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旦那様は分限者です。守護獣たちと花選び。後編

 ふふふ。

 今度は膀胱炎とか……寒くなってきたからなぁ。

 寒くてもトイレには迅速に行く環境を整えたい今日この頃ですね

 


 自業自得な因果応報話のあとは、王都での流行話へと移行した。

 私よりも彩絲とネマの関心を引いている。

 花屋は貧民貴族問わずに流行の最先端を掌握できるようだ。

 無論全ての花屋がそうというはずもないだろう。

 この清楚な一輪がどこまでも誠実な商いを続けているからこそ、話題が集まってくるのだ。


「それにしても光栄でございますわ。御方の奥方様が百合を好んでいらっしゃるとは」


「主人が好むので、私も好むようになったのです。主人にも早くリリーティーを飲ませてあげたいわ」


「ふふふ。離れていても御方様を思っていらっしゃるのですわね? 御方様のご寵愛も頷けるというものですわ。よろしければ定期的に百合をお屋敷までお届けに伺いますが、いかがでございましょう。こちらは店とは関係なく、百合を慈しんでくださる方へ私がお届けするものですわ。妖精界にしか咲かない百合でも、御方の奥方様にでしたら許可もおりましょう」


「素敵な申し出をありがとうございます。ただより恐ろしいものはないと申しますから、主人と相談して、向こうの世界の百合でも差し上げましょうか」


「そ、それは恐れ多すぎますので……それでは、妖精が好む菓子と交換ではいかがでしょうか」


「お菓子作りは趣味なので、私としては有り難いわ」


 百合には百合を……と思ったのだが、等価交換にはならなかったようだ。

 妖精界も異世界だと思っての提案だったのだけれど、悩ませたいわけではないので、お菓子との交換で頷いておく。


「近くお茶会を開く予定になっているの。そのときにお出しするお菓子をまだ検討している最中だから、相談がてら味見してもらうのもいいかと思うのですけれど……」


「是非お伺いしたいですわ! ですが、妻もどきが捕まったのが知れましたなら、ギードが一人で店を切り盛りすることになりますので、しばらくは手伝いに専念しないとまずそうですの」


「誰か人を雇う予定はないのかぇ?」


 彩絲の質問にシスティファニアは寂しそうに首を振った。


「ギードはその……外見から怖がられてしまって……この店の名にふさわしい人がなかなか雇えないのです」


「ふむ。御方様も納得の好人物なのじゃがなぁ……バロー殿かキャンベルにでも頼んでみるといいかもしれぬのぅ」


「王の乳母と王都ギルドマスターだったかしら? ギードは敷居が高いと言って遠慮しそうね」


「そうとも言っておれぬだろう。主も心配するぞ」


 彩絲の目線に頷いておく。

 システィファニアはそれでも迷っているようだ。


「……主様の許可さえおりましたならば、我ら姉妹が交代でお手伝いするのもよろしいかと思うのですが……どうでしょうか、主様」


 ネマの意見に思わず目を見開いてしまった。

 どうやら彼女は熊男の外見が全然怖くないらしい。

 

「屋敷は優秀な者が多いから、ネマたち三姉妹が交代で手伝っても、問題はなかろうて、のう、主よ」


「ええ、そうね。ネマたちはこのお店の名前に相応しい売り子さんになれるでしょうね」


「しかし奥方様のメイドをお借りするとなると……それこそ敷居が高いと思いますの……」


 システィファニアのネマを見る目は優しい。

 愛らしい外見だけでなく、その優秀さを知ったら、間違いなくギードを説得するだろうが、今は遠慮が強かった。


「ふむ。では手伝う傍ら、花に関する知識を主のために学ばせてもらうという形を取ればどうじゃ? ネマらも専門家に学ぶ機会は貴重であろう?」


 人の良さそうなギードなら、仕事がどんなに忙しくとも真摯に教授してくれそうだ。

 花に囲まれる生活には憧れがあるので、専門的な知識を持つ者が多いのは嬉しい。

 できれば私も学びたいくらいだ。


「……主よ。さすがに主が学ぶのは御方様からの許可が下りぬと思うのじゃが」


「……わかっています」


 ギードからも恐れ多いと断られるのはわかっているので、思うだけだ。

 本気で学びたかったら、システィファニアにお願いすればいいというのも、きちんと理解しているのだ。


「奥方様はそれでよろしゅうございますの?」


「私に仕えてくれる子たちの、前向きな希望はできるだけ叶えたい方針なの。了承していただけたなら嬉しいわ」


「では、早速ギードに打診してまいりますわ!」


 ふわっと浮き上がったシスティファニアの姿が消える。

 随分と乗り気のようだ。


「ネマたちのお蔭で下がった評判も、一気に元通り以上になりそうね」


「お店の名を汚さないように頑張りますわ! 主様のために、たくさんの知識と経験を得てまいる所存です!」


 テーブルの上で、びしっと敬礼された。

 やる気に満ち溢れているネマの愛らしさが倍増して見える。


 ギードが大きな鉢をカートのようなものに乗せて戻ってきた。

 システィファニアはその背後に浮遊しており、大きく頷いてみせた。

 どうやら説得に成功したようだ。


「奥方様には光栄な御提案をいただきましてありがとう存じます。こんなにも愛らしい方々に手伝っていただけたなら、店の名は実力以上の力を得てしまいそうで、恐ろしいくらいです」


「可愛らしいだけでなく大変優秀な者たちです。最初はこのネマを伺わせましょう。あとはこの子の姉と妹の三人交代で、休みの日以外は毎日手伝う形でよろしいかしら?」


「毎日! よろしいのでしょうか? 花屋は華やかさに見落とされがちではございますが、想定しているより激務かと思われます。こんな可愛らしい子たちに無理をさせたくはないのですが……」


