旦那様は水晶カード保持者。依頼受けました。
初心者向けの鉄板依頼ってどんなのだっけ? と、過去に読んだ素敵作品達の中からあれこれと思い起こしました。
しかし、結婚式の受付嬢はなかった気がします。
結婚式の受付でナンパにあった友人の話をふと思い出したので、取り入れてみました。
あまりにもさらっと言われたので、真顔ではぁ? と問い返してしまったそうです。
桜果に暇の挨拶をし、また来る旨を伝えて幻桜庵を後にする。
怪しい空間を抜ければ冒険者ギルドは近い。
「そういえば、武器とか防具とかどうしよう?」
『欲しければ購入しても良いと思うがなぁ……』
『御方の加護があれば、身一つで十分な気もするよ?』
「まー最初は木ランクで戦闘もないから、必要だったら購入で良いか」
問題があれば、夫からの囁きがあるだろう。
冒険者ギルドに足を踏み入れると、沈黙が出迎えてくれた。
昨日の一件を知る者も少なくないだろうし、今日は彩絲も雪華も人型を取っている。
密やかな囁きすらも怖くてできないのかもしれない。
どの窓口に行こうか迷っていると、ギルド長が静かに奥から現われた。
「昨日は失礼いたしました。改めまして、ギルドマスターのアメリア・キャンベルと申します。当ギルドご利用の際は、不肖私が担当させて頂きますので、よろしくお願いいたします」
「……謝罪は既にすんでいますので、以降は不要です。アリッサと申します。今日は依頼を受けに伺いました」
「承りました。木ランクの依頼はこちらになります。オススメはこちらです。幾つお受けになられますか?」
一度に受けられる依頼は最大5つまで。
同じ木ランクでも時間がかかる等の理由で、複数依頼達成が難しい場合は断られるケースもある。
とは、冊子に書かれていた注意事項。
「最大の5つを受けます。ランクが一日で上がるような依頼を選んでください」
「承りました。そちらへおかけになってお待ちくださいませ」
指示された椅子へと腰掛ける。
彩絲と雪華も同じテーブルを囲むように座った。
ギルドマスターのやり取りを聞いて安心したのだろうか。
何時の間にか周囲がざわめきを取り戻している。
「随分丁寧なんだね」
『普通は有り得ぬ高待遇じゃな。まぁ、二度とヘタを打ちたくないのじゃろ』
『御方の最愛と縁が持てるなら、ギルドマスター直々の対応はありだと思うよ。例え木カード冒険者でもねー』
「二人にはギルドカードってないんだよね?」
『守護獣だからのぅ。一応ランク分けはされておる』
『当然最高ランクの“最強”だよ!』
雪華の説明によると。
守護獣は、最弱、弱、中の下、中、中の上、強、最強とランク分けされているとのこと。
最弱とか需要はあるのだろうかと心配になるが、ペット感覚で求める人もいるのかもしれない。
私もヘタ耳オッドアイの子猫とかいたら、懐に入れて愛でそうだ。
『最強の守護獣は、金ギルドカード持ちでも持てるとは限らぬからなぁ』
『有名な守護獣だと王族仕えとか普通にいるしねー』
やっぱり二人は私には勿体ないくらいの守護獣だ。
パートナーと思って大切にしないとね。
「お待たせいたしました。こちらの5つで如何でしょうか」
ギルドマスターがわざわざテーブルまで用紙を持ってきてくれた。
*教会炊き出しの手伝い
*料理店の排水溝掃除
*老夫婦宅の買い物代行
*廃屋の害虫駆除
*結婚式の受付
「……大丈夫そう?」
時間的に難しそうな物、内容的に大丈夫なのか心配な物が紛れ込んでいる。
『問題なかろう。キャンベルよ。時間配分は如何に?』
「結婚式の受付が10時半から30分程度。教会の炊き出し手伝いが12時~1時間程度。移動時間がないので、問題ないと思われます。排水溝掃除と害虫駆除は何時でもいいそうですが、買い物代行は夕食に間に合うようにとのことです」
『どれもやった事あるから、安心して受けちゃっていいよ』
何時の間に受けたんだろう、特に結婚式の受付!
