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旦那様は分限者です。妖精達と家具選び 猫足バスタブ 1

ま、まずいです。

買い物を楽しむはずが、困った店員さんを虐待! じゃない! 撃退する話になっていってます。

し、しかも、前中後編じゃ、終わらないという危険な気配が漂っています……。

大丈夫そうだと思ったら、引き続きご堪能下さい。



 頼まれたバス用品専門店の前で深い溜息を吐く。


『主様、大丈夫でございますか? 日を改めるという手もございますよ』


『様子を伺っておるようじゃからなぁ……』


 さすがに後を付けては来ないが、店長自ら店の前で掃除などを始めている。

 こちらには背中を向けているが、何かあれば駆けつけるはずだ。


「せっかくの猫足バスタブ購入なのに……ちょっとケチが付いた気がして寂しいけどね。それでも、やんごとなき系の無茶は不憫に思うからねぇ……」


 近しい者とはいえ、他人があそこまで口出しするくらいだ。

 店としては致命的な酷さなのだろう。


『主様にお願いした時点で、一流店から転げ落ちておりますよ!』


『じゃよなぁ……それでもまぁ……次代には、名誉回復もできるやもしれん』


「そうだよね。今代は悪評に耐え忍べば、次には盛り返せるかもしれないじゃない? 品物は実際良かったし。名前のセンスは……うん。あれはあれで貴族には受けそうだし!」


 オタク的発想を排除するなら、むしろ高貴な方々が喜ぶ雅な表現ではないだろうか。


「バスタブは買うとして、他には何が必要かなぁ?」


『タオルを掛ける移動式ハンガー、ソープ&シャンプー&リンスを入れておくラック、足拭き用のマット、後はバスタブの下に敷く専用のカーペットというかマットでしょうか?』


『バスタオルやフェイスタオルも良い物があれば買ってもいいじゃろ。掃除用具も一式買っておいた方が良さそうじゃ。おまけとしてつけさせるのもありじゃのぅ』


「ただより怖いモノはないって言うわよ? おまけはまぁ、向こうから言い出したら考えるかな」


 扉の前に立つと、いきなり扉が開く。

 驚きに瞬きをした。


「いらっしゃいませー! ようこそ、美人のお姉さん!」


 あー、こいつかぁ……。

 と、生温い目線で、テンション高く現れた男性を見上げる。

 主人に何一つ勝てないが、世間の評価的には美形と評価されるであろう男性が、ナルシスティックなポーズを取って、こちらへ手を差し伸べていた。


「主様が美人なのは言うまでもないことですが、旦那様のおられる主様の手を取ろうなどとは無礼千万! 店主を呼びなさい!」


「おいおい。アンタも……まぁ、美人だけど、ちょっと俺にはとうが立っているかなぁ。お呼びじゃないんだよ! すっこんでなっ!」


 美人という括りで比べるのなら、十人中十人が私ではなくノワールに軍配を上げるだろう。

 ノワールは凜とした清楚たる美人なのだ。

 外見的年齢も私とほとんど変わらない。

 それなのに童顔を自覚する私を評価する男性は、真性のロリコンに違いない。


 主人が送ってくる無言の威圧を、そのまま男性に向ければ話は簡単に終わりそうだが、そうもいかないだろう。


 男性がノワールの襟首を掴み上げようとするも、優美にスカートの裾を翻しながら容易く逃げおおせたノワールは、男性の背中を極々軽く押した。

 足がもつれて腕が触れてしまったと、十分言い訳が可能な触れ方だ。


 だが男性は無様にすっ転びながら入り口から店外へと、転がり出てしまう。

 

