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旦那様は憂いています。私は諦めました。

 ま、またしても人名を間違えていました。

 セシリアさんがセリシアさんになっていましたよ。

 好きな小説のヒロインがセシリアさんだからだろうか……。

 



 口火を切ろうとした私は、何かを言いたそうなセシリアとネルに目線を投げかける。

 二人とも揃って酷く思い詰めた表情をしていた。

 やはり転売は止めてほしいと、そう願うのだろうか?


「セシリア、ネル。何か言いたいことがあれば聞きますよ?」


「……恐れながら申し上げます。やはりネラは転売となりますでしょうか?」


「現時点では、そのつもりですね」


「同じように、クレア姉のことも転売予定ですか、でしょうか?」


「ええ、貴女たちもわかっているでしょう? それに彩絲も同じ判断を下していますよ」


 雪華にしろ、彩絲にしろ。

 私の意向を汲んで、よほどのことがなければ転売を考えなかっただろう。

 だが雪華の判断でネリは転売となった。

 他者に害しか与えないと断じられたからだ。

 私は雪華の決断と同じように、彩絲の決断も尊重する。


 だから二人も転売となるだろう、本人たちの話を聞いたとしても。


 私とてわかっているのだ。

 こうやって二人の意見を一応聞いてみせるのも、既に形式にしかすぎないというのは。

 ただただ、私の罪悪感が少しでも和らげられるようにと、前回に引き続き断罪めいた場が設けられる。

 

 しっかりとセシリアとネルの目を見て言い切る私に、二人は泣きそうな顔をする。

 実際、セシリアの瞳からは一筋の涙が伝い落ちた。


「……貴女たちは、反対するのですか?」


「いいえ。主様の御判断に従います。妹を二人失うことになりましても、私にはまだ二人の妹がおりますし……それに、やはり……妹たちやローレルさん、彩絲さんに御迷惑をかけたネラは、正しく処分されねばならぬのです」


 拳をきつく握り締めながらも、ネルは言う。


「反対は、しません。できません。ただ心のどこかでまだ……転売されるほどのことを、私を大切にしてくれた姉がしでかしたのだと、信じたくないだけなのです。書面で拝見しても、ローレルさんや、ネマちゃん、ネイちゃんの悲しそうな、つらそうな表情を見てで、さえも……」


 大きく見開かれたセシリアの瞳から、ひっきりなしに涙が溢れ出る。

 彼女も理解はできているのだ。

 ただ、私のように割り切れないだけで。


「二人を空間収納から出します。もし二人の意見を聞いて、転売を反対するのならば、そのときはまた考えましょう」


 私の考えは、恐らく変わりませんが……と、胸の内で囁いた言葉は、二人にも聞こえてしまったのだろうか。

 苦痛を耐える表情に、切ないほどの悲しみが入り交じった。


 彩絲の空間収納からクレアとネラが取り出される。

 手足を縛り上げた上で正座をし、太ももの上に軽くはないだろう重しが置かれている体勢だった。

 ネリのように間抜けな格好でなかったことに、ほっとしてしまった。

 ネリほど酷い『しでかし』ではなかったのだろうと、そう思ってしまった。


 ネリと違って二人は起きていた。

 泣き続けていたのだろう瞼は腫れ上がり、垂れ下がった瞼の隙間から僅かに見える瞳も真っ赤だった。

 反省の涙なら良かったのにと思うも、瞳に宿った縋る色に、そうではないのだと瞬時に理解でき、冷たい風が胸の中を吹き抜けてゆく。

 

 あぁ、私はまた。

 裏切られたのだ。

 自分の目はさて置き、夫の目は信じていた。

 だからこそ、信じた。

 そして、裏切られた。

 何度経験しても辛いものだ。

 特に夫を通して信を置いた者に裏切られるのは。

 私だけでなく夫も裏切ったのだと、思いたれないその傲慢さが何よりも疎ましい。


「……彩絲。口の拘束を解いてください」


「うぬら。わかっておるな? 余計な口をきくでないぞ? アリッサ殿の質問にのみ、速やかに返答するのじゃ」


 二人は懸命にこくこくと頷いている。

 言い訳する気満々の気配が伝わってきて、心の底から萎えた。


「私の、耳を! 治してください! 主様っ!」


「私を! 転売しないでください! なんでもしますから!」


 案の定口の拘束が取れた途端に、謝罪ではなく、自分勝手な願望を叫ばれた。

 どちらも想像の範囲内だったので、口元が皮肉げに吊り上がるだけですんだのは、不幸中の幸いだ。

 

 私は二人の要望になど耳を傾けずに、質問をする。


「まずは、クレア。貴女、今後はどうしたいかしら?」


「だからぁ! 耳を治してって言ってるでしょう! 貴女が可愛いって言った耳じゃない! 治ったら存分に、触らせてあげるから!」


「それだけなのですか? 耳を完治させてほしいだけ?」


「……え? え、と……ダンジョンアタックは怖いのでやめさせてほしいです。でも! ギルドの依頼は受けさせてほしいです。上位の! 男性冒険者と一緒に受ければ、失敗ないと思いますから! 私だけなら、大丈夫ですから! っていうか、それが無理なら! 御方が一緒にいてくれないと困ります」


