旦那様は分限者です。妖精達と家具選び 猫足バスタブ 4
やっとこさ、猫足バスタブ編が終了です。
買い物はまだまだあるのですが、いい加減夕食の時間だよなぁ……。
霊とのやり取りも書きたいところ……迷います。
「な、何を言っているんだ? ん? 可愛いからといって不敬にも程があるのだぞ?」
私から話しかけたからなのか、屑は眦を下げながら近付こうとする。
「下がれ、犯罪者が」
しかしノワールとランディーニより先に、ダイオニシアスが許さなかった。
屑の首筋の、ちょうど頸動脈の位置に鋭い剣の切っ先が突きつけられている。
つーっと鮮血が一筋伝った。
「この御方は最愛の称号を持つ御方である。王族であっても頭を垂れねばならぬ」
「最愛の称号を持つ奴って! ろくな奴いねぇだろ? いくら可愛いからって!」
「……この国の繁栄は、時空制御師様の御力が大変大きい。この御方は時空制御師様の最愛。貴様如きが、貶めて良い御方ではない。それだけで、万死に値するっ!」
「時空制御師の、最愛? あの方は、お隠れ遊ばしたのでは?」
「元気ですよ? この世界にはおりませんけど」
「お、おらぬのなら! 今この世界におらぬのならば、関係ないではないか! 最愛様! 時空制御師の代わりに私を貴女の最愛に!」
「……はぁ?」
屑は何を言っているのだろう。
怒りが一瞬で沸点を超えた。
落ち着きなさい!
と、珍しく焦った夫の声が聞こえるも、私は制御するつもりもない激情のままに騎士の名前を呼ぶ。
「ダイオニシアス・アッシュフィールド殿」
「はっ!」
ダイオニシアスは素早く私の前に跪くと、胸に手をあてて頭を垂れた。
「この屑を即座に去勢して、死ぬまで国の為になされる一番厳しい労働に従事させて下さい。またバグウェル侯爵家は、店が屑のせいで支払った全ての金銭を負担、更に同額の慰謝料の支払いをさせて下さい。支払い完了次第、侯爵家を断絶させて下さい。乳児幼子がいるようでしたら、慈悲を与えて下さい」
「全てお言葉通りに手配いたします。断絶後、侯爵家の処遇は如何致しましょうか?」
「断絶の際に家宅捜査的なものが行われるでしょう? 今まで逃げおおせてきた罪の証拠がうんざりするほど見つかると推測します。国の法に則って裁いて下さい」
「国の法に任せて頂けるとのご寛恕、頭を垂れて感謝申し上げます。全ての手配が完了いたしましたならば、師匠を通じて報告させて頂いても宜しゅうございますか」
「ええ、お願いします。お店の方にも同じ報告をしてあげて下さい」
「承りました。必ずや私自ら手配いたします! よし! 皆、行くぞ! 迅速にな!」
再度私の手を取り、恭しく手の甲に唇を寄せたダイオニシアスは、ノワールとランディーニへ腰を折って頭を下げてから、見事な腹パン後の延髄への容赦ない手刀で失神させた屑の足首をむんずと掴んで引き摺りながら、他の部下達を引き連れて速やかに去って行った。
騎士達と屑の姿が見えなくなって、限界まで見開いていた目をしばし閉じる。
怒りがゆるゆると静まっていく感覚に、大きく息を吐き出した。
同時に、夫の心配で仕方ないといった気配も落ち着いたようだ。
「ごめんね。頭に血が上っちゃった」
最愛の称号を持つ者ならば、己が寵愛する意味を知らぬなど許されないだろう。
そもそも私が夫以外の者を寵愛したならば、それは即時に称号を失うことだと思っている。
最愛=唯一なのだ。
何よりも代えがたいもの。
得がたいもの。
それが最愛。
屑はそんな事も解らない愚か者だろうと、理解できても許せなかった。
夫以外を愛せと強要されるのが、私は全ての物事の中において一番嫌いなのだ。
「無理からぬ事でございます」
「うむ。あんなに恥知らずな屑とは……以前迷惑を被った時分に、潰しておけば良かったわ」
「同感です」
私の激昂は当然だと思われているようで安心する。
親しいと思っていた人達から、私の怒りを理不尽だと糾弾された過去が多くあったからだ。
どうにも私は、怒らない人、と思われる事が多く、怒りを露わにすると、怒るなんて貴女らしくないと、酷く責められるのだ。
家族がそうだったし、友人、親友と名乗った人達の中にも少なくない数いた。