「大丈夫です! 私たちリス族は見た目より頑丈ですから! もしよろしければ販売だけでなく、仕入れなどにもお使いくださいませ!」


 むんと胸を張ってみせるネマの姿は、ただただ可愛い。

 ギードの眦も見事に垂れ下がっている。


「そう言ってもらえるのなら、仕入れなども一緒に行きましょうか。花の善し悪しの細やかな見分け方なども教えましょうね」


「はい! どうぞ、よろしくお願いいたします」


 深々とお辞儀をしたネマの頭にギードの手が伸びかけて、慌てて引っ込めている。

 ネマだけでなくネルやネイの頭も、気兼ねなく撫でられるようになるまで、そんなに長い時間はかからないだろう。

 微笑ましい未来の光景が瞼の裏に浮かんだ。

 

「あくまでも花に関する専門知識を教えていただくという形で通わせますので、給与は不要です。しかし永続的に通わせるつもりはございませんので、これを機に新規の雇用や新しい伴侶についてもお考えくださいませ」


「新しい伴侶、で、ございますか……」


「そう悩むまでもあるまい。次の伴侶が妖精であっても周囲は納得するであろうよ!」


 彩絲の言葉にギードは思わずといった勢いでシスティファニアを見つめる。

 大きく目を見開いたシスティファニアの表情が、ゆっくりと甘く蕩けだしていく。

 見た目こそ美女と野獣だが、お似合いの二人には違いない。


「じゅ、準備させていただきました花の説明をいたしたいと思いますが、よろしゅうございましょうか!」


 ギードの頬は紅潮しており、声も上擦っていたが、武士の情けとばかりに彩絲も触れなかった。

 急な話題変換にも静かな微笑を浮かべて背筋を正す。

 目の前に置かれた鉢は白い陶器製。

 私に持ち上げられるだろうか?

 腰を痛めそうだ。

 

「陶器は契約している窯元に焼かせております。こちらは重量軽減をかけてございますので、貴婦人でも楽に持てるように作られておるのです。くれぐれも勢いよく持ち上げないように御注意くださいませ」


 そうきたか!

 さすがはファンタジー世界。

 重量軽減魔法は幼い頃、無茶な買い物を命じられたときに一番憧れた魔法だ。

 夫と一緒になってからは重い物を持つ機会はほとんどないので、自分にかけて何かと抱き上げたがる夫の負担をなくす方向で使いたい。


「花は今回、あえて白一色で統一いたしましたが、お勧め寄植えのカタログを御覧いただいて、自分好みの寄植えを模索くださいませ」


「その際の注意点はありますか?」


「そうでございますね。あまり匂いの強い花を複数植えないこと……ぐらいでございましょうか。どうしても植えたい場合は、消臭魔法の魔道具を使われるとよろしいかと思われます」


 きっと高貴な人たちから無茶ぶりされているんだろうなぁ。

 私は素材をそこまで損なって自分の趣味を押し通そうとはしないけれど、それを許さない人たちが拗ねた結果が便利な魔道具と考えればと、ある程度の無茶ぶりなら許されるのかも? と思ったりもする。

 消臭魔法の魔道具とか、教えられた用途意外にも、すごく生活に根付きそうなものだしね。


「花々の説明はこちらにございます。システィファニアの要望でメインにいたしました百合は、少々香りに癖があるので苦手でしたらこの場で交換させていただき……」


「奥方様が、私が薦める百合を嫌うわけないでしょう! ひどいわ、ギード!」


 正面に回ったシスティファニアがギードの肩をゆっさゆっさと揺さぶる。

 私はすかさず、中央に植えられている背の高い百合に花を寄せた。

 実にかぐわしい香りだ。

 百合でも苦手な種類があったのだが、この香りはとても好ましい甘さだった。


「とても素敵で、好きな香りです。ありがとう、システィファニア」


「ほら! やっぱり奥方様はわかってくださるのよ! ギードも反省してほしいものですわ」


 はい、ツンデレありがとうございます。

 ギードも咎めなかったので、ツンデレもしくはシスティファニアを正しく理解しているのだろう。


「では主。鉢は我が収納しておくが、よいな?」


「ええ、お願いしますね、彩絲」


「うむ」


 彩絲は手早く収納で鉢以外にも、必要な道具を一式しまってくれた。

 手にしていた説明書もしまわれてしまう。

 馬車の中で読んで酔ってしまうのを心配したのだろう。

 特に花の香りを堪能したあとは、馬車に酔いやすいらしい。


「今回はいろいろとお手間を取らせてしまいましたけど、今後ともよろしくお願いいたしますね?」


「こちらこそ、身に余るお慈悲をいただきましたこと、終生感謝いたします」


 巨躯の心を込めた謝辞にはくるものがあった。

 困った女性に振り回されたギードが、今度はシスティファニアで癒やされればいいのにと、切に思う。


 二人の見送りを背中に、馬車へ乗る。

 窓から手を振って、楽な姿勢を取ったところで、百合の芳香がふわっと優しく全身を包み込んだ。



 

 今まで経験したことのない宗派のお通夜とお葬式に参加しました。

 いろいろと違う点が多くて驚いた次第です。

 お坊さんに求めすぎなのは承知の上で、三人いらしたお坊さんが全員風邪引きでお経が途切れがちなのが残念でした……。

 

 次回は、旦那様は分限者です。黒き忌み子は愚か者のメ津呂を語る。(仮)の予定です。


 お読み頂いてありがとうございました。

 次回も引き続き宜しくお願いいたします。

 

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