旦那様は分限者です。妖精達と夕食を。前編
今一太郎で文章を書いているのですが、主人がバージョンアップ版を購入し音声読み上げソフトを入れてくれました。
まだ慣れませんが、以前より格段に誤字が発見できる気がしています。
しかし、自分の文章を読み上げられるのって照れますよね。
背後に頭を下げ続ける店長他、店員一同のプレッシャーを感じながら角を曲がる。
感謝自体は嬉しいのだが、度を超えると負担になるのが困りものだ。
何よりここには、夫がいない。
ふぅと小さく溜息を吐けば、ノワールが心配そうに尋ねてきた。
『主様。体調が思わしくないのであれば、即時帰宅された方が宜しいかと思います』
「大丈夫です! ただこう……過度な好意というか謝意を少し負担に感じただけなの」
『御方は気にされなかったがのぅ……』
「ふふふ。さすがにあそこまで悪意というか邪意 がない感情に対して、無神経にはなれないかなぁ……あ! 勿論、主人が無神経って言いたいんじゃないわよ?」
夫は所謂王様気質の人だ。
周囲が自然と敬意を持って頭を垂れる。
それだけの問題を片付けてきたという実績もあるが、それだけではないのが恐ろしい。
世の中には、存在するのだ。
そこにいるだけで、周囲を完全に支配できる人間というものが。
『大丈夫じゃ、我らとてそんな誤解はしないぞ。ただ御方の隣に立つのであれば奥方も、もう少しこう……』
『そういうのを余計なお世話というのですよ、ランディーニ。御方も主様も納得なさっての今の関係でしょう。貴女がどうこう言う権利はありません』
『むぅ。だが、我らが言わねば誰も言わぬだろう?』
そうでもない。
ランディーニのように、私達の関係がどこまでも健全で幸せなものであるようにと、心を砕いたアドバイスとは真逆の意味で、同じ内容を語る輩はむしろ多いくらいだ。
「……どうせなら、喬人さんと一緒に居る時にお願いしたいな? 私の考えも喬人さんの考えもちゃんと聞いてからじゃないと、平等ではないでしょう?」
『それは……その通りじゃのぅ……御方は、何時こちらに来られるのじゃ?』
来ると信じて疑わない口調。
だが、実際どうだろう。
夫はこちらの世界へ来るだろうか。
来るとしたらそれは、夫の考える、私が異世界ですべき事が全て済んでからのような気がする。
「解らないわ。ただ……随分先になるとは思います」
『御方がいらっしゃいましたら、考えれば宜しいかと。主様、今日の夕食は外食にいたしませんか?』
「それがいいかもね……あぁ、良い匂い……」
先導するランディーニについて行けば、何時の間にか屋台が並んでいる通りに足を踏み入れていた。
色々な種類の、胃を直撃する匂いが漂っている。
お腹がきゅるるるっと派手な音を立てた。
『随分とお腹を空かせておられるようじゃ。そうすると最初はスープ系が良さそうじゃのぅ』
『ホットワインなどもございますよ?』
「アルコールは空きっ腹にきちゃいそうだから、お腹に何かを入れてからが良い気がするの」
フルコースや懐石の食前酒だけでも、体調次第では酔っ払ってしまう程度には弱い。
ちなみに夫はザルを超えたワクだ。
飲みたい物を頼んで残りは飲んで貰うという荒技が使えるので、とてもありがたいと常々思っている。
今隣にいないのがとても残念だ。
『うーむ。スープ系は三種類じゃの』
『オニオーングラタンスープ、魚介のトマトゥスープ、豚汁になります』
二人ともこの場にいるだけで、屋台で何が売られているか感知できるようだ。
匂いだろうか。
人である私より鼻は比べようもないほどに良いとは思うが、たぶんそれだけではないに違いない。
「そうなの? 教会の炊き出しクエストで作った時、シスターが『のぶたんの具沢山スープ』って表現していたから、豚汁って言葉はないんだと思っていたんだけど……」
『御方じゃったか?』
『いいえ。確か……地に足のついた転生者が御方に依頼して作らせた物……だったはずですね』
転生者!
