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旦那様は分限者です。守護獣たちと花選び。前編

 たまにはトラブルのない普通の買い物をさせてあげたいのですが。

 そして格好良い貴族も出したいのですが。

 本屋さんではまったりさせてあげたいなぁ……。

 


 華道系、茶道系は通信講座で学んだ。

 フォローはハイスペック資格マニアの夫がしてくれたので、どちらも人に教えられる資格を取得している。

 しかし寄せ植えには手を伸ばしていない。

 ガーデニングにも興味はあったのだが、外での作業が多いと夫が難色を示していたのだ。

 最近ではインドアガーデニングなどの通信講座も出始めていたので、それなら許可がおりるかなぁと思案していたりする。

 ちょうどいい機会だ。

 バルコニーに置く程度の寄せ植えなら、初心者向けだろう。


「そういえばこちらでガーデニングを趣味にしている方っているのかしら?」


「貧民から貴族まで楽しんでおります。女性が若干多めですが、本格的なものは男性が多いようでございます」


「貧民と貴族におけるガーデニングの違いは、かける金額の差ではないのかのぅ、実際のところは」


「庭師を百人使って、私が一から造り上げた庭園ですのよ? とおっしゃった婦人もいらっしゃいました」


 熟練庭師が造った素敵な薔薇園とか憧れるけどね。

 一緒に見たい夫がいないから、そこまでするつもりはないかな。

 こちらでやるのならば、貧民女性が求めるものと同程度が無難かも。


「初心者だから、バルコニーをしつこくない感じで仕上げるのが目標ですね」


「なるほどのぅ……むぅ? またトラブルか?」


 店の前で見た目熊っぽい男性が、清楚な女性を必死に引き留めている。


「もう、離してよ! しつこい!」


 女性が思いきり男性を振り払う。

 ぱん! と手の甲を叩く音が高く響いた。


「エルヴィーラ!」


「ヴィンフリート様っ!」


 そして馬車と店の間に男性が走り込んでくる。

 なかなかのイケメンは無駄に装飾過多な衣装を纏っていた。


「迎えに来たよ! 何もかも捨てて、僕の元へおいで!」


「ああ! ヴィンフリート様! 私、身一つで貴男様の元へまいります!」


 ん?

 不倫した挙げ句の強奪現場かな。

 駆け落ち三秒前とか、とんだ茶番だ。


「……彩絲。事情を伺って」


「うむ」


 蜘蛛から人型へと変じた彩絲が優雅な所作で馬車から降りていく。


「我が御主人様の足を妨げる愚か者は誰じゃ? 名乗るがよい!」


 彩絲の言葉に反応したのは熊男。


「高貴な御方に御無礼いたしましたこと、深くお詫び申し上げます。清楚な一輪が店主、ギードと申します」


 地べたに這いつくばるようにして謝罪をしながら名乗った。


「き、貴様は何者だ! 貴様こそ、名乗れっ!」


「誰に向かっての暴言でございましょう。家まで巻き込む愚か者と、誹られたいわけではございませんな?」


 ヴィンフリートと呼ばれた男性の暴言を聞いて、馬車からリゼットが降りていく。


「なれば、早急に名乗られませぃ!」


 通行人が飛び上がってしまう声にも、ヴィンフリートは不遜な態度を崩さない。


「お、王の乳母如きが何を!」


「こちらの馬車には、時空制御師最愛の御方様が乗られておるのじゃがなぁ? 最愛の御方様は、バロー殿に同乗を許されたというに。そもそも王の乳母『如き』との暴言がどれほど己の立場をなくすのか、わからないのかぇ」


