涙でも有り難い。しかし念には念を。わたしは自らに、一切の発声を禁じる。わたしが世界における全ての視点である為、無から有を生み出したり因果律を捻じ曲げるタイプのチートは出来なくても、頭に直接呼びかける程度のことは可能だ。
場面が転換する。わたしが降り立ったのは、活気に溢れるどこかの街。木組みの家と石畳の道並。行き交う人々は概ね笑顔で、時折荷物満載の馬車も通り、露天商なんかも沢山出ている。とりあえず即死しない程度には平和らしい。結構なことだ。剣と魔法とモンスター、あと適当に欧風中世っぽさがあればいいや的に、雑な摸倣子を詰め込んで出来た世界観を詳細に描写する必要性は全く感じないので、風景について触れるのは最小限に抑えようと決める。
実際、勇者が魔王を倒す為だけに生み出された急ごしらえの世界なのだ。歴史も文明レベルも絶対たいした設定はされてない。触れられたら上の連中も困るだろう。語り部のわたしが雑なんじゃないからね、とそれだけは断っておく。
無目的に歩きながら、最初にすべきことはなんだろうと考え、そうだ仲間が必要だと思い至る。最低限描写しておくと、わたしは黄色人種の女で、中肉中背、年の頃は十五、六辺りで、おかっぱ黒髪、平たい顔、古臭いセーラー服を着ていて、特に武器やらアイテムは持っていない。筋肉なんか全然ついてなくて二の腕も太もももぷにぷにだし、戦闘能力については外見から来るイメージへ準拠している。
つまり、わたし一人では現状どうしようもない。もしレベルの概念があったら、さしずめレベルゼロといったところ。
親切なことに、一軒構えた店はみんな絵のついた小さい看板を出していた。文字が読めないから地味に助かる。これは違う、これもたぶん違うと順に見ていき、おそらくこれだと当たりをつけた場所には、ビールジョッキのような看板イラスト。
酒場だ。始まりの街でする仲間集めといえばお決まりのアレ。わたしは迷うことなくカウンターまで歩いて行き、店員らしき男へ何か適当に売れ筋を頼む、と告げた。
「なんだお嬢ちゃん、見ねえ顔だな。お小遣いでちょっとした冒険でもしに来たのか? ここは時々ガラの悪い連中もやって来る。長居はおすすめしねえぜ」
ご心配どうも。女子供を舐めてかかるのは構わないけど、客が注文してるんだから余計な気を回してないで仕事してほしいんだけど。でもありがとう、そう長居するつもりもないから大丈夫。
なるべく強気に、言いたいことは圧縮して伝えると、ふぅん、と怪訝そうな表情のままではあるものの、店員はそれ以上突っ込まず。ジュースっぽい飲み物と、肉野菜の煮込みっぽい軽食を運んできてくれる。
ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ、いきなりイチャモン付けられてトラブルにならないかと心配していたけど、杞憂で済んだ。店員め、さては良い奴だな。調子乗ったガキにしか見えない態度でごめんよと心中で謝っておく。別に優しさではなく単に無用なトラブルを避けたいだけかもしれないが。
食事をもぐもぐパクつきながら、あっやべそういえば現地通貨持ってないじゃんと致命的なうっかりに気付くわたし。いや笑い事じゃないからね。
参ったな、いきなり食い逃げとかいう万引き並にダサいカルマを積むのはかなり恥ずかしい。色々と話を店員から聞こうと思っていたのに、注目されないようそれも控えないと駄目だ。どうする、どうやって乗り切る。悲しいことに、煮込み料理はめちゃくちゃ美味い。おかわりしたいぐらいだ。
この世界でわたしは、どうしようもなく独りぼっち。もっとシリアスな場面なら映えるだろうモノローグも、灰色の現実感を持って、頭の中でぐるぐるぐるぐる。鬱陶しく渦を巻く。
もぐもぐぱくぱくごくごく。
うっ煮込み美味しい、うっでも金無い、と顔色を愉快に百面相していたわたしに、突如声が掛けられた。