 想像していた以上に男性依存が酷い。

 セシリアも呆然と目を見開いている。

 私も自分の中に残っていた良心らしきものが、一瞬で霧散したのを自覚した。

 夫にまで関心を持つのは許せない。

 夫も許さないだろう。

 彼女の未来は夫を求めた時点で絶望に染め上げられる。


「……ネラは、今後どうしたいかしら?」


 私は必死に平静を装いながら、同じ問いかけをした。


「私は! 皆にもっと尊敬されて、大事にもされたいです! いつも! ネル姉ばかり尊敬されて! ネマとネイばっかり可愛がられて! おかしいです! クレアなんて、私が酷い目に遭うのを煽ったんですよ! ローレルたちだって、無視するしっ! ネマとネイだって、助けるどころか変な目で見るし! あり得ない! あり得ないからっ!」


 どうやらネラはいろいろと拗らせきった感情を抱え込んでいたらしい。

 ネマとネイの、かわいそうなモノを見る目つき。

 ネルの感情が一切削ぎ落とされてしまった静かな眼差しは、ネラがどれほど見当違いなことを言っているのかを物語っていた。


「……二人とも、彩絲や他の三人に謝罪するべきことがあるのには、当然気がついていますよね?」


 もし今後の希望で、最初に謝罪をしたならば。

 結構な慈悲を与えられたかもしれない。

 セシリアたちも寛恕を請うたかもしれない。

 だが、それは所詮夢物語だったようだ。


「はぁ? 謝罪とか、そっちがすべきじゃん! 大体! 主が無茶な見極めをさせたのがおかしい! 男手がなかったら、ダンジョンアタックなんてできるわけがないんだからっ!」


「ローレルには、まぁ、ちょっと迷惑かけたかなって、思うから、ごめんなさい。でも他の奴らには、むしろ謝ってもらわないと! 彩絲だって謝ってほしい。主にも! だって私! 本当に嫌な思いをたくさんしたんだから!」


 堪忍袋の緒が切れるのが一番早かったのはノワールだ。

 私を主様ではなく主と呼んだ点が、癇に障ったのだろう。

 

虫螻むしけらが……黙るがよい!」


 クレアとネラが暴言を吐いた醜い表情のままで昏倒する。


「……ノワール?」


「申し訳ありません、主様。蟲殺魔法を使ってしまいました」


「えーと? 彼女たち、一応蟲じゃないと思いますけど……」


「重ねて申し訳ございません。蟲認定が甘かったようで、即死ではなく、昏倒になってしまったようです」


「ノワールよ……殺すのはならんじゃろう。それでは、奥方に何の利益も齎せぬ」


「委細承知! ですが利益よりも、主様に対してこれ以上暴言を吐かさせないことこそが最優先でしょうに!」


 呆れたランディーニの言葉に、ノワールが激高を抑えきれない勢いのまま返す。

 ランディー二が正論だが、ノワールも私を思っての対応だ。

 まぁ、結果的に死ななかったのだから、よしとすべきだろう。


「主様。姉に代わって心よりお詫び申し上げます。妹の私も共に、転売くださいませ。それでも許されぬ暴言とは存じますが、申し訳ございません。もぅ、どう償ったらいいのかわかりません!」


「主様、彩絲さん。誠に申し訳ございません。私も二人の妹と共に転売くださいませ……できうるならば、ネマとネイにはお慈悲を賜りたくお願い申し上げます」


「貴女たちが、無礼者の罪を肩代わりする必要はありません。もし罰をと望むのならば、彼女たちの手助けを一切しないこと。それが貴女方への罰です」


 こちらの情が通じないのであれば、次の段階だ。

 一切縁を絶った上で、その更生を見守る。

 私と夫に害を加えた肉親は、残念ながら縁を切っても更生はしなかった。

 今でもしていないし、これから先への期待は微塵もしていない。

 けれど。

 縁が切れてどうにか、更生できた例も見てきている。

 彼女たちにはまだ、縋れる余地があるのだ。

 本人たちがそれに気がつくのかどうかは、全くの未知数ではあるが。


「ふむ。手配は我とノワールで受けようぞ。よいな、ノワール」


「貴女との行動は疲れますが、今回は同意いたします。手早く転売の手配をして参りましょう。御前失礼してもよろしいでしょうか?」


「最後に姉へ告げたいことがあります。同行をお許し願えますでしょうか?」


「あ! 私も可能であれば妹へ伝えたいことがあります。同行をお許しいただけたならば、伏して感謝いたします」


 何を言いたいのか、よくわかる。

 自分も通ってきた道だ。

 言った結果も想像がつく。

 ここで止めた方が、彼女たちの心は痛まないだろう、けれど。

 止めない方がいいのもやはり、よくわかっていた。


「構いませんよ。好きになさい。フェリシアはさておき……ネマとネイはどうしますか? ネルと同行してもいいですよ?」


「いいえ、お気持ちだけで。ありがとう、ございます」


「はい。私とネイが、ネリには言うまでもなく。ネラに告げる言葉は一つも残っていませんから」


 ダンジョン攻略の最中で、言葉は尽きてしまったのだろう。

 無理もない。


 体の調子も悪く、精神的に不安定な状態でいたからこそ、あそこまで追い詰められてしまったのかもしれないが、夫についての発言は、全ての慈悲を無下にするものだ。


 私のことは、気にしないでいいのですよ?

 貴女の好きになさい。


 夫の声が聞こえる。

 それでも私は諦めた。


 ネリと、クレアと、ネラに対して、希望を抱くことを。



 校正に飽きた気分転換に福袋検索をしてしまうのです。

 そして、購入を未だに迷っている福袋が完売していると絶望するのです。

 絶望する前に買えばいいのにと思うのですが、買う前に売るものがあるだろう! という理性が働くのです。

 毎年一月は懲りずに振り回されている気がします。


 次回は、旦那様は分限者です。守護獣達と家具購入前の準備。(仮) の予定です。


 お読み頂いてありがとうございました。

 次回も引き続き宜しくお願いいたします。

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