「あれで……妥当だよね?」
ノワールとランディーニへ向けた言葉だったが、店主が答えてくれた。
「妥当どころか……どう御礼を申し上げたら良いのか解らないほど、感謝しております。私共にとっては最良以上でございます。ですが、その……御方と最愛様への不敬に関しましては極刑でも許されぬ事ではないかと……」
やはり、あの思い出したくもない言葉は、激怒していい代物だったようだ。
夫という冷静に私を咎めてくれる人がいないので、付け上がってしまっていたのかと、少し心配だったのだ。
「私と主人を思いやって下さってありがとう。でも、ああいう輩には極刑よりも生かして、殺さずに長く罪を償って貰った方が良いと思うの。少しでも役に立って貰わないとね。死んだら、それで終わりでしょう?」
もしかしたら、反省をするかもしれない。
罪の自覚も、できるかもしれない。
侯爵家まで断罪が及んだので、これから屑は、実の親兄弟親戚縁者諸々に己を全否定されるだろう。
人を貶めるのが大好きな人間ほど、自分が貶められるのには弱いのだ。
己がしでかしてきた多くの罪の意識に苛まれるようになれば御の字だが、あそこまで性根が腐っていると難しいかもしれない。
ただまぁ、多少なりとも被害者達の溜飲は下がるだろう。
「屑の血縁は等しく腐っておったようじゃの。よくもまぁ、今まで逃げおおせてこられたものじゃ」
「王が腐れおりましたからね。主様の慈悲で正気に返ったのならば、バグウェル侯爵家の短くはない歴史もこれで終焉を迎えるでしょう。主様のなさった事は、御方のなされた事同様に素晴らしいものでございます」
胸を張って言われてしまうと面映ゆい。
ノワールは、私自身に価値はないと揺らがないのを、心配してくれているのだと思う。
最愛の称号を得ている者が卑屈な態度を取ってしまうと、屑のような輩を引き付ける可能性が高くなるからだ。
「ありがとう、ノワール。主人の名前を汚すことがなきよう、貴方達忠誠を誓ってくれている者達に相応しい主であるよう、これからも努めることにするわね」
「ほっほ! 主様は真面目でおられるのぅ。もっと肩の力を抜いて、我らに任せてくれて良いのじゃよ。ほれ! ほれ」
「あー、そこはくすぐったいから! 弱いから!」
駄目ですよ、ランディーニ!
それ以上は、私が許しません。
首筋を羽根の先で優しくさすられて、恥ずかしい悲鳴を上げてしまったら、夫からの駄目出しが入った。
涙目でノワールを見詰めれば、慌ててランディーニに拳骨を食らわせて目を回させてしまった。
目の中にぐるぐるマークが浮かんでしまっている。
大丈夫だろうか。
「ノワール殿。宜しければ、こちらを……」
店主が恐る恐るペット用のキャリーバッグを差し出してくれた。
やわらかな皮で作られており、上部は中が覗けるように透明のシートで覆われている。
これが有名なスライムで作られた透明シートなら面白いのに……と思っていると、ノワールはバッグの中へランディーニを放り込んで、しっかりと施錠してしまった。
「そちらは、どうぞお納め下さいませ。バスに入っている最中、ペットが心配な高貴な方々が、目の届くところに置いておくようにと作られた完全防水のバッグにございます」
「では、有り難く頂きますね」
「……主様は色々あってお疲れです。今日はこれで帰宅致します。受取は私が参りますが宜しゅうございますね?」
どうやらノワールもこの店の評価を改めてくれたようだ。
屑が居なくなって、地に落ちた評価はゆっくりと上がっていくだろう。
誠実に仕事をする人達が、正当に評価されるようになったのは喜ばしいことだ。
「了解いたしました。次のご来訪を心よりお待ちしております」
店主にもノワールの評価が改まったのが伝わったのだろう。
眦からは涙が一筋伝っていた。
もっとこう、ねちっこく屑をざまぁしたかったのですが、呆気なく騎士にのされてしまいました。
まぁ、彼の場合はこれからが地獄なので、良しとしましょう。
次回、旦那様は分限者です。妖精達と夕食を(仮)の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