「ねーねーカーノジョー、今ひとりぃ?」
軽薄な調子に、とりあえず脳内でずっこけておく。しかしこの声、ナンパ野郎にしては変というか、わたしとそう変わらない年頃の小娘だ。
振り返れば、想像通り。それは女の子で。料理に集中していたせいか、いつの間に近付かれたものやら全くわからない。わたしの返事を待つことなく、さっさと隣の席へ座ったその子は、なんというか安易に言って、見た瞬間から、綺麗だった。
ぱっちりと開かれた意思の強そうな目は楽しげに、真っ直ぐわたしへ興味を向けている。視線がかち合った瞬間あ、これは負けたわ、何とは言わないけど。とそれ以上格付けをはっきりさせるのも嫌で、つい顔を背けてしまう。いいもん、煮込みの皿とにらめっこしてるから。
「それさっきからすっごい美味しそうに食べてたよね。あたしにも一口ちょーだいなっ♪」
ぱくり、もぐもぐ。
折角シカト決め込もうとしていたところだったのに、今まさに口へ運ぼうとしていた木製スプーンを、無造作に顔を近づけてきて横からかっ攫う。なんなのこいつ、グイグイくるなぁ。
あの、誰なんですか貴女。色々距離感間違えてますし、お金なら持ってませんよ。あまり馴れ馴れしいのが好きなタチではないので、出来れば他所へ行って頂きたいんですけど。
「だいじょびだいじょび、あたしこの国でたぶん一番お金持ってるからさぁ、ここの払い程度奢っちゃうよん。……ところで今、クチ、全く動かしてなかったよね。どーやって喋ったの?」
……こいつ。口調はトロそうなのに、よく観察している。
視点であり、描写権限の語り手であるわたしには、視えるもの全てを文章、語として把握することが可能だ。
それを拡大解釈し、相手の胸中へ表示される心理をちょいと弄り、わたしの言葉を描写として書き加えた。それだけの話。そんなんでも一応は奥の手、怪しまれるのは避けたい。仕方がないので口を開く。
「さあ。気のせいじゃないですかね。わたしは普通に話してますけど」
「そう? ならそうなのかも。ごめんね、口説くのヘタで。男の人なら数千人単位でメロメロにしてきたんだけどな~、女の子相手はまだ修行不足みたい」
数千人てきみ。ホラ吹くにしても盛りすぎでしょ。
……まあ、言うだけの美貌は持ってるんだけどさ。
「?」
ニコッと笑って小首を傾げながら疑問符じゃないんだよ、疑問符じゃ。カワイコぶってんのか。ひっぱたくぞ。ダメならわたしをひっぱたけ。
改めて向き合うと、やっぱり逃げ出したい気持ちがふつふつと湧き上がってくる。人目をはっと惹きつける美人、華のある女性とは、こういう子を……いや、子でもないのかな、声の調子からくる印象を除けば歳が近そうだなんてもう言えない。
うわ睫毛長っ、唇なんか無駄にツヤツヤ光っちゃってまー、頬に汁飛んでる癖になんなの。わたしのイチャモンがなんなの。しまいにゃ怒るぞ。
ポケットから取り出したハンカチでほっぺたを拭ってやりつつ、ありったけの負の念を込めて睨みつける。所謂ガンつけだ。臆するどころか何もわかってない表情で店員さんに同じ煮込みちょうだーい(はあと)とか注文する女の子某。
これ以上もう、手足細いのに程よく肉付きはちゃんとあるとか肌きれー乳でけー腰のくびれー髪サラッサラーとか並べ立てていくと魔王戦前に憤死しかねないのでやめよう。やめる。やめたぞ、うん。
「ねね、あなた、名前は?」
「ありません。今回は勇者としか設定されてないので」
「あは、なにそれー。面白いね。勇者サマなんだ。あたしもさ、実は名前無いんだよね」
「そんなわけないでしょう。名乗りたくない理由でもあるんですか。特に聞きたくはないですけど」
「いやね、あたしこの国の資産階級じゃちょっとは有名な娼婦なんだけどさ、お客さんごとに別の源氏名使ってるからまだ無いよーって話。あ、女の子相手はしてないからね?」
「……そんな趣味は無いのでご心配なく。尚更謎なんですが、わたしに一体何の用だったんですか」