「う、うるさいっ! 最愛の御方が、こんな貧相な店に来るわけがなかろう!」


 彩絲が目配せをするので、すかさず馬車の前に移動したリゼットの手を借りて馬車を降りる。


 激高していたヴィンフリートがぽかんと口を開けたまま、私を凝視する。

 頬が紅潮し、瞳がゆるゆると情欲の潤みを帯びてゆく。

 エルヴィーラと呼ばれた女性は、そんなヴィンフリートを見て絶望の色を宿し、宿した瞳に憎悪の色を更に上乗せして私を睨み付けた。


「頭を下げないかっ、エルヴィーラ!」


「や、やめなさいよっ! 私に触らないでっ! ヴィンフリートさまぁ、こやつが無体を強いるのです、早く罰してくださいませっ!」


 ギードがエルヴィーラの腕を引っ掴んで、そのまま地面に這いつくばらせる。

 頭を下げさせようとしたが、エルヴィーラは必死に抵抗して、ヴィンフリートに助けを求めた。


「麗しき最愛の御方様。御手を取りますこと、お許しいただけるでしょうか」


「許しません」


 鼻息まで荒いドヤ顔で言われても気持ち悪いだけだ。


「リゼットさん。ここはお任せしても?」


「は。捕縛の手配はすんでおりますので、御安心くださいませ」


「ほ、捕縛だと? 貴様っ、無礼も大概にっ!」


 リゼットが腰を落としたなーと思ったら、次の瞬間には音もなく移動してヴィンフリートの腹に拳をのめり込ませて昏倒させた。

 小説や漫画ではよく見た流れだったが、腹に拳の一撃で人が失神するのをリアルで見たのは初めてだった。

 感心している私とネマの前に、今度はエルヴィーラがギードの腕を撥ね除けてリゼットへ躍りかかっていく。

 スカートの中身が丸見えだったのを、周囲で見物していた子供の何人かが指摘していた。

 囃し立てる声が聞こえたのかエルヴィーラが子供たちを睨み付ける。

 目線をそらさなかったところで、エルヴィーラがリゼットに一矢報いられたかといえば無理だったろう。 

 リゼットはヴィンフリートを昏倒させたのと同じ手順で、あっさりとエルヴィーラを地に沈めた。

 周囲から歓声が上がる。

 スカートの裾を持って周囲の歓声に一礼をするリゼットに、拍手をしながら近づいてきたのは連絡を受けた騎士だろうか。

 リゼットが今度は深々とお辞儀をする騎士に会釈で返した。

 これで問題は片付くだろう。

 さて買い物を……と思ったのだが。


「主様。御方様は店主との会話を許してくださるでしょうか?」


 そう、店主は男性なのだ。

 しかも店内から誰も出てこない状況から察するに、他に店員もいなそうだった。

 店を変えるという手もある。

 だがギードは夫の好む、生粋の職人であるようだ。


 彼なら構いませんよ。

 ギード氏唯一の汚点が、妻だったようですからね。


 ネマの声に返答があった。

 私の予想が当たっていたようで嬉しい。


「うん。ギード氏は信頼できる方だそうよ」


「あ! 有り難きお言葉っ!」


 エルヴィーラを止められなかった不甲斐なさに、唇を噛み締めて伏したままだったギードの顔が上がった。 


「主人が信頼できる方であれば、私も信用いたします。店内に入ってもよろしいかしら?」


「光栄でございます! あ! 大変申し訳ありませんが一言、騎士の方々に断りを入れてもよろしゅうございますでしょうか?」


 妻が連行されるのだ。

 参考人として一緒に連行されても不思議ではない。


「勿論です。リゼットさんが責任を持って貴男の代わりを務めてくれるでしょう」


「は!」


 ギードはリゼットと騎士に手短な謝辞と詫びを告げて戻ってくる。


「重ね重ね失礼をいたしました。清楚な一輪へようこそおいでくださいました」


 手は取らずに店の中へと先導してくれる。

 優秀すぎるモリオンは、自ら店の馬車止めへと足を運び、大人しく落ち着いたようだ。

 一部残っていた観衆は彩絲が解散させた。


「バルコニーに飾る寄せ植えを一式求めようと思っています。初心者向けで、この店の名にふさわしい寄せ植えを選んでいただく感じで、まずはよろしいでしょうか、主様」


 選ぶ楽しみは捨てがたい。

 だが想像以上に花屋は異世界情緒に溢れていた。

 何しろ騒がしいのだ。

 そして自己主張が強い。


「ええ、お願いしたいわ」


「了解いたしました。これ、お前たち! 静かにしないか!」


 ギードの一喝に花々は静かになる。

 どれも、私を選んでくださいーというアピールで、悪意はなかったようだが何しろ騒がしかったので、ほっとする。


「シュテファニエ。お客様にお茶を頼むよ」


「はい。御主人様」


「百合の妖精シュテファニエと申します。御方の最愛様は、女性の接客を好まれると伺っております。どうぞ、おくつろぎくださいませ」


 接客の許可を得ていても心遣いを忘れない。

 目の前に立つ清楚な妖精が、従順な態度でギードに接するのも納得の人格だった。

