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旦那様は憂いています。私は眠いです。

 自分は香りの強い系が苦手なので、ミントティーは飲みません。

 人が飲んでいるのを見ると、とても美味しそうに見えるんですけどね。



 心地良い眠りに包まれている。

 隣に眠る夫の体温が何より酷く安心するのだ。

 一見薄く見えるけれどしっかりした胸板へ頭を乗せて、緩やかに脈打つ鼓動を確認しようとしたところで、声がする。

 あれは……ノワールの声だ。


『主様。御方とのお時間を堪能されている時分に申し訳ございませんが、雪華さんたちが戻られたようです』


「ん? ……んん? 今、何時です、か?」


『夜中の二時にございます』


「真夜中……」


『はい。ですから何か問題があったのかと判断いたしました。ですが、それ以上に主様が直接雪華さんと奴隷たちを労いたいかと思った次第でございます』


「……うん、ありがとう。特に奴隷たちは初めてのダンジョンアタックだったからね……なにか、こう。目の覚める飲み物をもらえるかな?」


『フレッシュミントティーでよろしゅうございますでしょうか? 使うミントはペパーミントにございます』


「ありがとう。すっきり目覚めそうです」


 天蓋ベッドの上で思い切り伸びをする。

 先程まで確かに感じていたはずの夫の体温が全く残っていないのがもの悲しい。


 ミントの中でも特に目覚めに相応しいといわれているペパーミント。

 あとは注ぐだけ状態になっていたミントティーがカップの八分目まで淹れられる。

 仕上げにふわっと、生のミントが載せられた。

 ふと、自宅で栽培していたアップルミントを思い出す。

 きっと夫が忘れずに手入れをしてくれているだろう。


「……アップルミントって、こちらにはあるのかしら?」


『ええ、ございますよ。そちらの方がよろしゅうございますか? お取り替えいたしましょうか?』


 既にカップを渡すだけの状態で、何でもないことのようにノワールが言う。

 私はゆっくりと首を振った。


「主人を思い出しただけなの。夢の中ででも、淹れてもらうから大丈夫よ。ありがとう」


 カップを受け取ってペパーミントティーを口にする。 

 頭の中にかかっていた靄がゆっくりと確実に晴れていった。


「それにしてもダンジョン攻略終了にしては早すぎると思うけど……何があったのかしら?」


『皆疲れているようでございました。奴隷の姿が一人見えませんでしたので、問題は彼女に関する事案かと推察致します』


「……ネリ、かな。死んだわけではなさそうね?」


『はい。気配は察知できましたが、どうにもマジックバッグに収納されているようでございます』


 聞いた知識では余程のことがなければ生きた人間の収納は禁じられている。

 つまりは、余程のことが起こったのだろう。


 肌に優しいネグリジェからルームウェアに着替える。

 淡い桃色のシンプルなワンピースだ。

 襟元と袖口と裾にサクラの花びらが刺繍されている。

 背中の小さなボタンを手早くノワールが留めてくれた。


 着替えを手伝わせていいのは、ノワール、雪華、彩絲だけですよ?


 と、夫の声がする。


 ランディーニは駄目なのかと反射的に思えば。


 駄目です。

 姿形以外の問題で駄目です!

 

 と、強烈な駄目出しをされてしまって苦笑する。


『主様のお着替えを手伝わせるには、信がおけませぬ』


 二人の会話が聞けたらしいノワールにまで駄目出しされてしまった。

 どうしてか二人はランディーニへの評価が厳しい。

 ランディーニは、からかい上手と見せかけた上から目線なのだろうか。

 根っこは揺らがずに信用しているようだが、全幅の信頼とまではいかないようだ。


 一階へ降りれば雪華が飛び込んできた。

 珍しくほんのり汗の香りがする。

 一仕事終えた証だから、不快感は微塵もなかった。


「お疲れ様でした、雪華」


「うううううう。本当に疲れた! 三人はアリッサに相応しい奴隷と判断できたんだけど、残りの一人がどうしようもなかった。あと性犯罪に遭いそうになった。当然未遂にもならない未遂だけど」


 胸にぐりぐりと頭を擦りつけられるので苦笑しながら撫でておく。

 むふーと荒い鼻息が聞こえたところで、ノワールが雪華の体を引き離した。


「報告は身綺麗にされてからのほうがよろしいのでは?」


「そうしたいのは山々なんだけど、奴隷たちが厳しいと思うから、報告だけ先にさせて欲しいんだよね。いい、アリッサ?」


「勿論。ノワール、皆にもミントティーを淹れてあげてもらえるかな」


『主様のお代わりはアップルミントティーに致しましょうか?』


「ふふふ。私は目が覚めたからミルクティーがいいかな?」


『畏まりました』


 奴隷たちはドロシアと話をしている。

 三人とも霊に対して恐怖や嫌悪はないようだ。

 フェリシアは年上の女性に対する丁寧な口調、セシリアは興味津々の口調、ネルは失礼にならないように気を遣いつつも伺う口調だった。


「皆、お疲れ様! 色々あったみたいだけど、お茶を飲みながら報告をお願いしたいの」


「主様にはお休み中の所を大変恐縮ではございますが、報告をさせていただきたく思います」


 フェリシアが深々と頭を下げるのに他の二人も倣う。

 ドロシアはネルの小ささが好ましいらしい。

 フェリシアの肩に乗ったネルの背後についている。


 全員が椅子に座って一口目の紅茶を飲み、一息吐いたところでフェリシアが話を切り出した。


「主様のご期待に添えず大変申し訳ございませんが、ダンジョンアタックは一階のみのリタイアとなりました」


「採取素材は一通り入手できました。宝箱を一個残してしまったのがとても悔しいです。ドロップアイテム及び採取アイテムは各種一点ずつ残してありますので、後程主様に献上致します」