「えー? そりゃもうさ、なんか珍しいカッコして小動物みたいにちんちくりんな女の子が、凄い必死な顔してまくまく食事してるから可愛くってつい」
「ついでいたいけな女子中……いえ、同性の子供相手にナンパしないでください。お金無かったんで奢りは助かりましたけど。……えっと、奢ってくれるんですよ、ね?」
「ぷっ、ふふ、あはは、急にしょげなくてもいいよ! あたし、そうおねーさんに全部任せておきなさーい♪」
お姉……なんっか癪だなぁ……わたしだってこう見えて、肉体年齢こそこんなんでも世界を渡り歩いてきた数で言えば、いや、そしたらババアか。考えるのよそう。まだうら若き乙女なんだから。
「そいえばさ、勇者なんでしょ。じゃやっぱり魔王と戦いに行ったりしちゃう?」
「まあ、しますけども」
「へーへーへー、奇遇だなぁ。丁度あたしも魔王に用事あってさ。その様子じゃ、パーティーまだ組んでなさそうだし、良かったら連れてってよ」
「軽っ。え、失礼ですけど、実は強かったりするんですか」
「全然? か弱い乙女を地で行くから。あ、でも」
ごく自然な動作で、自分の片腕をガコンと引き抜き、彼女はそれをテーブルに置いた。
「あたし人形だったりするから、そこが特殊といえば特殊かなぁ、えへへ」
「は?」
「ロケットパンチとかも撃てるっちゃ撃てるよ」
「いや、え、うーん……は?」
「あ、好きじゃない? ロケットパンチ」
「そこじゃなくて。えっ。ロボなんですか?」
「違うよ、人形。稀代の人形師ゼルの造った空前絶後の最終傑作、それがあたし。結構凄いんだからね、実は」
「どう見ても人間だと思ってましたよ……でも、なんでそんな人、えと、人が娼婦なんてしてるんですか」
「それは勿論、ゼルことお父様が造る人形は、一つ残らず人間に対して完璧な性欲処理と麗しのパートナー代行として生み出された存在だから」
そこはふふんってドヤるタイミングじゃないですからね。
どういう世界観、いや、技術レベルなんだ。大丈夫か、整合性とか。色々と。
「ますます魔王なんかに会う理由がわかりませんね。そのゼルを殺されでもしましたか」
「そうねー。そうだったらきっとわかりやすかったんだけど、違うんだな。まあ、女の子には秘密がつきものってことで」
「はい、黙っておいてくれた方がありがたいです。会ったばかりでそんなに重い話されても困りますし」
「うんうん、仲良くなるのは追々だね」
経験、したことないけど。女子会ってこんな感じなんだろうか。
いつの間にか食事は二人とも食べ終わっていて、酒場の喧騒も薄皮一枚隔てて、どこか遠い。
「そうだ、泊まるとことかもどうせ決まってないでしょ。あたしの手配してる宿で相部屋しましょーよ、勇者ちゃん」
「普通に考えて詐欺かなんかだと思うのが当然ですけど……困ってたところへ渡りに船ではありますから、お言葉に甘えて」
「そう来なくっちゃ! でもあれよね、勇者ちゃんじゃやっぱ可愛くないから適当でも何か呼び名決めない? 可愛いのを」
「別に勇者ちゃんでいいじゃないですか」
「そんなのあたしが嫌よ。あたしの名前がお水って呼ばれるようなものじゃない。ん? でもお水。お水ちゃんかぁ、ギリギリ洒落で済む悪意があってそれも面白いかな」
「じゃあお水さん、いえお水って呼びますね」
「いいよー!」
いいんかい。
「わたしのことは、そうですね。ネーミングの神が降りてきましたよ。ぐぐるって呼んでください」
「ぐぐるちゃん? 不思議な響きだね」
「ええまあ。わたしのお郷で、無知と叡智を同時に意味する言葉です」
「へえ、高尚」
「高尚って体言止めで使うの初めて聞きました」
「なにも考えてないからねー」
――楽しくなかったと言えば嘘になる。もしかしたら、油断なのかもしれない。
いいや、つまらない意地を張るのはやめよう。楽しかったのだ、確かに。
