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旦那様は分限者です。守護獣たちと昼食を楽しみましょう。前編。

 料理名にルビを振ろうか考えて、止めました。

 発音が何通りかある料理もあるんですよね。

 異世界料理的なものとして、するっと読み流してください。

 一番好きな中華系の料理は何かと問われると、キクラゲとタケノコの炒め物かなぁ。

 随分と昔に、お高い中華調理店でごちそうになったのが忘れられないのです……。

旦那様は分限者です。守護獣たちと昼食を楽しみましょう。前編。


 ベッドと寝具の購入を終えて馬車に乗る。

 従業員全て……美麗な男性店長以外にも、男性は数名いた……による見送りに小窓から会釈を一つしておく。

 最後の挨拶はやはり全員が好ましいですねと、夫の言葉が届いた。

 男性従業員の接客を拒否しておきながら、わがままよねぇ……と思うも、この店の男性従業員は私たちに不快感を与えないと認めた証しなのだと分かれば、逆に良かったと思い直した。


「アリッサ、おなかは空いた?」


「お菓子やお茶をいただいていたから、そこまで空いていませんよ」


「んー、でもそろそろランチはしておいた方がいい気がするんだよね……きちんとしたランチを取っておかないと、ノワールから大目玉を食らいそう」


 ローレルとネイも頷いている。


「何か食べるとしたら、甘いものが多かったから塩気のあるものがいいかしら? あとは一口ずつでいいから、いろいろな種類の料理が食べたいわ」


「あー、んー、んんぅ? ……あぁ! 点心! 点心はどうかな? 御方が昔支援した店があったはず!」


 安定の夫プロデュースでした。

 旦那様は食道楽です。

 お蔭で私も食道楽です。

 

 おや?

 貴女に美味しい物を食べさせたいという旦那心ですよ?


 脳内に響く夫の声に微笑を深くする。


「こちらにもあるんですね、点心って」


「御方支援店は多岐にわたってあるけど、食系は特に多いんだよね。今にして思えばみんなアリッサのためだったんだろうけど……どう、点心?」


「みんなは?」


「……お店の人が変わった口調で接客をすると、聞いたことがあります。聞いてみたいです」


「海鮮が美味しいと伺ったことがありますわ~。とっても楽しみですぅ~」


「今度こそ小籠包を火傷しないで食べるわよ!」


 それぞれ堪能できそうで良かった。

 


