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ダンジョンアタックで奴隷の見極め 雪華編 3

 防御特化のガードスライム、攻撃特化のアタックスライム。

 回復特化のスライムを何スライムにしようか思案中です。



 怒りや苛立ちをクールダウンしようと三人は無言で水分を取る。

 王都で売られている果実水は基本的に質が良い。

 安価にもかかわらず物によってはリフレッシュ効果まで付いている。

 セシリアはネリの暴走を抑えきれなかったものの、多種多様の良質な品物を購入できていたようだ。

 冒険者としてだけでなく、メイドとしての評価にもプラスしておきたい。


「あ! その果実水美味しそう! 私にもちょーだい!」


 セシリアの果実水が入った容器に手を伸ばそうとするも、ネルが素早く彼女の身長ほどあるナイフをネリに向かって叩き付ける。

 ナイフの側面を使った平打ちだ。

 ネリの手は赤く腫れたが、切り傷はつけられていない。

 こうやって幾度となくネリの暴挙を止めてきたのだろう、絶妙な力加減だった。


「図々しい真似はしないで! みっともない! 貴女は自分で買った物を責任取って飲みなさい!」


「でもこれ、美味しくないんだよ!」


 色だけは透明で美しい赤色の飲み物をネリが両手で突き出して見せる。

 冒険者なら新人でも知っている粗悪な飲み物として悪名高いそれ。

 販売中止にならないのは現王妃が、その色を愛でているからだとまことしやかに囁かれていた。


「普段から言っているでしょう? 自業自得だって! 私達が何度も教えているのに、貴女は何時まで経っても覚える気がないんだから!」


「だって美味しそうに見えたんだもん……」


「良し悪しを看破できるのにやろうとしない、貴女が悪いのです。可笑しいのです。最悪なのです。私の物を含めて、他人の持ち物に手を出さないで!」


「これは、パーティーの持ち物……」


「本来ならな? でも貴様は不必要な物を買いすぎた。セシリアが必死に止めるのも聞かずに、だ。だからセシリアが購入した物は私達で、貴様が買った物は貴様が責任を持って消費しろ」