仏頂面が常のわたしを、気付かないうちに笑わせるくらい。
わたしの中へあっという間に居場所を作り上げていく彼女は、あまりにも自然で。それが不自然で。きっと幾つも用意されたルートのうち、たまたま性に合ったものを引き当てただけなんだろうなと、頭の隅で冷えた部分が囁くのだけど。
その時はただ呑気に、上も無茶振りするだけじゃなく、一応クリア可能なように考えてはいるんだねちょっと見直した、やるじゃん。なんて思うだけだった――
お水さんと二人、一夜を明かしたわたしは、施設の本当に高級なことが見ただけでわかる有り様に驚いたり、嫌がっても引きずり込まれて一緒にお風呂で洗いっこだとか、意味もなく同じベッドだとかお約束のイベントを消化し、若干精神的な疲れはあるものの、快適に朝を迎えていた。
「おはようございます、お水さん」
「ぐぐるちゃんおはーだよー。早起きさんだね」
「お水さんこそ。てっきりお寝坊キャラなのかと思いましたが早いですね」
「あたしはねー、あはは。設定した時間に起きられるから」
「地味に人間も欲しい能力です……」
身支度を整えて、宿を出立する。
とりあえずどうしましょうか、とふんわり丸投げの質問をすると、あたしが全額出すから装備整えましょ(きゃぴ♪)とのことだったのでヒモ勇者街道まっしぐらですが如何お過ごしですかぐぐるさん?
そうよわたしがぐぐるさんです。我ながらセンスが発酵してるなこの名前。
「とりあえずーんーそだな、ぐぐるちゃんて何扱えるの?」
「単ステで一番高くて属性バフや鍛冶補正も思いっきり掛かってるやつを」
「? いや、剣とかー弓とかー、色々あるじゃない?」
「……えと、その」
「なぁに?」
「この、聖別の短剣ってので」
貧弱レベルゼロに、大層なゴテゴテした武器が扱える訳もなく。無いよりはマシと選んだダガーで一番お値段張るものを選ぶ。
防具も同様に中へ薄く着込めるものを買い、魔法アイテムもあるようなのでありったけバフの使える呪文書などを用意。
ぶっちゃけた話、とんとん拍子に進んでいるから付いてきているだけであって、あまり魔王なんて倒せるものとは思っていない。一万字以内の冒険で出来る範囲の成長なんてたかが知れている中、駄目で元々。とりあえず行くだけ行っとくか、みたいなノリなのは流石に怒られるというか、良くしてくれるお水さんにも失礼だ。それはわかってる。
いつからこんなに厭世的というか、投げやりになっちゃったんだろうな、わたし。
即座に浮かび上がってくる答えを、無理矢理見なかったことにした。
「そいじゃ、準備はオッケーかな。魔王城行くけど心の準備もだいじょび?」
「行くって……そんなホイホイ行ける距離感なんですか」
「んーとね、魔王城最深部まで辿り着いた冒険者が居たんだけどね、最後の扉がなんと意地悪いことに、勇者じゃないと開かないって代物だったらしいの」
「ははあ、それはまた。勇者の血統に反応する的なアレなんですかね。わたし確かに勇者ですけど同時に異邦人なので、チェック通るか怪しいものですけど」
「まあそこはほら、行ってみないとわからないじゃない? そんでー、近くで結構なコスト支払って転移魔法のポイント記録してその冒険者が帰ってきたんだけど、相応しい実力と勇者である証明を持つ者に譲り渡すって筈だったのをー、お金の力で強引に手に入れちゃったのです♪」
「えぇ……それはドン引きですよ。幾ら掛かったものやら聞きたくもないですね」
「国家予算のまあ二十分の一ってとこだねぇ。持つべきものはお金だよ、むふふ」
「どんだけですか」
とんだ傾国の美女もあったものである。
というかそれ、何回も使える魔法なんだろうか。今までも勇者を名乗る輩が現れる度、魔王城ツアーと洒落こんでいたのか。でなければ、わたしのどこを勇者として見込んだのか。言動ほど考えなしな人には思えないけど。うぅん、考えても仕方ないことは考えない!