「よろしくね、ホークアイ。お店の場所はわかるかしら?」


『モリオンにも私にも、王都内であればどんな希望にも添えるようにと、ノワール殿が特殊スキルの地図を授けてくださいました。御安心ください』


「ここでもノワールなのね! 彼女は本当にすばらしいシルキーだわ」


『それこそが最高の褒め言葉でございましょう。私もそうですが、お仕えしがいのある主に出会えてノワール殿も果報者です』


 夫が隣にいないせいもあって、自分に主としての振るまいができているのか不安になることも多い。

 ゆえにこうして好意をストレートに告げられるのは嬉しかったし、自信にもなった。


 購入した品々についてあれこれ語る三人の言葉を、目を伏せて聞く。

 自分が沈黙していても、三人は楽しげでホークアイの足取りも軽い。

 空気を読んで放置してくれているようだ。


 こちらの世界に来て、初対面の相手と対峙する機会が多くて、地味に消耗しているらしい。

 拠点をある程度揃えてから、ゆっくり休養日を作ろうと思ったのだが、明日は一日一人の時間を作った方がいいだろうか。


 などと考えているうちに、店に着いたようだ。

 閉じていた目を開くと、様子を窺う雪華の顔が近くにあった。

 自然な微笑が口に上る。

 随分と自分は彼女たちに心を許しているらしい。

 彼女たちが近くにいてくれるならば、拠点が整うまでの外出もこなせそうな気がしてくる自分に驚く。

 微笑を残しながら雪華の手を取って、馬車を降りた。


「ようこそいらっしゃいませあるー!」


 ああ、なるほど。

 わかりやすい。


 ネイが、あるー! は接客に必要な言葉なのか? とローレルの肩の上で大きく首を傾げていた。


 創作の世界ではよく見かける中華風の言葉使いには、思わず苦笑が出てしまう。


「おお! さすがは御方の奥方様。我の代でお迎えできること、大変光栄に思うあるよー」


「その言葉使いは、主人が伝えたものですか?」


「そうあるね。ほかに、あいやー! とか、よろし、を多用するように、躾られたあるね。もう、我で五代目。堂に入ったものあるよ!」


 時々時系列がわからなくなるが、深く考えた方が負けなのだろう。

 ミニ丈のチャイナドレスを可愛らしく着こなしたこれまた恐らく店長が、店の中へと案内してくれる。

 店の造りは老舗中華店といった風合い。

 こちらの世界の人たちの口にも合うらしく、カウンター席、テーブル席ともに満席だ。

 食べるのに夢中になっていた人たちの目線がこちらに集中するのを感じながらも、穏やかな微笑を浮かべたまま完全に無視をしているうちに、個室へ通される。

 鬱陶しい視線に晒されて同じように消耗していたらしいローレルが、深い安堵の溜め息を吐く。


「主様は当然だが、ローレルへの目線も多かったよねぇ」


「雪華さんへの目線も多かったですわ~。あと、ネイを性的対象に見ている方も悍ましかったですが、食材として見ている方も多くて驚きましたわ~」


 ネイがローレルの肩から私の肩へ飛び移ってくる。

 ぶるぶると震えているので優しく背中を撫ぜた。


「あーこの店は、ゲテモノ食いとしても有名なお店だからねぇ……」


 肩を竦めた雪華を見つめるネイの瞳は涙で潤んでいる。


「お客様に失礼なことをするお店ではないでしょう? またお客様の犯罪行為を見逃すお店でもないでしょう。さぁ、ネイ。もう大丈夫だから安心しなさい。ここは個室。貴女を傷つける者は一人もいやしないのだから」


