旦那様は分限者です。妖精達と家具選び 猫足バスタブ 2
明けましておめでとうございます。
今年も宜しくお願い致します。
今年こそストックのある生活を目指して頑張ります。
「こちらが猫足バスタブの売り場にございます」
「おぉ!」
「うむ。なかなかに壮観じゃのう」
無言のノワールも一つ頷いたので、同じように感心しているようだ。
カーテン専門店同様に、空間魔法的な何かが使われているだろう店内はびっくりするほど広い。
向こうの世界にもあった高級家具店を思い出す。
全部で軽く百を超えるだろう、痛快だ。
バスタブのほとんどが、陶器製で白。
猫足が金だったり、銀だったり、陶器だったりといった微差がある風合い。
ただ、それ以外でも家紋らしき図案が描かれている物、カラフルな花柄、一色の花柄、ダマスク柄もあった。
真っ黒いバスタブには驚かされるが、パステルトーンならありかもしれないと、優しいピンク色のバスタブを覗き込む。
「お時間を頂きますが、オーダーメイドも受け付けております。例えばこちらの無地物に図案を描くセミオーダーなども受け付けております」
「……主様? こちらの百合の図案が浮き上がっているバスタブは如何でしょう? 足は陶器製ですが、銀か金の装飾が少なめの物に取り替える感じで」
ノワールのお薦めが、店長のお薦めより先だった。
ぱたぱたと羽音をさせながら広い売り場を回っていたランディーニも、その声に戻ってきて肩へ止まる。
「カラフルな花柄模様なども愛らしいとは思ったのじゃがのぅ。このバスタブは品があって良いなぁ」
「とある国で寵愛された姫君が一時期、教会に身を寄せる際に作られた物を参考にしたのだと、職人より説明がございました」
何とも物語を感じさせるバスタブだった。
色のあるバスタブにも心惹かれたが、やはりバスタブの色は純白がいいだろう。
側面に浮き彫りとなっている大輪の百合は、実に優雅だった。
反対側にも同じ物が逆方向に彫られている。
「シャワーも設置可能ございます。陶器、金、銀と用意しております」
シンプルな銀も良いが、ここは思い切って豪奢な金にしてみようか?
店主と店員が並べてくれた、三種類のシャワーセットを前に腕を組む。
「こちらはどういった造りになっているのでしょう?」
「はい。お湯の出る魔石と水の出る魔石を組み込んでおります。月に一度魔力の補給をお願い致します。魔石は良質な物を使っておりますので、劣化はございません」
シャワーはヘッド部分を右に回すとお湯、左に回すと水が出るらしい。
また、バスタブに溜めるお湯は使い始めに適温設定が必要とのこと。
しかし初期設定さえすませてしまえば、寒暖に応じて自動調節までしてくれるという優秀具合。
電化製品にも引けを取らない。
むしろ更に上を行くかもしれない。
「使い勝手も良く、手入れもしやすいバスタブのようですが、如何致しましょう、主様」
「じゃあ、これでお願いしようかな」
「足とシャワーは何製に致しましょう? 統一性を持たせた方が宜しいかと思われますが」
「金でお願いします!」
「主様なら、銀にされるかと思いましたが……」
「何かこう……ちょっと豪奢にしたかったんだけど、おかしいかな?」
「いいえ! ただ珍しいと思っただけでございます。銀よりも金の方が手入れが容易くなっておりますので、メイドと致しましては金製品の方が大変有り難く……」
慌てたように首と手を振るノワールは賛同してくれたが、ランディーニの意見も聞いてみようかと肩に目線を向けるも、その姿がない。
軽いので止まっているのかいないのか解らないので、当然何時姿を消したのかも解らなかった。
「……あれ? ランディーニは?」
「主様が気付かれないうちにのぅ! と豪語しておりましたが……外の後始末に動いております」
「あ! そうなんだ。一言教えてくれれば良かったのに」
「格好付けたいお年頃なのでしょう。永遠の厨二病?」
「ぷ! それじゃあ、ランディーニが可哀相だよ! 本当、ノワールはランディーニに手厳しいよね」
「実力に関しては重々信頼しておるのですが、如何せん性格が自由でございましょう?」
「個性なんだろうけどね。空飛ぶ生き物って、なんとなーく、そんな印象があるかなぁ?」
「大変恐縮ではございますが、どういった手配を取られておられるのか、お教え願えませんでしょうか?」
ノワールと私のやりとりに店主が、申し訳なさそうに断りを入れてきた。
ランディーニなら誰にも感知されずに通報が可能だ。
適切な処理をしているのを信じて疑わないが、今後の事も考えると、この手の良からぬ分際の処理方法は聞いておいた方が良いだろう。
「私も知りたいなぁ」
「では……」
「! どうぞ、こちらへおいで下さい。バスタブの方はクリーニングと加工処理に取りかからせて頂きます」
小柄の女性が、ひょいっとバスタブを抱えて奥へ消えていく。
つくづく外見から、その能力を判別しにくい世界だ。
