ダンジョンアタックで奴隷の見極め 彩絲編 5
涼しくなってきた!
……と思ったら、暑さがぶり返して、もう十月。
今年の終わりも見え始めそうとか、がくがくぶるぶるの今日この頃。
仲良く四階層に下りた三人は、揃って眉根を寄せた。
クレアとネラが既に待っていたのだ。
それだけならいい。
頑張ったと褒めても。
僅かだけだがプラス修正しても。
だが二人以外にも人がいる。
他者の力を借りたからこそ、三人より先に着けたのだ。
三人より遅れて怒りと苛立ちが彩絲の頭に到達した。
「遅かったじゃない! またネマとネイが足をひっぱったんでしょ! ごめんなさい、ローレルさん」
ネマとネイを睨み付けながら口だけは殊勝げに謝ってみせるネラ。
しかしクレアの肩に乗ってふんぞり返った体勢での謝罪は最早、憎悪を募らせるものでしかない。
そもそも言うべきことは他にあるはずだ。
「……後ろの方々は、どなたなのかしらぁ~?」
ネラの言葉など綺麗さっぱり無視をしたローレルの肩の上で、ネマとネイがぴょんと跳び上がる。
それぐらいローレルの声は悪感情に満ちていた。
無理もない。
それだけ二人の行動は信じ難いものだったのだ。
「ええ、銅ランクパーティー『深淵を探求せし者』通称・アビスの皆様なの! 私たちの攻略を助けてくださるんですって!」
「クレアさんとネラさんが助けてもらうとおっしゃるのね? でしたら別行動でお願いしますわ~」
ローレルの豊満な胸をいやらしく凝視していた男の内一人が、一歩前に出る。
銅ランクパーティーごときが御自慢らしい男たちは、四人のパーティーだった。
装備からして前衛二人後衛二人の、バランスは悪くなさそうなパーティーだ。
「おいおい! 何言ってやがんだ? 俺たちが親切に助けてやるっつってんのによぉ。全く素直じゃねぇなぁ。大体お前らみてーのが、冒険者とかねぇだろ? 冒険者舐めてんのかっつー!」
ネラとネイが目にも止まらぬ素早さで、ローレルの胸を鷲掴みにしようとした男の首筋に、それぞれの武器を突き立てる。
即効性のないはずの痺れ効果はしかし、二倍だったからなのか、男は苦しそうに地面に膝をつき無様な四つん這いとなった。
口の端からはぶくぶくと泡が零れ落ちている。
「……舐めてるのは、アンタたちでしょう? そこの二人に何を言われたのか知らないけどね! 私たちは主様から与えられた見極め試練の最中なのよっ! 他人の手なんか借りるわけがないわ!」
「……汚らわしい! ローレルさんに、近寄らないでください。彼女はそこの二人と違って、淫売ではないのです!」
「んだと! このくそちびどもがっ!」
先ほどの男といい、今の男といい短気が過ぎる。
まぁ、アリッサと違って銅ランクが通過点ではなく、到達点の冒険者なんて、こんなものかもしれないが。
彩絲は溜め息を吐きながら人化して、三人を庇うようにして立つ。
「動くな、下郎」
その言葉だけで、男たちは全員動けなくなった。
脂汗を滲ませながら、驚愕の表情で彩絲を見つめている。
「この程度の威圧で動けぬ愚物が、我が主の所有物に触れるのは許さぬぞぇ!」
しかし名乗りを上げずとも、彩絲が自分たちより上位の者であると、理解はできたようだ。
今度は恨めしげに、クレアとネラを睨んでいる。
「さて、クレアにネラ。貴様らは奴隷の見極めを何だと思っておる?」
「あ、あ! よ、より安全に! ダンジョンを踏破するのが、主様のお心に適うと!」
「ほぅ? 実力を見極めるのに、信用できぬ愚か者の手が必要と、そう申すのじゃな?」
「さ、彩絲様。彼らは決して、愚か者では、ひぃっ!」
威圧をそのまま向ければネラは、クレアの後ろに隠れようとその首筋に爪を立てる。
クレアは醜く顔を歪ませて、ネラを撥ね除けようと動かしかけた手を、拳を握り込むことで必死に押さえ込んだようだ。
「そもそも貴様らに、銅ランクパーティーに護衛を依頼するだけの金銭があるというのかぇ?」
「そ、そこは御安心ください! 主様にお借りしている資金を無駄に使うつもりなど、さらさらございません! 私どもが奉仕して、それを謝礼にと!」
「この痴れ者がっ!」
「ひっ!」
真っ向から彩絲の怒気を浴びたクレアは、その場にへたり込んだ。
ネラに至っては失神している。
「貴様の体も主の資産。勝手に安売りするなど許されるものではないのじゃ!」
返す返すも腹立たしい。
己が奴隷だと、微塵も自覚できていない二人に腸が煮えくり返りそうだ。
「お、恐れながらっ!」
「……なんじゃ?」
硬直していた男のうち一人が声を張り上げる。
リーダーだろうか。
声は畏怖に満ちながらも、打算にまみれていた。
「私どもに謝罪のお慈悲を与えていただけないでしょうか?」
「何と、詫びるのじゃ?」
男は俯いていた顔を上げる。
軽い女が好みそうな整った面立ちをしていた。
男も慣れているのだろう。
偽りの真摯さを装ってみせる。
「まずは、メンバーがローレル殿、ネマ殿、ネイ殿に暴言を吐いた無礼を、奴隷の主様の許可なく奴隷と勝手に契約を結んだ無礼を……」
「待て! 契約じゃと?」
「は、はい。初級ダンジョン踏破に力を貸す代わりに、その身を委ねると! こちらです!」
男が懐にしまい込んでいた書類を取り出して、広げてみせる。
そこには報酬としてクレアとネラどころか、三人にも一晩奉仕させると記されていた。
許せる契約ではなかった。
そもそも、この契約が通るのがおかしいのだ。
冒険者ギルド職員の目は節穴なのか?
