旦那様は奴隷を推奨しています。よ、妖精もありとか!
は!
まだ全員出揃わない。
次回にはさすがに揃うと思います……たぶん。
百合の佇まいを出て、次の目的地へ向かおうとしたところ。
「んー。闇色の薔薇は少人数で行く方が良いわね。私が護衛も務めるから、二人は奴隷を連れて宿に戻っていてくれる?」
「えー! これから皆の武器とか防具とか一緒に買うの楽しみにしてたのにぃ!」
「そうじゃなぁ。結局防具と呼べるほどの装備ではないしのぅ」
奴隷達が着ている服は、奴隷が着ているにして質の良い物だが、その格好で今すぐにダンジョンに潜れますか? と問われれば、無謀ですね! と即返答がある程度の物でしかない。
所謂所の紙装甲。
拠点で留守をして貰うならまだしも、旅の移動において相応の装備を整えないと駄目だなんて猿でも解る話だ。
「皆で行ってもいいけど、闇色の薔薇は人数制限が厳しい奴隷館よ? 基本、購入者本人しか入れないんだから」
「え? そうだっけ?」
「御方達と買いに行った記憶はあるんじゃが……記憶が……有り得ないほどにあやふやじゃなぁ……」
二人の記憶力は驚異的だ。
夫との思い出話もあれこれ教えて貰っているが、細やかなやりとりまで再現してくれて、さすがは人外! と関心する場面も多かった。
「闇色の薔薇に行って記憶に干渉されない購入者はまずいないわ。お付きの者達も同様。私も完全掌握はできていないと思うよ?」
「それじゃあ、ますます心配じゃない!」
「だが……沙華が言うんじゃ、一緒に行ったところで時間の無駄になるんじゃろうて。心配ではあるが……アリッサには御方の加護もあるし、沙華に勝てる奴隷館の主がいるとも思えぬし。ここは、素直に言うことを聞くべきだろうのぅ」
「うーうー。納得いかない! いかないけど! それが最良なんだよね……」
人数制限するほど厳重ならば、恥知らずな接客はしないだろう。
沙華は立ち会い人としての力は当然として、戦闘能力も高そうだ。
しょんもりと落ち込む二人の肩を叩いて、背中を促す。
「二人は先に戻って、皆に美味しいご飯を食べさせてあげて? お風呂にも入って貰ってさっぱりして欲しいの。夕食は沙華も一緒に食べるから、その分は空けておいて欲しいけど」
「うん。解った。先に戻って皆をゆっくりさせておくよ!」
「しかし、これだけ大所帯になると拠点が欲しくなるのぅ」
王都に家を借りるのも手かもしれないが、やはり今の王都に長居はしたくない。
装備を調え次第、ラヌゼーイ、 タンザンコ、カプレシアのどれかに向かうのが良いだろう。
「まぁ、拠点も王都以外でなるべく早いうちに決めるとして。今は沙華と行ってくるから、皆を宜しくね」
ひらりと手を振って場所が解っているらしい沙華の先導に続く。
背後から、いってらっしゃいませ、ご主人様! お早いお戻りをお待ちしております! と揃った声だけが追いかけてきたのが面映ゆかった。
やはり夫との思い出話を色々と語ってくれる沙華の足は、スラム街のような不穏な気配のする区域に立ち入り、何の問題もないかのようにどんどん奥へと進んでいく。
子供のスリやチンピラに絡まれるなどのテンプレな出会いは一切なかった。
「……誰も近付いてこないね?」
「吸血鬼の威圧という、種族特別の威圧をかけているんですよ。近寄ったら血ぃ吸いつくしちゃうぞーみたいな?」
「おぉ!」
私も威圧を取得したがそれとはまた違うスキルらしい。
沙華の吸血鬼風味の威圧ならば、ちょっとだけ受けてみたい気もする。
監視と言うよりは、興味深げに観察されているような数多の視線に晒されながらも目的地へ着く。
距離は歩いていないのだが、迷路のような道を辿ってきたので、ここで置いていかれたら間違いなく迷子になるだろう複雑な道のりだった。
もともと極度の方向音痴だからマッパーも起動させておいたのだが、途中でなんというか、目的地を現す表示が消え失せてしまったのだ。
恐らく、スラム内では有効だが、館の位置を完全に特定するのは無効といった感じなんじゃないかと思う。
「着きましたよ。ここが闇色の薔薇です」
「これは……なんともこう……ある種の厨二病風な門構えでいらっしゃる……」
古びた洋館。
ホラーゲームの脱出系、もしくは館物と言われるジャンルの作品に出てきそうな、おどろおどろしい雰囲気を纏っている館の門には、漆黒の薔薇が咲き誇り隙間もなく絡みついている。
「でもって、あれ、よね? 大きさがおかしいわよね?」
「ふふふ。さすがに御方の奥方でいらっしゃる。大半の人間は気が付きませんよ、この異様さには」
「あれ? 私あの人の妻だって名乗ってない……よね?」
「御方からお言葉を頂きました。想像以上に溺愛されていらっしゃる」
「過保護の自覚はあるよー。まぁ色々あったし、今は離れてるからねぇ。できれば不愉快に思わないで貰えると嬉しいかな。あとは言葉遣いもお友達仕様でお願いしたいかな」
大きく見開かれた瞳がやわらかく撓む。
目が離せなくなる蠱惑的な瞳だ。
さすがは吸血姫。
「不愉快には思わないわよ。ちょっと羨ましいくらいで」
「羨ましい?」
「ええ。私みたいな種族で立ち位置だと、なかなか恋愛も婚姻も難しいのよ。伴侶に先立たれるのは、どれだけ年経ても寂しいし、ね」
「……今は、一人?」
「アリッサの祈りは誰の祈りよりも効果がありそうだから、良い伴侶が現れるように祈ってくれる?」
「もちろん! 喜んで祈るわ!」
こんな事なら祈祷系のスキルをコピーしておけば良かった。
神との語らいなら完璧だった気もするけど、夫に封印されてしまっている。
解放を望めばいけるかしら?
