旦那様は分限者です。妖精達と家具選び 猫足バスタブ 3
前中後編で終わらなかったので、サブタイトルを数字に変えました。
4話で終わると思うので、後編1とかでも良かったんですけどね。
「くそぅ! 最愛が何だっていうんだ! 権力を笠に着て、ろくでもないことしかしない癖にっ!」
方向性も決まったところで、屑が何やら喚きながらこちらへと向かってくる。
屑が宣う全てが真実とは到底思えないが、他の最愛は傍若無人な勘違いさんなのだろうか?
だとしたら、否、そうでなくとも、あまり会いたくはない。
最愛という称号に対して、私と同じ捉え方をしていたとしても。
だからこそ。
思考の微差を受け入れられない例が多いからだ。
何で、解ってくれないの?
お前だけが、理解できるはずじゃねぇか!
とは、彼女彼達が言い放つ、お決まりのセリフだった。
「ぬ? 障壁は消しておらぬはずじゃが……」
「未だ生家と繋がりがあると信じて、纏わり付く愚か者がいるのでしょう。少々迂闊でしたね、ランディーニ」
未だ見ぬ他の最愛達よりも付き合いたくはない屑の背後には、黒いローブをかぶって情報を隠す人が付き従っていた。
ランディーニの魔法を強制解除させるのなら、それ相応の魔法使いなのだろう。
「うぬ。抜かったわ! ウインドサークル!」
黒ローブの周囲に風が巻き起こる。
竜巻に巻き上げられるかのように、何の手立ても打てなかった黒ローブは呆気なく、どこかへと飛ばされてしまった。
ランディーニの不意を突けたにしては情けないほど素早い退場だった。
上がった悲鳴から察するに女性だったようだ。
屑の取り巻きらしいなぁと、肩を竦めておいた。
「よしよし、騎士団の前に落とせたぞ。ほっほ。無様に捕縛されておるわ!」
ランディーニが目を細めて喜んでいる。
目を細めたフクロウは実に愛らしい。
お気に入りの耳の付け根を爪先でこしょこしょと擽る。
猛禽類は触られるのを嫌うと言うが、妖精はまた別なのだろう。
指先へ嬉しそうにふわふわの頬を擦り寄せてくる。
「な! おまっ! 馬鹿なっ! おい! こっちを見ろっ!」
飛んでいく黒ローブが捕縛されているのを何もできずに見送っていた屑の目線が私達に移り、憤慨して指先を突きつけてくる。
「主様は、従僕を労っている最中です。邪魔立てなさいますな!」
ノワールの背中に、私とランディーにが隠された。
相変わらずに男前だ。
「うるさい! うるさい! 何で、アイツが騎士に拘束されてるんだよ! 貴様がやらせてんだろ? さっさと離すように命じろよ!」
「おやまぁ? 貴様は、あの騎士達が誰かを知らぬのか?」
「貴様って! お前! 俺様は貴族なんだぞ!」
「私は最愛の称号を持つ主様の従僕。主様の身を守るためであれば、王族を弑するも辞さぬわ!」
「貴族が何ほどの者と申すかのう? 我らの生のほんの一部も生きてはおらぬ未熟者が!」
数百年、もしくは数千年を生きる妖精達と比べるのは酷だと思うが、屑の琴線には触れる言葉だったらしい。
「な、何だと? そんな高位の妖精なのか!」
「我の質問に答えよ! 貴様は、あの騎士達を知らぬのか!」
恐らく己の従僕にしようと馬鹿げた考えを本気でしだした屑の質問になど答えもせずに、ノワールは容赦なく言葉を叩き付ける。
「はぁ? 俺様が騎士の顔なんざいちいち覚えているはずがないだろう?」
「さすがは愚か者の血筋バグウェル家の息子じゃのぅ。いいか? 捕縛している騎士達は全員、貴様より身分が上なのじゃ!」
「はぁ? 何を馬鹿な事を言ってるんだ? 侯爵より身分が上の騎士なんて、存在するわけが……」
「存在するぞ、屑が。ノワール師匠には大変ご無沙汰しております。師匠の主様にご挨拶致したく思いますが、お許し頂けますでしょうか」
丁寧に手入れが施されて銀色に輝く全身鎧のヘルムが外される。
夫には及ばずとも、品格が特に素晴らしい美丈夫だった。
無論、屑など遠く及ばない。
深々と頭を下げて礼を尽くす騎士に、ノワールが戸惑っている。
私に男性を近付けるなと、夫にきつく言い含められているのだろう。
相手が騎士ならいいよね?