 エプロンから小さなハンカチを取り出したネイは、そっと涙を拭うとしゃんと背筋を伸ばして、テーブルの上に置かれた自分の椅子の上に腰を下ろした。

 どうやら小さな種族はテーブルの上で食事をすることが許されているらしい。

 もしかすると個室でなければあれこれ言われるのかもしれないが、ここでそれを咎める者はやっぱりいないのだ。


「もう変なことは言いませんから~、一緒にメニューを見ましょう?」


 残念ながら小さなメニュー本はないらしい。

 ネイはじとっとした目でローレルを見上げてから、彼女の傍へと移動する。


「私は小籠包! ここは一回の注文で、特に指定しないと一人一個ずつ出てくるの。ネイが食べきれない分は、注文した人が食べる感じでいいわよね?」


「ええ、それでいいと思います。私は……鮮竹巻をお願いします」


 料理名は向こうの言葉なので大変わかりやすい。

 ただし説明には、キノッコ、ハムハ、タケノッコンのスープをユーバで包んだ料理。

 ……と書かれている。

 一般的に鮮竹巻は、湯葉で包まれた野菜スープのことを指しているのだ。

 料理説明にはプロの画家も真っ青な図解も描かれているので、料理名がわからなくともイメージはしっかりできるようになっていた。


「私は蝦餃子にしますわ~。きっとぷりっぷりの美味しいシュリップだと思いますの~」


「……鼓汁蒸鳳爪を、食べてみたいです。お肌がぷるんぷるんに、なるらしいのです」


 鼓汁蒸鳳爪とは、コッコーの足。

 つまりは鶏の足を甘辛く煮た料理。

 見た目がかなりグロテスクだが、ネイに耐性はあるのだろうかと心配するも、図解を見て大丈夫なら、声をかけるまでもなさそうだ。

 八角はっかくが控えめなレシピならいいのだけれど……。


「御注文はおきまりあるかー?」


 ノックもなく店長が入ってくるのに驚く。

 ワゴンの上には中国茶器が一式置かれていた。


「……ノックを忘れるとは、一流店にあるまじき失態では?」


 雪華が冷ややかな声で指摘する。


「あいやー! 失礼しましたある。でもこれは、仕様ということなので、一度だけ許してほしいある。以降はちゃんとノックをするあるよ!」


 ……もしかして、あいやー! を必ず聞かせるためのお約束なのだろうか。

 そっぽを向く夫が脳裏に浮かぶ。


「飲み物はサービスで茉莉花茶を出しているあるよ。御方の奥方には秘蔵の茉莉花茶をお出しするので、美味しく飲んでいただけるはずある」


 小さな茶器に八分目、茉莉花茶が注がれた。

 店長が興味津々といった眼差しで見つめてくるのに苦笑しながら、中身を口に含む。


「……美味しいわ、とても」


 専門店で飲んだ、花の香りが全く邪魔にならない茉莉花茶。

 微かな渋みと甘みは料理の味を損なうことはない。


「太鼓判を押してもらって嬉しいあるよ! さぁ、他の皆様も飲むよろし!」


 店長に勧められるまま、全員が茉莉花茶を口にする。

 それぞれが思い思いの表情をしていたが、そのどの表情も、とても美味しい! と訴えている表情であることに間違いはなかった。


「御注文を承るある」


「鮮竹巻、小籠包、蝦餃子、鼓汁蒸鳳爪を注文します。それぞれ人数分でよろしくお願いしますね」


「承ったある。当店のお勧めは鶏絲炸春巻と煎蘿蔔糕あるが、一緒にお出しするあるか?」


 春巻きと大根餅。

 どちらも必ず食べるくらいに大好きなメニューだ。


「お願いします」


「お酒はいいあるか? 望まれるなら、とっておきの強精補酒もお出しするあるよ?」


「薬酒ならまだしも、強精補酒なんて主様にお出ししたら、界を超えて御方の罰が下されるわよ?」


「う、受けてみたい気もするあるが、まだ死にたくないので、やめるある」


 大げさに震える店長。

 どうにも憎めない。

 そんなキャラクターだ。


「アリッサはどうする?」


「……茘枝酒があれば、それを」


「勿論あるあるよ! 他の皆様はいかがあるか?」


「紹興酒がいいかな?」


「私も同じものをいただきたいですわ~」


「洋河大曲は、ありますか?」


 白酒の中でも度数が高い酒だったように思う。

 小さい体で飲んで大丈夫かと思ってしまうのだが、彼女は少なくとも私より遥かに年上なのだ。


「当然全てあるあるよ。一品目と一緒にお出しするあるから、茉莉花茶を飲んでお待ちいただくある」


 空のワゴンを軽いステップで押しながら店長が出て行く。

 今後は出て行くときに扉の前で深々とお辞儀をしていたので、雪華が鷹揚に頷いていた。


「洋河大曲を初めに注文するなんて……ネイは案外といける口なのね?」


「お仕えした方たちの中には酒豪というか酒乱な方が、おられましたので。無理矢理飲まされるうちに、強くなってしまいました。姉妹の中では、私が一番強いのです」


 仄暗い背景があった。

 今回の食事で是非、無理矢理飲まされて辛かったのではなく、自分の意思で飲んで美味しいという記憶に塗り替えてほしいものだ。




 中華料理で目覚めたのは黒酢とXO醤。

 しかしどちらもお店によってかなり味が違うので、好みのお店に行くしかないのです。

 調味料の店売りをしているなら、購入してもいいんですけどね。


 次回は、旦那様は分限者です。守護獣達と昼食を楽しみましょう。後編(仮) の予定です。




 お読み頂いてありがとうございました。

 次回も引き続き宜しくお願いいたします


 

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