と内心で考えつつ、依頼を受ける。
「それでは、よろしくお願いいたします」
深々とした礼と共に依頼書を五枚貰った。
それぞれの依頼先で終了のサインと評価を貰ってくるようにと、冊子に書いてあった。
貰った説明冊子は絶対に読んだ方が良いと思う。
って言うか、必須にした方が良いと思う。
識字率が低いようなので、難しいのだろうけれど。
「結婚式の受付かー。服はどうするの?」
『ふむ。そうじゃな。裕福な家庭のようじゃから、それなりのドレスアップで問題なかろう』
『よし! 私コーディネイトで!』
「で、できればロング丈がいいなぁ……」
雪華の目線が太腿から足首を舐め上げるように動いたので、大袈裟に身体を震わせておいた。
結婚式の受付評価は、水晶、だった。
ちなみに、木 未達成
鉛 依頼金減額
鉄 及第点 マイナス寄り
銅 及第点 プラス寄り
銀 良評価
金 高評価
水晶 最高評価 依頼金増額
となっていて、ギルドで評価される依頼に関しては、水晶評価は比較的良く出るが、一般人からの依頼で水晶評価が出るのは大変珍しいらしい。
どれぐらい珍しいかと言うと、水晶評価1件で鉛カードにランクアップできるほどだ。
「この世界の結婚式受付って大変なんだね……」
新郎は満面の笑みを浮かべていたが、新婦は複雑な表情だった。
『正統派美女の彩絲、可愛い系の私、綺麗と可愛いの良いとこ取りのアリッサだったからねぇ……』
所謂ナンパが酷かった。
既婚者に言い寄られるとかどうなのか。
不倫絶対ダメ。
100%ばれて、相手が夫に殺される。
『御方にも叱られたしのう……』
怒りの矛先は、依頼を受諾した雪華に向けられたが、メッセージを受け取ったのは私だったので、胃の辺りがきゅうっと痛んだ。
夫曰く、ギルド依頼の受付嬢に対してはナンパが暗黙の了解らしい。
そして、ギルド依頼の受付嬢の人気が高ければ高いほど、新郎の評価が上がるとか論外すぎる。
雪華が知らなくても無理ないだろう。
というか女性は知らない気がしないでもない。
「まぁ、彩絲がお触り厳禁看板を立ててからは、メッセージカード渡すだけになったから良かったよ……」
笑いながら胸を掴まれそうになった彩絲が、真っ黒い笑顔で男を空中高く放り投げたのだ。
足から着地した男はきょとんとした顔をした後で、顔面蒼白となった。
ギルド依頼の受付嬢に対するナンパは言葉、もしくはメッセージカードを渡すのみ! そんな事も知らずに依頼を安直に受けるな! と、私が怒っていたと雪華に伝えて下さいっ! と夫の緊急メッセージが入ったので、大慌てで伝えた。
雪華は動けない男同様に顔面蒼白になり、彩絲は看板を立てて無法者を回避したのだ。
以降は受付で長々とメッセージカードを書き込む馬鹿がいた他は問題もなく終了した。
評価が水晶だったのは、その辺りの慰謝料ももしかしたら兼ねていたのかもしれない。
『他にもそんな暗黙ルールがあるのかなぁ……』
雪華はすっかり落ち込んでいる。
『うむ。間違いなくまだあるじゃろうな。遭遇した場合はアリッサの安全確保を最優先で依頼をこなそうぞ!』
『うん! 受けちゃった依頼は遂行しないとね。ごめんね、アリッサ。二度とこんなことがないように気を付けるからね』
彩絲の言葉に大きく首を振った雪華が真剣な眼差しで、私を見詰める。
「私自身も慎重に行動するよ。あまり気にしないでね、雪華」
モンスターに遭遇しない安全な依頼だった筈なのに、想定外の災難にあってしまった。
二人は改めて依頼達成の為に硬く拳を振り上げている。
命の危機に晒された訳でもないのになぁ……と若干の温度差を感じてしまう。
ちょっと違う気がするんだけどなぁと思ったのは、二人には内緒だ。
その気持ちは解かりますけどね。まぁ、二人とも貴女が大切だから一生懸命なんですよ、と夫が囁いて寄越したのも内緒だ。
受付嬢暗黙ルールは女性冒険者なら知っています。
故に、基本的には未婚者しか受けない依頼のようです。
守護獣である彼女達は、そこまで知り得ませんでした。
ギルドマスターは、二人が入ればアリッサに害が及ぶはずもないし、基本的に簡単依頼で条件も良かったので選びました。
次回は、旦那様は水晶カード保持者。依頼続行中。の予定です。
最後までお読みいただきありがとうございました。
次回もお読みいただければ嬉しいです。