残念ながら駄目です。
祈祷というスキルがあるので自力で取得しましょう。
奴隷の誰かが持っているかもしれませんよ?
……速攻で駄目だしされてしまった。
祈祷か……持っているとしたら誰だろう?
細かいところは聞いていないから現時点では判断できないかなぁ。
もし持っていなかったら教会か孤児院に訪問すれば、間違いなく取得できるだろう。
「ありがとう。それでは、入りましょう……か」
『ようこそ、闇色の薔薇へおいで下さいました。アリッサ様、アーマントゥルード・ ナルディエーロ様』
アーマントゥルード・ ナルディエーロって? と一瞬思ってしまった。
それだけ沙華という名前が身についていたのだろう。
「……貴女が館の主?」
『左様でございます。 ナルディエーロ様。闇色の館が主レイチェル・ノースロップと申します。どうぞ、お見知りおきくださいませ』
音もなく開かれた扉から現れたのは、しなやかに長い緑色の髪に抜けるような白い肌、深紅の瞳に人間の上半身を持ち、下半身は瞳と同じ色の大きな花弁の中に埋まっており、足に値する物は緑色の何本生えている解らない太い触手を持つ、異形。
私は頭の中幻獣・妖精図鑑を捲る。
各種ゲームでも活躍しているその姿は……。
「妖精 アルラウネ?」
『はい。種族はアルラウネでございます。アリッサ様の世界で知られるアルラウネとは少々違うかもしれません。さぁ、どうぞお入り下さいませ』
扉から伺える中は、豪奢な広間といった風合い。
スラムの奥深くに、こんなに大きな洋館があるはずがない。
洋館を見た時に感じた違和感。
沙華も否定しなかった。
何らかの幻術がかかっているのだろう。
足を踏み入れると、濃厚な薔薇の香りに噎せ返りそうになる。
咳が出るかと思ったが、香りが一瞬で好ましい仄かさになったので、小さな深呼吸をして息を整えた。
『闇色の薔薇は、妖精・幻獣の主を探す館。奴隷館と流布した方が解りやすいので、そうと呼ばせております。世界広しといえど、妖精達と契約ができるのはこの館しかございません』
触手での移動に心をそそられている間にも説明が続く。
想像以上に優美な触手移動です、はい。
『また求める主以外は、この館の存在を認識できません。館の噂を認識はできます。ただし、館まで辿り着けません。万が一、何らかの高等な違法手段を使って辿り着けたとしても、館には入れません』
「……この館の結界内にいる間は、ずっと精神に介入されている……そういうことなんでしょう?」
『はい。その通りでございます。故に館まで来たとしても、結界の力により再び館の存在を忘れてしまうのです』
「なるほどねぇ……」
『ナルディエーロ様ほどこの館が何であるかをご存じの方は、この世界に三人もおりませんでしょう? どうぞ、お座り下さいませ。ご希望の者を連れて参りましょう』
闇色に相応しく調度品は漆黒で統一されている。
置かれたティーセットは白一色、ケーキスタンドは銀一色なので、黒いレースのレーブルクロスに良く映えた。
「……食べたら怒られると思うよ?」
沙華が苦笑しながら指摘すれば、ケーキスタンドに乗せるお菓子を運びながら摘まんでいた妖精達が硬直した後で、そっと食べかけのお菓子を置く。
「食べかけを置いたらもっと怒られると思うよ-」
妖精達があわあわと涙目でわたつくので、救いの手を差し伸べてみる。
「……食べかけの物は食べてしまって証拠隠滅。新しいお菓子を持ってくればいいんじゃないかな。同じ物がたくさんあるんでしょう?」
お礼の声こそ小さすぎて届かなかったが、涙は止まったようだ。
揃って頭を下げて、ばひゅん! と目にも止まらぬ早業で妖精の姿が消える。
食べかけのお菓子を囓りながらなので、思わず声を上げて笑ってしまった。
「全く。アリッサは甘いなぁ」
「妖精は自由なものでしょう? これぐらいで怒ったら可哀相じゃない」
「まぁねぇ。目くじら立てるものでもないとは思うけど、注意するのがあの子達の為でもあるわけよ。寛容な客ばかりじゃないからねぇ……」
館に入れる以上、全員良識を弁えているとは思う。
多少不愉快になる客はいるかもしれないが。
『お待たせ致しました……お二方にはご迷惑をおかけしてしまったようで、大変恐縮です。何時もはもっと教育の行き届いた者が準備に参るのですが、主立った者が一時貸し出しと言うことで王宮の方へ詰めておりまして……』
主が背後に妖精達を伴って現れる。
こちらの一切要望は伝えていないが、事前に情報収集を行っているのだろう。
その数は4体。
妖精や幻獣を統括しているのであれば、情報収集どころか未来予知すらもやってのけるに違いない……と推察してみる。
私や沙華が妖精達に注意するのも許容するのもきっと、全て織り込み済みなのだ。
そうと思わせる絶対王者の雰囲気を、レイチェル・ノースロップは全身に纏っていた。
彼女もまた、種の頂点に立つ者の一人なのだろう。
次回は、旦那様は奴隷を推奨しています。げ、幻獣ですとぅ! の予定です。
書いていて、思い込みミスに気がついてしまいました。
どこかで気合いを入れて修正しないと……。
お読み頂いてありがとうございました。
次回も引き続き宜しくお願いいたします。