「きちんと分けてあるから安心してよ。なんならさ。アンタの分だけ、自分で持ってもらってもいいんだけど?」


 マジックバッグに入っているから重量を感じないが、普通のバッグなら当然相応の重さになる。

 ネリが買った分は愚かしくも相応以上の重さなのだ。

 相変わらず謝罪もお礼もないまま、ネリは唇を尖らせて上目遣いに沈黙を守る。


 三人が次に何かしでかしたら、荷物を持たせる罰を与えるようにしようと、目配せし合ったのを認識する。

 本来なら悪質な画策を、止めるつもりも、三人の評価を下げるつもりもさらさらない。


「あ! あれっ! 宝箱だよっ! 絶対っ!」


「ネリ!」


 目で確認できるぎりぎりの距離にあった行き止まりの道で、またしても宝箱に向かって走り出そうとするネリをネルが止める。

 ぴたっとその場に止まった横を、フェリシアが通り過ぎていく。


「罠感知ができるから、私が見る。貴様は下がっていろ」


 一階の宝箱に罠なんて、まず仕掛けられてはいないだろう。

 だが、宝箱がある=罠がある可能性が高いので、必ず事前にチェックをする……という認識を徹底的に身体へ叩き込むのが重要なのだ。


「罠なんてあるわけ!」


「一階の宝箱で怪我をしたエピソードは有名だけど?」


「冒険者ギルドの、初心者向け注意掲示板に大きく書いてあったわね」


 ちなみに、中級者向け、上級者向け掲示板にもそれぞれある注意事項。

 情報は頻繁に更新されるが、中には鉄板情報も多い。

 一階の宝箱に、極々まれにだが罠が仕掛けられているという話は、初級冒険者の大半が知っているほど有名だ。


「ふむ。罠はないようだ……どれ……ほぅ、なかなか良い物だ。ガードスライム防具一式だった」


「え! 凄いですね。全部装備するとスライムの攻撃を全て無効にできるんですよね?」


「ああ。スライムダンジョンに潜る時は必須と言われている装備だ。防寒のバングルと耐火のネックレスがレアで、なかなか揃わないらしいな」


「幾らっ! 幾らになるのっ!」


「1000ギルぐらいかしら? 在庫が少ないとあるいはそれ以上かも……」


「す、凄いわ!」


 ネリがバングルに触ろうとする前に、セシリアがマジックバッグの中に手早く仕舞い込む。


「……壊れやすいので、さっさと仕舞いますね?」


「えぇ! ちゃんと見たかったのにぃ!」


「壊されては堪らないからな。さ、行くぞ」


 文句をさらっと流してマップを見詰めるフェリシアの背中を憎々しげに凝視したネリは、雪華の目線を感じたのか仰々しく肩を竦めて見せる。

 ネリには見えないがフェリシアは睨み付けられたところで痛くもなしと涼しい表情。

 セシリアが呆れきった蔑みの眼差しで、ネルがマップを見ながらも威嚇しているのに気が付きもしないようだった。


 

 ネリが介入さえしなければ、ダンジョン探索は順調以外の何ものでもない。


 げここっ! 

 げこここっ!

 という鳴き声と共に、気配を感じたらしいフロッガが振り返る。

 

「遅いです」


 ネルがククリナイフを投擲すれば、手入れの行き届いた鋭い切っ先は呆気なくフロッガの心臓を貫いた。

 自動帰還機能付は大変便利だ。

 ネルがククリナイフを再び手にする頃には、フロッガは呆気なく絶命していた。


「フロッガシューズ、ですね。水場を歩くのに良いとか」


「スリップの頻度が低くなるらしいな」


「しかし、初級ダンジョンとは思えないほど、良いドロップ品ですよね?」


「ええ。ただ耐久度が低いらしいです。だから常に需要がある状態という……」


「だから王都の特に初級ダンジョンって人気が高いんですね」


 三人は敵が出ると順番に攻撃をしながら手早くドロップ品を収納し、丁寧かつ迅速にダンジョンを攻略していた。

 ネリという邪魔さえ入らなければ、全て先制攻撃で対峙できているので、複数の敵が出てもほとんど一人で対処できている。

 またモンスターが想定しない動きをしても冷静に見極めて、無理なく無駄のないフォローにも入っていた。


 無論、採取だって忘れていない。

 フロッガ出現付近の岩によくくっついている、えるのみも見落とさずにこそぎ落としていた。

 これで、一階で採取できる有用な物は全種類入手できていた。


 マップは半分以上攻略できている。

 宝箱情報は後一つ。

 まだ遭遇していないモンスターはガードスライムだけ。

 マップを完全に攻略しなくても、宝箱を回収してガードスライムとの戦闘を終えたら、地下二階へ降りていいかもしれない。

 それほどに初心者とは思えない適切な行動なのだ。


「……ねぇ。もう、降りてもいいんじゃないの?」


 三人の後ろにただついてくるだけになったネリが、相変わらず唇を尖らせながら意見する。

 少なくとも雪華と同じ思考の末に至った結論ではなさそうだ。

 単純に退屈なのだろう。


「宝箱は回収したいし、ガードスライムとの戦闘も熟しておきたいから、まだ降りるつもりはない」


「はぁ……どうせガードスライムっていっても、たいしたことないんでしょ? 宝箱は……まぁ、回収するとしても、どうせ主の物になるんじゃなぁ……やる気、出ないんだよね」


 一人で大げさに肩を竦めるネリに賛同する者は誰一人としていない。

 ガードスライムより弱いとされているホーンラビット相手に大怪我を負ったのを、もう忘れてしまったのだろうか?