「ウインドウォール! じゃ!」


 戻る時間など与えるはずもなく、ランディーニが素早くウインドウォールによる風の障壁を立てた。

 何やら叫ぶ男性の声が聞こえないので、防音機能搭載らしい。

 男性は見えない障壁に思いっきり突っ込んで目を回してしまったようだ。

 仰向けに勢いよく倒れてしまった。

 まるでコントだ。


「……あれで頭打って良い人になったりしないかなぁ?」


「あの手の男は、悪化しそうですよ、主様」


「うむ。我もそう思う」


「だよねぇ……」


 頭を打って性格が良い方に変わるケースは、リアルでもあるらしい。

 私自身、主人から聞いた例もある。

 だが、必ずしも思い通りに行かないのが、世の中というものなのだ。


「……当店の従業員がお客様に大変失礼を致しまして申し訳ございません。伏してお詫び申し上げます」


 私が誰なのか、解っているのか、いないのかはさておき。

 土下座は大袈裟だろう。

 相手が貴族であれば、当たり前なのだろうか。

 慣れきった謝罪に誠意を込めるのは意外に苦労するのだが、一流店の店長と呼ばれるだけはある。

 謝罪には何処までも真摯な響きが宿っていた。


 この人柄を惜しんだのか。

 同業の悲哀というものかもしれない。

 やんごとなき系に目を付けられる可能性は、どの店にだって等しくあるのだから。


「事情はご近所のカーテン屋さんに聞いて伺っていますから、そこまでの謝罪は不要です。災難に見舞われましたね?」


「! 不敬は! 全て私共が負わせて頂きますので、どうぞ! 罰は全て我が店に! 本日にでも店仕舞いを!」


 私の言葉から、カーテン専門店の店主が何をしたのかを理解したようだ。

 頭の回転も良いし、決断も早い。

 今の所、マイナス要因が全く見つからないことに、私は一人心を浮き立たせる。

 なかなかいないのだ。

 初対面で、良い人だと、判断できる人は。


「しなくていいです! えーと? 私がどういう立ち位置の人間なのか、ご存じで?」


「先々代よりシルキー殿の話が伝わっております。絵姿も残っております。高貴である以上に、お心の清らかな方にしか仕えぬ従僕の極みにおられる方だと」


 おー。

 ここでもノワール無双だ。

 しかし、ノワールが武芸全般を求めるに至った昔の主が、心の清らかな方と表現されるのは不思議な気がしないでもない。


『……主様とは全く違う性質のご主人様でございましたよ。どこまでも純粋な方でした。良しにつけ、悪しにつけ……』


 少々歯切れの悪い物言いだ。

 だがノワールにとって良い主であったのは間違いない。

 そうでなければノワールは、戦闘メイドの道を歩みはしなかっただろう。


『わしも知っておるが……豪傑で純粋な奴であったな。奥方の世界で言うところの……天然特有に空気を読む脳筋といったところじゃろうか』


 て、天然の脳筋!

 そ、それは貴重だ。

 ぜひ一度会ってみたかった。


 ……貴女は、鬱陶しいとしか思わないでしょう。

 会わなくて正解です。


 主人の声には嫉妬しかない。

 それだけで、その人が良い人なのだと十分に知れた。


「心が清らかかどうかは自分では解りませんし、私自身は高貴でもなんでもありません。ただ、最愛の称号を持っております」


「さ、ようで、ございますか。それでは、店を閉めるだけでは謝罪になり得ません。私共では判断できかねますので、どうか。お客様の望む謝罪と贖いをお聞かせ願えませんでしょうか?」


 死ねと言えば、きっと死ぬのだ。

 そこまでの覚悟が伝わってくる。

 

「……外で転がっているモノが押しつけられる前と同様の、専門一流店らしい経営を希望します」


「それだけ、で、ございましょうか?」


「私自身に力はないけれど、私の主人が与えてくれた称号は、理不尽に虐げられる者を許しません。全てを助けたいと勇者や聖女を気取るつもりは微塵もありませんが、袖振り合うも多生の縁……今回は、称号の力を存分に使おうと思っています」


「望まぬとは言え、当店の店員が不敬を働きましたのに、ご厚情を賜り心より御礼申し上げます」


 店長の後ろで、店員一同が揃って土下座をする。

 感謝の土下座という、向こうの世界ではむしろ不快に感じられる行動をされるも、しつこいストーカーから解放されたような、喜びに満ちた表情をされてしまうと苦笑するしかなかった。


「……言うまでもなきことですが、今後! 主様から頂いたご厚情を勘違いして、その名を騙る真似なぞしないよう、念の為! 申し上げておきましょう」


 ノワールの冷ややかな声音に、喜びが一瞬で緊張に変わる。


「無論でございます。当店の末端まで徹底致します」


 ゆっくりと立ち上がった店長は深々と腰を折った。

 一流ホテルで接客して貰った部屋専属執事を思い出す、見事な所作だった。


 ……前言撤回は、後の方がいいかなぁ?


 そうしてくださいませ!

 その方が良いじゃろう。

 二人に同意します。


 心の声に、二人どころか主人にまで賛同されてしまった。


 ここまで誠意を示してくれるのだ。

 カーテン専門店の店長に言った言葉を撤回しようかと考えたのだが、それは一通りの手配がすんでからが良いらしい。


「では、アレの始末は後に回すとして……猫足バスタブを探しているので、お薦め商品を紹介して欲しいのですが……」


「承りました。どうぞ、こちらへ……」

 

 両側にビシッと並んだ店員の道を通りながら、肩にランディーニ、左一歩離れた後方にノワールを従えた私は、最愛の称号を持つ者なら、こんな感じかな? と考えた、鷹揚たる態度で店長自ら先導する後ろに続いた。

 


イケメンに美人さん! といわれたら普通は嬉しいのかもしれない。

でも外見イケメンが中身もイケメンとは限らないんだ……。

リアルで雰囲気イケメン、しかも中身が残念なイケメンに立て続けに出会うと、真のイケメンは存在しない気がして仕方ないのです。

何時か会えるでしょうか、真のイケメンに!


次回、旦那様は分限者です。妖精達と家具選び 猫足バスタブ 中編 の予定です。


お読み頂いてありがとうございました。

引き続き宜しくお願いいたします。

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