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旦那様は分限者です。守護獣たちと夕食を楽しみましょう。1

 あ。

 リアル誕生日更新です。

 自分の年齢を忘れるなんて、そんな馬鹿な! と昔は思っていたんですけどね。

 まさか、それを体感する日がくるとは……。

 


 馬車に戻って深い溜め息を吐いた私を見て、雪華が帰宅を主張する。

 体の疲れもあったが、それ以上に精神の疲れが酷かったので、雪華の意見に頷いた。

 目を閉じる私の気に障らない音量で、何やら囁きが交わされる。

 一人なら無音でいいのだが、誰かいるのならば微かな音が欲しい。

 向こうの世界でも寝るともなしに目を閉じている私の横で、夫が打つキーボードの音を聞いているのが好きだった。


 うつらうつらしているうちに、屋敷に着いたようだ。


「おかえりなさいませ、主様」


 安心の出迎えはノワールだった。

 ランディーニもその肩に乗っている。


「ふむ? 何やら問題でもあったかのぅ?」


 私の顔色で判断したのだろう。

 くるっと一回転する顔が可愛らしくて癒やされる。

 ふわもふ効果は疲れているとき、特に有効だ。


「ふふふ。アリッサは魅力的な女性だもの。トラブルが次から次へとやってきたわよ。想像通りにね!」


「御方の奥方だと、知るべき所には知らされておるはずじゃがのぅ……」


「知るべきところにも、様々な問題があったということでしょう」


 ノワールの呆れた言いように少しばかり考察をする。


 あそこまで老舗と呼ばれる店に、問題の山がのしかかってしまったのは、王の周辺が荒れていた余波なのではないだろうか……と。


「カーペットと寝具は搬入されてございます。お着替えのあとで体を休ませたら、御確認されてはいかがでしょう?」


「ええ、そうさせてもらうわね。それにしても今日中なんて、随分頑張ってくれたのね」


「一流店の矜持もあるじゃろうが、奥方を喜ばせたかったのであろうな。打算だけでもなく」


 ランディーニが、ふおっふおっと嬉しそうに笑う。

 ノワールも満足げだ。


「……着替えは一人で大丈夫よ」


 雪華が手伝いたい! と目で訴えてくるのを苦笑で宥める。

 しょんぼりと肩を落としたが納得してくれたようだ。


 留守番組、奴隷館からの帰宅組も全員顔を覗かせて出迎えてくれる。

 ネルとセリシアの表情も思ったよりは落ち着いていた。

 私が戻るまでにいろいろと話をしたのだろう。

 揺り返しはあるかもしれないが、私を裏切ることはなさそうだなと、考えながら自室へ向かう。


「湯を張ってございます。お体を清められてはいかがでしょう?」


「……こちらの世界では、日に何度も湯船に浸かったりするものかしら?」


「貴族女性などはそうでございます。食事の都度に入る貴婦人もおられますね」


「そ、そこまではいいかな?」


 風呂に入ったら眠くなってしまいそうだが、せっかく湯が張られているのなら勿体ない。

 ノワールが手早くコルセットの紐を緩めてくれるのに身を任せながら、雪華にやってもらったら喜んだかしら? と思ってしまった。

 せめてルームウェアを選んでもらえば喜ぶかな? と思いつつ、その旨を告げると、ノワールが、雪華殿はとても喜ぶでしょう。と言ってくれたのでお願いする。

 

「あー、いい湯加減……」


 夫が設計したあちらの風呂は広々としており深さもある古典的な檜風呂だが、今浸かっている猫足バスタブもしっかりと肩まで浸かれる深さがあった。

 お湯にはシャワージェルが入っているようで、体を動かすと泡が生まれる。

 もこもこの泡は肌にも優しいようで、泡で顔を洗ったら、肌に艶が生まれて驚いた。

 髪の毛にも泡を擦りつけてバブルバスを堪能していると、シャワーカーテンの向こうからノワールの声が聞こえる。


「お夕食はいかがなさいますか?」


「……お風呂に入って、さっぱりしたら自分で作りたくなったけど、いいかしら?」


 眠くなるかと思ったら覚醒の方向に転がった。

 まぁ、そんなときもある。


「主様の趣味と伺っております。一通りの食材は揃っておりますので、存分に腕をお揮いください」


「何を作ろうかなぁ……和食でも大丈夫?」


「馴染みはないかもしれませんが、主様が作った料理であれば全員喜んで食すと思われます」


「どうせなら喜んでほしいからなぁ……皆のリクエストを聞いてから考えるね」


「承りました。彩絲殿が髪を乾かしたいとのことです。また雪華殿もルームウェアの用意が調ったとのことです」


 守護獣たちの過保護っぷりに苦笑を浮かべつつ、お湯を抜きながらシャワーで体中に付いた泡を流す。

 肌は艶ぷるで髪の毛も指通りがすばらしく良くなっていた。

 錬金術師的な誰かが調合した超高級バスジェルに違いないと、勝手な妄想を膨らませながらシャワーカーテンを開く。


 バスタオルを持った彩絲が笑顔で腕を広げていた。


 まるで夫のようだ!