感心しながらも先導されて、応接セットの置かれた場所へとつけば、既に淹れ立ての紅茶が饗されるところだった。
「ありがとう」
ティーカップを受け取れば、何故か真っ赤な顔をした女性店員が深々と頭を下げる。
首を傾げてノワールを見るも、説明はなかった。
ただ、夫がよくする微苦笑と同じものが浮かんでいた。
「リゼット・バロー氏の直筆証明を手にした、高位の騎士を派遣して頂くように手配致しました」
「あ、リゼットさんなら間違いないね」
知っている名前に頷く。
対峙している店主の額から解りやすい汗が一筋伝った。
「高位の騎士の中でも、特に実力のある騎士何名かを指名したので、捕縛に失敗することはないと思われます」
「指名、でございますか……」
「ええ。直接指導した過去がございますので、その人と形も存じておりますので、ご安心ください、主様」
「心配はしてないよ。ただ、メイドさんが騎士を指導するって、凄いことなんじゃないのかなって、疑問だっただけで」
「高位の騎士となるには熟練冒険者のように、泊まりがけの研修のようなものがございます。その際、一緒に行って生活環境を整える手伝いをするはずでございましたが……」
「何時の間にか、指導をしていたと」
目を伏せて会釈された。
その時の光景が目に浮かぶようだった。
メイドと侮っていたら騎士である自分達より、戦闘も研修も何もかもが、手の届かない高みにあるレベルで上だったことに気が付いて、呆然とする様が。
自分の仕事を逸脱しないだろうノワールに、頭を下げて教えを請うたなら、それだけで高位の騎士になれたのが理解できる気がした。
「捕縛、後は……どうなると、お考えでございましょうか?」
「そこまでは私共の与り知らぬ所……と申し上げたいところでございますが、主様が気にかけておられるようでございますので、お答え致します」
私が気にかけていなくても、きっちりと教えた気がしないでもない。
メイドの立場上色々と必要な言い回しがあるのだろう。
黙ってティーカップを傾ける私の様子を伺いながら、ノワールが話を続ける。
「例え王族であっても、最愛の称号を持つ者への不敬は許されておりませんが、その罰もまた定められておりません」
「ん? もしかして私の胸先三寸とか、そういうオチなの?」
「はい。如何致しましょうか、主様。一般的には死刑か、死するまで奴隷でございますれば」
おおぅ。
想像以上だった。
私をナンパして、ノワールを侮辱した程度であれば、私達とこの店に金輪際関わらない罰で終わらせてしまってもいい。
だが、今まで迷惑をかけてきた程度で、もっと重くしてもいいとも考えている。
「店の損害的には、どの程度なのか教えて貰えるかしら?」
「金銭的被害に換算いたしますと低く見積もっても、この店と同程度の店を五件維持できるほどにございます」
「……金銭的な賠償も加えよう……」
想像以上に怒りも湧かないが、溜息が出た。
「女性に執着してるようですが、女性の被害者は泣き寝入りでしょうか?」
「はい。死を選んだ女性こそおいでではございませんでしたが、修道院に身を寄せた方もございます。離縁された方も、子を産んだ方も」
「去勢も追加だね。被害状況は把握できているの?」
去勢さえしていれば、最悪男の子を孕む地獄だけは避けられる。
被害が出ないうちに処断できれば良かったが、これも巡り合わせだろう。
あまり、考えすぎてはいけない。
人間やれることには限りがあるのだ。
「被害女性には面談をして、金銭的な保証他、できうる限りの手配はいたしております」
どうやら男の尻拭いは、店が全部引き受けてきたらしい。
賞賛に値する。
「男の親達は、どういう態度なのかな?」
「跡継ぎの養子にと下げ渡したのだから、全ての責任はうぬらが取るべきじゃな? とおっしゃいました」
「それはまた……随分な愚者じゃのぅ」
何時の間にか戻ってきたランディーニの呆れきった言葉に思わず大きく頷いてしまった。
どこまでも高貴な身分の自分達がくれてやったのだから、感謝は忘れずに便宜を存分に図らせた挙げ句、自らが手に負えずに押しつけた屑の責任まで負わせてきたのだ。
「じゃあ、容赦いらないね?」
「……名をお聞かせ頂きましょう」
「バグウェル侯爵様でございます」
ランディーニとノワールの眉根が寄る。
フクロウが眉根を寄せる様子は、かなり可愛かったので肩に止まっている頭を指の腹で撫でておいた。
「懲りぬ家系じゃの」
「断絶でも問題なさそうですね」
どうやら代々屑の家系らしい。
一応幼子や赤子には慈悲を与えて貰えるように伝えておこう。
やんどこなき系の困ったさんは、さておき。
それこそが貴族の矜持! と、ノーブレス・オブリージュを貫く格好良い人達も書きたいものです。
次回、旦那様は分限者です。妖精達と家具選び 猫足バスタブ 後編 の予定です。
お読み頂いてありがとうございました。
引き続き宜しくお願いいたします。