 アリッサを貶める言葉に怒りを覚えるのと同じ強さで、どうしてここまでネリが付け上がった性分になったのかが気になってしまった。

 姉達が揃って甘やかした以上の何かがある気がするのだ。

 彩絲なら、どう判断するだろう。


「ねぇ、雪華さん。主、私達にお小遣い、どれぐらいくれるんでしょうね?」


「……少なくとも、戦闘に参加せず、文句ばかり言ってる輩には、雀の涙ほどでも出れば御の字じゃないの? ねぇ? なんでアンタは、そんなに偉そうなの? 自分が奴隷って、自覚あるの? 主が買ってくれなかったら処分対象だったと思うんだけど」


「身体が小さい姉さん達ならまだしも、私が処分対象とか有り得ませんよ!」


 はははは! とネリが笑う。

 ネルは愕然としていた。

 フェリシアとセシリアはネルに労りの眼差しを向けている。


 そうか、解った。

 この愚か者は、リス族の中で大きく生まれてしまった自分を、忌み子ですと口先で言いながらも、特別な存在だと思い込んでいるのだ。

 天使の忌み子であるフェリシアとの相違には驚くしかなかった。

 フェリシアは己を卑下しすぎているが、そうなってしまうのがむしろ普通なのだ。


「身体が小さかろうと仕事が優秀であれば、むしろ優遇されるわ。身体が大きかろうと仕事ができなければ破棄されるでしょうね。我が主は慈悲深い方だけど、勘違いしている者を特に嫌悪していらっしゃるから……」


「破棄とか、酷くないですか?」


「何処が酷いのかしらね? 私にはさっぱり理解できないわ!」


 爽やかに笑った雪華を、化け物でも見る目で見上げたネリは口を噤んだ。

 これで動くようになるか。

 や、動いても三人の邪魔をするだけなら、このまま大人しくついてくるだけの方が無難だろう。


「ひぃ!」


 アタックスライムは攻撃的なので解りやすく近付いてくるが、ガードスライムは基本様子見をする。

 だから近付いてきても、対処さえ誤らなければ害のないモンスターなのだ。

 しかし、ネリは対処を誤った。

 

 それを、テンプレ乙! と私共の世界では言うのですよ。


 アリッサではなく御方のお声が聞こえた気がした。


「ひいいいいいい!」


 自分の足にべったりとガードスライムが張り付いて捕食を開始していると、勘違いしてしまったネリが体勢を崩したままで、自我を持ちし(エゴイスト)メイスを勢いよく振り下ろす。

 ガードスライムを切断するはずのエゴイストは、雪華の足下ぎりぎりに突き刺さった。

 いい加減にこの屑から、俺様を解放しろ! 

 そんなエゴイストの声が聞こえてくるようだった。


「いやだ! 助けっ!助けてぇっ!」


 そのままの状態で雪華に縋ってくる。

 雪華は深々と溜息を吐いた。


「悪かったわ。今すぐ貴方を解放するから、ガードスライムを殺してくれる?」


 エゴイストは動かない。

 ネリの手にあるのが不満だという訴えに、雪華はネリの手からエゴイストを奪うと、ガードスライムを一撃の下に叩き潰した。


「いたいいいいいいい! へたくそ! ひぃいいいい!」


 余程腹に据えかねていたのだろう。

 今までの意趣返しとばかりに、エゴイストはパライン皮ブーツごとネリの足を叩き潰した。

 しかし、へたくそとは、雪華に向かって放った暴言なのだろうか?

 ネリはエゴイストが自我を持つ武器なのだとすっかり忘れている気がする。

 イラッとすれば、エゴイストから、あぁ、解るぜ! と同情に満ちた同意をされてしまった。


 ガードスライムのドロップ品がブーツだったのには、ネリ以外の全員で失笑した。 



 後半で自我を持ちし(エゴイスト)メイスがエゴイスト表記になっているのは、わざとです。

 ネリに対する強い拒絶を出したかったのですよ。

 そこそこ長く使われてきたエゴイストですが、持ち主を傷付けてまで拒絶したのは、今回が初めてです。


 次回は、ダンジョンアタックで奴隷の見極め 雪華編 4 の予定です。


 お読みいただきありがとうございました。

 引き続きお付き合いいただけたら嬉しいです。


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