色々と聞いてみたい気がしたが、どうやら男性らしいので止めておこう……。
夫の勘気が恐ろしい。
「豚汁も良いけど……オニオーングラタンスープが食べたいかな」
たまねぎを炒めるのが手間なので、自分ではあまり作らない。
私が大好きな料理なので夫が頻繁に作ってくれるが、時々無性に違う味のオニオングラタンスープが飲みたくなるのだ。
今の所、夫の作るオニオングラタンスープを超える物には出会えていないけれど、異世界ならもしかすると、遭遇できるかもしれない。
『では、こちらでお待ちくださいませ。ランディーニ?』
『留守は任されたぞ!』
不安ですが……と目を細めたノワールが、綺麗にメイド服を翻して姿を消す。
目の届く場所にはないようだった。
『すぐに戻るから安心して待つと良いのじゃ。うむ。そこのベンチに座ると良いじゃろう』
屋台と屋台の間には、ベンチやテーブルなども結構な数が置かれている。
ゴミ箱らしき物も設置されていた。
そっと様子を伺うと、どうやらとあるゲームで見かけた生きているゴミ箱と似た物らしく、ゴミを寄越せ! とばかりに大きな口をばくばく開閉されてしまう。
残念ながらランディーニの隠蔽は、ゴミ箱には効果がないようだった。
『他にはどんな物が食べたいんじゃ?』
「うーん。野菜系、お肉系、お魚系をそれぞれちょこっとずつ食べたいかな。せっかくだしね。できれば異世界っぽい物に挑戦してみたいの……」
こちらには漫画肉もありそうな気がする。
ドラゴンの肉で漫画肉の形状とかどうだろうか?
あるのならば是非とも食べてみたい。
『ふむふむ。よしよし。幾つかピックアップできたぞ。ノワールが戻り次第行ってこよう』
「ありがとう、ランディーニ。自分の好きな物も一緒に買ってきてね」
『言われずとも!』
『そこは言われてからにしなさい。全く貴女は主様に対して敬意が足りません。さぁ、主様。熱いのでお気を付けてお召し上がりくださいませ』
「うわー! 凄く美味しそう! 早速いただくね?」
屋台でも高級志向のお店だったのだろうか。
片手持ちの木でできたスープカップを手渡される。
覗き込めば熱々の証拠に湯気が立っていた。
飴色のオニオーンがたっぷり入ったスープの上に、程良く焼かれたフランスパンに限りなく近しいパンが載っていて、更にはパンが見えなくなるほどの粉チーズがかかっている。
「……濃厚……凄く美味しいね……」
でもやっぱり、夫のオニオングラタンスープには及ばなかった。
『では、行ってくる!』
ほふぅと口から熱気を吐き出す私を見たランディーニが飛んでいく。
すぐに見えなくなってから、ふと気が付いた。
「……ランディーニって、お金、持ってるのかしら?」
ノワールには明朗会計のスキルがついている。
家計を管理して貰おうと、契約が締結してから程なくして、それなりの……ノワール曰く、王族並みの使い方をしても、死ぬまでに使い切れないらしい……金額を渡してあるが、ランディーニには、お小遣いすら渡していなかった。
『その辺りは安心してくださいませ。私の方から一定額を渡してあります』
「それなら安心だね、良かったわ。そういえばノワールは食べないの?」
『メイドは主様と一緒に食事をしないものです……が。主様は一緒の食事を希望されますか?』
「できれば一緒に食べたいな。喬人さんもいないしね……」
特に夕食の席には決まって夫がいたので、どうにも物足りない気がしてしまう。
『では、失礼して。ご一緒させて頂きます。主様には、こちらをトッピングなさいますか?』
私の寂しさを払拭すべく珍しく軽い口調のノワールが差しだしてきたのは、小さな陶器の入れ物に入ったバター。
『こちらではターバと申します。入れますとコクと香りがより一層豊かになるのです』
「美味しそう……でも、カロリー的なものがあるよ……ね?」
『こちらのターバは、通常のターバよりカロリー控えめ仕様となっておりますので、存分にお使いくださいませ』
ずずっと差し出されるので、小匙でこそげ取って入れる。
掻き混ぜるまでもなく、スープに溶けいった。
「うーん。これはまた! 美味しい……」
ノワールのお薦めに外れはないだろう。
解っていても感動してしまう美味しさだった。
向こうに戻ったら夫のオニオングラタンスープにもバターを落としてみたい。
『またせたな! さ、お望みの物を買ってきたぞ!』
音声読み上げは声を選択できるのですが、まだ一人しか使っていません。
次の校正には違う人の声にするんだー。
一人だけ男性の声が入っているのですが、必要以上にどきどきしてしまう予感がします。
次回、旦那様は分限者です。妖精達と夕食を。後編 の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