向こうの世界では存在しない騎士に対して、主にゲームで培われた、主に絶対服従の忠義の人々! という認識があるので、頭の中で迷わず夫に問いかける。
……致し方ありませんね。
騎士の挨拶まで許しましょう。
意外にも寛容すぎる答えがあった。
信頼の置ける知り合いなのかもしれない。
常であれば男性である以上、騎士の挨拶である、手の甲への口付けを許す夫ではなかった。
「許可が下りたから、大丈夫だよ、ノワール」
「そうで、ございますか? それでは、挨拶を許しましょう」
「ありがとうございます」
何故か尊敬の色が宿る瞳に見詰められる。
それはそれは美しい緑色の瞳だった。
金髪緑目は素晴らしい! 大好きな漫画の主人公の穏やかな微笑を浮かべた数多のシーンが、走馬灯のように頭の中を流れていった。
「ノワール師匠の主様にご挨拶申し上げます。ダイオニシアス・アッシュフィールドと申します。金のウロボロスの団長を務めております」
金のウロボロス。
銀のリヴァイアサン。
銅のバハムート。
の三騎士団からなる、国所属の騎士団。
金、銀、銅と身分関係なく実力で就任できるため、腕に自信のある者がこぞって目指す職業。
参考までに、ウロボロスの副団長は平民。
ランディーニが教えてくれるのに頷いて、手を差し出す。
恭しく両手で私の手の甲を取ったダイオニシアスは、そっと唇を寄せた。
「騎士団は実力主義。本来身分は関係ありませんが、ウロボロス騎士団長。貴方の爵位を、そこの屑に教えて差し上げなさい」
「はっ! 爵位は公爵を賜っております」
「あ、アッシュ、アッシュフィールド! こ、公爵、家、だと! 息子は、五人いて! たしか! 末っ子がっ!」
「ええ。私が末っ子で騎士団に入った変わり者の、ダイオニシアス・アッシュフィールドで間違いありませんよ? 悪名高きバグウェル侯爵家にすら見限られた屑。同じ末っ子とはいえ、随分とまた、違った人生を歩みそうですねぇ?」
美丈夫渾身の微笑は破壊力抜群だった。
固唾を吞んで見守っている周囲の女性達のうち何人かが、麗しすぎる! と失神までしていた。
美貌を誇る屑には、結構な屈辱だろう。
血走った瞳が大きく見開かれ、きつく噛み締めた唇からは血が滲み出ていた。
「お、俺! 我が輩はっ! 見限られたのではございませぬ! 下賤な者が営む店とは言え、侯爵家に多少なりとも貢献しておると聞き、致し方なく繁栄できるように我が輩が誠心誠意指導しておるのです! 崇められこそすれ! 咎められる何をもしてはおりませぬ!」
近くに佇む店主の唖然とした表情が不憫過ぎた。
今までの苦情を聞き及んでいるに違いないダイオニシアスも形の良い眉を厳しく顰めている。
ノワールとランディーニは揃って侮蔑の眼差しで容赦なく見下していた。
「貴様が犯罪行為を重ねているせいで、高級店の中でも名高かった店の名が地を這っているのに、よもや気が付いていないとは……ここまでの愚鈍の尻拭いを、よくぞしておられましたね、店主殿」
「お言葉、大変有り難く頂戴いたします」
眦に浮かんだ微かな涙を爪先で払った店主は、ダイオニシアスに深々と頭を下げた。
「どうして、否定せぬのだ! 我が輩は、店の売り上げに貢献したであろうが!」
「しておりません。貴殿の脅迫に負けて購入された方々は全員、即時返品なさいました。その際、脅迫に対する慰謝料もお渡ししておりますので、常に赤字でございます」
「は、はぁ?」
「また、貴殿が無理無体を強いました女性達への慰謝料全ても負担しております。店の繁栄どころか、店の名前は貴殿のお陰で地に落ちております」
「き、貴様らの努力が足りぬのだ! 我が輩のせいにするな! 大体、高貴な我が輩の種を賜れるのだ、ありがたがれど、慰謝料とは不届き千万! 我が輩が罰してくれるわ!」
「や。罰されるのは貴様だから」
いい加減御託を聞いているのに疲れたので、溜息交じりに屑に向かって吐き捨てた。
権力のある人がお馬鹿なのは困りますが、権力があると思い込んでいる人がお馬鹿なのも困ります。
前者はリアル遭遇率が低いですが、後者は意外とあるんですよね……。
次回、旦那様は分限者です。妖精達と家具選び 猫足バスタブ 4 の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