「戦闘は一階層出現モンスター全てと熟しました。また、格上とみられる冒険者との対人戦も熟しました……帰還原因は、妹の、ネリです」


 一階のみのリタイアなら確かに早いはずだ。

 アイテムを取っておいてくれたのは本当に嬉しい。

 確認をするのが楽しみだ。

 けれど帰還原因がネリなのは、想像通りで全く以て嬉しくなかった。


「彼女が、何をしたの?」


「……簡単に言ってしまえば、自分にだけ都合の良い行動をした。その結果、私共は疎か雪華さんにも迷惑をかけたということになるのですが……」


「御方のおっしゃる電波系お花畑思考の持ち主だったんだよねー。天然ドジっ娘どころじゃなかったのよ」


 雪華の口から、電波系お花畑思考という表現が出ると、何だかしょっぱい顔をしてしまう。

 彩絲が言うよりは違和感がないかもしれないが。


 まさか、あの奴隷館に、こんなにも酷い勘違いお花畑がいるとは思いませんでしたよ。

 本当にすみませんでした、麻莉彩。


 深い溜息と共に夫の声がする。

 夫が訪れた頃には良質の奴隷館だったらしい。

 主人が代替わりでもしたのだろうか。

 もう一つの奴隷館が素晴らしかっただけに、酷さが余計に目立つ。


「買ってしまった以上、最後まで責任は取ろうと思っていたのだけど……私はお花畑との相性は最悪だから……姉としての希望は何かあるかな、ネル?」


 私の問いかけにネルの肩が大きく揺れる。

 フェリシアがその頭をそっと撫でるのに勇気をもらったのか、涙目のネルは真っ直ぐに私を見つめた。


「フェリシアやセシリアと共に行動して私は……ネリのフォローに疲れ切っている自分に気が付きました……」


 気が付けてもいなかったのか。

 それだけ当たり前だったのだろう。

 彼女にとって、至らない妹のフォローをするということは。


「そして、どんなに言葉を尽くしても自分の都合良く改悪してしまうネリに愛想が尽きました……酷い、姉です」


「少しも酷くなんかないわ。血縁って簡単に縁が切れないからきつかったでしょう? よく今まで頑張ったわ」


「ふ、ぐぅ……お優しいお言葉、ありがとうございます」


 セシリアには指の腹で背中を撫でられている。

 フェリシアも頭を撫ぜるのを止めない。

 この三人は短い間で随分と親交を深めたようだ。

 偽善には見えない同情は心からのものなのだろう。


「……ノワール、もしネリを転売したとして、後は追える?」


『ランディーニが得意ですね……未だ暢気に寝ておりますが』


 フクロウは夜行性ではなかったのだろうか?

 それともお年寄りは朝が早い的な性質が優先されるのか?


 無理に起こすでもないので今は寝かせておく。

 彼女のことだ。

 恐らく何か問題が発生すれば、起こしに行かなくとも起きてくるだろう。


「じゃあ、彼女は元いた奴隷館に売却でいいかしら?」


「私もそれが一番いい方法だと思ったよ」


 雪華も同じ結論に達したようだ。

 奴隷館の間での情報は空恐ろしいほどに回ったらしい。

 商人の間でも既に、百合の佇まいとは如何な取引もしては駄目だと揶揄されている。

 そんな奴隷館へ売られれば、幸せな未来は万に一つも回ってこないだろう。

 正気のまま五体満足でいられるという最低限の尊厳ですら、奇跡になってしまう。

 しかしそうなると、他の奴隷たちが可哀相だ。

 転売時に一度確認したほうがいいかもしれない。


「じゃあ、一応。彼女の言い分も聞こうかな」


「それは! 主様が不愉快な思いをされるに違いありませんので、おやめになったほうがよろしいかと苦言致します」


 実の姉にそこまで言われるようになってしまったネリを、ただ不憫に思う。

 比べようもないほどに、ネルのほうこそ不憫であるとも思うが。


「お花畑の迷言には慣れているからね。多少のストレスは覚えるけど、片方だけの意見を聞いて判断するストレスのほうが遙かに大きいから、聞きたいの。勿論、ネルたちの発言に全く疑問も不満もないよ? それでも、ね」


 業のようなものだ。

 長く意見を聞いてはもらえなかった立場だったから、聞かずにはいられない。

 心が落ち着かない。

 夫がそばにいないので、その傾向は強くなっている。


「あ! 他の姉妹たちが戻るのを待ったほうがいいかな?」


「他の妹たちも私同様に長く迷惑を被って参りました。常にネル姉が見限らない以上は私たちも頑張るよ、と言ってくれていましたので……」


 ネルの我慢が最後の砦だったのだ。

 壊れる前に助けられて良かったとしみじみ思う。


「それでは、セシリア? ネリを出してもらえるかしら」


「拘束は解きませんよね?」


 心配そうに伺うセシリアに、私は苦笑しながらも深く頷いた。


 

 スライムのほうでは、ちょうどフルーツティーの話を書いていました。

 全然違う場面なんですけど、妙にリンクする時があって面白いです。


 次回は、旦那様は憂いています。私は呆れました。の予定です。


 お読みいただきありがとうございました。

 引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。


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