 深々とお辞儀をして奥へ下がっていったギードを、優しい眼差しで見送ったシュテファニエがたおやかに微笑む。


「時空制御師最愛の御方様に会えて光栄でございます。百合の妖精シュテファニエと申します。今後ともどうぞ贔屓にしてくださいませ」


「常に侍っておったのかぇ?」


「そうしたいのはやまやまでしたが、外で騒ぎを起こした名ばかりのギードの妻がうるさかったので、ギードが望んだときのみ姿を現して手伝いをしておりましたわ」


「なるほどのぅ」


 ふわりとシュテファニエの手が空を撫でたと思ったら、テーブルの上に三段のアフタヌーンティーセットが出現した。

 紅茶からは微かに百合の香りがする。


「リリーティーにはほんのりと甘みをつけておりますの。どうぞそのままお飲みくださいませ」


「うむ。美味じゃ。アリッサも好みじゃろう」


「ふふふ。貴女にそう言っていただけるなんて、光栄ですわ」


 百合の花を全力の好意で擬人化した姿が、シュテファニエだと思ってくれればいい。

 美しいだけでなく、人を癒やす雰囲気を纏っているのだ。

 彩絲にも促されて口に含んだリリーティーは、私の口にあった。

 向こうに帰宅するとき、夫へのお土産の一つにしようと脳内メモに残しておく。


「しかしまぁ、ここの店主は、女運がなかったようじゃのう……」


「ええ。でもギードがあまりにも不憫だったので、花の妖精王女様が加護をくださったの。おかげでこうして私も彼の手伝いを許されたから、たぶん不幸ではなかったと思うわ。彼、本当に花が好きだから」


「アリッサへの不敬もあるから、向こう有責で離縁できて、おぬしも万々歳ではないのか?」


「そうねぇ。名ばかりの妻の相手が人的には高位の者だったから、此度の一件。私やギードにとっては、本当に有り難く、嬉しい状況ですわ。アリッサ様。御迷惑をおかけしてしまったお詫びと、悪妻と確実に好条件で離縁できるようになりましたお礼を、どうぞお受けくださいませ」


「全て受けましょう。ですからどうか、これからも素敵な花々を販売なさってくださいね」


「はい! 勿論でございます」


 アフタヌーンティーを堪能しながら、どろどろ話を語られる。

 結果がハッピーエンドとわかっていれば、迷惑をかけた者たちの因果応報すら楽しく聞けるものだ。


 美しい花々に惹かれて押しかけ女房となったエルヴィーラはしかし。

 花の美しさにしか興味がない女だった。

 手がけた時間や愛情の分、花々が美しく咲くのだと、理解できなかったらしい。

 さらには美しい花々が生み出す、利益を無駄に貪ったので、花々からは塵芥のごとく嫌われていたようだ。

 それでも外見が優れない自分を選んでくれたのだと、エルヴィーラを大事にしていたギード。

 しかしギードの健気な想いなど歯牙にもかけず、ただただ当たり前のごとく奢侈に溺れていたエルヴィーラに目を付けたのが侯爵家の使えないスペアと嘯かれていた、顔だけはいいヴィンフリートだった。

 

 エルヴィーラから金だけでなく、高価な花々を貢がせては転売、そして他の女性への御機嫌取りにも使っていたというのだから、真性の屑だ。

 金や花を他の女性に貢ぐ程度であれば、今の関係をまだ維持できたかもしれないが、売られている値段の十倍をつけた転売が駄目だった。

 ギードの人柄と愛された花々を慈しんで、正規の値段で購入していた公爵家夫人を激怒させたのだ。

 素早く手配した公爵夫人の怒りを受けて、子供に甘かったが馬鹿でもなかった侯爵家当主は即座に詫びを入れて、次男を勘当したらしい。

 そして勘当された次男は花々を貢いでいた貴族たちには煙たがれ、こっぴどく振られたので、仕方なく最後の手段としてエルヴィーラを頼ったという流れだった。


 この話をそのまま聞いたらエルヴィーラはどう思うだろう。

 誠実で自分を一番に慈しんでくれた夫を裏切って選んだ男性。

 侯爵家から勘当され平民となった、何人もの愛人の中で最後に自分を選んだ屑だと知って。


「そういえばフェリシアも、まだ戻らないわね?」


「商人はごねるものじゃしのぅ……リゼットが断罪に向かったのだから、そっちもあわせて片付けてくれるやもしれぬな」


 リゼットにもこちらでいただいたリリーティーを贈ろうと思い、シュテファニエに告げれば、彼女は満面の笑みを浮かべた上に、手を打って喜んでくれた。




 身内に不幸があったので、いつもより早く仕上げました。

 もっとたくさん予約投稿していれば、突然の出来事にも素早く対応できるんですけどね。

 そして気がつけば、ちっとも花を選べてなかった……。

 というか人に選んでもらってるし……ま、まぁよくあることですよ!


 次回は、旦那様は分限者です。守護獣たちと花選び。後編(仮)の予定です。


 お読み頂いてありがとうございました。

 次回も引き続き宜しくお願いいたします。

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