その後もぐだぐだと喋り倒しながら、件の転移魔法によって街から一瞬で、一回も戦闘することなく魔王城最深部へと辿り着くわたしたち二人。
山も谷もありゃしない、あとはオチがつくかどうか。
「あれ、おかしいですね」
「どしたの?」
「いえ、その。この扉、全く魔法的な封印が掛かってるような気配、ありません」
「わかるんだ」
「ステは毎回リセットされても一応経験ありますから、なんとなくは」
荘厳にしておどろおどろしい雰囲気の城内を歩き、さあ大ボスでございと威容を構えた部屋の前でしばし立ち止まる。
試しにと押してみれば、なんと開いてしまった。
「あらまあ」
「ザルってレベルじゃありませんよこれ……罠でしょうか」
警戒しつつてくてく入ってみれば、室内はドデカい扉に比べてそんなに広くなく、何かがおかしい。その違和感に気付けたのはたぶん、わたしだけ。
あからさまに日本の、それもヤクザの組事務所みたいな内装なのだ。そういった先入観がなければお洒落に視えるであろう調度品は、素人目でも相当高価だということがわかる。
そしてそんな中で待ち構えている相手といえば勿論。
「よう、遅かったな。待ちくたびれちまったぜェ? なあ、おい。勇者サマご一行」
あずき色のスーツに身を包んだガタイの良い男が、こちらを見てニヤニヤと笑みを向けていた。……みたいというか、ヤクザまんまじゃないの!
「ご所望の魔王だよ、宜しくな」
呆気に取られているわたしが、こいつももしかしてわたしと同じ境遇の……なんて考えているうちに、すっとお水さんが前へ進み出る。
「お初にお目にかかります、魔王陛下。本日は、拝謁を賜りまして誠に光栄と存じます」
流れるような動きで片膝をついてしゃがみ、すこし俯いて目を閉じた。所謂臣下の礼だ。えっなにそれここに来て裏切られるの。
対する魔王は大仰にソファーから立ち上がると、勿体つけた歩き方でお水さんへ近寄り、笑みを崩さないまま懐からなにかを取り出す。
「おう。まあ、挨拶って大事だよな、アイサツってのは、よ。どこのセカイ行ったってそれは変わらねえ。いい仲間を持ってるな、勇者サマ。だから俺のアイサツもきちんと受けてくれよな」
取り出した、小さく、黒光りして、一瞬玩具のようにも思えるソレは、馬鹿な、くそ、いくらなんでもイメージ通りすぎるだろうばかやろくそくそくそくそったれが間に合え畜生ッッッ!!
「会ったばかりでサヨナラだ。次の機会はもう無ェよ」
ぱん、ぱん。ぱんぱんぱん。断続的に破裂音が五発。
魔王は拳銃をお水さんの額に押し当て、そのまま撃ち殺した。
冗談のように呆気ない、魔王戦一ターン目。頼りの仲間は即死して、怒れる勇者は当然ノータイムで飛びかかる。
逆手に持ったダガーナイフ。狙うは横腹、ないし足。
魔王は若干面倒くさそうにこちらを見やると、
「トロいわ、馬鹿が」
先程までの鈍重さが嘘のような機敏さで、繰り出された蹴りがこちらの武器を上に跳ね跳ばす。
流れるようにそのまま腕をねじり上げ組み伏せると、降ってきたナイフを一瞥もせずに掴み取り、わたしの手の甲へ突き刺して、床と縫い付けた。
ここまで悠長に描写できているのは一連の動きをしっかり認識できているからで、なすがままにやられているのは絶望的なまでに体が追いつかないせいだ。
瞬間、灼熱。寒気。スパークする神経回路。泣きそうとか悲鳴をあげるとかそういった余計なものすら全部すっ飛ばして、痛い。痛い痛い痛い舐めるなクソ痛い。
悶絶。
「なぁぁぁにイキってんだよ一丁前に。特別な記号を与えられただけの量産品風情が、同じ量産品に情けなんてかけてどうすんだ、コントか」
うつ伏せで呻くしかないわたしの上に腰を下ろし、煙草へ火をつけた魔王は語り始める。