「……冒険者ギルドの職員とは、懇意なのかぇ?」
「ええ! 我らの活躍を自慢に思って、何かと便宜を図ってくれる職員が何人かおります」
「なるほどのぅ」
どうやらまだ馬鹿どもが巣くっているらしい。
キャンベルに話をつければ、きっちりと引導を渡してくれるだろう。
さすがにここまで馬鹿が多いと彼女への同情を禁じ得ない。
「まぁ、奴隷の主を通さずに奴隷と契約を結ぶのは、重大な違反行為じゃ。貴様も、奴隷も罰を受けるじゃろうのぅ」
「ば、罰は受けます! で、ですので、謝罪のお慈悲を!」
言葉での謝罪があるか、ないか。
それで罰が決定するわけではない。
だが、心情で左右されるものは、大なり小なり存在した。
男はそれを重々承知しているのだろう。
犯罪に慣れた者の考え方だ。
今までもそうやって、最悪から逃れてきたのだろうが、今回は相手が悪かった。
「謝罪は許さぬ。逃げることも許さぬ。契約どおり、二人を護衛するがよかろう」
「え? ……よろしいので?」
「構わぬ。違反行為の罰を受けさせるためにも、行動は一緒にさせた方が楽じゃからな。ただし! 三人にはかかわるな。また、邪魔をするでないぞ!」
彩絲は男たち二人に小蜘蛛を放った。
逃げようとしたときに、麻痺針を打ち込み縛り上げるためだ。
意識を集中すれば、小蜘蛛の視界が映すものを見ることもできる。
「……さぁ? 行動せよ!」
三人は頷いて今まで通りの探索を始める。
この階層での依頼は、ゲジの肉五ダースとやわやわを指定容器に五個分だったはず。
冒険者ギルドから貸し出される指定容器に、ゲル状のやわやわをみっちりと詰め込むことを推奨されている。
岩の隙間に溜まっているやわやわを収集するのは面倒とされているが、難しくはない。
余計なゴミが入っていないと高評価が得られるようだ。
肉を柔らかくする効果があるので、途切れることがない依頼の一つだ。
「……私は、やわやわ採取に専念します」
ネイが自分の体より大きな指定容器を抱えて、軽々とやわやわが溜まっているらしい岩場に上る。
「一人で大丈夫かしら~?」
「大丈夫です、ローレルさん。専用のスプーンも、持ってきました」
これもまた自分の背丈より大きいスプーンは、岩の形に合わせて自動変化する高性能のスプーンだ。
料理人必須アイテムとも言われているそれは安くはないが、姉妹揃って持っている気がする。
「さすがですわ~。準備も完璧ですわねぇ~。それじゃあ、私はネマと一緒にゲジ狩りに集中……」
「ちょっと、ネイ! 採取は私に任せなさいよ!」
「ちっ! 邪魔しない約束じゃん、ネラ姉! そもそも、採取はネイに任せてよ! ネイの方が上手なんだから! ネラ姉に任せたら、ゴミだらけで報酬を減らされちゃうのが目に見えているんだからね!」
「うるさいなぁ! 私の方が早いから、私がやるっ!」
「……我は、邪魔を、するなと、言ったぞぇ?」
伸ばした蜘蛛糸で、ネイから指定容器を奪い取ろうとしたネラの手をはたき落とす。
ネラの手首にうっすらと赤い線が走った。
出血はしていない。
「痛い! 痛い! クレア! 薬を! 痛み止めを頂戴! 塗る方と! 飲む方、と?」
転がったネラが大げさに悲鳴を上げながらクレアにねだった。
が。
クレアはリーダーに腰を抱かれながらゲジに鎌をふるっている最中で、ネラの懇願を無視した。
聞こえない距離でも、声の大きさでもなかったので、聞こえなかったふりをしたに違いない。
「あ、あの……傷薬を……」
今度は最初に暴言を吐いた男の足元に走り寄り、涙目で訴える。
「……その程度の傷で薬とか、もったいねぇことできるわけねぇだろ! 愚図が!」
男は憎々しげにネラを蹴り上げようとして、三人と彩絲に凝視されているのに気がついて、代わりに岩を蹴り上げた。
蹴り上げた岩から欠片が飛んで、欠片はネラの後頭部に直撃する。
ネラは血を流しながら昏倒した。
「よもや、傷の手当てをしないなんぞと、言わぬよなぁ? 事故だと、主張してみるかぇ?」
男は無言で乱暴に腰からぶら下げていたポーションの瓶を取り出すと、ネラの頭に中身をかける。
びしょ濡れになったネラを、男はポケットの中に頭から突っ込んだ。
あれでは頭に血が上って、さぞかし苦しいだろう。
男に媚を売るのに一生懸命なクレアとその男たちとの共闘よりは、よほどましかもしれないが。
きちんと指示をすればそれなりの戦力になるはずなのだが、愚かな男はそれに気がつかない。
奴隷の扱いとしては上等だろう? と言わんばかりに肩を竦めてみせる男に、彩絲は冷笑を浮かべるだけにすませた。
厨二病なパーティー名……と考えた結果。
こうなりましたとさ。
何時か厨二病でも格好良い男性パーティー出せるかなぁ。
むしろそこが良い厨二病! なパーティーも書いてみたいのですが。
書きたいものは多いけれど、手が追いつかないのです。
連載を確実に書いていく方向で頑張る所存……。
次回は、ダンジョンアタックで奴隷の見極め 彩絲編 6 の予定です。
お読みいただきありがとうございました。
引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。