 羞恥と戦いながら広げられたバスタオルに包まれる。

 ふわふわっとバスタオルで体を拭かれたと思ったら、バスローブを着せられた。

 背後に回った彩絲は鼻歌を歌いながら髪の毛を乾かし始める。

 温風が頭に心地良い。


「ルームウェアは優しいスミレ色のティアードワンピースよ! 家の中でもアクセサリーをつけさせたいんだけど、何がいい?」


 雪華が鼻息荒く見せてくれたワンピースは、裾に向かってふんわり広がるシルエットが可愛らしい、ティアードワンピースだ。

 当然といった仕様で、首回り、両手首、腰はリボンで結ぶデザインになっている。

 胸元にはスミレの花畑イメージだろう刺繍が細緻に施されていた。


「うーん……これから料理をするから……ブレスレットと指輪は却下します」


 付けないという選択肢はなかったようなので、そう答えた。


「じゃあ、ペンダントとアンクレットね!」


「ひ、一つじゃなかったの?」


「どちらも料理の邪魔にはならないでしょう?」


 楽しそうに笑われて、正方形のジュエリーケースを見せられた。

 中には薄い色のアメジストで作られたスミレの花をメインにしたペンダントとアンクレットが収まっている。

 繊細な銀のチェーンは、しまうときに絡まりそうなのが心配だ。


 髪の毛は気持ちよく乾かされて、料理の邪魔にならないようにスミレ色のリボンで結ばれる。

 ペンダントとアンクレットも装着された。

 ルームシューズもスミレ色で徹底されている。

 私の装いに関しては夫並みに拘りがあるようだ。


「そうそう。今日の夕食は私が作るけど、何が食べたい?」


「ほう! アリッサの手料理か! 何がいいかのぅ……」


「私は異世界っぽい料理が食べたいな。豚汁みたいな?」


「そうなると……肉じゃが、茄子の煮浸し、ほうれん草のごま和え、鯖の味噌煮、御飯に豆腐と若布のお味噌汁……かな?」


 食材が揃うといいけど……。

 似たものならあると思うが、ノワールの倉庫の中には日本産が全部揃っている気もする。


「肉じゃがは食べたことがあるぞ? イモッコに味が染み込んでいて大変美味じゃった」


「御方手作りの鯖の味噌煮は、使いにくいと言われていた鯖がここまで美味しくなるかと感動したものよ! 臭み消し? をしっかりするといいんだってね? そうそう、鯖はこっちではバッサっていうのよ」


 夫は二人に随分と腕を揮っていたようだ。

 彼が手料理を振る舞うのは信頼の証。

 夫が信頼した二人が、私の傍で喜んでいてくれるのが嬉しい。


「あとは、皆のリクエストを聞いて確定するから、楽しみにしててね」


「無論じゃ!」


「うん。嬉しいなぁ……あ! アリッサ、エプロンつけないとね!」


 雪華がどこからか取り出したのはベージュ色のエプロン。

 色はいい。

 ルームウェアにもあいそうだ。

 だがポケットがハート型なのは、どうしてだろう?

 胸元にも大きなハートのアップリケが付いているのは、どうしてだろう?


「新婚仕様! アリッサは御方の永遠の新妻だから、いいでしょう?」


 にやりとチシャ猫笑いをされる。

 ちらっと横を見れば彩絲も同じチシャ猫笑い。

 瞼の裏に浮かんだ夫の笑顔は、俗に言う満面の笑み……。


 そこはかとなく敗北感を覚えながら私は、エプロンを身につけた。

 

 ランディーニが浮かべるだろうチシャ猫笑いには耐えられそうだが、他の皆が浮かべるだろうきらきらした、主様、可愛いです! という純粋な賛美の微笑には耐えきれるだろうかと、ある意味笑えるに違いない覚悟を浮かべながら、キッチンへと向かった。



 迎えられた全面の微笑にはスルースキルを発動させてやり過ごす。

 意外とやればできた。


「……これから夕食を作ろうと思うんだけど、皆のリクエストを教えてほしいの」


「私はお魚があれば嬉しいですわ~」


 こういったときに遠慮は無用だと知っているローレルが、真っ先に意見をくれる。


「私はその……キャロトが入っていると嬉しいです」


 兎人はやはりニンジンが好きらしい。

 遠慮しつつのセリシアの発言に目を細める。


「私たちは木の実が入っていたら、究極のごちそうなのです!」


 ネルがリス族を代表して声を上げた。

 ネルの隣にいる二人も大きく頷いている。

 ほうれん草のごま和えにクルミを入れると、香ばしくて美味しいと聞いたので、それに挑戦してみようと思う。


「私はその……何が自分の好みなのかわからないので……主様が美味しいと思うものを食べてみたいのですが……」


 フェリシアは、こんな意見を言ってもいいのだろうか? と不安げに告げてきた。

 長く虐げられてきた彼女は、天使族が何を好むのかすら知らないのだ。

 

「ええ、私が向こうで食べ慣れていた料理を出すつもりよ」


「では、是非それでお願いします!」


 フェリシアはきっと、私と同じ料理が食べられるだけで幸せなのだ。

 だからこそ、天使族が根本的に好むものがあれば反映させたかった。


 今回が初めてだから、手伝いはノワールだけと告げてキッチンへと向かう。

 先ほど考えたメニューにちょっと手を加えれば、皆の要望に応えられるようだ。


 ノワールに聞いたところ、天使族は肉を好むそうだ。

 しかも生か焼いて食べるだけなので、調理された肉の美味しさは高位の者しか知らないらしい。


 今回は肉じゃがの肉をましましにするとして、照り焼きやタルタルソースなどで味付けた料理を、フェリシアにたっぷり食べさせようと誓いながら、ノワールが用意してくれた包丁を握り締めた。


 ほうれん草のクルミ入りごま和えをやろうと思ったら、放置プレイしていたクルミが困った味に……頑張って煎ってみたんですけど、イマヒトツ……。

 お菓子を頻繁に作っていたときのように、大量購入しちゃ駄目ですね。

 勿体ないお化けがでないように気をつけないと。


 次回は、旦那様は分限者です。守護獣達と夕食を楽しみましょう。2 (仮)の予定です。


 お読み頂いてありがとうございました。

 次回も引き続き宜しくお願いいたします。

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