「きちんと説明からしてやろう。俺は魔王という記号。勇者が目を背けてきたもの全てを突きつける役目を持つ者だ。まぁずお前、勇者よぉ。どんだけのイベントをショートカットしてきてんだよ。姿勢がそもそも気に食わねえ。この世界にも、国にも。人にも、食い物にも風景にもみんなみんな名前があるんだよ。そっれをお前、片っ端から気に掛ける必要も無えと無視しやがって。馬鹿にすんのも大概にしろよ、ボケ」
「……全く、もう、最終決戦で説教垂れるのは普通勇者の仕事なんですがね、っつ、う、ぐ、本当、子供ってだけで偉そうに講釈されるのはうんざりなんです、よっ、大人、風情が」
「人の話は遮らねえで聞いとけクソガキ」
ガツン、と強烈に顔を殴りつけられ、話は続く。
「お前が描写の権能を持っていることと同じように、俺にも権能がある。世界全ての存在からその役割における設定を読める、ってモンだ。それによると、俺、お前、それからさっき殺した女の製作者であるゼルっつー男、三人は全て同じ地球の日本から召喚されてる。勇者だけ時代が二十年くらい前だけどな」
「次に、気になってただろう女の目的についてだ。奴はゼルの作った性処理用人形の中でも特にゼル専用として生まれた。何も考える必要なくゼルへゾッコン惚れ込んで、仲良く乳繰り合ってたらしいんだが、ある日ゼルが病に倒れた。この世界の医療技術じゃ助かりようもない病気だ。幸いにして存在する魔法ってチートにより延命は出来る。出来るが、とてつもなく金が掛かった。一度定めた主人以外と性交したら、凄まじい嫌悪感が自動的に襲ってくるプロテクトがあるってーのに、結局自分に出来ることはそれしかないって風俗で荒稼ぎして。根本的な解決策を得る為に、人間で駄目なら魔王の持つ力に縋ろうって思ってた、とそんな感じだな」
「……なんですか、それ。アホすぎませんか」
「カカカ、手厳しいな。たった一日の付き合いとはいえ、良くして貰ったんだろうに」
「死んでしまったら、何もかも無意味でしょう」
「違いねえや」
「貴方にも言ってるんですよ」
「――あん?」
間。
何かを感じ取った魔王が咄嗟にわたしから飛び退いて振り向くが、遅い。
「ロケット、ぱーんち♡」
いつの間にか起き上がっていたお水さんがこちらを向いており、真っ直ぐ突き出し構えた腕は爆音を放ち超高速で射出される。
コンマ一秒もかからず魔王へ到達した右腕は顔面の真芯を射抜いてぶん殴り、顎をカチ上げて吹っ飛ばす。一撃で終わるかと思いきや、腕のジェットブースターは猛るようにもう一度火を噴いて――魔王の胸へ、貫手を突っ込んだ。
「あ?……え、ンな、ハズは、こいつ……性交以外の機能は人工知能しか無いんじゃ」
ぐちゃり、と湿った音。心臓は握り潰され、人間である魔王は間違いなく、死んだ。
「……人形が、人間と同じ部位に急所を配置しておく必要なんてないですからね。すっかり騙されましたよ」
「てへー。怒ってくれて嬉しかったよん」
「わたし、道化じゃないですか。結局魔王を倒したのも貴方ですし」
「終わり良ければ全て良しってね」
「いいえ、まだ何も終わっちゃいませんよ。何もね」
「え? 帰る方法ならちゃんと」
そして世界は崩壊し、ない。崩壊し、てない。
世界は崩壊しかい世界は崩壊し崩壊し崩壊し世界崩壊し崩壊崩壊。
「続く」
「なに、これ、え。なんで、みんな、崩れて、いやっ」
「つーーーーーーーづーーーーーーーーく!!!!!!」
終わってたまるか。
折角友達になれたかもしれない相手と。
語られなかった物語たちへの挨拶も済ませずに、勝手に退場してたまるか。
「このお話は、まだ続く。つづきまーーーーーーーーーす、ばぁーか!!」
そして世界は崩壊した。
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